旅の最後に、夫婦の話。

2011 年 10 月 27 日

 

旅も終盤のある日、メキシコ。
バスを2日乗りついで、全然眠れてなくて、ヘロへロになって着いた所の
泊まる場所があまりに汚く、蚊やら虫やらもいっぱいで、
私はもう、無口になってしまった。

 

カンカンの日差しの中、
勇輝に頼み一緒に別の宿を探し歩いた。

ぐんぐん歩く。汗が吹き出る。
何やってるんだろうと思う。

残念なことに、訪ねる宿という宿が「無理!」というクオリティでしかも高かった。
じゃあ、もう一つ、違うエリアへ。
あと1時間頑張ろう。

なんとか意地で歩き始めたとき、急に黒い雲が一面広がって、
あれ?と思ってたら
ついにポツ、ポツと滴が落ちてきた。
この地域ではこの季節、夕方から夜にかけて豪雨になるという。

「だめだ、終了だ・・・」。

私は何かがプツリと切れてとてもとても悲しくなって、
もう疲れたとかあそこには寝たくないとか
私だけ今夜のバスで次へ行くとか我侭を言い出した。
Tシャツを汗でびっしょりにさせた勇輝は
つと立ち止まり、めったにしない強い口調で言った。

「がっかりさせんなよ。どんだけ弱いんだよ。どんだけ感謝がないんだよ。」

私はくるりと背を向けて再び歩き出し、
「弱い・・・感謝・・・」
勇輝の言った意味と自分の心を何度も確かめた。
さっきよりももっともっと悲しくなって、絶望的な気持ちになった。
雨が強くなり始めた。

バス停へ着くが、雨避けのルーフが壊れて骨だけになっていた。
私はそれを呆然と眺めることしかできなかった。
勇輝が、コンビニ「OXXO(オクソ)」を見つけて、あそこに行こうと。
すると私の好きな、コーヒースムージーを買ってくれた。ちょっと高いのに。
中にあるベンチに並んで座り、厚い雨雲で真っ暗になった外を見つめながら
私は心の中をぶちまけた。
静かな声で、ゆっくりと、ぶちまけた。

「いろいろ偉そうなこと言って、旅でたくさん学んだとか言って、
私はちっとも強くなってないし、立派にもなってないし、
むしろ悪くなってる。弱くなってわがままになってると思う。サイアクだよ。」
・・・・

しばらく二人で雨を見つめていた。
スムージーの甘さがゆっくり少しずつ、
心の凝り固まりを緩めてくれるのを感じた。
そんな私の様子を見てからか、勇輝は言った。
「美和は今とても疲れているだけだよ。
旅で美和が学んできたことは、きっとどれも本物だよ。
でもそれで劇的に変わらないのは、仕方ないし当たり前だよ。
これから、時間をかけて、少しずつやっていこう。大丈夫。」
それから、こんな、
こんな私のことを、

2言3言褒めてくれた。

・・・・

コンビニを出るとちょうどバスが来るのが見え、
手を振って止めて飛び乗って、私たちはもとの場所に戻った。
私は気持ちを勇敢にして、絶対嫌だと思ったベッドに2泊した。
もう一言も文句を言わなかった。

 

***

NHKの「龍馬伝」で、いつも勝気だった妻お龍が
結婚した直後、らしくないヤキモチを焼いてスネて見せたシーンがあった。
女からするとよく分かる変化だ。「めおと」になれたことで、彼が自分の物になったことで
急に自分の女の部分が出て、自分でもくだらないと思う発言や態度をしてしまう・・・。
ただ、あのお龍でもこんなふうになるんだ、と少し驚いた。
もっと驚いたのは、その「らしくない」お龍の言動に対しての龍馬の返しだった。
叱るのでも、バカにするのでも、失望するのでもなく、
龍馬がやったのは、目を開かせること、引っ張り上げることだった。
自分の大事なお守りをお龍の首に掛け、「お前と俺はひとつだ」と。
自分の成し遂げたい志のために、お龍の力が必要だと。一緒にやるんだと。
ここでお龍は本来のお龍のキリリとした表情に戻っていく。
そして龍馬を支え、ハッパをかけ尻をたたく最良のパートナーになっていく。
私はこの一連のシーンが、忘れられなく胸に残った。

 

***

人は、変化の連続だ。
たとえ単調な生活を送り何も代わり映えしないように思えても、
日々変わっていく。
ときに劇的に、ときに緩やかに。

「変化」は、傍からは分からない。
有名企業に転職を果たそうと、年収が上がろうと、
本人の内面の変化の、ベクトルとスピードは
本人か、ごくごく間近で観察している人にしか分からない。

夫婦は、恋人とは違って
すごく長い長い目で
この「変化」と向き合わなくてはならないものだと思う。
私のような人間が言うのは憚られるが。

 

自分が相手を好きな所以となる、一番の魅力はどこにあるのか。
相手を人として尊敬できる、「芯」や言動はどういうものなのか。
相手がその人らしく居られる、相手の「核」は何なのか。
相手の一番の幸せは、この世で果たしたい使命は、何なのか。

 

そういうこと含め、誰よりも一番よく知っていてくれるのがパートナーであり、
もしそこから離れていったら、一番元気の出るやり方で
ひっぱり上げてくれるのがパートナーであり、
変化のベクトルとスピードの中で二人が離れてしまわないように
お互い引っ張り上げあい、ハッパをかけあい、褒めあいながら、
一緒に変化し続けていけるのが夫婦だと思う。
何度でも、何度でも、何度でも、
変化を確かめ合い、試行錯誤し、必要があれば修復しながら。

 

それが夫婦なんじゃないかと思う。
なんて素敵なんだろうと思う。

この旅を終えようとしている今、
少なくとも今の私は、そう思うんだ。

だから。
今ダメダメなのは、外面はどんどん衰えていくのは、百も承知だけど、
もっとカッコよく、もっとあったかく、もっととらわれず、
相手が「お、そうくるか」って刺激を受けるくらい素敵になりたい。
もっともっと、変わっていきたい。
変わっていきたいよ。 

 

 

そういえば母がよく言ってたっけ。
「男は矢、女は弓。」
夫がどこまで高く、遠くまで飛べるかは、妻の度量にかかってるって。
ほんとそうだな、と思うし、逆もまたしかりなんだよな、と思う。
口で屁理屈をこねるんじゃなく、
姿で、顔で、態度で、見せていきたい。
まずは大きな愛を。
そこから、すべては、なんどでも、始まる。

 

***

 

夫婦が地球と月のように、大きな影響を与え合いながら
手を取ってくるくる回っているとしたら、
そこには私たちが吹き飛ばされてしまわないように強い力で
引っ張り結びつき支えてくれる太陽系のような大きな世界がある。
それが家族と、友と、縁のあるすべての人だと思う。
こんなちっぽけで浅はかでお調子者の私たち夫婦の旅を
ここまで見守り、支えてくださった皆さん。ありがとう。

 

これからも、どうか、どうか、
宜しくお願いいたします。

 

 

(MIWA)

グローバリゼーションって、これ?

2011 年 10 月 25 日

 

マンサニーヨからグアダラハラへ移動するバスの中、
なぜか放映してたのは、ハンナ・モンタナのライブビデオだった。


中高年の乗客ばかりの車内で、なぜ、
アメリカの女子小中学生のカリスマを??
最初きょとん、とし、そのうちバカバカしくなって耳栓をして寝ようとしたら
ん、まてよ、これはヒントなのか?と思えてきた。

この、私の白けた気持ちの中に
何かがあるんじゃないかと。

 


そういえばイランの文房具屋にあったのも
ハンナ・モンタナとハイスクールミュージカルのグッズだった。
売れるから置いているのだろう。
あんなに政治的にはアメリカに対抗している国で、だ。

 


ハンナ・モンタナが熱唱する社内、窓からこんな風景を眺めながら、私は考えていた。

ずっと、南米の半年で感じてきた言葉にならない「何か」について。

 

旅を始めてからずっと私は、無意識に「面白いもの」と「つまらない」ものを
自分の中でより分けてきたんじゃないかと思う。
面白いものは写真に撮り、つまらないものは見ぬふりをしてきた。
たとえば、このバスターミナルは「つまらないもの」で、これまで写真に撮らなかった類。

でも意外に、南米に入ってから「つまらないもの」のボリュームが多くて
ちょっと萎えていたことを思い出した。

それであえて、今まで撮らなかった「つまらないもの」を
写真に撮ってみよう、と思った。

 

そしたら見えてきた。

それは、コカコーラであり、バーガーキングであり、

ピザハットであり、スタバであり、ウォルマートであった。
味のある街並みや、ローカルフードの屋台、民族衣装の刺繍の美しさの中に
割って入ってくる、見慣れたロゴたちだった。

 

 

チリやコロンビアの、ばかでかいスーパーマーケットで見た光景を思い出す。
すごく太ったおばさんが、すごく太った息子たちを連れ
すごくでかいカートに、肉のかたまりやらケーキやら特大冷凍ピザやら、
日本ではありえない規格のポテトチップの袋やコーラの3Lボトルを何本も放り込む姿。
失礼だけど、おえって気持ち悪くなった。
ペルーの太ったおばさんが市場で山のようにじゃがいもを買っていても
気持ち悪くなるどころが、それは素敵な光景なのに。

これってなんなんだろう。

 


今まで一度も写真に撮らなかった服屋さんを撮ってみる。
そうだ。南米に入って、ずーっとこんな服屋でいっぱいだった。
男性は意味不明な英文が入ってるもしくは有名スポーツブランド海賊版のTシャツ。
女性は伸びる陳腐な素材のキャミやカットソー。スパンコールやラメ入りが多かった。
そして、男女ともに、ジーンズ。それも普通じゃない、スタッズや刺繍が施されたもの。
私の感覚で言うとそれはヤンキー方面というか、まあ、趣味じゃない方向。
なんでみんなみんなこっちへ行くんだろって勝手に残念に思う自分がいた。


子供たちのバッグはもう全員こっち。ディズニーやTVアニメのキャラを勝手にプリントした
派手なバッグ。ほんと、お金のある家庭の子は全員持ってたんじゃないかな。


アクセサリーはそうそう。こういう感じの店が町中にあった。中国人経営も多く。
何度か入ってみたけど、東京から来た妙齢女子にはとても無理なセンスと質感だった。

 

 

なんなんだろう。
この、よそ者の私が勝手に抱く
がっかりした感情は。

 

今まで遠く感じ思い憧れてきた夢の大陸、中南米は
確かに素晴らしい、今まで見たことない文化の宝庫だった。
そして想像以上に、見慣れたものも多かった。
それらのものをつらなく思い、見なかったことにしたい願望は、
つまりは自分と異なるものを見たい、その国のオリジナルを見たいという
旅行者の悪あがきなんだろうなと思う。

でも旅を続け、たくさんの町を見てくる中で、
中南米が、ある方向、少なくとも私にとってつまらなくなる方向へ
大陸全体が進んでいるような、大きな流れのようなものを感じて、
「ちぇー」っと言いたいような気分になった。

5年後、10年後のこの大陸は、どうなっているだろう。
国それぞれの持っていた文化は次第に薄れ、
やがて皆が似たような国になってしまうんじゃないかとさえ思えた。

 

見識の浅さを恐れずに言うなら、
その「似たような国」という方向性は、
大きくいうと、「アメリカのような豊かな暮らし」のような気がする。
(細かく言うと、食や暮らし方、エンタメはアメリカ、電化製品や車は日本や韓国、
衣料やプラスチックの生活用品は中国ってとこだろうか。)
ヨーロッパを向いている一部の富裕層を除いて、ほぼ皆が
こういう方向性で進んでいるように、私には見えた。

 

学者の人は、これをグローバリゼーションと呼ぶのかな。

そして私は考えこんでしまう。

「文化」って、なんだろう。
「豊かさ」って、なんなんだろう。

 


ボリビアの山岳都市クスコにいたおばちゃんと少年。
南米の人が皆こういう格好してたら私は満足なんだろうか?
でも実際彼女らは観光客に写真を撮らせチップをもらうために着ていた。


ペルーやボリビアにいたおばちゃんは普段着がこれだった。
でも彼女の娘たちの世代でこの格好をしている子を見たことはなかった。


仲良くなったアクセサリー売り、ファビオは、やっぱりTシャツだけが残念だった。

 

別にいいじゃん。
という気持ちの中に、確かにある
ひとりよがりな落胆をもう一度俯瞰してみる。

きっと、古くからの伝統文化が明らかに消えていっていることが
悲しいんだろう。というのが、1つ。

これはほんとに勝手な話なんだけど、
南米には素敵な織物や刺繍の文化があるのに、
なんでミッキーやらカーズやらのてかてかした素材のリュックを持つの?と。
私が土産で買ったような、カラフルな手織りのバッグをなぜ使わないの?と正直思う。
それに、インドの女性にサリーが似合うように、
南米人の濃い顔とふくよかな身体に合うのは
スパンコール入りのピタっとしたTシャツじゃなく、
民族っぽいワンピースやふんわりしたスカートのような気がする。
味のある色のストールや、豊富な国産の革を使ったブーツもいいと思うんだ。

分かってる。こんなの、
私たち日本人が「どうして着物を着ないんだ!」と
外国人に悲しまれてるようなもので、そんなこと言われたら
「ちょちょ待ってよ。洋服の方が楽なんよ。好きな服着させてよ」って言いたくなると思う。
それと同じで、余計なお世話、ってやつだ。

服だけじゃない。
アルゼンチンのブエノスアイレスで、
若い世代がタンゴを聴きもしないし踊れもしない、
あんな素晴らしい文化がすっかりお年寄りのものになってしまっていることを
すごくもったいなく思ったけど、同じこと。
私たちの世代の多くは、外国に非難されたとしても
歌舞伎や能や落語に足を運ばない。日本舞踊や太鼓を習おうとは思わない。
番傘職人や宮大工に弟子入りする決意はできない。

 

そしてもう1つ思う。
これは、私たちも通ってきた道で、
(もっというと今まだその道の中に居て、)
先輩として、「気持ちは分かるけど、こっちに来ないほうがいいよ」と
思っている節があるんじゃないかと。

振り返れば、私たち日本人は
今でこそ世界各地から自分の好きなものを取り入れ、
同時に日本文化も見直す傾向もあるけど、一時期は全員がアメリカを向いて、憧れていた。
私も中学時代、NBAと、スラムダンク(というのは誇らしいが)に憧れ
だぼだぼのアメカジTシャツにハイカットのバッシュを履き、キャップを後ろ向きにかぶって
得意げにしていたことを思い出す(恥ずかしい!)。
私の背が低くぼてっとした体系にはずいぶん似合わなかったことと思うが、
たとえ当のアメリカ人にダサいと笑われようと、私はあとローラースケートと
ウォークマンがほしかったわけで、マックシェイクを飲みたかったわけで、
できれば髪が金髪になればと願ってさえいた(サイアク)。

 

こう考えると、結論は
しょーーがないじゃん。になる。

 

生き馬の目を抜くような市場競争がおこっても、
大型チェーンが市場や商店街をつぶしても、
外国資本の産業が国内企業を弱らせても、
伝統工芸が担い手なく廃れていっても、
国民はその国で、その地域で、今宣伝され流行っている形の
格好よさ、豊かさを求めて進むのだと。

 

メキシコで大繁盛するコンビニチェーンで、お気に入りのトマトジュース
「V8」(アメリカ産)を買いながら、そんなことをあれこれ考えていた。

 

まあ、私がとやかく言える話じゃない。
私にできるのは、自分の中にあるものが何かをちゃんと見つめ、
自分の国を愛することだけだ。 

 

きっと中南米の国々も、
日本や他の国と同じように、いろんなものを吸収していろんなものが生まれて、
消えるものは消えて残るものは残って、見失ったり立ち止まったりしながら、
やがてそれぞれの「らしさ」が出来上がっていくんだろうな。
いや、今のこの変化しつつある状態も、それはそれでオリジナルなのかもしれないな。 

 

幸い、まだまだ、
中南米各国の独自の文化やオリジナリティは消えてなくならない、どころか余りある。
世界に注目されるような新しいアートや音楽も次々に生まれている。
これからもっともっと、世界を彩り鮮やかに楽しくしてほしいな。
と、すいぶん勝手に、考えをまとめる。

 

(とりあえず私は、帰国したら
着物を奇麗に着られるように、丁寧に和食を作れるように、一から勉強しよう、と決める。)

 

グアダラハラで泊まっていたのは、
コロニアル時代からの古い洋館をリノベしたゲストハウスだった。

高い天井にメキシコMIXの壁色、
欧米っぽいPOPなインテリアに、アフリカを思わせる置物の数々。
共用スペースの壁に描かれた大きな木の、茂らせた葉っぱには
各国からの旅行者がそれぞれの言語でメッセージを書き込んでいた。

もう、世界は、
それぞれ、で、1つ。

なんかそんなことを表しているように思えた。

 

どーんと大きな音がしてベランダに出た。

メキシコ最終日の夜。

立派な花火がすぐ頭の上であがっていた。

 

そんなこんなで、
明日は飛行機に乗る日。

あとは、大きなイベントが2つ控えているのみ。

つまり、私たち夫婦二人、の旅は
終わろうとしていた。

なんの実感もないままに。

 

(MIWA)

メキシコ着倒れ!

2011 年 10 月 17 日

 

はい。続きましてーはー、
メキシコのお買物だYO!!!

物価が安くて民芸品の豊富なペルー&ボリビア以降、
南米ではほとんどお買物をしなかった私ですもの
もうど・う・に・も・と・ま・ら・な・い!のでした。

(あ、ブラジルで靴買ったっけね。まいいか。てへ。) 

 

食のマストゴーの町がオアハカだったのに対し、
買物で絶対おすすめは、グアダラハラ! 

町の中心に、毎日やってる民芸市場がどどんとあるの。しかも、安い!


ちょっと伝わりにくい写真だけど、こういうブースが迷路のようにだだだーっと並んでる。


服もバッグも革製品もアクセも豊富、なんだけど、私の一番のご所望はこれ。
ぬいぐるみ!!! ぬいぐるみなんて歳じゃないですよ、わかってますよ、
でももう、たまんない。色の組み合わせとか意味不明だし、顔ぶさいくだし。 


さんざん迷って悩んで買ったのがこちら。1つ2~300円とお値打ちだけど、
結構でかくて1つ1つがっしり重い。カンクンで冬物の服を一切がっさい日本に送って
ほぼ空になったバックパックが、たちまちパンパンに。なに?私、行商のばあさん?
一番のお気に入りは奥のブスなくまさん。萌え~~~


あとはこんなストールを買いました。左のは120ペソを値切って60ペソ。約300円。
右のは絨毯だろ!ってでかさと重さだけど、たまらなく気に入って。


あとは、勇輝がいつからかハマってしまった、ひも。
どこにどう使うんだろ・・・ でもトリのししゅうのは子供のバッグとかに使ったら可愛いかも! 

 
そう。メキシコでは、何を思ったか「素材」もいろいろ買いました。

サンクリの町なかにこっそり佇むハードウェアショップ。可愛い看板娘。


ここで買ったのは、激安のパーツと皮ひもなどなど。一番興奮したのはガイコツのビーズ!

 


メキシコに入ってから、いつしか私の手芸屋好きが勇輝にも移ったよう。
二人で手芸屋をみかけてはリボン買ったり私の大好きなアップリケを見たり。
「なにに使うん?」って疑問はおいておいて、超たのしい、手芸屋。


フォルクロ-レ調のこんな可愛いリボンもゲットしたよ!
1m50円、って、なにその価格設定! 

 

 

そうそう、オアハカの郊外の町、ミトラもお買物にはおすすめ!

可愛い町。お散歩にもいいのだ。


勇輝はすかさず名物のメスカル(テキーラみたいなもの)お小瓶を自分用にお買い上げ。


私は試着の嵐。民族っぽくて、手縫いの刺繍が美しいものがいっぱいだけど
どれもサイズが大きめなのと、3~400ペソ(1500~2000円)するからどうも踏ん切りが。 


といいつつ買っちゃった。このスカート。約600円。手染めの色と厚めの生地がいい風合い。 


ミトラにて勇輝が一目惚れしたのは、グアテマラの生地をパッチワークにした、このベスト。
約500円。今回の旅でグアテマラは行けなかったんだけど、グアテマラの生地は
独特で可愛い!と知り町に戻って布をどん!と大量購入。だから~、重いっつの!


まだあります。このレトロな色使いのストール。約600円。やはーん、かわいい!

 


メキシコだもの。あれを買わなくちゃ!ってことで、
グアダラハラの郊外、トラケパケにあったこんな可愛いお店で
悩みに悩んだ末に買ったのは・・・ 


こちらのザ・メキシコなワンピ。約1000円!あれ、かなり奮発したつもりだったけど、安いね・・・
(写真の場所はメキシコじゃないってバレた?この話はまた今度。)

 

 

はっ、大事なこと言うの忘れてた。
メキシコのお買物でマストバイなモチーフは、ずばりガイコツ。
ガイコツって言っても、パンクロックの世界のスカルとはまた別の世界観で、
チャーミングなアイテムが多いのなんのって。  


特に勇輝がハマっちゃって、これ↑なんて、長考の末、厳選10体お買い上げよ!
どんだけ! 

メキシコでは、お墓で飲めや歌えのパーティをする「死者の日」に象徴されるように
亡くなった家族や友人がとても身近で、生きてるかのように愛をもって語られる存在。
だから死んだ人々を表すガイコツは、ぜんぜん縁起の悪いものじゃない。
このコンセプトを知ってから、私たちすっかりガイコツファンに。

死んだ家族も、いつもそばにいて、見守ってくれてる。
笑顔でそう思える、 可愛いガイコツをいっぱい買いました。


さすがにこれはでかくて買わなかったけど。


死んじゃってるのに笑ったり踊ったり恋したり酔っ払ったり。ほんと可愛い。


こんなのつけてたらオッペケペーのおばさんになっちゃいそう。と思いつつ
買ってしまった揺れるガイコツピアス。全身が200円、顔が150円。
ちなみにサボテンのブリキ飾りは1つ30円。 (オアハカ)

これも可愛かった~!でもさすがに椅子はと勇輝に止められた。うん。だよね・・・

 

そう。いっくら買物解禁の国に指定したからといって
買えなかったものもたくさんございます。 


こちら町のマーケット。かご売ってるの、分かる?これ、メキシコではどこの家庭にもある
タコスを入れるかごが原型なんだけど、色もぽっこりした形も可愛くて!
超~いっぱいほしかったけど断念した。1つ5~600円とちょっと高かったのと、
さすがにかさばりすぎだから。どんだけ行商?だから。 (オアハカ)

 


メキシコに居る間ずっと悩んでこちらも断念。薄い紙でできた横断幕的な飾りと
ユーモラスなあやつり人形。しっかしこのレストラン可愛いかったー。 (オアハカ)

 


まだまだあります、断念シリーズ。色と絵がめっちゃ元気なカラフル食器たち!
大皿も小皿も、ボウルも、と思わず買いそうになったけど、これ以上重くできん・・ってのと
これらの食器に盛り付けても負けない料理を作る自信がなく・・・。 (グアダラハラ郊外トナラ)

 

最後に、勇輝が異常な執着をみせた、ルチャリブレ(メキシコのプロレス)グッズを。


テーブルに乗ってるのが、丹念に選び厳選した人気レスラーのマスク人形。1つ150円。
丁寧に卵のパックで包装してくれました。(サンクリ)
ルチャリブレグッズも、ガイコツと並んでメキシコマストバイの1つ!

 


つーことで、メキシコシティで行きましたよルチャリブレ。
撮影禁止で写真はないんだけど、こんれが面白かったすごかった。

当然大興奮でお買物。マスクの形の小銭入れをゲット。


道端で裸をさらしつつ試着を重ねお買い上げのTシャツ。
(例によって着用1回でマンサニーヨに忘れてきたことは本人の名誉のため触れません・・・) 

 

 はーい、以上しゅうりょおおおお。
ありがとうございましたー。 

 

え?
なんだこのジコマン記事は、って?
内容がナイヨウ、って?
あはは!まあまあ、ここは穏便に。

だって、私、買物しに来たのよメキシコに!(きっぱり。)
お買物は女の潤いの源泉(の1つ)なのよ!(きっぱり。) 

そのわりに勇輝もいろいろ買ってるなぁってことと、
そのわりにお肌カサカサだなぁってことはおいておいて、
ご紹介のアイテムがツボだった人、グッときちゃった人、
行くでしょ、行くしかないでしょメキシコ!

私も・・・また絶対行く!
空のスーツケース持って行く! 

 

 

そのときまで、愛しいメキシコよ、
アスタルエゴ(またね)!!! 

(MIWA)

 

メキシコ食い倒れ!

2011 年 10 月 15 日

 

さあて旅の続きはメキシコから。
どうしても書かずにはおれない、メキシコの魅力をいっちょおとどけします!

 

そう。私の所望の国、メキシコ。

メキシコは中米にあたるのだけど、
ペルーから始まり南米大陸を半年かけて回った、
その最終地点の位置づけ。

独自の文化色濃いこの国で私が注目していたのは、
なんといっても、食と買物でした。

まずは食。
タイトルに食い倒れとあるけど、赤痢で入院したわけじゃありませんよ、
食って食って食いまくった、って意味ですよー。

 

ペルー・ボリビアのパパ(ジャガイモ)とポヨ(鶏肉)、
チリ南のマリスコス(魚介)とアルガ(海藻)、アルゼンチンの牛肉とワインなどなど、
これまで行った国でもそれぞれ色はありました。
でも、大きくくれば、おかずとご飯/パンなのは一緒。
メキシコが特別なのは、やはりタコスというとうもろこしの粉を使った主食があることでしょう。

 


入国早々さっそく食らったタコス。どの町にも、「タケリア」という、つまりタコス屋がいっぱい。
基本、トルティーヤに具をはさんで食べる、のは皆さんご存知の通り。


具は、鉄板焼きの各種お肉はもちろん、
パストール(ドネルケバブみたくあぶり焼きのでっかい豚肉の固まりをそぎ落としたもの)
チョリソー、トリッパ(内臓煮込み)フリホレス(豆の煮込み)などなどあり、どれもうまい!
トマト・玉ねぎ・シラントロ(香草)のみじん切り、ライムが入れ放題な店も多く嬉しい。
サルサは辛さも種類も豊富。これがメキシコ料理かぁ。ぜんぜん知らなかったよ。

 


チーズをたっぷり乗せて焼く大判ケサディーヤ。かなり好き。
関係ないけど壁のゲバラ、似てない・・・

 

 

メキシコで食を語るうえで、絶対はずせない町が、
オアハカ。ここにしかない食べ物も多くどれも絶品。まさに食い倒れの町ね。

まず、なんといっても、オアハカチーズといわれる独特の濃い風味のある裂けるチーズ!
市場で買うとこんなふうに巻いてくれる。500g 34ペソ。約160円。 
毎日の部屋飲みのつまみに、ね。しめしめ。

 


オアハカチーズをたっぷり使ったサンドイッチ屋さん。

 


そのまま裂いて食べても、熱くしてトロトロでもうまい。もうメロメロ!日本でも毎日食べたい!

 


ちなみに部屋飲みをおおいに楽しませてくれたのは、チーズと、ビールと、このトマトジュース。
そう、大好きなレッドアイがチーズに合う合う!しかも、こっちのトマトジュース、
アサリのエキス入りが普通なの!まるでビールと合わせてくれといわんばかりの!鼻血!

 


ソパ・オアハケーニャ(オアハカスープ)も大好物に。
豆をベースに、アボカドとチーズ。意外な具のスープだけど、もう、ずるいよねってくらい美味。 
(奥にボケてるのはタマルっていうとうもろこしを葉でくるんで蒸したオアハカ伝統料理ね。) 

 


オアハカはチョコレートも有名。カフェでいただくホットチョコは町中みんなの人気者。
これまた、ずるいと唸るしかない。どんだけゴルダ(デブ女の意)にさせんねん!くぅー 

 


またオアハカ独特の食材が、この花。カズエラっていう、ハイビスカスかかぼちゃの花を
思わせる花なんだけど、レタスみたいな感覚でタコスの具やおかずに使われる。


これはホテルのスタッフがカズエラを食べたことない私たちに食べさせようと
作ってくれてるとこ。しゃきしゃきしておいしかった!ありがとう! 

 


あ、オアハカ、もちょっといいですか?しつこい?
オアハカ料理といって絶対はずせないものがあるのです。それがモーレ。
たくさんの野菜ととうがらしと木の実を煮込んで煮込んでコクと旨みを凝縮させたペーストが
こんなふうに売っているのね、で、材料によって味が違って、7色あると言われてるんです。
観光客には、チョコレートをMIXしたモーレ・ネグロがあまりに有名だけど、
私が気に入ったのは、アーモンド仕立てのモーレ・アルメンドラード。


それが、これ。どんと乗ってるのはチキンです。雰囲気はシチューとかカレーなんだけど
もっと甘みがあって、深みもある。ほんとにほんとにヤバいうまい!

いんやあ、参りましたオアハカ。
このモーレだけは、作り方を習いたいって思ったんだけど、なんせ入ってるとうがらしの
種類が半端なくて、しかもメキシコしか出回ってないアンチョビーみたいな
旨味のある種類のとうがらしも必要なもんだから、日本で作れる気がしなくて断念。
「モーレを食べに週末メキシコに。」という身分になれるよう頑張ることにします(主に勇輝が)。 

 


あとはねー、市場の肉屋がその場で焼いてくれる焼肉もうんまくてねーーーー

 


どの町にもそこらじゅうにいる可愛い屋台も。タコスにホットドックに甘いものに、
これまたいちいち旨いんだから参るよーー


そんな屋台でさりげなく出てきたハンバーガー。
旨すぎて「何これ!」と二度見。たっぷりの玉ねぎとトマト、辛いサルサがメキシコ風味。

そんなふうに結構肉肉しく過ごしてきたとこで
訪れた海沿いの町マンサニーヨ。

二人のお気に入りリストに堂々入るすんばらしい魚介レストランを見つけました。


贅沢すぎるスープ。ダシ出すぎだから!


魚介マリネ。サルサとケチャップ、レモンをたっぷりかけて。
ああ、やばい!思い出すだけで唾液がーーー。 

 

 


関係ないけど、メキシカンづくしの胃を休めにふらりと入った中華料理屋
の定食で出てきたもやし炒め。@サンクリストバル。 
胃を休めるはずがあまりに多くてお持ち帰りにして、その後2日間食べ続けたという、
ある意味メキシコ人の食べる量を物語る一品となっています。

(小麦粉と比べ力強いとうもろこしの粉を消化するパワーが身についてなかったのか、
私たち最初しばらくお腹をくだしてて・・3食タコスは正直キチかったのです・・)

 


関係ないけど、運転席側のサイドミラーが無い車があまりに多くて謎でした。
メキシコ人の友人に聞いたら「盗まれる」のだと。そういえば古い車ばかりだった。
町じゅうでミラーの取り合いが密かに行われている・・・怖いけどちょっと可愛い。

 


関係ないけど、このときのボリパー具合です。
国籍不明。こんな陽気でカラフルな町を、一瞬でそこだけ重い空気にする妖怪モッサリ。

 

 
メキシコではたっくさん歩いたなあー。
古ぼけて可愛い食堂やカフェ、いつも人でにぎわってる屋台、ジュース屋にアイス屋・・・。

いつでも、どこでも、美味しくて楽しいメキシコ。
いつでも、どこでも、常に何か食べてるメキシコ人。

なーーんか、この国の幸せなムードは、食から来てるのかもしれない。
ほら、美味しいもの食べると幸せになるでしょ?

ラブ!メキシコめし!
みなさんにもぜひ現地で味わってほしいな!

 

そして・・・
毎晩止まらないメキシコビールの効果もあいまって
入国を機にぐんぐんふっくらしていった私の
もう1つの楽しみはお買物!
るんるんしてるのは私だけ?
な投稿、まだまだ続きまーす! 

 (MIWA)

どこかに置いてきた何か

2011 年 10 月 10 日

 

やっと、やっと、ついに、この日が来た。


安宿の少しカビ臭いベッドの中で、
曲がりくねる崖を駆け抜ける長距離バスのシートで、
20キロのバックパックをよいしょと背負いながら、
何度も想い描いてきた、
「いつか来る」帰国の日。

日本の皆が夢見るような完全に自由な旅の日々の中で、
私はいつしかもといた場所、日本を夢見ていたのだがら
滑稽というか皮肉というか。
でもそれがここ半年のリアルの1つだった。


帰ってきたぞ。
私の街。東京。

そう思って勇敢に、颯爽と歩くのだけど、どうもぎこちない。
表参道で女の子とすれ違うたび、どの子もなんて可愛いんだ!とニヤニヤしてしまったり、
券売機なのに元気にオーダーしてしまったり、
列車から降りるタイミングがずれてるのか乗ってくる人の波に揉まれあぷあぷしたり、
路線図みたり道尋ねたり乗換え間違えたり、
全然スマートじゃない。
不器用丸出しなのだ。
きっと人には地方から出てきた人か、もしかしたら外国人に映っているかもしれない。
違うのよ。ここは私が10年以上住んできたエリアのどまんなかなのよ。


でも、東京に戻って数日、感じていることは、
とにかく人があったかいってこと。
あれ?東京って、こんなんだっけ?
築地の屋台で海鮮丼を食べながら
地方から来たじいさんばあさんと店員さんと大盛り上がりでおしゃべりしたり、
回転寿司屋で外国人観光客にオーダーの仕方を教えて
観光客にもお店の人にも感謝されたり、
電車の中でいた赤ちゃんを変顔で笑わせてほのぼの~って空気を醸し出したり、
高校生の集団やゴミ掃除のじいさんに話しかけて世間話したり、
ついつい我慢ができずそんなことばかりやってしまう。
変態すれすれだけど。
(え?アウト?)


そして気づく。
東京の人って、温かくて、素朴で、優しい。
自分と同じ、生身の人間なんだなーと。
あたりまえのことなのにね。

以前の私は、視界の中で、街を行く人々に血が通ってなかった気がする。
そこに確実に居るのに、居ないというか。
今は皆(勝手に)友達に思えてくる。東京にいる仲間。
色鮮やかに存在する。血が通っている。生きている。美しいな、と思う。

そんな変化もあってか、
「あれ?ここ、どこだ?」って一日に何度も思う。

これまで何度も何度も通ってきた道でさえ。
もといた街は東京で、ここはパラレルワールドで別次元のTOKYOなんじゃないかとさえ。
どうも今まで暮らした街だと思えない。
「帰ってきた」と思えないのだ。
新しい暮らしが始まろうとしているのに、

ダンボールの山をいくつも開けているのに。
ちっとも「始まる」気配も感じられないのだ。
どういうことなんだろう。


まだ日が浅く、旅行者の気持ちが抜けないのかもしれない。
いや、上記のようなちょっとした奇行にも分かるように、
長い海外暮らしで「私」がちょっと変わってしまったのかもしれない。

もしかして、完全に外国人になってしまったのかもしれない。
いやいや、それはない。
きっとそのうち奇行も収まってしまうだろう。

クールにスマートに東京を歩けるようになる。

 

いろいろ考えて、そうか、と思う。
私の中ではまだ旅が終わっていないんだ。
肉体はここにあって、気持ちも感覚もある。
でも、精神の大事な部分をごっそり、もしくは散乱させて、
どこかに置き忘れてしまっている。

それをちゃんと回収して、この肉体に収めなくちゃいけない。
パスポートには、最終地TOKYOのスタンプが押されたけど、
もうすぐ住民票を作りに行くけど、まだその回収作業が終わっていないから、
私はまだ帰ってこれない。

その作業は、きっといろんなやり方があって、
きっと放っておいても、もっと時間が経てば、私の魂たちも
諦めて海を渡って戻ってくることと思う。
でも、私は、書きたい。
書くことで魂たちを収めたい。


ブログをちゃんと終わらせよう。
まだちゃんと伝えてない。
旅で見つけた大事なこと、この旅はなんだったのか、
置いてきた魂と対話しながら、
あの時、あの瞬間の自分の感情を紐解きながら、
ゆっくり、しっかり、書いてみよう。


たかが個人ブログ、の下手な文章だけれど、
でも、ずっと見てくれてた人がいるから、応援してくれた人がいるから、
ブログを読みながら一緒に旅をしてくれた人たちがいるから、
だから私は歩けたのだと本当に思うから。
書かなくちゃ。


そんなわけです。
旅の終わり、いろんなことがあり、いろんなことを考えました。
それをこれから書いていきます。
こんなふうに自らハードルを上げてしまってなんなんだけど
真面目なのも不真面目なのも、

旅ガイド的なのも個人的なのも、
面白いのも面白くないのもあると思うけど、
どうぞ、よかったら最後まで見てやってください。


そうして私は旅を終わらせます。


だから、まだ、ありがとう、言いません。


つづく!!!

つづくよ!!!

(MIWA)

帰国のご報告

2011 年 10 月 7 日

 

久々に帰国した僕が真っ先に向かった先。
それは寿司屋でも蕎麦屋でも、美味い鍋を食わせる店でもなかく、
黄色い看板が目印の、あの、あの系列店だった。

世界を旅してきて、
日本食がいかに高いステータスにあるのかも、
日本人がいかに繊細な食感覚を持っているかも、
日本人のつくる食がいかに優れているかも、
それなりに感じてきたつもりだ。

その上で断言したい。
世界に誇る日本の食は、SUSHIやSUKIYAKI、TENPURAだけではない、と。
それどころか、唯一無二、他の追随を許さない究極の食文化があるのだと。

その思いを確認するかのごとく、僕はその地へ急いだ。
「帰国して最初のアレは、是非ボクにおごらせてください」
なんとも粋な誘いをしてくれたファンキーな男の言葉が脳裏をかすめたが、
やはり「神田駅。次のアポまであと2時間フリー。」
この状況下で僕を止めることはできなかったと説明しておこう。

 

そう、向かったのは数ある系列店の中でも
比較的ジェントルな立ち位置にある、神田店。
あの特徴的な暴力性はこの店では見られないが、
縁あって通っている店のひとつだ。
駅から続くネオンの光にノスタルジーを感じることなく、
頭の中は脂ギトギト、小躍りしながら歩を進めた。

2年ぶりの動揺を外に見せることなく入店、
食券購入から着座までを我ながらあざやかにこなすことができた。
幸いにもカウンター一番奥のいつもの席が空いているという歓迎を受ける。
上を見ると10年ほど前に貼った名刺はまだ顕在だ。
うん、なかなかいい色に仕上がってきてるじゃないか。


(中央下のちょっと左、横名刺なのに縦になっちゃってる奴)

 

いつもの通り小豚を注文、記憶よりやや早い
「トッピングはぁ?」ぶっきらぼうな問いかけにひるむ事無く
常連顔で野菜増しをソツ無く伝えた。
野菜をWにしたりニンイクおよび脂を増していた時期はもう卒業しているのだ。

大将は10年前と変わらないあの人だった。
やたら仲がよかったあのパートナーの姿は無いのが気になったが、
それより「写真よいですか?」以前なら決して口にできなかった
この言葉を軽々と言えたことが、この2年の1番の変化かもしれないと感じた(嘘)。
この変化は何を意味するのか、僕には整理に時間が必要な気がする。

 

 

そして3分後。
やつは、やってきた。

あざやかに散りばめられた脂の美しいまだら模様にうっとりしつつ、
飛び道具の白い粉を十分に感じさせる塩辛いスープに渇を入れられ現実に戻る。
チャーシューの質は正直落ちていた気もするが、
このもっさりした麺、大量の七味投入にも全く負けないマイルドな脂の甘み、
そして中和剤としてのもやしの奏でるハーモニー、、、、、
これだ!これこそが僕の求めていた、外国人の知らない日本の誇る芸術なのだ!!

そうだ、やっと、戻ってきたのだ。
その時僕は改めて帰国を実感するとともに、
とめどない感動に包まれたのだった。

 

 

 

 

以上の通り、無事に日本に帰国いたしました。

帰るまでが遠足という名言もありますが、正真正銘、旅の終わりです。
今まで応援して頂いた方々、心配して頂いた方々、本当にありがとうございます。

ブログはまだメキシコ。まだまだ書いていきますので、
引き続きお付き合い頂ければ幸いでございます。
これからもどうぞ宜しくお願いいたします。

 

注:
万が一ご存知の無い方へ。こちら、ラーメンではございません。
二郎という食べ物、もしくはスポーツとなりますので、今一度ご確認をお願い申し上げます。

Days in Mexico

2011 年 10 月 1 日

 

マレーシアで、帰国を目前に控えながらこれを書いています。
日本より安いからあててみたパーマは完全におばはんですが、気にしていません。

ってブログはまだメキシコ。軽く1ヶ月遅れとなっております。
とにかく急ぎ足で追いついて、なるべく早く合宿の報告をしたいと思います。
いましばらくお待ち頂きたく宜しくバクテー。

 

ということで、メキシコ。
カンクンのあとは、、、

→少数民族の多いチアパス州は「サンクリストバル・デ・ラス・カサス」(通称サンクリ)
→メシがメキシコNo.1と名高いオアハカ州の州都「オアハカ」
→人口1,800万人、泣く子も黙る世界の「メキシコシティ」
→マイナーな、なりきれないリゾート地「マンサニーヨ」
→マリアッチ*の故郷にしてアートもクラフトも盛んなメキシコ第2の都市「グアダラハラ」
*メキシコの伝統楽団

てなルートで駆け抜けた1ヶ月を一挙まとめて、
ツボだった所だけ集めてDays inします。


ルートはこんな感じ。日本の5倍という国土、まわれたのは南半分でしかなかった。

 

世界で一番楽しい遺跡へ

ユカタン半島エリアでもう1ネタ。
カンクンから南へ車で約1時間、トゥルムなる所へショートトリップした時のこと。
遺跡にあまり興味の無い僕らも興奮したマヤ遺跡が僕らを待っていた。


なんと日本から合流者が!もみー&くみちゃん、楽しいドライブになりぁしたサンクス!
お店は宿の兄ちゃんにオススメされたセントロにあるタパス屋、店主はバルサ出身美味かった。


ちなみにお勘定と一緒にテキーラショットが来た時にFEEL MEXICO。


で、めっさアガった遺跡はそうさON THE BEACH。


灼熱の太陽の真下、崖を降りていったらカリブのスーパーブルーの世界。


水着だろうが何だろうがみんなワッサワサ海入ってた。
これ、遺跡の敷地内だぜ?まじ最高じゃない??


あ、あと、個人的にツボなイグアナちゃんも死ぬほどいるし。

ってまあそれだけなんだけど。。。

とにかく、リゾートだけではないカンクン旅行、まじオススメです!
カンクン(もちオールインクルーシブホテルね)
+コスメルでダイビング&近隣でセノーテホッピング
+トゥルム(遺跡以外ものんびりしたビーチが素晴らしい)、
さらにできたらキューバ足して、超もりだくさんの旅ができると思うなあ。。。

 

LOVE!メルカト(市場)!

世界中どの国でも市場はローカルな雰囲気満載の鉄板ポイント。
なんだけど、メキシコは特にアガったなあ。
カラフルで活気があって、楽しくて。
便利で効率的なスーパーやチェーン店に負けるな!


サンクリ、かなりほのぼのしてた。どこでもおばちゃんが活躍。


オアハカでもおばちゃん可愛かったなあ。


そのオアハカのメルカトは、カラフルさが半端なかった。


ジュースストールもカラフルに賑わってたし、


意味不明の品々もなんかかわいい。マイBESTメルカトかも。


バーベキューゾーンとかあって、まじぞくぞくしたよね、この雰囲気。


メキシコシティもよかった。フリーダカーロ美術館のすぐ近くのメルカト。


どの店も人でいっぱいで、一生懸命働いてて、いいパワー出てた。

 

マンサニーヨ居候記

何ゆえ僕らは数あるビーチタウンの中からここを選んだのか。
それはコロンビアで世話になったというか友情を築いたパウロの紹介で、
イケメンメヒカーノを紹介してもらったからだ。
メキシコの居候は陽気で素敵なファミリー宅でさせて頂きました。


イマイ(中央)は以前コロンビアはカーリの大学へ交換留学していた。
弟と兄との3兄弟、それぞれ味があっていい兄弟だった!


ビール好きで歌好きの陽気なお父さま。常に上機嫌でメヒカーノのイメージそのもの。


ある夜遊びにきたパヴェル(お兄ちゃん)の友達3人組。ギャル!と思ったけどいいコ達だったー。


休日の風景。家族仲いいのって、ホントいいよね。。。


そして居候と言えば、念願のメキシコ料理レッスンが実現。


お土産に持っていったオアハカのモーレ(メキシコの伝統的ソース)を使ったエンチラーダ、
まじ激うま、行ったどの店のより圧倒的に美味かった。


チリソースもゼロからつくる。唐辛子2種とトマトを直火であぶり黒こげにして、石臼ですりつぶす。
予想通りクソ辛い、この手で顔の汗ふいたら(手を洗ったのに)地獄が待っていた。


ちなみにマンサニーヨ、街とか相当しょぼくてなめてたけど、
車でちょっと走ったら、なんかギリシャのなんたらリーナ島みたいなイメージの、
かなり雰囲気のある、かなりカッチョいいリゾートエリアが広がっていた。

 

ちなみにマンサニーヨに期待していたことがもう1つ。

そう、ここは知る人ぞ知るサーフポイントなのだ!
世界的に有名なオアハカ州のプエルトエスコンディートへ行かず(まあ、行っても無理だけど)
メキシコサーフはここ!と決めていた。
着いた初日、くっそテンションあげて波チェックもコンディション悪く入水せず。
ドープな雰囲気の兄ちゃんがいるサーフショップで板確保。1日3,000円と高いがよしとしよう。


翌日、サーフ経験の無い2人を引き連れ(引きつられ)再び波チェエーック!


も、風ビュンビュンに波はよれよれ、うねりもナシ。さらにこの後、嵐に。

そして、これ以上書けることありません。
翌日も同コンディション、結局メキシコNOサーフが決まった、
なんとも寂しい結末を迎えたのでした。。。。

が、とにかく温かく迎えてもらい感謝感激ボク勇輝。
最近誰かが「うるるんでは、たった一週間の滞在で何故泣けるのか?」
みたいな事を書いていたけど、たった数日でもその気持ちが分かる。

家族と言う最小にして最強のコミュニティの生活すべてが詰まった、家。
同じ空間で同じ空気を吸い(客室なんて無い)、1つの食卓を囲み、
寝る直前におやすみと言い、起きた直後おはようと言う距離感の中で時間を過ごす。
セレクトされ編集された写真や映像にうつっていない99%の時間と会話がそこにある訳で、
それは例えテンポラリーでも家族として受け入れてもらったと言えると思うし、
だからこそ特別な感情が芽生えるんだと感じている。
心からMuchas gracias。

 

美しきメキシコ

南米や中米には「コロニアル」と表現される町が多くある。
植民地時代の面影を残すそんな町々を歩いていると
改めてヨーロピアンの凄さや(中南米ほとんどスペインとポルトガル領って凄すぎじゃね??)
侵略の歴史に対する葛藤などを感じるのだが、
そんなの全部置いておいて、素直に美しいなあと感じる風景が、メキシコにはあった。


サンクリのメインストリート。ヨーロピアンな町並み×カトリーナ(がい骨婦人)


オアハカのソカロ(メイン広場)にて。メキシコは大迫力の教会オンパレード。


同じくオアハカ。日没直後のこの時間に石畳の道を歩くと、自分が何処にいるのか分からなくなる。


マンサニーヨのイマイ宅テラスからの眺め。
見づらいけど下は墓地になっていて、奥の港の雰囲気とのコントラストがたまらなかった。
有名な死者の日には、墓地で酒盛りしつつ死者のために祈りをささげると言う。


グアダラハラのカテドラル。これはちょっと本当にすごかった。


カテドラルだけでなくグアダラハラのセントロはどこ歩いても絵になった。

 

愛すべきメヒカーノ達

最後はやっぱり人。元々持っていた陽気なイメージそのものに、
元気でやさしい人たちのいっぱいの笑顔に迎えてもらいました。


これがマリアッチね。この写真好きなんだよなあ。


路上アコーディオン奏者のお父さんと、その娘。これもなんか好き。


屋台の兄ちゃんたちは一様に優しかった。


もちろんお姉さまたちも。


マンサニーヨの海岸で遊んでた子供達。かわいかったなあ。

 

あと最後に、メキシコ人男性についてひとつ気になったことがあるので、
それで締めたいと思います。

 

みんな、似すぎじゃね???

 

この子の将来が見えてしまったのは僕だけではないと思う。。。。

 

以上、愛すべきメキシコ振り返りを終わると共に、
インドで最後のパワーを使い切った妻がそろそろ復帰しそうなので、
バトンを渡したいと思います。確かメキシコご飯とお買物と言っていたような。。。