‘ブッダガヤ’ カテゴリーのアーカイブ

ソーシャルトラベル総括。と、9月インド合宿。

2011 年 7 月 9 日 土曜日

突然ですが、ひとつのチャレンジを決意しましたので、
ここに告白、というか告知をさせてください。

このブログをご覧のあなた、
9月の連休、僕らと一緒にインドに行きませんか??

ちょっと長くなりますが、経緯や思い、概要を書くので
読んで頂ければ嬉しいです。

 

経緯

5月に帰国を決意してから、いままでの旅を振り返るとともに、
9月以降の日本での新たな生活についてずっと考えてきました。
幸運にも出ることができたこの旅とは、なんだったのか、
この経験を、この先の人生にどうつなげ、どのような形で恩返しができるのか。

振り返ると本当に素晴らしい思い出ばかりの1年半でしたが、
中でもインドから始めた「ソーシャルトラベル」の試みは格別でした。
現地の人々の中に1歩踏みこんで一緒に活動することで、
観光だけでは見えなかったであろうリアリティに対面、
驚き、悩み、興奮、喜び、学び全てがギュウギュウに詰まった最高の体験となるとともに、
旅の、いや人生のターニングポイントになったような気もします。

では、ソーシャルトラベルとは、なんだったのだろう?
2人で改めていろいろ話をしました。

すべての始まりは、インドでした。
「WHYインド?」「ジコマンじゃない?」
足かせになっていたこういった問いは、
とにかく動いてみた結果、いつの間にか消えていました。
未来のHOPEの一片にでもつながるのであれば、
どこでもいい、なんでもいい、できる限りでいいじゃないか、
という僕らの「selfish compassion」を見つけた、全てのはじまり。


(村の学校へ机と椅子をプレゼント&一緒にペンキ塗り)

続いてネパールでは日本とネパールのつながりにより生まれる感動を、


(ブログを通じて女性グループの商品を日本へ販売)

マラウィでは与えるだけでなく自立を促す事の重要性を、


(村の若者達と観光客向け新商品の共同開発)

それと数千の子供達を考えると「キレイ事だけじゃないシビアなお金の現実」を、


(村の学校とともに音楽フェスでチャリティショップを。学校の生徒数は2,200人!)

他にも数え切れない様々なことを、学ぶことができました。

逆に、僕らの活動は現地の人たちの助けにどれだけなれたのか?
これは非常に難しい問題だと感じています。
「限られた期間と予算を考えれば」よくやった、という自画自賛な思いもあるけれど、
そんな括弧書きは現地の人にとっては知ったこっちゃない訳だし、
やはり現地に根を張って活動する人々を考えると正直甘いと思います。
この点は、現時点では「少ないとしても未来へのHOPEを生み出した」という事、
「ゼロがイチになった価値がある」という事で、自身を納得させています。

そんな中で、一番強く感じていることがあります。
それは、「すべて人だったんだな」ということです。

社会貢献がなんちゃらと小難しい議論も書きましたが、
僕らを突き動かし、僕らの心をわしづかみにしたのは、
子供たちのキラキラした笑顔は勿論だけど、
現地に根を張って汗をかき果てしない課題に挑み続ける
現地のソーシャルワーカー達でした。

プラモド、タラ、モニク、ケン、ジョン、、、。
彼らにほれた。好きだから、力になりたい。
結局すべてはそのシンプルな感情から生まれたものでした。
そしてソーシャルトラベルの活動で得た一番の財産は、
彼ら彼女らとのつながりである、と心の底から感じています。

そして、気づいたのです。
「世界とつながる喜び。幸せ。」
これこそが、ソーシャルトラベルで、この1年半の旅で見つけた、
かけがえの無い人生の価値であると。

環境も価値観も均一化された東京に生まれ育った僕らにとって、
特にインドやアフリカのように大きく異なる地で、
現地の人々とのつながりを持てたことは、何か決定的なものでした。
うまく説明できません、いやしようとも思いませんが、
とにかくこれなんです。

だから決意したのです。
自分自身としては旅の後も世界とつながり続けよう、
彼らソーシャルワーカーの助けになる活動を続けよう、
対外的には、日本の人たちが世界と、彼らとつながるきっかけをつくっていこうと。

 

こうして、旅の最後に、いや次の人生の始まりに、
もう1度インドに行く事に決めました。
もう1度プラモドに、みんなに会いに行こう。
今後の人生でどうやってつながっていけるか、支援していけるかを、
具体的に模索しに行こうと考えています。

そして今回は、日本から参加者を募るツアー、というか合宿?形式にして、
できれば1人でも多くの人と、インド体験を共有したいと考えました。
題して

「ひげボと行くソーシャル合宿2011 ~ don’t think, feel India ~」

今回を第一回として、例えば来年はマラウィに、次はネパールに、
といった形で、これから継続してツアーを開催するための
第一歩にできればと考えています。

 

概要

ということで前置き長くなりましたが、下記概要です。
参加人数や状況を見て適宜更新していきたいと思います。

期間 :
2011年9月16日~23日(のうち可能な期間にご参加下さい)

開催地:
インド>ビハール州>ブッダガヤ
(日本からはまずムンバイ、デリー、コルカタいずれかへ飛んだ上で、
そこから電車もしくは国内線飛行機での移動となります。詳細ご相談ください)

プログラム:
・ソーシャルトラベルで支援したRISE UPに加え、近隣の学校や社会企業家を訪問、
「何ができるか?」を共に検討し、実際に支援活動を 実施
・ローカル宅を訪問してのカレー対決(案)やRISE UPでのカルチャーイベント開催(例:凧揚げ大会)
・毎朝5時から座禅、夜はビールとカレーとともに暑苦しい活動報告と語らい
などを考えています(参加状況を見て詳細決定)


井戸建設プロジェクト


医療プロジェクト


RISE UP以外の学校も


村の女性支援


RISE UP卒業生たちの自宅

スタイル:
従来型のボランティアツアーのように全て用意された環境に来て頂くというより、
僕らと一緒にチャレンジし、共に考えていくようなものになります。

費用 :
すべて参加者にて実費をご負担ください。
フライト代金以外は1日5,000円見れば豪遊できる国です。
ブッダガヤでの宿泊先は参加者数とご要望を見た上で僕らで手配いたします。
(もちろん実費のみのご負担となります)

参加資格:
年齢、性別、国籍、性格、語学力、まったく不問です。
オープンマインドとチャレンジ精神は大歓迎です!

その他:
・インド入国にはビザが必要となるため事前の取得をお願いいたします。
・インド渡航に際して法的に必要とされる予防接種はありません。
厚労省検疫所などでは長期滞在者には一部の接種を勧めていますが、
個人的には数日の滞在期間、十分な予防をすればリスクは極めて低いと思います。
それよりも消毒液や虫除けの持参を忘れずに。
・万が一病気や怪我、トラブルのための旅行保険への加入はおすすめします。

 

参加希望やご検討に際してのご相談・ご質問につきましては、
当ブログ記事へのコメントもしくはhigeboin@ジーメイル.com宛てに、
2011年7月末日までにお送りください。
是非ともご家族ご友人を お誘いあわせの上、ご検討ください。

 

長くなりましたが、以上となります。

ツアーというより「合流しましょう!」というニュアンスの強いものではありますが、
ただでさえ刺激的なインドでの、更にローカルでディープでドアツい体験は期待頂けます。
サブタイトル通り don’t think, feel India 、とにかく絶対ヤバいと思います、
皆様の参加を心よりお待ちしております!!!

動画 ブッダガヤのおもひで

2010 年 4 月 17 日 土曜日

こんにちは、美和です。
お元気ですか?
私は若干、いや猛烈に、暑さにヤラレてます。負けてます。
昼間は暑過ぎて外を歩けません。それでも歩くときは
心を無にする技を編み出しました。かなりの無表情です。
ついに昨日は足をバタバタさせてワガママを言い
50歩くらいしか外に出ませんでした。

そんなダメダメな私 を尻目に
勇輝くんは活動的です。さすがB型の射手座。
昨日はひとりで山に登り、夜はほぼ徹夜でビデオを作ってました。
今はサドゥのキャンプを訪ねている頃でしょう。
私は大きなホテルのロビーで(勝手に)ゆったりしています。
涼しい場所を見つける選手権、もしくは
ワイファイ繋がる匂いを嗅ぎ付ける選手権があったら
間違いなく世界トップランクに入れると思います。

で、勇輝の魂の作品、
完成したビデオがこちらです。
と言っても、クオリティは期待しないでください。ド素人です。
ちょこちょこ撮りためた動画をくっつけてまとめてみました。
私が言うなって感じなんですが。

私たちが悶えた子供達の可愛さ、私たちが過ごした学校や村の様子が
少しでも伝われば幸いです。

10分とちょっと長いですので、
お時間のあるときにゆっくりどうぞ。

コメントもお待ちしています!
最近私たちの温度も熱過ぎて、コメントしづらいとの
コメントを多数いただいておりますが笑
まあまあ、そう言わずお気軽にぜひどうぞ。

(MIWA)

もう1つのプレゼント

2010 年 4 月 12 日 月曜日

結果的には「机と椅子をあげてみよう」
の影にすっかり隠れてしまったのだが、
実はもう1つ、小学校へ実施した施策がある。

写真を撮ってプレゼントしてみよう

というものだ。
村に住む人々の大半は月の収入300ルピー以下と聞く。
そもそもカメラを持っていないし
1枚5ルピー(10円)のプリント代も決して安くない。
実際家に遊びに行くと随分大昔の写真、
主に誕生日や結婚式などの行事のもの、
が大切に保管されていたりする。

↓ラマさんの家の奥から出てきたもの。インド的七五三?
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1人1人をしっかり撮ってあげて、
それをプレゼントしたら喜ぶのではないか。
しかもそれは自分だけが写っているもの。
自尊心が満たされ、生きる、勉強する、
モチベーションになるのではないか。
そう考えた。

これは、友人達と考えた
「5,000円で何ができるだろう」企画の第2弾。
飲み会1回分お金は何を生み出せるのか。
今回は5ルピー×200人としても1,000ルピー、
諸々入れても3,000円もあれば足りるだろう。

*
*
プラモドや先生達と相談して撮影の時間をもらう。
甘く見ていたが2つの校舎で合計200人近くの
生徒の撮影は結構大変だった。
光の関係で炎天下での撮影、
1度撮った子からの「僕をもう1度撮って」攻撃の嵐、
欠席生徒のための度重なる撮影。
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ビシっとポーズを決めてくる子、
じっとしていられずブレてしまう子、
「ハソーッ!(ヒンディーで「笑って」)」
何度言っても断固として笑ってくれない子、
ピースサイン(何故か指3本)で
どうしても顔が隠れてしまう子。
子供達との共同作業は
いつも愛らしい驚きや発見でいっぱいだ。
ちょっと多いけどいっぱい載せます。
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できあがった写真を勇んで子供達に渡しに行く。
どんな反応だろう。
喜んでくれるだろうか。

先生が「これから写真を配るよ」と伝えると
歓声があがり大興奮だ。
1枚1枚写真を見せ、1人1人に配っていく。
次は僕のかな?私のはまだ?と興奮する子、
とにかくがっついて他人のものももらおうをする子、
恥ずかしそうにもらって行く子、
反応は色々だったがみんなとても喜んでる!
僕らは大満足で写真を配ったのだった。
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*
*
大成功に思えたこの写真をあげよう企画だったが
ちょっとしたわだかまりを感じていた。
美和に話すと彼女も同じようなことを感じていた。

写真は未来の何かにつながったのだろうか?

確かに喜んでくれた。
後日ロッカーやかばんの中に
大切に保管してある写真を
わざわざ見せてくれた子が何人もいた。
嬉しかった。
でも、極端な話、お金やお菓子をあげても
彼ら彼女ら喜んでくれただろう。
それと写真では、何か大きな違いはあったのだろうか?
一時的な喜びをあげただけだったのではないか?
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また、写真をあげた事により
子供達(や周りの大人たちも)の行動に
少し変化があらわれた。
写真を撮ると「フォト、ギブ?」
現像してもらえると期待して頂戴頂戴と
言ってくる回数があきらかに多くなったのだ。
喜びをあげられたどころか
次にツーリストが来てカメラを向けられる度に
ギブミーを連発するようにしてしまったのではないか?

実はサッカーボールもプレゼントしたのだが
似たようなわだかまりを感じていた。

サッカーが好きだという子供達、
でも学校にボールは無いと聞いた。
自分自身もそうだったが、
スポーツを通じて子供達は色々な事を学べる、
そう思いボールをプレゼントした(約300円)。
当然子供達は喜んでくれた。

でもすぐさま教室の中で遊びだした。
これでは逆に勉強の妨げになるかもしれない。
学校がボールを与えていない理由があったのに
無視して勝手なことをしてしまったのかもしれない。
何のためにボールをあげたんだろう?

*
*
子供達は、かわいい。
それはそれは、かわいい。
だからモノをあげたくなる。
喜ぶ顔を見たい、好きになってもらいたい。

それは否定するものではないと思う。
そういいのさ、selfish conpassionで。
でも1つ、モノをあげるときに
絶対に意識しなければならないこと、
それは「子供達の未来」だと、
今回確信するに至った。

写真にしてもボールにしても、
もしかしたらお金にしても、
ただあげるだけでなく
それが未来につながるために
必要な事をすべきだと思う。
それは時にメッセージを伝える事、
そして何より伝え続ける事だったりする。

サッカーボールに関して言えば、
毎日、幾分過ごしやすくなる夕暮れ時、
僕は一生懸命彼らと遊んだ。
「ノープレイインザルーム!」
「ドントユーズハンド!」
「パス!パス!ファインドユアチームメイト!」
何回も何回も叫んだ。
何度言っても聞かない子供達には
大声で怒鳴り背中をバシっとひっぱたいた。
(子供をぶん殴れない教師が可哀想だと思った)

たった数日でも、伝え続けると変化は出てくる。
ハンドした子に対して僕を見ながら怒り出す子供達。
前はボールを持つと1人でドリブルしていたのに
パスでつなぐ喜びを覚え楽しそうな子供達。
そうだ、彼らの頭も身体も未来も全部、
まだまだ真っ白で、どうにでも変化していけるんだ。
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写真もそう。
なにかをもらったらサンキューとお礼を言うこと、
ギブミーギブミーではなくて感謝すること、
ものは大切にすること。
一生懸命伝えた。

伝えた事が正しかったかどうかは分からない。
正しく伝わったかどうかも、分からない。
けれどモノをあげるという行為を通じて
僕らと彼らの間に新たなコミュニケーションが生まれた事、
それにより彼らが新たな体験をした事、それは事実だ。
写真、サッカーボール、机と椅子をプレゼントする。
たった、たったそれだけのことでも、
僕らは子供達の未来に対して責任があるんだ。
そんな当たり前のことを、今回肌で感じさせてもらった。

ちょっとのほろ苦さを感じたこの企画だったが、
最後は僕らなりの納得感を持って受け入れる事ができた。

ああ。
結局僕らは、また彼らから教えてもらってしまったようだ。

ボーイズ・トーク②そっち系の話

2010 年 4 月 9 日 金曜日

8時くらいになると下に案内される。
やっと奥さんとベイビーとご対面。
生後5日のベイビーまだ本当に小さい。
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そして先ほどまで他の家族がいた
吹き抜けスペースで食事がふるまわれた。
葉っぱのお皿にライス、ダール(豆スープ)、
プーリ(煎餅みたいなパン)、野菜カレー、
付け合せが盛られていく。んまいぞ。

みんなへの振る舞いで大忙しのビジェイ青年
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にしてもビジェイは良く働いていた。
客人の案内に食事の盛り付け買出しにも行ってた。
50人分の食事をつくるのも買うのも大変だっただろう。
「大変だねえ」と声をかけると横からラヴィが言った。
「大変の始まりだよ。」
去年の結婚式は4日間やったそうだ。
初日が家族の集まり、次が準備の日、次がプージャー(お祈り)で
最後の日が村中(たしか100家族500人)の人を招いてのパーティ。
これからも子供の誕生日だあなんだで祝い事の連続、
確かに大変なのはこれからかもしれない。

ちなみに結婚についても面白い。
親が相手を決めるアレンジドマリッジは有名だが
彼のジャーティ(ミルクマンだそうです)
同じ相手と2回結婚するらしい。
1回目は15歳の時で、今回2回目までの7年間、
2人は会うことも電話することも許されない。
浮気も許されない。
うぉーマジかよと驚いたが
「でもこいつには2人ガールフレンドがいるけどね。」
って。奥さんを除いてみんなそれを知ってるって。
なんだそりゃ。
村の誰かは「結婚は妥協だよ」と言ってたかと思えば
バイジュは「奥さんが大好きでエブリミニッツ奥さんの事を考えてる」
(エブリセカンドだとつっこみが入るほどのアツアツカップル)。
確かにたまにハっとするほど美しい女性が歩いてるけど
ふたを開けたらそんなコだったら相当ラッキーだなとかも思う。
まあこれは逆のケースもあるし、
一生その夫に尽くして生きていく事になる
女性側の言い分はもっとあるだろう。

とにかく、みんながそれぞれのやり方で
結婚そのものや結婚相手を受け止めている。

食事後若い衆のみ奥の部屋へ移動する。
ビジェイがウィスキーを買ってくる間
PCを取り出してバリの結婚式の写真を見せながら
ジャパニーズスタイル?結婚式を紹介する。
みんな面白そうに見てくれた。
お約束の「この中でどのコがいい?」指差しをやる。
デヘデヘ笑いながら盛り上がるのはどこでも一緒。
「このコは腕が太いからダメだ」
とか女性が聞いたら怒りそうなコメントも出る。

程なくウィスキーが到着、スプライト割りで振舞われる。
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カンパイ!
最初の1杯はみんなイッキ。
肴はラジェッシュ持参のチキンのカレー風味。
みんなガツガツいってるが相当うまい。
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ラジェッシュの着ている「ROCK LOVES ME」
Tシャツの話題からガールフレンドの話が盛り上がる。
これは日本人のガールフレンドからもらったそうだ。
ラジェッシュは日本人2人、フランス人、スイス人の4人の
ガールフレンドの話。ジュリアンはストーカーと化した
ドイツ人彼女の話(のどが渇いて水を手にとったら
全身びしょぬれになったと言って笑っていた)、
バイジュはクラス10(14歳)の時の初恋?のガールフレンドの話。
ちなみにoutsideでdoするのがインディアンスタイルだそうです。

ラヴィは?と聞くと「こいつはまだ童貞だ」ということで
今までの失恋話を仲間達がペラペラしゃべる。
ある時あるコに手を出さないラヴィに痺れをきらした
ラジェッシュがそのコを奪ったことがあるなんて話も。
おいおいさすがにひどくね?と思うが
どうやら仲間内の距離感やデリカシー感は結構違う。
「兄弟」もありなようですハイ。

酒の力もあり声もデカくなり大盛り上がり。
こういう話で盛り上がるのはどこも一緒。
そういやこいつらまだ学生だったな、なんて思う。
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たまに子供達が楽しそうなお兄ちゃん達を見に来る。
子供からじいちゃんまで一緒の空間に生活があり
憧れの中で子供達が成長していく。
親戚や友達に囲まれる環境で
自分らの子供達を育てて行きたい。

気づいたら門限10時過ぎていた。
宿までバイクで送っていってもらう。
「酒飲んでるけど大丈夫?」
美和の問いにちょっとムキになって大丈夫と主張する面々。
頼もしい彼らだけどここらへんは若さが見える。
酒を飲んでないラヴィの後ろに美和を乗せてもらいレッツゴー。
村とブッダガヤを結ぶ水無き河にかかる橋をぶっ飛ばす。
河沿いに続く寺院郡が月明かりに照らされる姿を横目に
心地良い風を全身で受ける。
昼はクソ暑いが夜は涼しくなって気持ちいい。
5分10分で宿につきまた明日と言った別れ際
「とっても素敵なプレゼントをありがとう。」
と言ってくれたビジェイ。
一日中準備やもてなしに働きながら
全オゴりで大変だったろう、ビジェイ。
お前マジかっこいいぜ。

携帯片手にバイク乗り回す近代的な側面の一方、
カーストに限らずヒンドゥ教や、
もしかしたらその村固有のものも含めた
数多くのしきたり慣習ルールでいっぱいの、
彼らの生活。
プレイボーイを自慢するラジェッシュ19歳も
実は来月会ったこともない親の決めた女性と結婚する。
何だかんだ言いながら、与えられた環境を受け入れ、
そこから家庭を「育んで行く」のだろう。

時には学び
時には政治家のサポートをし
(バイジュはラジェッシュをボディガード、ビジェイを秘書、
ラヴィとジュリアンをブレインと呼んでいた)
時にはバカ話をして
その青春を謳歌する若者達。
夫になり父になり家庭を築いていく若者達。

デリーでまた合流する予定だ。
彼らは僕らの仲間になった。
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ボーイズ・トーク①アツい若者の話

2010 年 4 月 8 日 木曜日

美和のガールズトーク対抗ではありませんが
ボーイズinインドの村 について。

今回のボーイズは「僕らの希望となった」ラジェッシュと
その仲間、ラヴィ、ビジェイ、ジュリアン。
毎日学校に通うついでにラジェッシュの家に顔を出すと、
決まって集まっている連中だ。

左からビジェイ、ラヴィ
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ジュリアン 見事なロンゲだったがある日突然丸坊主に。
聞くと身内に不幸があると頭を丸める習慣らしい。
(直後の海外のガールフレンドに会いこいとのメールがあり
「そんなんだったら何としてでも阻止したのに!」と。笑った。)
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関係ないけど家の周りでいつも親戚の子供達が遊んでる。
なんともピースでラブリーな空間。
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ある日いつものようにうだうだしていると
「明日ビジェイの赤ちゃん誕生パーティがあるからおいでよ」
と招待いただく。ビジェイの赤ちゃんは5日ほど前に産まれたばかりだ。
(ビジェイは産まれた翌日もラジェッシュの家で寝っころがってたけど)

そりゃーいい、ということでお邪魔することに。
手土産の習慣があると聞き街を歩く。
たまたま会ったラマさんに相談しお絵かきボードを購入110ルピー。

夜ビジェイ宅にお邪魔する。

19時。早すぎるのかパーティの様子は全くない。
涼しいからと屋上に案内されしばし時間つぶし。
目の前に広がる広大な田んぼや畑、椰子やガジュマルの木。
そして今夜は丁度満月だ。
木々の間から月が登り停電で真っ暗な村を照らす。
ヤバい。最高。
軽く漏らしそうになる。
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しばらくすると大人も子供も赤ちゃんも
ワイワイとやってくる音がする。
村に住む親戚を中心に40-50人ほど集まるそうだ。
下を見ると吹き抜けのスペースで地べたに座っている人々に
食事がふるまわれているのが見える。

ほどなく1人の男性を紹介される。
バイジュと名乗るビジェイのいとこはスジャータ村を含む
12の村プラス隣のブロック(配下に60ほど村がある)の
リーダーだそうだ。

毎週日曜は村人の相談事への裁定もしている。さて何歳でしょう
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スっと立ち上がり椅子を差し出すラヴィ。
布を敷いて地べたにみんなで座ろうと提案するバイジュ。
車座になるとみんなが熱心に話を始めた。
「彼は偉大なリーダー。彼にもっともっと偉くなっってもらい
この村を、州を、CHANGEしてもらいたいんだ。」
CHANGEって何を?と聞くと電気や水などの社会インフラ、
そして教育のシステムだと言う。
ビハール州の政治腐敗は色々聞くところだったが
(ここでも前知事?の悪評がいくつか話にあがった)
村を良くしたい、生活を良くしたいという熱意が感じられる。
こうやって同じ床に座って喋れるところに
リーダーがいて色々政治の話ができる。
とても素晴らしいことだと感じた。
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ふと横を見ると足の不自由な青年が座っていた。
ビジェイのブラザーだそうだ。20歳くらいだろうか。
学校には行っておらず、毎日テンプルの横で
ベギング(物乞い)をしてる、さらりと誰かが言った。

正直ビビった。

ベギングはいけない、だから教育だ、
とみんな言ってたじゃないか。
しかもあんた数十の村のリーダーなんだろ!?
だったのに!?それでどうなんだ!?
アツくなり日本の乙武君の話をする。
「彼は自身の身体について非常に前向きで、
それは家族の教育がとても素晴らしくて、
今はスポーツライターとして活躍していて、、、」
みんなうんうんと大きく頷いてくれている。
「そう、だからハンディキャップトでも教育が大切だ。」
「だろ!?なのに何で彼を学校に連れてってあげないの?」

「彼(足の悪い青年)は勉強する情熱を失ってしまったんだ。」

ジュリアンがぽつりと言った。
みんなも頷いている。
なんか、とてもしっくりきた。
絶望でも諦めでもない。
キレイ事だけじゃなく現実を受け止める姿勢。
なのだろうか。

でも振り返って思った。
乙武君はあらためてすげえな、
彼こそは障害者達にとってのHOPEなんだな、と。

後日青年と話す。
思いのほか英語がうまく(といっても片言だが)
大学もできれば行きたいと言っていた。
明るいところで見るといい顔してる。
みんなの理解と矛盾するコメントだったけれど
きっともっと深い複雑な会話が家族の中であったのだろう。
よそ者の僕が何を言えるだろう。

ps
ちなみにバイジュさんの年齢クイズ、正解は25歳です。若っ!

リアル・インド・カレー

2010 年 4 月 8 日 木曜日

はい、相変わらず毎日カレー、食べてます。
まあさすがに同じ店の同じメニューは飽きますが
でも驚くほど飽きが来ない、インドカレー。

東南アジアフード大好きだったけど
ソースの味が強いので軽く飽きがきやすいかも。
インドの誇るスパイスの奥深さには頭が下がります。

そう、スパイス。
インドカレー、だしは基本とりません。
スパイスが命。

家にお邪魔すると大体石でできた、
切れ目の入ったぶっといまな板みたいのがあり
その上で唐辛子だあニンニクだあターメリックだあ
スパイスを磨り潰します。

これはラマさん家の様子
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スパイスの種類や量の掛け合わせは無限、
各家庭、店の数だけ、いや日によって違うからその何十倍、
スパイスのレシピがある事になる。
しかも毎日磨り潰したてを鍋に投入する。
そりゃー粉末のあれとはちゃいますわと納得。

気になるので動画も取ってみました。
後ろでしゃべってるのはやたら日本語の上手いインド人。

結構力使うけどやっぱり女性の仕事。
それでも腕輪指輪は外さないとこが好き。
毎日お疲れ様です。

てことで数百回インドカレーを食べてきた僕らでしたが
間違いなくNo.1!というものに出会いました。
前述のアジャイさんの家にお邪魔した際、
コックのサデさんがつくってくれた、チキンカレー。
コックさんが来ても、チキンカレー。

早速弟子入りを試みる我が妻
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チキン。いや鶏。先ほどまで生きていました。
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首を切られ首ナシでバタつき毛をむしられる姿を
初めて見ましたが感謝と合掌、としか言えません。

カルダモンを香る。言葉は通じないけど優しいサデさん。
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肉と野菜を適当な大きさに切り下準備が終わると
大量の油に玉ねぎとニンニクを大胆に投入、
そこに秘伝のスパイス(今回はサデさん持参でした)
が混ぜ合わされる。凄いかほりが部屋中に充満する。
そしてしばらくして満を持してチキンがボテボテと
鍋にダイブ。見よこの鍋と渋い表情を。
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途中、チキンが数個皿に取ってくれる。
これから水を足して煮込む前に
フライの状態でとりあえずつまみとして、と。
このぅ演出も憎いのう。

その後煮込みを待つこと数十分、
サデさん特性とれたてチキンカレーの出来上がり。
銀に輝くアルミのボウルにどさりと盛られる。
アルミ製の筒状3段お弁当箱から出てきた
「うりとオクラのマリアージュ 特性カレーソースで」と
「たっぷり野菜の冷製カレー 山の香りを感じて」、
それとチャパティとともに今宵の晩餐は整いました。
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そしてお味のほうは・・・

いやあ料理系のライター凄いですね、
表現が見当たりません。
とにかく、うまい、旨い、美味い。
というより、んまい、かな雰囲気としては。

チキンは程よい火加減で固すぎず柔らかすぎず、
肉の味とスパイスの香りがそれこそ素晴らしき
マリアージュ。
食い応えがあるサイズの肉塊を頬ばりつつ
これまた程よいドロドロ感のルウをチャパティで包む。
手は当然ベタベタになるが指から放出される
濃厚な香りがまた食欲をそそる。

まあとにかく上手く表現できませんが、
腹いっぱいで死にそうなほど食いましたよ。
感動しましたよ。
そして夜した屁が信じられない程臭かったですよ。
これもインドカレーの神秘と受け止めましたよ。

やっぱり「新鮮さ」が一番なのかなあ。
などと思いつつ、日本帰ったらあの石まな板
導入しようと心に誓うのでした。
(「面白そうじゃん。勇輝がやってね。」と横で妻がつぶやきましたが。。)

p.s.
全く関係ないですがサデさんが着ているタンクトップ、
インドで大人気です。
僕も前に1つ買って着てみましたが、
ぴたっと吸い付き背中のUが大胆でしかもビーチクくっきり。
なかなか着こなせていません。。

リアル・チキン・カレー
毎日カレー、食べてます。
まあさすがに同じ店の同じメニューは飽きますが
でも驚くほど飽きが来ない、インドカレー。
東南アジアフード大好きだったけど
ソースの味が強いので軽く飽きがきたから▲やすいかも。
▲インドが大切にする インドの食のルーツ など
スパイスの奥深さには頭が下がります。
そう、スパイス。
インドカレー、だしは基本とりません。
スパイスが命。
家にお邪魔すると大体石でできた、
切れ目の入ったぶっといまな板みたいのがあり
その上で唐辛子だあニンニクだあターメリックだあ
スパイスを磨り潰します。
■これはラマさん家の様子
スパイスの種類や量の掛け合わせは無限、
各家庭、店の数だけ、いや日によって違うからその何十倍、
スパイスのレシピがある事になる。
しかも毎日磨り潰したてを鍋に投入する。
そりゃー粉末のあれとはちゃいますわと納得。
気になるので動画も取ってみました。
後ろでしゃべってるのは飲んだくれランブー。
磨ってるのはウダイ・マンジさんの奥さん。
結構力使うけどやっぱり女性の仕事。
それでも腕輪指輪は外さないとこが好き。
毎日お疲れ様です。
てことで数百回インドカレーを食べてきた僕らでしたが
間違いなくNo.1!というものに出会いました。
前述のアジャイさんの家にお邪魔した際、
コックのサデさんがつくってくれた、チキンカレー。
コックさんが来ても、チキンカレー。
■紹介され早速弟子入りを試みる我が妻
■チキン。いや鶏。先ほどまで生きていました。
首を切られ首ナシでバタつき毛をむしられる姿を
初めて見ましたが感謝と合掌、としか言えません。
■カルダモンを香る。サデさん優しい。
肉と野菜を適当な大きさに切り下準備が終わると
大量の油に玉ねぎとニンニクを大胆に投入、
そこに秘伝のスパイス(今回はサデさん持参でした)
が混ぜ合わされる。凄いかほりが部屋中に充満する。
そしてしばらくして満を持してチキンがボテボテと
鍋にダイブ。見よこの鍋と渋い表情を。
途中、チキンが数個皿に取ってくれる。
これから水を足して煮込む前に
フライの状態でとりあえずつまみとして、と。
このぅ演出も憎いのう。
その後煮込みを待つこと数十分、
サデさん特性とれたてチキンカレーの出来上がり。
銀に輝くアルミのボウルにどさりと盛られる。
アルミ製の筒状3段お弁当箱から出てきた
「うりとオクラのマリアージュ 特性カレーソースで」と
「たっぷり野菜の冷製カレー 山の香りを感じて」、
それとチャパティとともに今宵の晩餐は整いました。
そしてお味のほうは・・・
いやあ料理系のライター凄いですね、
表現が見当たりません。
とにかく、うまい、旨い、美味い。
というより、んまい、かな雰囲気としては。
チキンは程よい火加減で固すぎず柔らかすぎず、
肉の味とスパイスの香りがそれこそ素晴らしき
マリアージュ。
食い応えがあるサイズの肉塊を頬ばりつつ
これまた程よいドロドロ感のルウをチャパティで包む。
手は当然ベタベタになるが指から放出される
濃厚な香りがまた食欲をそそる。
まあとにかく上手く表現できませんが、
腹いっぱいで死にそうなほど食いましたよ。
感動しましたよ。
そして夜した屁が信じられない程臭かったですよ。
これもインドカレーの神秘と受け止めましたよ。
やっぱり「新鮮さ」が一番なのかなあ。
などと思いつつ、日本帰ったらあの石まな板
導入しようと心に誓うのでした。
(「面白そうじゃん。勇輝がやってね」と横で褄がつぶやいた)
p.s.
全く関係ないですがサデさんが着ているタンクトップ、
インドで大人気です。
僕も前に1つ買って着てみましたが、
ぴたっと吸い付き背中のUが大胆でしかもビーチクくっきり。
なかなか着こなせていません。。

いろいろインド人

2010 年 4 月 7 日 水曜日

学校に通う通り道、メイン寺であるマハボディテンプル
(大菩提寺)前の賑やかな路を通るのだが
決まって毎日カードゲームしているおっさん達がいる。
昼過ぎから日没まで、毎日欠かさず。

IMG_2790_rs

ある日ふらりと話しかけなんとなしに顔見知りになる。
通り路なので毎日挨拶する。
なんとなく親近感がわいていく。

彼らはみんなかなりのお金持ち。
今度ヨーロッパ旅行してくるとかさらりと出てくるし
大体1時間に1,000ルピー以上動くような
ゲームをひたすら続けるなんてありえない。

不動産屋のオーナー、風格ある
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通りの土産物屋オーナーのラカンさん
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彼ら、さすがに何か違う雰囲気を持っている。
落ち着きはらっていて、リラックス。
あんま喋らないのだが沈黙も気にならない。

興味を持って色々質問してみる。

「なんで働かないんですか?」
「みんな下の人に働かせてる。僕らが働いちゃだめ。
仕事まわしてあげないと若い人元気にならない。」
「じゃあ下の人が働いてる間、何か新しい事始めないんですか?」
「うん、今はしない。急がない。やりすぎ、速過ぎるはダメ。」
※この会話、日本語。相当うまい。

ソーシャルワークとかは「興味ない」し
若いとき頑張って働いて稼いだのかと思うと「たまたま」、
「どれかと言えば」ヒンドゥ教徒だけど仏教も好きだし
肉もなんでも食うし
ブッダガヤは昔は静かで良かったけれど
「どこも同じ。全て変わっていく。」と無常の精神をチラリ。

目の前だけを見ているのかと思えば
「日本人は移民を受け入れて今やってる仕事を彼らにまわし
ほかの事、たとえばこれからだったら高齢者ケアの領域とか、
で仕事を創り出して働かないとダメ」

中でも良くしてもらったのはアジャイさん。
IMG_2429_rs

20歳で初めて日本に飛び込み住み着き
5年後に旅行代理店や貿易をする会社をつくって
約30年日本で生活していたと言う。

アジャイさん家には何度かお邪魔させて頂く。
屋根の部分は沖縄の赤瓦をイメージして
わざわざ日本の技師を呼んで作ったという村1番の大豪邸。
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お金の動かし方とか(お金がお金を生む投資概念、
例えば空港建設予定地の権利に投資してうん千万稼いだとか)
優秀な子供たちの通う塾の話(学校の前と後両方行くそうな)
何故働かないインド人がいるのか(暖かいから路上で寝ても死なない、
野菜穀物フルーツ沢山なってるから食うに困らない)
とかとか、色々話す。

日本国の将来も考えさせられた。

資源が豊富で自給率が高く(→輸入ニーズ低)
輸出やその巨大なマーケットにより外貨を稼ぎ、
政府により産業が保護されている、
(外国人は土地買えない、会社作れない、等) 、
インド。

それに対してわが国。
次なる成長分野は何処で、
どうやってそこに投資し、
現場を誰がどのように支えるのか、
そのために必要なしくみは何か。
旅行していて海外の人と会うにつれ
日本人の優秀さ(特に文化的美しさや繊細さは最高)
を再認しているので尚更思う、
能力はある、必要なのは国民で共有されたビジョンだ、と。

カーストやドーリー(結婚時に花嫁の家から新郎の家に贈られるお金)
についての考察も興味深かった。
「今は時代がかなり変わってきている。
前政権は補助金を出したりポストを提供をしたりと
かなりハリジャン を優遇した政策をとった。
努力次第でどうにでも打開できる。
それを言い訳にしてはいけない。」
同じ問題についても人によって言う事がかなり違う。
いや捉え方が違う。現実をどう見るか、だなと思う。
数ある中でも僕らにはアジャイさんの意見が一番フェアに聞こえた。

また家で飲んでいると色々なゲストが飛び入り参加する。
左からラカンさん、料理を作ってくれたサデさん、
品があって優しいドクターのマノジさん、中井貴一。
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聞くとDrマノジの大学資金はアジャイさんが出してあげたらしい。
ソーシャルワークに興味が無いと言ったアジャイさんだが、
実は何人もの若者達の進学資金をサポートしてきている事が分かった。
支援した中にはマノジさんのように成功し活躍している人もいれば
(貧しい人も来れるように診療代は無料にしている)
バックレたり全く花開かない若者もいると言う。
「それはそれでいい。お金を出してもあとは自分次第。」
「期待はしない。期待するからおかしくなる。」

このスタンスには正直うなった。
たった机と椅子だけでも感謝やその結果を
つい期待してしまう自分がいる事に気づかされる。
でも彼は自然体に、楽しみながら、
求めることも周りにひけらかすことも無く、
人助け(といわれるようなこと)をしている。
気づけば彼の周りには彼を「アジャイ・ジー」
と慕う素敵な人達がいっぱい集まっている。
(ジーは敬称。サンスクリット語元で日本の爺もそこからとか。)
ソーシャルワークという言葉は使わないが
彼は彼のやり方で、若者達の未来のために、
自分の持つ何かを役立てている人だと思う。

家への招待もお酒も料理もまったく強いる雰囲気が無い。
「いつでもいい、何でもいい、好きなようにするのが一番。」
と言いながらいつも本当に優しく、自然に、
どこの誰だか分からない旅行者をもてなすアジャイ・ジー。
言葉遣いも態度も本当に謙虚で丁寧。
口癖は「人それぞれ。みんな、違う。人と比べない。」
50歳、既に目線は自分の事ではなく
次の世代を見ていることが言葉の端々から感じられる。
色々世話になったという意味を超えて、
人間としてとにかく大ファンになった。

貧しいインド人。
社会貢献に燃えるインド人。
成功し冷静に現状を見つめている賢いインド人。
それぞれから、それぞれの学びがあります。