HIGEBO WAY 旅のダイジェスト
ひげボの旅。 2009年12月~現在進行形。
これまで歩んだルートと
その中で私たち感じてきたことを
当時のブログの引用をしながら振り返ってみます。
あらためて眺めてみても、打ち震えてたり、やけにおセンチになってたり、
いやはやほんとにウザい!暑苦しい!
でも、もしも、
ピンとくる一文があったら、リンクを開いてみていただけると嬉しいです。



※以下、地名のあとの数字は滞在日数です。
※宿泊先リストの中の○◎はオススメ、△は二度と行かない、☆は居候です(感謝!)。
料金はだいたいの円表示、2名分1泊。特に表記がなければダブルorツインの個室です。
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●南インド 2009.12.19~ 52日間
ムンバイ6 → ゴア州15 (アンジュナ8、パンジム4、パロレム3)→ ゴカルナ 8
→ バンガロール3 → マイソール3 → コーチン5 → バルカラ9 → トリバンドラム3
宿泊:BENTLAY’S HOTEL(ムンバイ)¥1600、△Paradise Guest House(アンジュナ)¥1600、
Mary`s Holiday Home(アンジュナ)¥2000、Vaz (パンジム)¥1000、seagul(パロレム)¥1200、
○PADMA LAKSHMI(ゴカルナ)¥500、AISHWARA CONFORT(バンガロール)¥700、
△Royal Orchid Metropole(マイソール)¥8000、◎Orion Homestay(コーチン)¥1600、
◎Mantra Homestay(バルカラ)¥800、△SL Tourist Home(トリバンドラム)¥800

「あれ?こんな感じでいいんだっけ?」
「何か、もっとこう・・・感じなくちゃ!」
出発からしばらく、肩に思いきり入った力が取れなかった。
始まってしまった「旅」という生活の、ペースが掴めなかった。
怖かったし、心のどこかで、焦って、戸惑っていた。
時間をかけ、地元の人々と笑顔を交し合ううちに、
旅に出る前に自分が描いた「想定」と比較してしまっていたと気づいた。
いいんだ。力を抜いて。大きな世界に身を投げ出してみよう。
混沌・エナジー・ぐっちゃくちゃな世界に驚愕、後ずさり、
安宿生活に四苦八苦、ホームシック、コンプレックス、
いろいろありつつも、徐々に地に足が着いていったように思う。


すべてがオーガナイズされている事が基本だった日本、東京。
の常識から開放される快感。
「小さなことは気にしない。大きなことは分からない。」
これってとても謙虚な言葉だったんですね。
(YUKI)
2009.12/29 [a sense of travelling]より
旅って、こうして「○○が無い」と言わなくなっていくこと、
できることが増えていくこと、なのかもしれない
(MIWA)
2010.1/3「ビニール袋1つでできること」より
置いてきたもの、残してきたものの大切さに気づく。
どれだけたくさんの奇跡が起こって、
今大切だと感じているものたちが私の中にあるか。
i miss you は好きだよと訳してもいいんだろう。
(MIWA)
2010.1/13「あいつがここに居ない」より
そうだよな、私は私でしかない、し、
日本人だし、東京から来たし。ぜんぶ私だ。
出そうにもひっこめようにも仕方ないし、しなくていい。
胸はって行こう。
(MIWA)
2010.1/17「気後れは雲の彼方に」より
ここではほぼ全ての常識が違う。
別の常識のものに対して、評価は存在しない。
ただ、そうである。
違うものは、ただ、違う。それを受け入れる。
そうやって自分の常識を少しずつ壊していっている感覚がある。
(YUKI)
2010.1/22「1ヶ月」より
勝手に涙が溢れ出てきた。
私がここに来ようが来まいが当然お構いなしに世界は回っていて、
私が見たことあろうがなかろうが感動しようがしまいが幻滅しようが、
これが、これこそがリアルで。
そして何年後でもない、今、今の私がここにいて。
その事実に、心が震えた。
世界は常に広く、私は常に自由なんだ。
(MIWA)
2010.1/22「美和の場合」より
<南インド全体を振り返り>
最初は圧倒され、認めたくないがどこかで「怖い」と思っていた。
インドを熱望しわざわざやってきたくせに、そんな失礼な話はない。
大好きになった南インドの人々。
一度も危険な目に合わなかったばかりか、たくさんの愛情と元気をもらった。
優しい。明るい。笑顔。ちょっといい加減だけど。
(MIWA)
2010.2/11「犬が怖い、という話」より
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●東南アジア 2010.2.8~ 26日間
インドネシア: バリ島11 (クタ7・ウブド4)、ジャカルタ3 →
マレーシア: コタキナバル5 → タイ: バンコク7
宿泊:△PURI AGONG(クタ)¥880、◎SUKA BEACH INN(クタ)¥880、◎Lila Chita Inn(ウブド)¥1200、
☆さとし&レナ宅(ジャカルタ)、Summer Lodge(コタキナバル)¥1700、☆肇&亜矢宅(バンコク)

友人夫婦の結婚式に出るため、東南アジアへ少し地球を逆戻り。
南インドで(たった2ヶ月なのに!)ヨレヨレになった心身に、
うまい飯とキンキンのビール、久々の友との再会が効いた。
とにかくリラックスして、ふにゃふにゃになった。
アジア、やっぱ天国。
優しさいっぱいの結婚式と温情たっぷりの居候生活は
驚くほど心にしみ、「自分たちもこうありたい」と刺激を受けた。
このときの体験が芽となり(味をしめ、とも言う)、
その後の各地での居候につながり、
“皆で助け合って生きていこう思想”にもつながったように思う。
とにかく最高の給水ポイントだった。


「○○サマサマ」。
もっと謙虚でありたい。
自分以外の力のおかげだと、いろんなことに感謝できる人になりたい。
とにかく今、私はあなたサマサマです。ありがとう。
(MIWA)
2010.3/13「サマサマ、に生きる」より
社会の根底にある格差を見た。
インドネシアでもマレーシアでも感じたもの。
タイでは相続税(贈与税)が無いらしい。
社会システムとしても格差を是認してるとも取れる。
それに貧困層の人たちが怒ってるかというとそうでもなさそう。
機会平等のしくみがモチベーションを生み国が繁栄する、
ってことにはなっていないのか?どういうことだ?
(YUKI)
2010.3/16「スタイリッシュ・バンコク」より
これはホスピタリティという奴だ!
受け入れる、ウェルカムする、その心持ち。
これに僕らは幸せにしてもらったんだ。
(YUKI)
2010.3/11「ホスピタリティ」より
●北インド 2010.3.7~ 51日間
カルカッタ4 → ブッダガヤ26 → バラナシ7 → ハリドワール4 → デリー10
宿泊:△Time Guest House(カルカッタ)¥770、Shanti Guest House(ブッダガヤ)¥500、
Gupta Guest House(☆Edanの家。ブッダガヤ)¥0、△Rashmi Guest House(バラナシ)¥4700、
○Scindhia Guest House(バラナシ)¥1300、Amber Palace(ハリドワール)¥2400→1500、
RAK International(デリー)¥2000、○Le Roi(デリー)¥4800

厳しい2ヶ月だった。一番泣いた2ヶ月だったかもしれない。
悔しさ、感動、辛さ、さまざまな理由の涙。
我々の「ソーシャルトラベル」のはじまりとなる運命的出会い。
気温が刻々と上昇する春のビハール州で、村の小学校に机と椅子を贈るという
一生忘れられない体験をした。
バラナシ、ハリドワールではヒンズー教の息吹を深く吸い込む。
本当に大事なものは何か。理屈じゃない。もっとシンプルに。
そういう欲求が沸いてきたのが北インド。
全裸のサドゥにたくさん会ったからだろうか、余計なものを
脱ぎ捨てた、生身のニンゲンに近づいた感覚があった。
でも、最後は本当に辛くて辛くて、命からがらネパールへ逃げ込んだ。


日本で、世界中で、皆が、自覚の有無はあれど、
この世に生を受けた自分なりの使命を果たしにかかっているのではないか。
何か自分の信じる「大事なもの」を世に残そうとしているのではないか。
そういう風じゃないのか?この風は。
未来は変えられるのだと、私たちの手の中にあるのだと、そういう
希望に満ちた風が、この地球に今強く吹いている。
(MIWA)
2010.3/15「強く風が吹いている」より
街一番のお気に入りレストランで、僕は大泣きした。
自分の中で消化しきれていなかった
色々な思いが体中を駆け巡り、
喜びも悲しみも、楽しさも切なさも、
驚きも納得も、憤りも感動も、達成感も無力感も、
全ての感情がごちゃまぜに渦になり、
とにかく涙が溢れて止まらなかった。
旅に出てよかった。
(YUKI)
2010.3/20「猛烈に感動しています」より
→ブッダガヤの村の小学校に机と椅子を贈るプロジェクトに。(ソーシャルトラベルページへ)
幻滅した。なんというか、一気に白けた。
この街に対して抱いていた特別な感情、
これぞ歴史これぞ文化と唸る素晴らしい街並みへの感動、
行き過ぎた観光化に対する違和感と
「ガイドブック片手の外国人」の1人という自己認識、
恐らく今までで一番悪質な一部のインド人への嫌悪、
それら全てが入り混じって、まだ消化し切れていないのだろうと思う。
(YUKI)
2010.4/13「V A R A N A S I」より
パックリと開いてみたら、自分の中に「自分自分」がめちゃくちゃ詰まっていた。
時にどうしようもなく重く苦しくなったのは多分こいつのせいだ。
さらに前に進むには一度、
そのぶよぶよに膨れた自意識をできるだけきれいに拭い去って
謙虚にならなくちゃいけない。
自分は何者でもない。ただのちっぽけな人間だと。
(MIWA)
2010.4/15「桜と自意識」より
パーソナルディスタンス、だと思う。
フィジカルにも、メンタルにも。
他人の席でも勝手に座るし隣に座れば弁当をご馳走するインド人。
あなたのものは私のもの私のものはあなたのもの。
東京人はどうだろう。
人と人は助け合って一緒に生きていくものだったのではないだろうか。
(YUKI)
2010.4/16「ハリドワールへ・・・24時間列車の旅」より
「そういうもの」なんだ。
4ヶ月かけてインドを旅して、最後にありえない光景を見て、
妙にストンと身に入ってきた。
「合理的で 」「正しく」あるように訓練されて生きてきたけれど、
同時にそういった理由無き何かを大切にして生きて行きたい。
(YUKI)
2010.4/20「KUMBH MELA① 巡礼者たち」より
<合わせてどうぞ>
2010.4/22「KUMBH MELA② サドゥ」
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●ネパール 2010.4.27~ 29日間
カトマンズ15 → ポカラ13
宿泊:Hotel Encounter(カトマンズ)¥730、◎Shivapri Heights Cottages(カトマンズ)¥9100、
Hotel Travel-Inn(ポカラ)¥960

たくさんの「旅人」との出会い・再会があったカトマンズ。
愉快な時間、たくさんの刺激、と裏腹に、ちょうど始まった
マオイストによるストで街中が動きを止められる。
溜まっていた疲れがどっと出たのもネパール。
美和は赤痢で入院し、勇輝ははじめての大きな無気力感に悩まされた。
すっかりしょんぼり弱気になり、とにかく空気のきれいなところへと向かったポカラで
一人の素晴らしい女性、タラに出会う。
勇輝は一人で山に登って感触を取り戻す。
タラと、村の女性たちを笑顔にしたくて、がむしゃらに動いてみたら
予想をはるかに超える世界中の人からの熱い応援があり、
最後はすべてが吹っ飛ぶくらいの大きな感動があった。
今思えばすべて「書かれていた」導きだったのかもしれない。


私は、認めなくてはならない。
豊かになりすぎて大事なものを失くしてしまっていると憂いたりしたけど
私は、私はどうしようもなく東京が好きで恋しくて
今すぐにも帰りたい。 そして、私は、弱い。
絶対に言いたくなかった、でもこれを認めてしまわなくては。
そこからもう一度、私の旅を始めなくては。
(MIWA)
2010.5/11「遠くにエベレストが潤んで見えた」より
信じられなくなってたのかもしれない。
自分のこと。自分の信じてたこと。こんなに素晴らしい世界のこと。
もう当たり前に認識してるはずなのに、それが初めてかのように
「今」という瞬間を知った。
今は今しかないのに、何かを待っていたことを。
(MIWA)
2010.5/13「速度と音楽」より
何が素晴らしかったのかをキレイに整理できないけれど、
人と自然、「山の生活」の美しさなんだろうと思う。
(YUKI)
2010.5/23「1泊2日パンチャセトレッキング紀行」より
タラの目にぐわっと涙がたまる。震えている。
次の瞬間、タラが口を開き、出てきた言葉は、今度は私たちの目の奥を熱くさせた。
できすぎなんじゃないか?という、ちょっと鳥肌が立つような感覚。心臓の音。
大げさかもしれないけど、
それはまるで、奇跡のように思えた。
(MIWA)
2010.5/30「それは奇跡のようだった (最終報告)」より
→ポカラで村の女性作るクラフトの売り上げ支援を。(ソーシャルトラベルページへ)
<ネパール全体を振り返り>
それでもこの国を嫌いになることは到底できなかった。
むしろ、愛らしくて素直なこの国の人々のために
いろんなことが改善されるように、祈るような気持ちでいる。
こうやって、ニュースで目が止まる国が増えていくのだね。
(MIWA)
2010.6/5「回想ネパール」より
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●中東 2010.5.26~ 32日間
UAE: アブダビ 10 → イラン 12 (テヘラン6・エスファハン6) → アブダビ 10
宿泊:☆デイル&エツコさん宅(アブダビ)、Firouzeh Hotel(テヘラン)¥3000、Amir Kabir(エスファハン)¥1800、
☆ホセインさん&ファザネ宅(テヘラン)、☆サイードさん&ナコさん宅(テヘラン)

「どうして?」「そりゃないよ」「許せない」
イランでは、宗教、政治、歴史、太刀打ちできない大きな力を前に
憤りと悔しさと切なさで悶々とした。
それでも見返りを求めないたくさんの愛情に触れ、
最後には一番好きな国の1つになった。
服装、食べ物、飲み物、風習、たくさんの規制と暗黙の常識があり、
正直窮屈に感じる部分もあった初めての中東。
その中で人々のまっすぐさや温かさが逆に際立って胸に残った。
さらに 「こんなふうに自分もなりたい」と思う人との出会いは、
「自分は、どうだろうか」という自問へとつながり、大きな学びを与えてくれた。


メディアが伝え(られ)ない、でも市民みんなが知っている、イランの現状。
「xxって怖い国だねえ」とか僕らが言っている間に
人民達は戦ってるんだ、自由や人権を勝ち取ってるんだ、
そんな事をより肌身で感じるようになった。
(YUKI)
2010.7/13「人民に罪は無い」より
旅は、私にとって「本当に大事なもの」と「どーーーでもいいもの」を
振り分け直す作業じゃないかと最近気づいたのだけど、
この「平等思想」みたいなものは、私の中の大事なものの棚から
どーーーでもいいものの棚に移されてしまったのだと思う。
(MIWA)
2010.7/25「GT:ヘジャブと貞操観念(後編)」より
<こちらを先にどうそ>
2010.7/15「GT:ヘジャブと貞操観念」(前編)
「私もこうなりたい」と思える人に出会えることは、幸せだなぁと思う。
オトナになった、という名の傲慢さと非寛容が
知らない間に充満してしまった体内をよく換気し、
未熟な自分を(卑屈ではなく前向きに)認識し、
何事も瑞々しく吸収し「1つ勉強になった。有難い」と手を合わせる。
こういう感じで生きていきたいな、と思った。
(MIWA)
2010.7/6「GT: かっこいい3人の女」より
僕にとってのメンターは、
何かの判断の時に「彼/彼女ならどうする/言うだろう?」と頭に浮かぶ人のこと。
旅の醍醐味は色々あるけれど、
やっぱり、こういう人と出会える事が一番だと心から思う。
(YUKI)
2010.11/16「メンターに会いに世界の中心に」より
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●ワールドカップ(南ア)&東京 2010.6.27~ 38日間
南アフリカ 10 (プレトリア4・ケープタウン5・ミューゼンバーク1) →( ドバイ1)
→ 東京 23 →南アフリカ4 (ケープタウン3・スプリングボク1)
宿泊:◎Kirkness Guest House(プレトリア)¥7200、◎Green Mkt Sqr Catering(ケープタウン)¥4800、
Ocean Echo BP(ミューゼンバーク)¥5000、Rendezvous Guesthouse(スプリングボク)¥4800

私たちの「転がる石のような」アフリカの旅は、思えばここから始まった。
ケニア、タンザニア、エチオピア、エジプト、トルコ・・・
出発前に描いていたルートは、サムライブルーの快進撃によって大きく逸れ、
“行く気がかなった”南アへ。そこから
“興味がかなった”ケープタウンに移動しすっかり気に入り、後に
“ちょっとそこまで”とナミビアへ転がることになる。
W杯会場でカツサンドを売り没収されたり、
スタジアムにとんでもない忘れ物をしたり、
パブリックビューイングのガーナ戦で発狂したり、
世界一の祭典の熱を全身で感じ打ち震えていたところで
急遽東京へ一時帰国することに。
そこで見つけたのは、ずっと気づいてなかった、とても大切なものだった。
南ア・ケープタウンから旅を再開した私たち。
一度東京に帰ったことで、これまでボンヤリとしていた将来について、
どんなビジネスがしたいかをより具体的に、
どんな人生にしたいかはよりシンプルに、旅をしながらイメージするようになっていった。


<カツサンドにまつわる物語>
2010.7/2「長い長い決戦の日① ~最後に愛はカツサンド~」
2010.7/3「長い長い決戦の日② ~真夜中のスタジアム~」
<旅人の目で見た東京レポート>
2010.8/1「ディスカバーTOKYO ①街中編」
2010.8/9「TOKYOトラベルジャーナル」
かけがえのないもの、それが家族で。
ただ一緒にいる、それだけでよくて。
私のこれまでの仕事との優先順位のつけかたが
それを分かっていなかったことを表していた。
これからは、嬉しいとき、めでたいとき、苦しいとき、心細いとき、
いつでもそっと寄り添って、一緒にそれを味わうような
そんな人生にしたいと思う。
そんな私になろうと思う。
(MIWA)
2010.8/18「東京、実際のところ」より
費用や場所や近隣環境、、、
以前の僕は、それら全てを並べ重要度をかけあわせ
比較するような考え方をするところがあった。
今は、何が1番大切かを感じて、そこにフォーカスしている気がする。
それ以外の要素のマイナス面は工夫と努力で補うことができると思うから。
色々なことがシンプルになってきていて気持ちがいい。
(YUKI)
2010.7/21「旅行後は、何処に住もうか」より
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●南部アフリカ 2010.8.3~ 102日間
ナミビア 27 (キートマンズシュプ1・アウス2・ウィンドフック3・スワコップムント5・セスリム2・
オジワロンゴ6・オンダングワ8)→ ザンビア 5 (リビングストン4・ルサカ1)
→ マラウイ 47 (リロングウェ2・カタベイ16・ケープマクレア2・コポラ23・ブランタイヤ4)
→ モザンビーク 19 (テテ1・トーフ9・マプト3) (→ 南ア・プレトリア1 →アブダビ3)
宿泊:Bird Accom(キートマンズシュプ)、○Namib Garage(アウス)¥3600、
Paradise Garden Guesthouse(ウィンドフック※テント)¥2400、Villa Waise(スワコップムント)¥5000、
NWR CAMP(セスリム※テント)¥3000、○Kleins Nest(ワルビスベイ)¥6000、☆モニク宅(オジワロンゴ)、
△Ondangwa Rest Camp(オンダングワ※テント)¥1440、☆協力隊タケシ君宅(オンダングワ)、
Jollyboys Backpaker(リビングストン)¥2900、△Lusaka Backpackers(ルサカ※テント)¥850、
△Mabuya Camp(リロングウェ※テント)¥850、◎Mayoka Village(カタベイ)¥2400、○Mufasa Camp
(ケープマクレア※テント)¥600、Pamudzi Lodge(コポラ)¥1800、○Verandah(テテ)¥2000、
△Fatima`s Nest(トーフ)¥2600、◎Turtle Cove(トーフ)¥2800、△Base BP(マプト※ドミ)¥700

大自然の洗礼。
圧倒的に自分を小さく感じさせた黄土色の大地。
アフリカでの日々は、学校での知識や都会でのハウツーがまったく役にたたなかった。
とにかく物がない、インフラが整っていないという厳しい環境と、
アフリカの人々の生活からのヒントが、旅の始まりから少しずつ芽生えてきていた
「知恵を使う」、「工夫する」生き方への徹底的発想の転換と実地トレーニングをしてくれた。
途中、二人とも陥ってしまったのが、車輪がスタックしたような状態、白けた気分。
もう観光は充分。そう思っても、何をしていいか分からない。
インド・ネパールと手ごたえを感じてきた「ソーシャルトラベル」も、
アフリカの抱える根深い問題の数々を目の当たりにし愕然とし、
ここでは歯が立たないと白旗を振りたくなっていた。
それでも流れに身を任せつつ、不思議な縁、出会いと直感を信じて進んだら、
観光地であってもチャンスが巡ってきた。等身大の私たちでもできることがあった。
そこで作った小さな点と点が線になり、最後は数千人来場の音楽フェスに
チャリティ出店することになり、美和は子供の人権NGOのアンバサダーに就任した。
もがきながら、泣きながら、悩みながらとにかく挑戦したすえにつかんだものは、
ニュースにも教科書にも歩き方にも載ってない、リアルで、人の血の通ったものだった。


<突然のハプニング、のお話>
男子力・・・言い換えるとサバイバル能力ということだろうか。
モノや道具やサービスが充分に無くても切り開く力。
便利さによりストレスが無くなった結果、その工夫をする必要が無くなり、
僕のような男子力の弱い男が育ったのかもしれない。
(YUKI)
2010.8/12「男子力テストin ナミビア③ 結末と苦渋・・・」より
<あわせてどうぞ>
2010.8/10「男子力テストinナミビア①」
2010.8/11「男子力テストin ナミビア②「荒野のど真ん中でエンジンかからなくなったけどどうする?」
アフリカでの日々で、「知恵」というものの“存在”の再確認をした。
「知識」「ノウハウ(スキル)」「知恵」少しずつ重なり合う3つの円。
私たちは今まで、知識とノウハウばかりを
一生懸命強化してきたんじゃないかな。
(MIWA)
2010.9/25「知恵を使って生きる」より
例えば東京から京都までの旅行。
新幹線でブッ飛ばすのもいいけど、東海道だけを見ても
伊豆、駿河、尾張に伊勢、志摩、ちょっと北にそれて岐阜もある。
その過程で全国の農家や牧場、旅館や食堂などと一緒に、
グッドウィル(良き意思)のもと、プロモートJAPANできたら・・・
あぁ想像しただけで素晴らしい。
(YUKI)
2010.8/17「キャンピングツアーという旅行スタイル」より
どこか心底感動していない、というか白けている自分。
よく分からないが、とにかく「慣れ」たような、感覚。
この慣れという奴は一番気をつけなければならないと思う。
(YUKI)
2010.9/17「旅の日常・・・ちょっと愚痴的な・・・」より
大事なものはとんと見失ってるのに、
小さなことにだけ敏感になって、チクチク無用に傷ついたりする。
そんな私への、太陽からのヒントだったのかもしれない。
正論でも自虐でもなくて、全然違うことに目を向けたほうがいいこともあると。
もっとできる。もっと面白いことがある。
(MIWA)
2010.9/11「太陽からの啓示」より
教科書の中にしかなかった歴史が、
テレビの中にしかなかったニュースが、
温度と臭いをもったリアリティとして目の前に現れた。
(YUKI)
2010.9/13「days in Namibia」より
出会いは、不思議な導きによるように見える。
でもそこに、自分の在りようが何がしか関わっているのかもしれない。
だとしたら今日も明日も、せめて、「いい顔」で前を向いていたいと思った。
(MIWA)
2010.9/15「Days in Namibia。荒野の石くれ」より
「何故こうなってしまうのだ?」
といったさざ波立った感情はどこかに消えていて、
大きすぎて尻込みし、旅行者だからと傍観していた「アフリカ」は、
リアルで感触のある身近なものに変わっていた。
そして僕は、やっとスタートラインに立てたような気がしていた。
(YUKI)
2010.9/29「見えてきた、アフリカ」より
→マラウイ湖畔の村で、子供と若者のために奮闘。(ソーシャルトラベルページへ)
大変なことになった。怖い。恐ろしい。果てしない。
でもやってみたい。やらせてほしい。
どこかで確信がある。きっとうまく道が開ける。それが私たちの“やるべきこと”なら。
道がある限り、どんなに苦しくても、やり遂げよう。
子供たちのHOPEのため。これは大人たちのHOPEでもある。
いや私たちのHOPEでもある。
(MIWA)
2010.10/13「ナリユキか運命か② Under the Tree」より
→村の小学校に校舎を建てたい!大それたプロジェクトに発展。(ソーシャルトラベルページへ)
<アフリカ全体振り返り>
「点と点は繋がる」。
信念を元にとった行動、その点は、
その先何かの形で他の点と繋がり、線となって未来を形作る。
だから、強く信じて、行動していこう。
「大きな力の存在」。
僕らは、転がり続けながらも、何かに導かれていた気がする。
大半の事は、自分の力ではどうにもならない、
時に偶然とか奇跡などと形容される何か大きな力によって
動いているような気がする。
(YUKI)
2010.12/9「THEベスト・オブ・南部アフリカ ~感動編~」より
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●ヨーロッパ・モロッコ 2010.11.9~ 61日間
フランス 13 (パリ 12、ロワール1) →
モロッコ 32 (マラケシュ5、エッサウィラ5、タガズート10、アガディール1、マハミド5、フェズ7)→
スペイン 16 (セビリヤ2、バルセロナ14)
宿泊:☆キャサリン&アルノ宅(パリ)、Hotel de Seine(パリ)、Domaine des Hauts de Loire(ロワール)、
☆マコ宅(パリ)、☆アネリーナ&フランソワ宅(パリ)、○Hotel CTM(マラケシュ)¥3500、
○Riad Baladin(エッサウィラ)¥7500、Dynamic Loisir(タガズート)¥3000、
◎アパートレンタル(タガズート)¥3500、◎Azawad(マハミド)¥3500、○Dar Farah(フェズ)¥3500、
◎Dar Rommane(フェズ)¥9000、○YH Hotel(セビリヤ)¥5500、☆正人&梨花宅(バルセロナ)

文化の深み、重み。
粛々と受け継がれてきたものたち。
インドやアフリカの大地と比べたら、地図上ではほんの少しの移動なのに
まったく異なる色・香り・空気を醸し出していた。
アフリカ4ヶ月で身も心もモッサリした私たちが、
ご褒美!と称し飛んだパリで酔いしれたのは、上質な醸造酒のような深い、美しいものたち。
すっかり畳んでしまっていた「現代人」「TOKYO人」としてのアンテナが、
刺激を受けちぎれんばかりにビンビンいっていた。
サハラ砂漠で時間をかけて掴んだのは、
まるで「そんなこと人間にわかるわけがないでしょう」というかのような
徹底的に自然と運命に身を任せた、本物のノマドの世界観。
「TOKYO人」とは間逆の発想・価値・生き方を学んだ。
そして2011年が明ける。日本への帰国がにわかに視野に入ってくる。
ちょうどバルセロナに集合した仲間との、擬似・大家族生活が
「これぞ」という素晴らしいイメージを与えてくれた。


奥の奥、細部の細部、折り重なり調和して伝わってくる、複雑な色や音や味。
実はこういうものを味わうことを欲していた、飢えていた、のかもしれない。
フランスに、パリに、マイリマシタと思った。
(MIWA)
2010.11/26「嘘だろPARIS」より
不幸せは自分で作り出しているんじゃないか。
計画する。時間を決める。期待をする。
期待と違えばがっかりし、思い通りいかないと憤る。
僕らは自分達で勝手に眉間にしわを寄せ、
不安になり、不機嫌になり、疲れていっているようだ。
(YUKI)
2010.12/25「砂漠の民に魅せられて」より
砂漠で生活をしていると、圧倒的に謙虚になる。
傲慢になれようがない。
でっかい宇宙の中の1つの惑星なんだって、
長い長い長い歴史の中で、この砂漠が海だった頃からの
大きな流れの中に今いるんだって。
(MIWA)
2010.12/28「砂漠と星と男たち」より
次々に起きた日本的には意味不明な出来事や
半端ない人々との出会いの連続。
これらを頭で考えずただただ受け止めて、
素直に「すげー!」「おもれー!」と感嘆できた。
自由を語るな、自由であれ。
色々な経験や変化を振り返って思う。
幸せを語るのではなく幸せであろうと。
(YUKI)
2010.12/30「1年を終えて」より
当たり前のようで分かってなかったのが、
お互い「変わる」こと。「変わるものなのだと認識する」こと。
出会った頃の相手、結婚式の日の相手、
そういう過去の相手と比べて怒ったり嘆いたりするのは違う。
だから私は進化しつづけなくちゃと思う。
もっと、可愛い人に。もっと、優しい人に。
もっと、勇敢で豪快で、頼もしい人に。
(MIWA)
2011.1/6「年越し。といえば夫婦の話。」より
誰の子だか、誰の親だか、誰のじいちゃんだか、
ちょっと曖昧なくらいで、
子も親も、みんなで育っていけないかな。
(MIWA)
2011.1/28「バルセロナ。子供はみんなで育てよう。」より
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●南米 前半 2010.1.09~ 100日間
ペルー 37: (リマ16 → クスコ2 → マチュピチュ4 → クスコ11 → プノ3 → タキーレ島1)
ボリビア7: (ラパス6 → ウユニ1)
アルゼンチン10: ( サルタ2 → コルドバ8 )
チリ 41: ( サンティアゴ9 →
*勇輝 ピチレム6 → プエルトモン1 → プエルトナタレス5 → プンタアレナス5 → プエルトバラス2
*美和 ルパンコ湖10 → オソルノ1 → メトリ9
→ プエルトモン3 → テムコ2 → プコン7 )
宿:Friend’s Home(リマ)¥1200、◎QUIPU(クスコ)¥1700、Hostal Rubi(プノ)¥1200、へスース宅
(タキーレ)¥240、◎Hotel Avenida(ラパス)¥1800、◎Crystal Samana(ウユニ)¥8000、Inti Raymi
(サルタ)¥3400、◎Mediterraea Hotel(コルドバ)¥2340、◎Toles Hostel(サンティアゴ)¥2400、
○Cabana Fox(ピチレム・勇輝)¥1400、○Hostal Indipendencia(プンタアレナス・勇輝・ドミトリー)¥1000、
◎Casa Azul(プエルトバラス・勇輝)¥2200、☆トロミス&エディス宅(ルパンコ湖・美和)、☆マティアスハウス
(メトリ・美和)、Hostel Mar(プエルトモン)¥2800、☆マルセロさん宅(テムコ)、◎Hostel Sofia(プコン)¥3000

大きく期待と希望と不安を膨らませて降り立った
夢の大地、南米大陸は、
私たちが自信を持ちかけていた、転がる石のような旅の仕方を
なかなかさせてはくれなかった。
戸惑い、悩み、もがいた日々。
語学を特訓したり、日系人コミュニティを覗いたり、
コンサートに行ったり、山に登ったり、髪型を変えたり。
思いつくあらゆる手を打つがなかなか突き抜けられなかった。
そんな中で入ってきた、日本の大震災のニュース。
悲しみに震え、何も手につかず、呆然としていた私たちを
再び歩ませてくれたのは、チリ・サンティアゴの人々の
熱い思いと声だった。
この旅初の二人別行動を取り、大自然と、自分と向き合い
ほんの少しだけど強くなり、何かが変わった気がした。
そして100日が経ち、
少しの敗北感と少しの達成感とともに得たのは
とても静かで冷静で清清しい気持ち。
純粋に旅そのものに敬意を払い、楽しんでいる自分たちがいた。


街や国、もしくは大陸単位でくくってイメージをつくるのは
ホント違うなあとしみじみ思った。
街を歩き人と触れ合ってみて、
思うのは「そんな見方は現地の人に失礼」という事だ。
超危険と言われる都市にだって、
今この瞬間数百万人の人が生活をしていて、
その超大多数がイノセントで超優しい人たちだ。
(YUKI)
2011.1/30「南米、という誤解」より
僕らの「ペルー首都、リマ」 が、
時間軸においてグゥーンと広がったような感覚があった。
この目の前にある「今」は、
長い歴史の先に存在し、先人達の血や汗や涙の結晶なのだ、
そんな事を感じた。
(YUKI)
2011.2/7「ビーサンは「さよなら」inペルー」より
やはり、時間、だと思う。
旅をしていると、国から国、街から街へ
その世界に溶け込ませるように
自分達自身も「TRANSIT」していく。
何日もかけてひとつの場所に向かって進む。
自然の中に身を置き、晴れだ雨だに一喜一憂しながら歩く。
一見合理的じゃないけれど、この充実感や感動は
この時間のかけ方ならではと、心から思える。
(YUKI)
2011.2/12「マチュピチュ Inca trail 4days.」より
そして娘はいつの間にか34歳になり、
ペルー奥地の山の中で、父と山に登りたいと思っている。
なのに父はもう、本格的な登山ができる足ではない。
ねえ人生ってこういうこと?
これが、ことわざになるくらい皆が繰り返してきた愚かなこと?
(MIWA)
2011.2/23「マチュピチュこぼれ話 ~遥かな尾瀬~」より
言葉のイメージやメディアで見てきたものほど、
「poverty」「貧困」の現実は派手じゃないのかもしれない。
自身のイメージと彼女達の姿には正直ギャップがあった。
でもそこには必ず、それぞれの環境で毎日を生きる人がいる。
インドの現実。アフリカの現実。
そしてペルーの、クスコ近くのある村の現実。
(YUKI)
2011.2/19「マイクロファイナンスの現場を訪ねて」より
旅というのは、自分の中のプリミティブが試される場なのかもしれない。
最終的には“情報” なんて意味がなくて、
瞬間的に感じる「気」や「感覚」しか頼りになるものがない。
ニンゲンってすごいって思う。生き物として。
胃があって腸があって、そういう、教科書で習った身体のメカニズム、じゃない話。
すんごく面白い。
(MIWA)
2011.2/21「水かけ強盗と野生の雄たけび」より
想像を超えた世界。
いや、これは想像「できない 」世界だ。
その場に立つと、5感(6感?)が総動員され、新たな「世界」が創られる。
ウユニの異次元空間が、
薄っぺらいgoogle earthのビジュアルではなく、
ひとつの「世界」として自身の中に新たに創られた。
だから僕は、旅が好きなんだな。
(YUKI)
2011.3/11「想像「できない」世界へ」より
<合わせてどうぞ>
2011.3/9「ウユニ:実践編~最強の敵への挑戦~」
想うこと、祈ること、できる事をすること、
止めちゃいけないと思う。
前を向いた小さな力は、同じ方向を向く他の力と一緒になり、
それは流れとなり、大きな力を生む事ができるかもしれない。
「Fuerza Japon!」(頑張れ日本)
「Chile esta con tigo」(チリis with you)
僕らは、前を向いて旅を続け、
元気な日本を人々に伝えていきたいと思います。
(YUKI)
2011.3/21「前を向いて、進もう。」より
<動画もご覧下さい>
2011.3/17「FUERZA JAPON !!(頑張れ日本!)チリからの応援メッセージ」
私たちは、それでも進むのだろう。
今日という平凡で輝いた日を。
自分自身の人生を。
立ち止まってる場合か。
私は私の今日を生きなくては。
私の今日をまっとうしなくては。
(MIWA)
2011.3/24「大きく息を吸って」より
雨、風、雪、太陽、水、氷、土、岩、緑、、、。
パタゴニアという世界最高峰の大自然の迫力に「どっぷり漬かった」感覚。
感じる、という自分が主体の表現よりも、
大自然の海にとても小さな自分が漬かっているイメージがしっくりくる。
便利さや心地よさに慣れきった自分を
1回リセットするような感覚を味わった気がする。
(YUKI)
2011.4/18「Days in Patagonia 4・・・なぜ山を歩く」より
<合わせてどうぞ>
4/11「Days in Patagonia 1・・・いざ、男を磨きに。」
4/13「Days in Patagonia 2・・・凍てつく波動」
4/15「Days in Patagonia 3・・・男子力テスト、再び。。。」
もっと楽に、もっと優雅に、という欲求は、
あの人は素敵なものを持っている、という羨望は、
物を増やし不満を増やし感覚を鈍くさせ、
それらのごちゃごちゃしたものが折り重なって生活が埋もれていく。
芯が見えなくなっていく。
今まで私は、
本当は必要じゃないことを
ずっと必要だと思いこんで生きてきたんだな、と気づかされた。
(MIWA)
2011.5/8「farmstay5. 生きるためにパンを焼く」より
<合わせてどうぞ>
4/24「farmstay1. 豚とエンパナーダと敗北感」
4/28「farmstay3. TRANSIT。少しずつ染みていくもの」
「僕ら、そーゆーのじゃ無いんで。」
正直、今までそんな風に思ってた。
でも今、1人の「普通の」バックパッカーになって、気づいた。
猛烈に楽しんでいる自分に。
普通はいやだとか、こういう旅が「いい旅」だとか、
どれだけ傲慢なんだっつーの。
自分に突っ込みを入れながら、
肩の力が抜けていくのを感じていた。
そしたら、なんかホントに気持ちよかった。
(YUKI)
2011.5/11「バックパッキング、最高。」より
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さて、この先は、何が待ってるだろう。
まだまだ旅は続きます。
もう少し・・・かな。










