出発から到着までのことを、前回の投稿ハッピー男が書いていましたが、同じ26時間を私なりの視点で書いてみようと思う。
書きながらドン引きするほど我ながらMADだが……、もしかしたら私に似た人もいるかもと、私なりに編み出した法則やノウハウも盛り込んでみることにする。



旅行の前、私はなかなかナーバスになる。
なぜなら、荷物のパッキングという重大な任務を背負っているからだ。
今回は23キロ以内を1人1個、計4個ということで、数日前から空き時間でコツコツ準備し、ひとまずスーツケース2個のパッキング終了。その時点で絶対に無理だと言う見通しがあり、本当に1個ずつのスーツケースなのか聞く。夫の答えはyes。

前日の夜、1時間半の仮眠をとってから、残り2個のスーツケースと、入りきらないものを機内持ち込みのキャリーバックに詰める。機内持ち込みの上限10キロがこれまたキツい。
時計とにらめっこしながら、泣きそうになる気持ちを鼓舞しながら、黙々と格闘すること4時間。出発ギリギリ。結局どうしても入りきらず、リュックサックに本の類をぜんぶ入れるという強硬手段で決着がついた。
朝5時40分。大きなタクシーに積み込み、藤沢駅の空港行きバスの前に滑り込み。係のおじさんにあと3分!と怒鳴られ、あと4分あります!と応酬しながら鬼の形相で荷物を積み替え6時にバス出発。
寝ない次男と遊びながらうとうとしたのも束の間、これからの長旅の中での修羅場ポイントを頭の中でイメージし武者震いをした。

空港に到着し、まだ開いていないチェックインカウンターの前へ。
夫は言った。
「ご、ごめん…。スーツケース、1人2個までだったみたい……」

はうーっ!!!!
私は悶絶した。私の苦労は一体なんだったのだ。スーツケース8個でいいんだったら、何も考えず余裕でぶちこめた。諦めたあれもこれも持ってこれた。もっと寝れた。ああああああああ!!!

「えっと、、ちょっと待ってね」。
両手で顔を覆い、10秒間の「クイック号泣&セルフ共感」を行った。
これは、過去の数々の子連れ旅経験から編み出した秘儀である。
準備の苦労を超高速の走馬灯で描き、「よくがんばったね、偉かったね、悲しいね、とっても悲しいよね、よしよし、大丈夫だよ、いいさ前を向こう」と自分と対話する。この一連のことを10秒で済ませるのだ。

私は、旅中の負の感情やイライラを、自分の中のコップに水が溜まっていくイメージで常に捉えている。
旅の間、「いかにお水を溜めないか、溢れさせないか」。それが自分も家族もハッピーに過ごせるかの鍵になるのだ。
これまで、旅中に何度溢れさせ、ブチ切れ、笑えなくなり、せっかくの時間を台無しにしたか。そういう意味で、パッキング〜出発〜飛行機というのは、大事な関門である。ここで大概、お水をかなりの量溜めてしまうから、現地で絶対にアップアップになる。
泣きたい気持ちは抑えてはいけない。お水は貯めずに流す。
そのためには、痛みに誰かに共感してほしいのだが、研究の結果、これを夫に求めると逆にもっと溜まることが分かった。まず「夫」とは共感するのが難しい生き物であり、悲しんでいれば「まあいいじゃん」と苦労を無視したノンキ発言をする、いつまでも怒っていると逆にキツい言葉を吐かれたりして痛みが倍増する。というわけで。

10秒チャージ完了。カウンターが開くまでの20分間にフォーカス。シャキーン。
機内持ち込み用の荷物2つのうち、1つを預け荷物に変えよう、ついでに23キロをちょっとオーバーしてる大きなスーツケース2個からも少し荷物を減らそう。コインロッカーの片隅でバババッと入れ替えを行った。その過程でどうしてもあぶれた味噌が一パック、機内持ち込み用の方に降格した。

しかし今回、10秒では泣きと癒しがちょっと足りなかったようだ(事象の大きさで秒数は決まる)。怒りがまたちょっとぶり返してきた。プリプリしながら朝ごはんを買いにコンビニへ走った。
走りながら「まずいぞ」と思う。これまでの旅の経験により自分の中で完成した合言葉が、警告ランプのように脳内に現れた。

「悪口は悪魔の餌になる」。

旅の間、誰かを恨んだり、何かのせいにしたり、忌み言葉を吐いたりすると、必ず悪いことが呼び寄せられて起こるのだ。

慌てて、「もう大丈夫ですよー」と、誰なんだろうな、私のことを見ている誰かにアピールし、笑顔をつくった。

出国手続きの荷物検査。キャリーバッグがひっかかり、冷酷に告げられた。
「お味噌は機内に持ち込みできません」。
私は思った。「出た」。
悪魔だ。こういうことになるのだ。
お味噌を使ってどうやってテロ行為を働くというのだ、機長の顔に塗って脅せばいいのか、とか思いつつ、どうしても無いと困ることを必死で説明した。

しかし!今回は天使が降りてきた。「まだ時間があるので、預け荷物にできるかどうか聞きに行きましょう」。
係員さんはわざわざ一緒に外へ出て、航空会社のカウンターまで行ってくれた。しかし!そこに居たボスらしき女性は悪魔の化身で、天使さんの説明に顔もあげないまま「並んで」と顎でしゃくった。ちょうどピークで長蛇の列だった。
だがしかし!!今日の私は負けない。持ち場に戻る係員さんに「うちの家族に先に入っててと伝えてください」とお願いし、挑む体勢に入った。
ふと見るとサービスカウンターと書かれた一番端のデスクの前に、赤ちゃん連れの女性が一人待っていた。私は訳ありな顔でしれっとその後ろに並んだ。
私の番。カウンターに居たのは見事に天使だった。事情を話すと笑顔で大丈夫ですよと言ってくださった。おっしゃあ!悪魔に勝った気分!

速攻で預け終わり、走って家族に合流した。子供たちはキッズコーナーでめちゃくちゃ楽しそうに遊んでいた。夫は寝そべってスマホをいじっていたが不思議と気にならなかった。一勝負終えた充実感のせいか。

すべては万端!レッツゴー!と思いきや。
やばい。。。
大事な機内用の荷物を、味噌と一緒に預けてしまったことに気づいた。
それは次男が万が一喘息の発作を起こしたときの緊急の薬と、おもらしなどの時のための着替えだった。悪魔アゲイン。私は青ざめた。

離陸の時、飛行機がいまだに怖い私はとても緊張するのだが、今回はそれに加え最終地点到着までずっと薬と着替えがないと思ったら呼吸が苦しくなった。夫に告げると「大丈夫だよ」と手を握りうなずいてくれた。しかしそれは何の効果もなかった。荷物が倒れたりちょっとしたことがすべて悪魔からのメッセージのように思えて恐怖におののいた。

ひとまず次男は落ち着いていたので安心するが、14時間のフライトはとにかく長かった。ハワイの2倍である。
何時間経ったかなーと思ったら、3時間だった。あーもうこの辺で勘弁してくれと思ったら7時間。あと半分以上ある。白目で隣を見ると男3人は爆睡していた。

夫と息子2人は、とにかく飛行機へのストレスがない。
怖がらないのはもちろん、飽きもイライラもせず、ひたすら映画を見て寝て遊んで寝てを繰り返している。
また3人はお口に合わないのか機内食や飲み物もほとんど取らない。機内食を密かに楽しみにしているのは私だけのようだ。
寝なければと思うほどよく眠れない。アサが発作を起こさないようにとにかく呼吸を確認し、咳が出ればドキリとして水を飲ませ、飴やお菓子もむせたら怖いので注意しながら食べさせた。
そうして14時間もの間、私はとにかくあれやこれや考えて過ごすことになる。ふと思い立ちCAさんに機内に発作の薬があるか確認してもらい、何々と言う薬がありますと言われるが果たしてそれは使っても良いものなのか、あれやこれや考える。
きっと夫も、着いてからの段取りやタクシーの手配の事など考えている事はあるのだろう。でもそれが例えば5だったとして、多分私は100くらいのことを考えている。大げさではなく。全くもって考えすぎなのだ。

夫は映画を1本見て、爆睡して、またもう1本見始めたところで私は声をかけた。「もう1本?あんまりじゃない?」「え?特に必要ないと思って」。
子供たちを見ると好き勝手に過ごしている。
「そ、そうだけども」。「じゃあ何したらいい?」夫は無邪気に聞く。
どうしてほしいのかなぁ。でもここで我慢をすると良くないこともよく知っている。なので正直に言ってみた。
「なんか寂しいから交流しようよ家族で」。「交流?」と夫は笑った。私もおかしくなった。交流ってなんだろう。でも結局まぁいいやと思ってお互いが勝手に過ごした。なんか悔しいので私もアラジンの映画を見た。俳優さんがかっこよかった。

確実にノウハウが蓄積しているのだ。どう過ごせばコップの水が溢れないか。
それは我慢をしないこと。思ったことは言うこと。適当でもいいや・失敗してもいいや・むしろ楽しもうと思うことだ。そしてできるだけ自分を甘やかす。食べたいものは食べる。1人になりたかったら5分でもさせてもらう。そうすることによってご機嫌な旅のスタートになる。それが結局は、旅の最後まで楽しく過ごせる方法なのだ。

やっと終わった。。14時間。。と思ったらすぐに乗り継ぎ。初めてのマドリッドの空港で右往左往。ファイナルコールで滑り込み搭乗。

たった1時間のイージーフライトであるはずのビルバオ行きは、実は私にとって最大の恐怖だった。
前回来た時、南風の強い日でめちゃくちゃ乱高下し、本当の本当に死ぬかと思ったからだ。あとで聞いたら世界でも指折りの着陸が難しい空港なのだという。。私は極度の緊張で、胃がピクんピクんと痙攣しているのを気づかないふりをした。必死でクルーや機長の表情から今日は問題ないという何かを読み取ろうとした(意味不明)。英語で、「今日は激しく揺れますか?」ってどう聞けばいいのか考えているうちに、飛行機は離陸した。

3人シートだったので、夫と子供二人が座り、せっかく私は一人だったのだが、わざわざ3人の方に割り込んで次男を抱いた。リラックスしきった男3人の間で「いつ来る?いつ始まる?」とビクビクしているうちに、気づいたら揺れゼロのまま着陸した。本当にイージーなフライトだった。先に言ってくれ!!!

そしてついに!ビルバオ空港に着き、荷物を受け取って、そこで気づいた。
アサの薬や着替えは勇輝が持っていたリュックサックの中に入っていた。
へなへなと力が抜ける。あのヤキモキは不要だったじゃんと放心するが、とにかくよかった。今回はやはり私の応急処置がよく、悪魔の餌が少なくて済んだようだ。

試練はまだまだ終わらない。
30分待ち、空港からバスで一時間、サンセバスチャンへ。
地下のバスターミナルから、家族全員で励まし合い荷物を押して地上に出て、最終関門、タクシー。
寒い深夜の路上で何十分も待つことや、1台しかつかまらず夫婦が手分けして移動することも覚悟していたが、めちゃくちゃ運良く2台同時に来てくれて、夢みたいな気分で美しい街並みを駆け抜けた。

マンションの重い扉をあけ、小さなエレベーターで3往復し、これから2ヶ月生活する家の中へ。

はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
頑張った。
ほんとうによく頑張った。。。(涙)


荷物を次々に開きセッティングしていると夫は笑った。「こんなものまで持ってきたの」。
「そうそう(笑)」。
今までとは明らかに違う。夫に対して怒りが出ない。どころかほとんど気にならない。以前の私だったら、なんでそんなこと言うんだ私の苦労も知らないで!とまたコップの水が溢れそうになっていたかもしれない。
夫が愉快なほど次々に地雷を踏んでいってもなぜか余裕なのだった。やはり人間関係の問題か。改めて、夫婦の歴史的和解がもたらした幸せに胸アツくなった。

パッキングは完璧でなくて良い。
悪口は言わないほうがいい。
ご機嫌に到着できれば、その旅はきっと大丈夫。
今、そんな気持ちでいる。



これが、私から見た、26時間のストーリーである。
ね、夫の100倍は考えているでしょう。
つくづく、どうしようもない人である。



(MIWA)