‘日本’ カテゴリーのアーカイブ

「ひげとボイン」が本になります!

2011 年 11 月 14 日 月曜日

 

とても嬉しいニュースです!

先日、前々から調整をしていた出版社からご連絡を頂き、
本ブログ「ひげとボイン」、の一部、が書籍として出版されることになりました!!

ブログを以前から愛読頂いていたご担当編集者の方の
アツい思いと素晴らしい企画書で実現にいたりました。
またブログを通じて応援して頂いていた皆様にも、
改めて心から感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました。

思えば2年前、「本でも出版できたらねぇ」なんて夢見ていたものが、
なんと本当に実現するとわ。。。。
超感激してます。ありがたやぁ、ありがたやぁ。。。。

内容ですが、テーマは「ソーシャルトラベル」。
過去の取り組みを美和がリライトし、
それにできたらloving it 的なフェチシズム系コンテンツを巻末に、、、
などという方向で制作に入ろうとしております。
カラーを使って色々写真も出しつつ素敵なデザインを入れて、
WEBとはまた違ったオモロいものにしたいと思っております。
是非ともご期待下さい!というか買ってくださいね。。。

発売予定は来年3月、
初めての試みでそれまでひぃこら言っていると思いますが、
これからもアップデートしていきたいと思います。
見捨てず笑わず、引き続きご支援宜しくお願いします!

 

東北と。東京と。そしてソーシャル合宿第2弾!

2011 年 10 月 31 日 月曜日

 

(妻のどうにも恥ずかしい投稿に反響を頂いたメキシコでしたが、
どうしても書きたい事があり、割り込んでリアルタイムinジャパンなお話、
お付き合い下さい。)

 

先日、友人に誘われ(半ば拉致られ)東北へ行ってきた。

仙台から出発し、震災で津波の被害にあった沿岸部を岩手の釜石まで車で北上、
そこから内陸へ入り、福島を経由して東京へ。
「東北へ行く=ガテン系ボランティア」だろうと腕をまくっていたらそんな事は無く、
とにかく現場を見てみよう、という2泊3日の小旅行だった。

そこで見た景色。
正直に言うと、そこまでショッキングなものではなかった。

無意識に、海の向こうからネットを通じて見てきた信じられない光景と比べていたのだと思う。
瓦礫はある程度片付けられ、積み上げられ巨大な山になっていた。
そのすぐ横では車が往来し、一部のお店も開店していて、生活が静かに始まっていた。
そんな今の東北の姿を、かなり冷静に見ていた気がする。

 

でも、初日に丸1日かけて色々見させてもらうにつれて、
元々は町だったと言われても全く想像もつかない空き地を目の前にし続け、
徐々に居心地の悪い気持ちになってきた。

「どうすんだ?これ??」

震災直後から地元の方々、国やNPO、大量のボランティア達が瓦礫を処理して
ここまで持ってきた。凄まじい量の瓦礫、本当にすごい事だと思う。
でも、これから、どうなるんだろう。。。。


(地震により地盤が沈下した結果、湿地帯となっているエリアも多くあった)

 

こんな状態から町って作りなおせるのか?
お金はどんだけかかる?何から手をつけるべき?誰が?
全部元通りを目指すのか?最適なプランニングは?何年かかる?
てか、何時間もドライブしてきたけど、この状態がまだ先も続いてるって。。。。

絶望に近い、とても嫌な感覚。

仕事とかしててもよくある、デカすぎてどうしていいか分からない感じ。
先が見えれば大変でも頑張れるし1つ1つ終わらせて前に進んでいけるんだけど、
課題がデカすぎて、やる事多すぎて、道筋がまったく見えなくて、力が入らない。

いやいや僕は所詮東京生まれヒップホップ育ち海外逃亡暦ありのヨソモノですよ。
現地でホンキで頑張っているNPOや復興のプロに任せるしかないと思ったし、
絶望したとか言ったって東京に帰って震災忘れて過ごす事できるし、
東北復興に命をささげる覚悟も無い男でございますよ。
とにかく、「これは大変だ。。。。」
と立ち尽くすしかなかった。

 

翻って、東京である。

東北から東京に帰り、帰国直後と言う事もあり色々な人に会わせてもらった。
旅の話から近況報告、バカ話まで色んな話をする中、
「東北へ行って来た」と当然話すことになる。

が、どうも、ウケない。

そこから色々聞かれる事も、話が盛り上がる事も少ない。
なんというか、「特にいらない」話のようだった。

リアリティのある納得感があった。
3月11日。僕らは東京はおろか日本にいなかった。
地震の被害も無いし、余震の恐怖も、停電の不都合も、知らない。
それでも、なんか分かる気がした。
旅行中に「東北に行っている」という友人のメールに
ちょっとバツの悪い気持ちになった事を思い出した。

今、放射線や東海地震などの新たな不安とともに、
新しい自分の生活が始まっていて、たとえ気持ちはあっても、
時間的にも環境的にも、東北の支援に関与するのは難しいという現実がある。
(そりゃそうだ、平日に東北旅行に行けるのは僕がいま無職だからだ。)

でも世の中には「東北に関与してたらエラい」みたいな空気があって、
どうしようもないだけに、あまり触れたくない気持ちになる。
なんか、分かる。 。。

 


(山肌に「全世界のみなさんありがとう」という文字が。こういった看板をいっぱい見かけた。)

 

今回の東北旅行で1番印象に残った場面がある。
岩手の釜石で復興活動をしている現地NPOを訪問した際に、
代表の方が行った言葉。

「人ゴトでもいい。でも、東北のことを、忘れないで欲しい。」

家も店も家族も被害にあわれたのに、
自身だけでなく地域のために、日々活動している方の言葉。
すごく、重かった。

 

今の僕らの結論。

どうすべきか、何ができるかはぜんぜん分からない。
でも、ほっとけない。
だから、色々な形で関わっていこう。
なんたって、今僕らには時間があるから。

そしてまずは、時間が無い東京の人でも
東北を「忘れない」でなんらかの形で関われる道を模索したいと考えました。

ということで、やってみたいと思います。
“第2回ひげボソーシャル合宿~東北、ほっとく??~”

すべては現地を知ることから。
現地を見て、現地の方の話を聞いて、
その上でみんなと一緒に今後について話し合いたいです。

下記、概要となります。
既に行った事がある人も、気になってたけど行った事無い人も、
興味のある方、こんな僕らですが一緒に東北に行きましょう!

 

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期間:
2011年11月12日(土)9時~11月13日(日)夕刻

場所
岩手県内

スケジュール:
・12(土)
9時      盛岡駅集合
9時~15時  沿岸部視察(宮古、大槌、釜石など)
17時     花巻へ移動し温泉旅館へ。現地NPOの方々のお話をうかがう。
19時     懇親会
・13(日)
9時~15時 前日の話をうけ会議実施および現地リサーチ。チームとして提案を作成。
17時     盛岡駅で解散

定員:
7名

費用:
すべて参加者にて実費負担をお願いいたします。
想定項目は下記の通りです。
・盛岡までの往復交通費(片道東京から新幹線13,840円or前日発の深夜バス4,000円~)
・岩手県内での交通費(レンタカーシェア、数千円)
・ランチやコンビニ代
・12(土)の温泉宿2食つき(約9,000円+酒代)

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参加希望やご検討に際してのご相談・ご質問につきましては、
当ブログ記事へのコメントもしくはhigeboin@ジーメイル.com宛てに、
2011年11月4日までにお送りください。
是非ともご家族ご友人を お誘いあわせの上、ご検討ください。

なお、定員に達した後はお断りさせて頂く場合がありますのでご了承ください。

 

 

どこかに置いてきた何か

2011 年 10 月 10 日 月曜日

 

やっと、やっと、ついに、この日が来た。


安宿の少しカビ臭いベッドの中で、
曲がりくねる崖を駆け抜ける長距離バスのシートで、
20キロのバックパックをよいしょと背負いながら、
何度も想い描いてきた、
「いつか来る」帰国の日。

日本の皆が夢見るような完全に自由な旅の日々の中で、
私はいつしかもといた場所、日本を夢見ていたのだがら
滑稽というか皮肉というか。
でもそれがここ半年のリアルの1つだった。


帰ってきたぞ。
私の街。東京。

そう思って勇敢に、颯爽と歩くのだけど、どうもぎこちない。
表参道で女の子とすれ違うたび、どの子もなんて可愛いんだ!とニヤニヤしてしまったり、
券売機なのに元気にオーダーしてしまったり、
列車から降りるタイミングがずれてるのか乗ってくる人の波に揉まれあぷあぷしたり、
路線図みたり道尋ねたり乗換え間違えたり、
全然スマートじゃない。
不器用丸出しなのだ。
きっと人には地方から出てきた人か、もしかしたら外国人に映っているかもしれない。
違うのよ。ここは私が10年以上住んできたエリアのどまんなかなのよ。


でも、東京に戻って数日、感じていることは、
とにかく人があったかいってこと。
あれ?東京って、こんなんだっけ?
築地の屋台で海鮮丼を食べながら
地方から来たじいさんばあさんと店員さんと大盛り上がりでおしゃべりしたり、
回転寿司屋で外国人観光客にオーダーの仕方を教えて
観光客にもお店の人にも感謝されたり、
電車の中でいた赤ちゃんを変顔で笑わせてほのぼの~って空気を醸し出したり、
高校生の集団やゴミ掃除のじいさんに話しかけて世間話したり、
ついつい我慢ができずそんなことばかりやってしまう。
変態すれすれだけど。
(え?アウト?)


そして気づく。
東京の人って、温かくて、素朴で、優しい。
自分と同じ、生身の人間なんだなーと。
あたりまえのことなのにね。

以前の私は、視界の中で、街を行く人々に血が通ってなかった気がする。
そこに確実に居るのに、居ないというか。
今は皆(勝手に)友達に思えてくる。東京にいる仲間。
色鮮やかに存在する。血が通っている。生きている。美しいな、と思う。

そんな変化もあってか、
「あれ?ここ、どこだ?」って一日に何度も思う。

これまで何度も何度も通ってきた道でさえ。
もといた街は東京で、ここはパラレルワールドで別次元のTOKYOなんじゃないかとさえ。
どうも今まで暮らした街だと思えない。
「帰ってきた」と思えないのだ。
新しい暮らしが始まろうとしているのに、

ダンボールの山をいくつも開けているのに。
ちっとも「始まる」気配も感じられないのだ。
どういうことなんだろう。


まだ日が浅く、旅行者の気持ちが抜けないのかもしれない。
いや、上記のようなちょっとした奇行にも分かるように、
長い海外暮らしで「私」がちょっと変わってしまったのかもしれない。

もしかして、完全に外国人になってしまったのかもしれない。
いやいや、それはない。
きっとそのうち奇行も収まってしまうだろう。

クールにスマートに東京を歩けるようになる。

 

いろいろ考えて、そうか、と思う。
私の中ではまだ旅が終わっていないんだ。
肉体はここにあって、気持ちも感覚もある。
でも、精神の大事な部分をごっそり、もしくは散乱させて、
どこかに置き忘れてしまっている。

それをちゃんと回収して、この肉体に収めなくちゃいけない。
パスポートには、最終地TOKYOのスタンプが押されたけど、
もうすぐ住民票を作りに行くけど、まだその回収作業が終わっていないから、
私はまだ帰ってこれない。

その作業は、きっといろんなやり方があって、
きっと放っておいても、もっと時間が経てば、私の魂たちも
諦めて海を渡って戻ってくることと思う。
でも、私は、書きたい。
書くことで魂たちを収めたい。


ブログをちゃんと終わらせよう。
まだちゃんと伝えてない。
旅で見つけた大事なこと、この旅はなんだったのか、
置いてきた魂と対話しながら、
あの時、あの瞬間の自分の感情を紐解きながら、
ゆっくり、しっかり、書いてみよう。


たかが個人ブログ、の下手な文章だけれど、
でも、ずっと見てくれてた人がいるから、応援してくれた人がいるから、
ブログを読みながら一緒に旅をしてくれた人たちがいるから、
だから私は歩けたのだと本当に思うから。
書かなくちゃ。


そんなわけです。
旅の終わり、いろんなことがあり、いろんなことを考えました。
それをこれから書いていきます。
こんなふうに自らハードルを上げてしまってなんなんだけど
真面目なのも不真面目なのも、

旅ガイド的なのも個人的なのも、
面白いのも面白くないのもあると思うけど、
どうぞ、よかったら最後まで見てやってください。


そうして私は旅を終わらせます。


だから、まだ、ありがとう、言いません。


つづく!!!

つづくよ!!!

(MIWA)

帰国のご報告

2011 年 10 月 7 日 金曜日

 

久々に帰国した僕が真っ先に向かった先。
それは寿司屋でも蕎麦屋でも、美味い鍋を食わせる店でもなかく、
黄色い看板が目印の、あの、あの系列店だった。

世界を旅してきて、
日本食がいかに高いステータスにあるのかも、
日本人がいかに繊細な食感覚を持っているかも、
日本人のつくる食がいかに優れているかも、
それなりに感じてきたつもりだ。

その上で断言したい。
世界に誇る日本の食は、SUSHIやSUKIYAKI、TENPURAだけではない、と。
それどころか、唯一無二、他の追随を許さない究極の食文化があるのだと。

その思いを確認するかのごとく、僕はその地へ急いだ。
「帰国して最初のアレは、是非ボクにおごらせてください」
なんとも粋な誘いをしてくれたファンキーな男の言葉が脳裏をかすめたが、
やはり「神田駅。次のアポまであと2時間フリー。」
この状況下で僕を止めることはできなかったと説明しておこう。

 

そう、向かったのは数ある系列店の中でも
比較的ジェントルな立ち位置にある、神田店。
あの特徴的な暴力性はこの店では見られないが、
縁あって通っている店のひとつだ。
駅から続くネオンの光にノスタルジーを感じることなく、
頭の中は脂ギトギト、小躍りしながら歩を進めた。

2年ぶりの動揺を外に見せることなく入店、
食券購入から着座までを我ながらあざやかにこなすことができた。
幸いにもカウンター一番奥のいつもの席が空いているという歓迎を受ける。
上を見ると10年ほど前に貼った名刺はまだ顕在だ。
うん、なかなかいい色に仕上がってきてるじゃないか。


(中央下のちょっと左、横名刺なのに縦になっちゃってる奴)

 

いつもの通り小豚を注文、記憶よりやや早い
「トッピングはぁ?」ぶっきらぼうな問いかけにひるむ事無く
常連顔で野菜増しをソツ無く伝えた。
野菜をWにしたりニンイクおよび脂を増していた時期はもう卒業しているのだ。

大将は10年前と変わらないあの人だった。
やたら仲がよかったあのパートナーの姿は無いのが気になったが、
それより「写真よいですか?」以前なら決して口にできなかった
この言葉を軽々と言えたことが、この2年の1番の変化かもしれないと感じた(嘘)。
この変化は何を意味するのか、僕には整理に時間が必要な気がする。

 

 

そして3分後。
やつは、やってきた。

あざやかに散りばめられた脂の美しいまだら模様にうっとりしつつ、
飛び道具の白い粉を十分に感じさせる塩辛いスープに渇を入れられ現実に戻る。
チャーシューの質は正直落ちていた気もするが、
このもっさりした麺、大量の七味投入にも全く負けないマイルドな脂の甘み、
そして中和剤としてのもやしの奏でるハーモニー、、、、、
これだ!これこそが僕の求めていた、外国人の知らない日本の誇る芸術なのだ!!

そうだ、やっと、戻ってきたのだ。
その時僕は改めて帰国を実感するとともに、
とめどない感動に包まれたのだった。

 

 

 

 

以上の通り、無事に日本に帰国いたしました。

帰るまでが遠足という名言もありますが、正真正銘、旅の終わりです。
今まで応援して頂いた方々、心配して頂いた方々、本当にありがとうございます。

ブログはまだメキシコ。まだまだ書いていきますので、
引き続きお付き合い頂ければ幸いでございます。
これからもどうぞ宜しくお願いいたします。

 

注:
万が一ご存知の無い方へ。こちら、ラーメンではございません。
二郎という食べ物、もしくはスポーツとなりますので、今一度ご確認をお願い申し上げます。

GT:街角イケメングランプリ4 ~アジア・中東編~

2010 年 8 月 27 日 金曜日

※この記事はガールズトークですので、男性の閲覧はご遠慮ください。

※この記事はとっても長い(かつバカバカしい)ので、勤務中の閲覧はお避けください。



「自分で自分を褒めてあげたい」。
有森裕子さんほどの偉業をなしたわけでもないのに、
そう思っちゃうことってありますか。
私はあります。


皆様に勇輝が伝えていない、
試練・・・。


「列車泊」。
夜発朝着だったのでてっきり寝台車と思ったら、こんな車内!
リクライニングの壊れてる椅子。すえた臭い。そしてめっちゃ寒くて・・。ぶるぶる・・・。
でもジムキャリー主演の映画が流れてて爆笑、凍えながら爆睡。


「テント泊」。
ナミビアに入ってから、宿が安くても2人で5~6千円かかるとわかり、
急遽スーパーで買ったテント5千円。
(「ホラ重いし・・」などと暗に反対を表明したんだけど勇輝のワクワク顔にはかなわず・・。)
これで宿のテントサイト(つっても庭)に泊まるだけなんで
2人で1200円~1500円ですむようになった。
犬の声、強風にテントがバタつく音、恐い・・。寒い・・。硬い・・。やだよう。
最初の日はあまりに恐くて途中でギブアップし、
レンタカーがあったので車の中で耳栓して寝た。
でもだんだんテントでも熟睡できるようになってきた自分・・。


褒めてあげたい。ってゆうか褒めてます。
偉いよ美和。よくやってるよ。うん。


・・・
そんなことやってるうちに新たな脅威・・。

どうしろってんですか。
妙齢の女は砂漠に来るなというのですか。

スネが乾いた大地よろしくヒビ割れてきました。

(↑こんなイメージ。)
お肌の状態、言わずもがな。
笑うとほうれい線あたりがピリと音を立てます。
東京で補充したイソフラボン化粧水を丹念に染み込ませるのですが
頬がプルンとしたお豆腐に戻る気配はなく高野豆腐が関の山。
加速度を増して老いてる気がする今日このごろ。
イキナリ50代くらいの容貌で帰国しても皆さん友達でいてください。
かしこ。


・・・・・。

おっと!
いいえ!
そんな泣き言を言うコーナーじゃありませんことよ!
アゲていきます。
なぜならひっさびさのイケメングランプリだからですっ!!!



え?
もうこのコーナー、なくなったと思ってた?
南インド総集編で力尽きたと?

否!
私めは取材を続けておりましたよ。
夫にため息をつかれながら、各国の男子に苦笑いをされながら。


 

しかし、こんなに長らくお待たせしてしまった・・・
ハア。相当苦労していたのです。


南インド以降のアジア、中東とおまけをあわせて
やっと、UPすることにしました。

(ご安心を!アフリカ編は結構いい線いってますよおーお楽しみに!)




いい男がいないと九官鳥のように繰り返すそこのアナタ!
働きすぎで恋心に埃かぶってるアナタ!
夫の愛情表現の物足りなさを嘆くアナタ!
大丈夫!私はアナタの味方です!
このコーナーでルンルンしちゃってください。
ここに登場する全員から「可愛いよ・・」と言われる妄想をしちゃってください。
うふふ!

 


もう!前置きはいいって!

はいはい了解!



時は3月・・・5ヶ月以上さかのぼります。

コタキナバル。

町では、男子はみんなファッションや髪型に気を使ってたのですが・・・

逆にうーむ・・・。ダサ可愛選手権には採用でもここには無理!
お呼びでなくてよ!と厳しく却下しました。
予選をなんとか通過したのはこの2人。

いずれも、「ウォーターフロント」という、おしゃれ(なんだけど何かが惜しい)エリアで
人気のタイ料理屋にいた青年(体育会系と文科系)です。
なにを聞いても親切でユーモアがあって英語がうまくて・・・ああ、また会いたいなあ・・。

でも扱いはミニサイズ。
総合評価としては、コタキナバルでのイケメン採取は失敗に終わりました。
え?いきなり?ですが、ごめんなさい!!!


さて、気を取り直して参ります。
続きましては、
病みに病んでいた北インド各地をすっとばし、
(私の目にはイケメンは映らなかった・・・むしろなにも映らなかった・・・)



笑顔と真心と素朴さの国、
ネパールであります!!!!


いましたいました!美男!多し!
ジュル・・・これはイケる・・・。
日本の女子に大いなる癒しと萌えを与えることができる・・・。

がしかし!
マオイストによるストに逃げ惑い、
アミーバによる猛攻撃についに倒れ、
(詳しくはカトマンズの投稿をご覧下さい・・)
本当にごめんなさい!!!
白旗です。

ど、どなたか、そこの若いお方、わしの代わりに行ってみてきてはくれんかのう・・。 
きっと、たくさんの宝物を目にすることでしょうぞ・・・!!!


(左)雨宿りのチャイ屋にて。(右)カトマンズ近郊の寺院にて。サドゥ修行中の青年。

あとはきゃわいい少年達の美しい瞳でご勘弁をををーーー。


ほんとすみません。

めげずにいきます。

 

さてっ!!!
きました、お次はミドルイースト、
魅惑の
中東でございますっ!!!


私は探しましたよ。
UAE(アブダビ&ドバイ)で、
白いアラブの民族衣装に身を包んだ褐色の麗しい青年の姿を。

しかーーし!

街中にイケメンがいない!っていうか、
人がいない!!!

外にいるのは道路工事の半裸の作業員のみ。
それはインド人かパキスタン人。

そう。夏のUAEは暑すぎて道なんて歩けない。
ってゆうか、人口の20%しかいないというUAE人はみなさんお金持ち。
道端でなんて会えるわけがないのです。
みんな車で移動し、大きな高級ショッピングモールで買物し、豪邸に帰ってゆくのです。
(勉強にもなる、いいコーナーですね!)
ところが・・ショッピングモールなどでやっと見つけたイケメン王子は
すんごいセレブオーラを出しているか、
まぶしくて見れないほど鋭く美しい女性を連れているかで、
撮影交渉不可~!!そんな度胸、私は持ってない!


結局、撮れたのはこの1枚。
麗しの王子・・・

どなたか・・、勇気のあるそこのお方、
私の代わりに果敢に挑んできてはくれんかのう・・・。
ごほっごほっ・・。

砂漠の王子は諦めました。ごめんなさい。


はっ、
いたーーーーーー!!!!!!





エントリーNO.1  エビゾー(仮) 28歳(推定)


ドバイの旅行代理店のオフィスにて。私はわざわざ戻りましたよ。
夫を巻くためにね。きゃはーーん。
知的。そしてシャイ。優しそう!きっと白いアラブ衣装も似合う!
私を砂漠の向こうにでもどこにでもさらって!キャー!妄想は膨らみます。

「写真を撮らせて。私は世界中のイケメンを探しているのです」
と言ったら、「いやいや僕なんかよりこの人(上司)を。」と目上の人を立てる
謙虚さ(強かさ?)も忘れない。
しかしその上司を見ると、NON!ありえへん。お前嫌味かよ!と思うほどで。
1枚も撮らなかった。失敬!



エントリーNO.2  ウエクサ(仮) 26歳


アブダビの超人気レストラン、レバニーズフラワーにて。
ちょっと鮮明さに欠けるんだけど、見て!可愛いえくぼ!
おませな髪型とちょっとのひげ。もう!似合ってないゾ!
隣にいる実写版ジゲンみたいな兄さんもかなり気になりつつ・・。
ここの店の規則はバッツリオールバックらしい。

丁寧に、ゆっくり、時間をかけてサーブしてくれた濃いコーヒー。
あ!よく見ると後ろに王子たちが座ってますNE!
マジ見えてなかった。うっとりしすぎて・・。



 

エントリーNO.3  トゥーリオ(仮)  推定23歳


ドバイの古い港町を再現したショッピングモールにて、誰が買うんや?っていう
土産物ばかりを取り揃えていた彼。
勇輝の肩を組もうとするので始めはいろんな意味で警戒してしまったが
陽気で人なつっこいだけでした。
その、濡れている髪は汗?おしゃれ?とは聞けなかったけど。

しかし彼の売るアラブ版マトリョーシカ(ぶさいく!)にすっかり魅了されてしまった私達。
200ディルハムを20ディルハムに値切って買いました。(そもそもふっかけすぎ!)

 



ぬお!
UAEはなんとこの3エントリーのみ!

だはーー!

路上イケメンを求めてイランに飛びます!


エントリーNO.4  モハメド 24歳


テヘランに数多く並ぶ紳士服店にいた彼。さすが、シャツが似合うっ!
不思議そうに、そして少し照れながら、私のキモい要望にこたえてくれましたよ。
っていうか、この目をじいっと見てみて!
ドキリとさせられるでしょ・・・。ゴクリ。

いやん!笑うとちょっと可愛いの!
ひげは・・・ないほうがいい?むしろこれがいい?あなたはどっち派?
イランではモハメドだらけだったので、以下全員あだ名にします。

 




エントリーNO.5  バッジオ(仮)  推定36歳


ちょっと年上の落ち着いた感じがお好み?ならば!ってことで。
イスファハンに向かう列車で、上手な英語で話しかけてくれた彼。
「何か困ったことあったらいつでも声かけてよ」と言ってくれた優しい心の持ち主。
彼なら、絶対大事にしてくれそう!泣いても暴れても鼻水出してても包んでくれそう。

上品だわーー。いいわーー。
髪の行く末を見守りながら共に時間を重ねてゆきたいわーー。




エントリーNO.6  サオトメ(仮)  推定24歳


問題です。この育ちのよさそうな彼は、なに屋さんでしょうー!?
後ろのふとっちょのおっさんは気にしないでいいですよ。
あ、でも彼は大きなヒントです。
そう!アイスクリーム屋さんでした!やーん。なんでこんなスイートガイが
アイスクリームを??!ステキすぎる!(もちろん思わず買った)

ちょっと歯っかけなのもまたきゃわゆす!アイスの食べすぎかな?うふふ!(←ばか)

 




エントリーNO.7 アリ(これは本名)  21歳


イスファハンでお世話になった絨毯屋の客引き担当、アリ。
毎日遊びに行って、お茶を出してもらった。いつも楽しくて笑わせてくれた。
なんでも、日本人の奥さんが欲しい!のだそうで、
(日本人の女の子は小さくて可愛くて優しいから、だって)
ブログを通じて僕のお嫁さんを探してくれーーーー!!!!といわれたので一応。

お嫁さん希望者の方、イマーム広場でこの顔を捜してください。
きっと数十分で見つかります。(いつもうろうろしているし女の子を見逃すはずがない)
ファイティン!


え?コメントが雑になってきてる?
気のせいです。

エントリーNO.8  エルビス(仮)  推定21歳


ホセインさん一家にプレゼントするため、写真を現像に来た私たちに話しかけてくれた彼。
その佇まい、表情から、かなりの自信が伺えます。
「写真撮らせ・・」 最後まで言い終わってないのにこのポーズ。脱帽。
写真屋のおっさんからの「オレは?」って視線を感じましたが見なかったことにしました。

彼、実は私のタイプではないのですが、勇輝があまりにカッコいいと盛り上がっていたので。
男子と女子の言うカッコいいとか可愛い基準はとかく違う(合コン等で露呈)のですが
彼のばやいどうなんでしょうか。彼のようなタレ目くんが好みの人いる?
あ、この角度で見るとなんかの鳥にも似てるね!(不真面目)




エントリーNO.8  ヨシイ(仮) 20歳


なにかと規制の厳しいテヘランの街でストリートキッズをきどっていた彼。
遠目に見てたらトンガってる感じの集団だったのに、クローズアップしたら、
いやん、素朴!まゆ毛!!!

写真をパシャパシャ撮ってたら、照れまくってこの表情。
やっぱ、可愛いじゃーーん!(あれ?私だけ?)

その後、彼は、目の前で始まったバレーボール(知らない人の)に混ぜてもらってた。
どんだけほのぼの・・・。







エントリーNO.10  リョウさん(仮)  35歳


・・・。コメントは、とくにありません。
小さな木製フェリーの船頭さんです。
彼を見ていると胸がざわざわするんです。なんでしょうか。病気でしょうか。







<<<お・ま・け>>>


はい。
期待が多きすぎたのか、
まだまだお腹いっぱいになってない淑女のみなさんに
ここで別腹のスペシャルプレゼント。




 

トーキョーー!!!


びっくりした。旅行者として歩いたら、イケメン天国TOKYO!
まあ同時に若干理性も働きやすくなり、撮影できなかった人も多いのですが、
よりすぐりの数人をご紹介!

 

●ユウキ クン 19歳


中目黒のお気に入り居酒屋、「かまち堂」にてキャーーーッチ。
そうです。邪険にできないのをいいことにイケメン店員にからむ、最悪のおばさんです。
やーん。でもいいじゃなーい。可愛いんだものー。大学ではテニスをしてるんだって!きゃ!

はぁ、はぁ、あまり可愛くてバイト上がりの私服までキャッチ。(←ホンモノの変態)
またユニセックスな感じでー。イマドキなんだから!
同じ名前なのをいいことに1日だけうちの旦那様とすり替えタイ・・。
すぐバレるか・・・。



●カズキ クン 大学3年生


立川駅のおしゃれパティスリーにて発見!
一生懸命呼び込みをしてる姿にかなり遠くから一直線に吸い寄せられた私。
この顔で「生クリームたっぷりの~」とか言ってるからたまらなく可愛い!


「あ、ママにお土産・・・ちょうどいい!」なんて
思ってもなかったことを思いつき(呼んでもない呼び方で呼び)
私がこのロールを一本購入したのは言うまでもありません。



 


●ケイタ クン  16歳

二次会にて訪れた中目黒のカラオケボックスにて連続キャッチ!
暗くてうまくとれた写真これしかないんだけどさ、
すんごく素直でいい子だったの。聞けば地方から出てきて頑張ってると。
泣かせます。だめ。おばさん、こういうのに弱くて・・・。
セチ辛い東京砂漠だけどさ、アンタみたいなきゃわいい青年にはさ、
笑っていてほしいのよ。いいことあるよ。
心でエールを送りながら『負けないで』を歌いました。

 

 


●ソウ クン 0.5歳


え?うそでしょ?このお方、赤ちゃんなの?
私は目を疑いましたよ。私たちが旅に出てるあいだにご誕生になったって?ほんとに?
どうしてこんなに魅惑的な瞳?魅惑的な唇?
もはや赤ちゃんと呼んではいけないのでは?さん付けしたほうがいいのでは?むしろ様づけ?
あたりを見回しますが皆赤ちゃん扱いしてるようなので、赤ちゃんなのでしょう。
どんなステキな青年になるのかしら!待ち遠しい!!!

最後にスペシャルショット!
キュートなてぃくびもチラ見せ!
(ソウクンのパパママ!ゴメンなさい!訴訟だけはご勘弁を!)


 

ピピーーーーーーーーーーー!!!

後ろ髪のステキな西村主審より、パッとレッドカードが出ましたので、
即退場します。

 


はぁ、はぁ、
・・・以上です。

いかがでしたか。

バラエティに富んだかんじでお届けしてまいりました。

あなたの好みは居ましたか?
どこの国のどの男子ですか?

ではでは、
私はテントに戻ります!
(嫌~!)
皆さんの熱い投票、お待ちしてます!!! 
私をどうか温めてください!!!

 

(MIWA)

東京、実際のところ

2010 年 8 月 18 日 水曜日

どうも投稿のペースが遅い美和です。
東京でのことを書きます。

***


その日、私たちは南アフリカのケープタウン郊外、
ミューゼンバーグにいた。
夕方、ふらりと入ったネット屋で見つけたのは
母からの緊急のメール。
翌朝、車でケープタウンに戻り、レンタカーを返し、
その日の夜には東京へ向けて飛び立っていた。

病院に入られていた勇輝のおばあさまの
容態が急変したとのことだった。

私たちの結婚後間もなく入院されたこともあり
私がおばあさまにお会いした回数は10回もない。

しかしなんの躊躇も口惜しさもなく荷物をまとめた自分に、
私は正直少し驚いていた。

南アフリカから東京まで、まる2日のフライト。
昔の私だったらこんなとき、口に出さないまでも、
ちょっともったいない気持ちになっていたかもしれない。

 

でも、今の私は違った。
旅の中で、なにかが変わったのかもしれない。
人生で何が大事って、
家族が大事だって。

 

おばあさまは少し持ち直しておられた。
私たちは毎日病院へ通って様子を見守った。
何ができるわけじゃないんだけど、話しかけ、手を握る。それだけ。
ベッドのおばあさまは、私たちに笑いかけてくれた。
その手は、温かく、柔らかく、でも細かった。

病院へ電車で通いながら、
おばあさまへの気持ちが日に日に親密なものになっていくのに気付いた。
もっとお話が聞きたかった。若い頃の話、結婚したときの話。
おばあさまとガールズトークがしたかった。
もっと早く嫁に来ていたらよかった。
そこまで考えて、ガーンと頭を殴られたようなショックを受ける。

「お会いしたことが10回もない」って・・・・
なにそれ。
どうして今まで東京に居たのに、
どうしてもっと病院に行けなかったんだろう。
どうして今やってるみたいに、ただ手を握り締めて
そばにいることができなかったんだろう。
どうして・・・。


数年前、父が数日の入院をしたときのことを
思い出した。

腸の軽い手術で、まったく大したことはなかったのだけど、
行くことも電話をかけることもできなかった私は、あとで母に叱られた。
「お父さん、美和は来ないか・・って残念そうだったよ!
お父さんにとっては娘が一番の元気の素なんだから。」
そのときちょうど私は、
仕事が忙しかったのだ。たしか。
でも、今、
今思えば、
入院した父のもとに駆けつけられないほどの
大切な仕事って何だろう。
そんなものあるだろうか。

 


かけがえのないもの、それが家族で。
ただ一緒にいる、それだけでよくて。

私のこれまでの仕事との優先順位のつけかたが
それを分かっていなかったことを表していた。
恥ずかしくて、悔しい。
でもそれを許し、元気でいてくれた家族に
ありがとうと思った。

これからは、
嬉しいとき、めでたいとき、苦しいとき、心細いとき、
いつでもそっと寄り添って、一緒にそれを味わうような
そんな人生にしたいと思う。
そんな私になろうと思う。



(旅に出てる間に誕生した姪、日和。私から1字もらったと言ってくれた弟夫婦。)

 

ある日の午後、
病室のベッドのまわりには、
おじいさま、お父さま、お母さま、私達。
おばあさまがしばらくぶりにはっきりと声をだした。
「し あ わ せ」。
そしてにっこりと微笑んだ。


胸が熱くなって、喉の奥が詰まって、
この場所に居れたことを有難く思った。

それから数日して、
おばあさまが天国に旅立たれた。

苦しまず、眠るように、きれいなお顔で。


ありがとうございました。

あらためて、受け継がれたいのちのバトンと
人と人との奇跡のようなつながりに 
感謝せずにおれなかった。

たくさんお話できなかったけど、
私はおばあさまのことを忘ない。
将来子供に話してきかせようと思う。
どんなときも穏やかで、上品で、慎ましく、美しく、
笑顔が柔らかかった、おばあさまのこと。

東京での時間、気付き、学び、
なにより家族との「ただ一緒にいた」幸せな時間は、
私たちに必要なもので、
おばあさまからのプレゼントだったのだと思った。



ますます可愛くなっていた姪2人。


親子三代、賑やかで愛しい時間。


私たちのブログがわざわざプリントされファイリングされていた。


***

そんなふうに、家族第一、で過ごした東京でした。


・・ちなみに、その他の幸せ(の1部)@東京。


カトマンズの病院で見た夢を正夢にすることができた。
店は混んでたし、立ち喰いだったけど。


転送をかけていた郵便物をチェックしていたら、
クレジットカード会社からエステ券のプレゼントが届いていた。
はっと思い立ち、「女力」の回復を試みた。
というより、小奇麗な街を歩いていて完全に浮いている
荒れ放題の容貌をなんとか東京30代女子に近づけようと・・。
某有名エステのフェイシャルトリートメントで砂漠化した肌に潤いを与え、
契約の残っている脱毛サロンで茫々としたものを一掃し、


自分で切って変になってた髪も、CHIEちゃんに整えてもらうことができた。
青山のANTIにて。ひさびさに味わった、女としてのうっとり時間。

 

そういえば・・ある夜、



こんなことやってたら
いつの間にか日付が替わり1つ年を取っていた。
謎に傘を持って踊っていた(←覚えてない)間に・・・。
34歳、になってしまった。こんなおバカなままで。
(ワガママにつきあってくれてありがとう。)

 

***

歳を取った。

私の人生。
何歳で幕を下ろすのか分からないけど
これからもっと、学んでいきたい。
たくさんの人とたくさんのものを共有していきたい。
そうやって輝かせていきたい。

人生の終りの日に、
悔いはないと、
幸せだったと、
にっこり笑えるといいな。

おばあさまのように。


ありがとうございました。

(MIWA)

TOKYOトラベルジャーナル

2010 年 8 月 9 日 月曜日

美和です。
私も書きたくなったのでTOKYOリポート。


以前インドのバラナシで読んだ新聞に
インド人記者が東京を歩いた記事があって
春は日本中が桜に狂うとか
「ダシの取り方を見せてもらったが、煮る、取り出す、以上。まったくシンプルだ!」
(インドのスパイスと比べたら笑っちゃうくらい、と言いたげだった)
とか、日本人からしたら新しい視点とか
勝手な解釈とかがあって面白かったのを思い出す。

今回、住み慣れたハズの東京を歩いてみて、
外国人はどう見てるんだろう、とすごく考えさせられた。
『ロンリープラネットTOKYO』や諸々のガイドブックには
なんて書いてあるんだろう。
「満員電車」は?「居酒屋」は?「ゲーセン」は?「マツキヨ」は?
はじめて気になった。(今度しっかり読んでみよう)

私たちが世界を回りながらうにうに考えてるのと同じく、
外国人旅行者の皆さんも、「?」と思ったり、ショックを受けたり、勝手に納得したり、
イケメンを探したり、ダサ可愛いものを見つけたりしてるんだろうか。


TOKYO。人の多さ。
サラリーマンファッション。殺人的ラッシュアワー。
熱気と裏腹に、誰も声を発しない、不思議な空間。


電車の本数。発着の正確さ。
1~2分の遅れでも「申し訳ございません」と入るアナウンス。
ホームの隙間や傘の忘れ物、あらゆることを先に注意してくれるアナウンス。
なんて親切な。


さすが技術立国日本。
効率化、人員削減を徹底して進め、「こんなことできたらいいな」を
実際1から形にしてしまうからすごい。
「自動○○機」の多さは世界一だろう。
しかしその代償は、
人と人の生身のコミュニケーションが減っていくことではないか。

・・・と、思いながら眺めてみると、
そうでもない。

人と人の人間らしい関わり合い、
血の通ったコミュニケーションは東京じゅうにちりばめられていた。 
実際、バスの中できょろきょろしていたら
「どこまで行くの?ああそこなら一緒に降りよう」と おばちゃんに案内してもらったり、
カメラを持ってウロウロしていたら
「イエーイ!」「どっから来たんですかー?」「ニーハオー!」 等々
若者たちに声をかけてもらった。 
居酒屋でも、とにかく店員が親切だった。
おすすめや食べ方を教えてくれるのはもちろん、
「お疲れ様です」「ごゆっくり!」などの一言を添えてくれる。
有難くて幸せな気持ちになった。
冷たいような(謙虚さ?tooシャイ?)、人なつっこいような、
不思議な間合いを持っている。そんな印象を受けた。



親切に、丁寧に、笑顔とともに答えてくれる係員。


非効率とも思える宣伝形態、街頭のチラシ・ティッシュ配り。
炎天下での生のかけ声の泥臭さが逆に心地よく感じた。


なぜか駅でよく見かけたのは恋人達の熱いドラマ。
その多くが、女性が泣き男性がなだめるというパターンだった。


美しい、TOKYOの夜。


たまにふっと、「孤独」や「葛藤」という言葉が似合いそうな風景に出会う。
人が居て、ドラマがあって、だからこそ絵になるのがTOKYOの街。



ノスタルジックな魅力も。


TOKYOは実は緑が多い。


たまに、なんでもない小道で、ふうっと神聖な気持ちになる。
それもTOKYO。


立ち飲み。平日だろうが夜の酒場は人でいっぱい。楽しそう。
へとへとに疲れているのに、なかなか家に帰らない人々。
家族とはゆっくり過ごせているのだろうか。


外国の街に行ったら、書店の数・規模・内容をチェックせよ。そこに民度が表れている。
と以前何かで読んだことがあるが、東京は本屋が多く、大変充実している。
東京の人々は知的好奇心旺盛で勉強好き。
ビジネス書やhow to本の平積みが目立つ。忙しいので効率よく知識を得たいのか。
自転車に乗ることが今の流行らしい。


ある料理屋で一緒になった若者たち。
その全員が iフォンを持っていたのには驚いた。
情報をキャッチする、取り入れる、試す、遊ぶ、が得意なヤングジェネレーション。



「Eyebrow is Life.」・・・ すごいキャッチコピー。
実際近年東京の女性の目は大きくなっている、のは、まつ毛産業の発展による、か。
東京の女子の、目力、いや美に対する執着たるや。



キャバ嬢軍団がTVに出てると思ったら、彼女たちはアナウンサーらしい。
日本には「女子アナ」というタレントのジャンルがあるようだ。
(なんてね。以前にない猛烈な違和感を感じてしまったので。なんでだろ)


味わいどころ、つっこみどころ満載。
洗練と上質と便利と、人間臭さと熱と、クールと、ほのぼのと、孤独と哀愁と、KAWAIIが
ぐちゃぐちゃに集まって混ざって化学反応を起こしている街、TOKYO。
とにかく面白い!!!

私は、自信を持ってこの街を
世界の人に紹介したいと思った。
これからまたいろんな国に行くけれど、以前よりもっと
胸を張って東京を語ろう。分からないこともあるのは百も承知で。
いいんだ自分の言葉で語ろう。そう思った。
その人にとって私は少なくとも日本代表なのだ。
宿とかもきちんときれいにして出よう。丁寧に、感謝を忘れず1つ1つの
コミュニケーションを積み重ねていこう。

そして、日本に来ている外国人旅行者にも、
素敵な経験や出会いがありますように、と思った。
私たちが旅をしている時、
道で出会った人の面影、眼差しがその国の印象になり、
出会った人と言葉を交わした思い出が一番の宝物になったからだ。

そう思ったら居ても立ってもいられなくて、
外国人旅行者らしき人を見たら、片っ端から話しかけた。
「ハーイ!」
「Where are you from!?」
「ウェルカムトゥー トーキョー!!」

ちょっと勇気がいったけど、
オーストラリア人の若者、フランス人カップル、スペイン人夫婦・・・
みんなすごく喜んでくれたのだ。
「なんでこんなに暑いの?」とか聞かれてうまく答えられなかったり、
たまに「?」な顔されてしょんぼりもしたけど。笑

 

旅の途中でちょっとだけ覗いた東京は、
私たちに新しい気付きをくれた。

旅に出る前は、もっと冷めた目で東京の人々を見ていたこともあった。
「こういうとこダメだよな」とか批判や不満が多かった。
電車の「申し訳ございません」の遅延アナウンスも
心が込もってない!とかイラっとしたり。
でも今回、なにより驚いたのが、自分が、東京の人々のこと、
愛しく思えたこと。可愛いなと思えたこと。
一生懸命で、勤勉で、律儀で、小心者で、周りを気にして、
寂しがり屋で、くだびれてて、でも一生懸命で。

見る人の中身がほんの少し変われば、見える景色も変わるんだな。
今、東京、東京PEOPLE、
こんなにも、LOVE!
!!

(MIWA)