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Days in Colombia あの人を思い出すだけで

2011 年 8 月 21 日 日曜日

コロンビアという国をぱっと思い浮かべたときに
何が出てくるかって、
「人」だなー、と思う。

ペルーのように古代遺跡は出て来ないし
チリのように大自然を思い浮かべることもない。
アルゼンチンのように素敵なレストランの雰囲気も
ブラジルのように味のある街並みも頭には浮かばない。

もちろんどれもコロンビアにあるんだよ。
でも私たちにとっては、人ばかりが浮かぶ。

顔と、その人の言葉と、
その人と一緒にただそこに居た空気が。

 

***

 

その人を思い出すだけで
ちょっと笑顔になる。
ちょっと肩に入ってた力がゆるむ。
ちょっと物事の見え方が変わる。
ちょっと頑張ろうと思える。

そういう人が自分の中に増えることは、
パワーをもらうことでもある。
私はみんなのことを思うだけで、ちょっとやそっとじゃ負けない。気がする。

 

 

大好きなママ。

(一緒にいるだけで幸せになれる、憧れの女性だ。)

 

大好きなパパ。

(お茶目な人。みーんなにいーつも優しいの。)

 

兄ちゃん。

(カメラマンの長男ラモン。いつも何かを張り切ってやってる姿がすごくいいんだなー。)


(シェフの次男のアンドレス。いっつも優しかった。勇輝に料理を教えてくれた。)

 

フアン。

(優しくて、あったかくて、寂しがりやで、頑張りやさんのフアン。大好き。
フアンを思い出すと胸がポカポカするよ。君の夢が叶いますように。)

 

パウロ。

(イケメンにして3ヶ国語ペラペラの秀才パウロ。秀才にしてガールハントの天才でもある)


(ちなみにこちら、フーターズギャルを迷わずナンパ、の図。
外国人である勇輝を巧みにダシに使い、電話番号は自分でゲット。
パウロの言葉で印象的だったのは、勇輝がなにかに「スエルテー(グッドラック)」と言ったら
「スエルテ(ラッキー)じゃない、エキスト(サクセス)だ。自分で掴み取るんだ。」 だって。
感動しちゃった。 で、その姿勢で常にナンパにも臨むパウロ。頭が下がります。)

 

ホスエ。

(優しいホスエ。ホスエがいるだけで和むんだよね。お気に入りのブリーチTシャツにて)

 

ニコラス。

(つねに周りを笑わせるお調子者。日本語勉強中。ニコラスの口癖、
「プーーターー!(ビッチとか悪い意味。でもニコが言うと笑えて仕方ない)」は忘れられない。
西郷さんに似てることをを教えたらかなり喜んでた)

 

アンヘラとセルヒオ。

(頭がよくて心がきれいなカップル。勇輝に根気強くステップを教え続けるアンヘラ
の後ろでサルサのリズムを叩き続けるセルヒオ。シュール。)

 

コレヒヨの仲間、フアン家の近所のみんな、親戚のみんな、おばあちゃん、
みんな大好き。
(ごめんね、書ききれなくてまとめちゃうけど。)

 

シルビア。

(カーリの後訪れたメデジンで泊めてくれた、パウロのいとこ。大学生で、
歌手で、コスプレーヤーで、日本語の歌歌ってる。萌え~。)

 

シルビアファミリー。

(お世話になったパパ、いつも元気なママ、お見送りもありがとう。
妹のシルビア(姉と同じ名前っ!)と弟のオスカル。超ーーーー可愛かった!)

 

あと、コロンビアでは、素敵な日本人夫婦×2も。
たくさん話してたくさん刺激を受けた。

ワンプラスの二人。

(ふたりのブログを見て、面白そうな夫婦だなーと思って、メデジンに会いに行った。
旅の話、未来の話、夫婦の話。多くの共感と気づき。旅は一生続けられるものなのだね!
これは水族館&科学館みたいな所で、飛び出す映画を観てるところ。)

 

あっちゃん夫婦。

(私の昔からの友人あっちゃんは、奥様と一緒に首都ボゴタで10年頑張っている。
コロンビア唯一の日本人経営旅行代理店「アルコJM」を一から作り、
団体客の受け入れから、NHKの取材のアテンド、大使館や国際会議の通訳と奮闘中。
コロンビア滞在の最初と最後に居候させてもらったんだけど、
毎日、自宅の中にある事務所の部屋から聞こえてきたのは、あっちゃんの電話の声。
「オラー! コモエスター? ビエンビエーン!!!」
どんなに疲れてても、寝てなくても、この元気な笑顔の声。
コロンビアを離れてからも、ふっと浮かんでくるこの声は、思い出すだけで、背筋が伸びる。)

 

***

 

コロンビアの人たちと一緒に過ごす中で、
最初びっくりしたことがある。
適当さとか、ゆるさとか。

(例えば、「今日は民芸市場へ行こう!オー!」ってなって、
バスや電車に乗って行って、でも途中で「あ、あいつがここで働いてる、挨拶しよう」って
しばし待って、その子が出てきたと思ったら少し話して抱き合ってバイバイして、
そういうこと3回くらいやって、なかなか進まなくて、ご飯食べようってなって、
そしたらそこに仲間が集まり出して、
さっき挨拶した子たちも来て(後で会えるなら挨拶いらなかったじゃん!と思わずつっこむ)
盛り上がって、結局民芸市場までもう少しの所まで行ったのに、たどりつけなかった、とか。
そういう感じ。)

そんな皆の行動に心で「オイ!また?」「そこで?!」「今なぜ?!」とか
ツッコミを入れていたら、自分に染み付いたものを知った。

効率化。ダンドリ重視。無駄を省くマインド。
つくづく私は、待つこと、回り道、みちくさ、逆戻り、目的が決まってない状態ってのが
苦手というかハラハラしてしまうんだなと知った。

徐々に慣らしていこう。
コロンビア人になってみよう。
深呼吸、深呼吸。。。

 


(すぐ「今、何待ち?」とかソワソワしてしまう私。 ただ今キス待ち・・・)


(待ち合わせにただでさえ遅れてんのに、ただ今パウロのナンパ待ち・・・)


(15人集まるのに、朝まで飲むのに、つまみはポテチ1袋。あっという間。
誰も気にしない)


(30人集まってるのに、おもてなしはエンパナーダとポップコーンのみ。あっという間。
誰も気にしない。)

 

数々の衝撃を受けている間に、
だんだん「これでいいじゃーん」って思えてきた。なにしろ、心地よいのだ。
みーんな笑っている。

それだけじゃない。こういうゆるさって、なんというか、
大きな大きな「寛容」を全員が持っているからだって気づいて、
だからこそ本当に大事なものだけがあるんだって、
うまく言えないけど、そういうふうに感じた。
とにかく幸せだったんだ。

 

東京の私たちの部屋には、いろんな人に来ていただいてきたけれど、
そういえば私は皆に
「美和も座ってよー」と言われてばかりだったと思い出す。

お酒が切れちゃダメ、あ、なにもつまむものがない!寒くない?暑くない?
そういうのって、日本人の美しい「心遣い」であって、素敵なことだって誇りにも思う。

でも、コロンビアでの日々は、新しいイメージを与えてくれたんだ。

「来てくれてありがとう。好きだよ」の気持ちは、
アツアツの料理を出すこと、お腹一杯食べてもらうこと、心地よく過ごしてもらうこと、
がたとえ少し不十分であっても
ちゃんと迎えること、見送ること、一緒にたくさん飲んでおしゃべりすること、
でもしっかり伝えられるんじゃないかって、そう思えてきた。

ただ、一緒にそこに居る、それが最高。
お酒がなくなったら、夜道を皆で買いにいけばいい。それもまた楽し。

こんな新しい感覚になったのは、
ずーーーっと一緒に過ごした、みんなのおかげ。

 

***

 

いっぱい家族ができた約3週間。
みんなから
いろいろ受け取ったものがあるよ。


一緒に食べる美味しいごはんとか、

 


フアンのママにもらった手作りエプロンとか、

 


キャンペーンガールにゴリ押しして勇輝のために手に入れてくれた限定Tシャツとか、



公園でパウロが写真屋さんに頼んで撮った記念写真とか(見るたび謎に泣ける・・)、

 


パウラちゃんにもらったコロンビアの国旗色の腕輪とか、

 


酔いつぶれた翌朝の朝ごはんとか、

 


お手製のバースデーケーキとか、(失敗してヘコむシルビア)

 


シルビアママの手編みのマフラーとか、
(オスカルからも謎にでかいおもちゃのビールボトルのプレゼント!)

 

あと、あと、


一緒に見た夜景とか、

 


その後のわるふざけとか、

 


温かい時間とか、

 


爆笑とか。

別れの切なさとか。

 

いっぱいもらったよ。
ありがとう。
本当に、ありがとう。

 

 

絶対にまた、行かなくてはいけない場所ができた。
だって家族がいるんだもの。

また会える日まで、どうか元気で。

アディオス!アミーゴス!エルマノス!

(MIWA)

ブラジル「ナチュラル系」居候日記(前)

2011 年 6 月 21 日 火曜日

土曜日

大満足のアルゼンチン滞在をイグアスの滝で終え、
バスを乗り継いでやっと到着した。
マチュピチュで一緒だったディエゴ&エリーザを訪ねてやってきたのは、
ブラジル南部、サンタカタリーナ島の都市フロリアノーポリス(通称フロリパ)。

ということでブラジルの若者達のお宅に飛び入り参加、
数日間の居候生活がはじまった。

彼らは2人で1軒家を借りていた。台所は外。


荷物を置いて一休みしてたらパモ~ヤというとうもろこしのケーキを出してくれた。
響きが気に入りその後なにかにつけ「パモ~ヤ!」と連発していたら
アホな人のことをパモ~ヤと呼ぶと教えてもらう。
では皆さんご一緒に、「パモ~ヤ!」


その後食事まで出してくれた。とうもろこしご飯にマンジョッカ芋の炒めたもの、
ブロッコリーと 小さな豆をあえたもの、グリーンサラダ。
そう彼らはベジタリアン。
しかも味付けはハーブが基本で、油も調味料もほとんど使ってないそう。
素材の甘みがたっぷりで美味かった。


ちなみに彼らの冷蔵庫。何気に相当笑った。


そういえば彼らが今何をしているのかも聞いていなかった。
なるほどジャグリングで生計を立ててたのは昔で、今は大学生なんだ。
マチュピチュでもそうだったけどいつも2人は笑ってて、
言葉通じなくても感じよくて(僕らとディエゴの会話の8割は擬音語です)、
ほんっと陽気でナイスなブラジリアン。


大学で学んでいるのは「ナチュロロジー」という新しいコースで、
科目は人間の骨や筋肉、内蔵のしくみのような科学っぽい事から、
ハーブや植物、更に瞑想や世界各国の伝統的療法など多岐に渡る。

例えばインドのアユルベーダ(時間あれば懐かしの美和さん体験記もどうぞ)、
イギリスのリフレクソロジー(↑写真はテキストブックから)、さらに日本の指圧まで。

医学の代わりを全てできないが、
もっとナチュラルな食事やエクササイズを通じて人は健康で幸せになれると。
将来はまだ決めてないがそういったカウンセリングをする
「ナチュロロジスト」 という職業もあると言う。

なるほど。
ナチュラル志向ってちょっと怪しい臭いがしたりヒッピー的イメージがあるけど、
大学の学科にまでなってるんだと正直驚いた。
ここの他にもサンパウロに1校ナチュロロジーを学べるところがあるそうだ。
国や宗教に縛られず、良いと思える世界中の手法をくまなく学ぶ
というオープンな姿勢がなんとも好感が持てた。

 

うだうだしてたら夜になった。
聞くと今日は大学の仲間が集まる妊娠おめでとうパーティがあるから
一緒に行こう、と。
お、おうよ。ってみんな英語しゃべるのだろうか。。。


彼らの家は厳密にはフロリパから本土へ渡ったの隣の町パリョーサにある。
遠くに町の光が見えるが家の周りは畑と山。街頭が無ければ真っ暗だ。


岡の上の一軒家がパーティ会場、20人ほどの若者が集まっていた。
ディエゴ&エリーザはどっか行ってしまった、かつみんな英語しゃべらないorz。。
しばし居場所を探すのに苦戦。


真ん中の彼女が主役の妊婦さん。安定期になるとパーティを開くのがブラジル流だそう。


途中からみんな話しかけてくれて楽しくなってきた。
ちなみに見た目おっさんだけど(失礼!)みんな大学生ね、22歳とか。


みんな仲良くて、いいやつ等で、本当に素敵なパーティだった。


持ち寄られたプレゼントの数々。
上写真右端のゴウラからのプレゼントは手編みの帽子だった。
ごっつい顔して
Amor(LOVE)とロゴがかわいい紙袋も自作。既製品は買わない感じもナチュラル系。

 

ヒゲにドレッド、でかピアス。
日本にいたら間違いなくヒッピーと判断されそうな面々だ。
彼らのような若者がブラジル中からナチュロロジーを学ぶために集まっている。
エリーザはブラジルの大学進学率は数%と言っていたが(※web上には10%越えの情報も)
つまり彼らは恵まれた環境にあるエリート達と言えるだろう。

ヒッピールックのエリート達が青春を謳歌している姿は、
なんか、すげーいいなと思った。

 

日曜日

朝起きるとディエゴが庭の植物を愛でていた。


聞くと彼は大学の植物園の管理人をバイトとしてやっている
大の植物好きだそうだ。ナチュラルだね~。

朝食を食べ、今日の予定を話す。
「せっかくだから島(フロリパ)まで行こう!夜はマラカトゥも見れるよ」
と提案をもらい、いざ出陣。
てかマラカトゥって?


バス停まで40分ほど歩き(運よくヒッチハイク成功で15分に短縮)、


バスを2本乗り継ぎ、


1時間後、島の中心にある湖まで到着した。
どうしたいと聞かれ、海が見たいと答えたらOK、じゃあ1時間歩こう、と。
くぅ~歩くね~。


でもまたしてもヒッチ成功。ラッキー!
ドライバーの若い女の子は、助手席に置いていた財布入りのハンドバッグを
チャックも閉めず後部座席の僕のひざの上に置いた。
犯罪が多いと聞くブラジルだけど、このゆるい雰囲気。
フロリパだからなのか、ブラジル人の気質なのか。とにかく好き。

その後海を見て波チェック。
その情報は別途サーフ記事で書きます。

 

一通り海を堪能した頃には日が傾き始めていた。
そろそろマラカトゥが始まるから帰ろうと帰途につく。
いやだからマラカトゥって。。。マラカス?

帰りは渋滞でヒッチせずに1時間歩いてまた中心地に戻った。


歩く途中気になる植物を見つけては物色するディエゴ氏。


湖畔の芝生の上ではビールを飲む人、バレーをする人、ただたたずむ人。
ゆる~い雰囲気がよかったなあ。

 

18時。広場に行くと昨日のメンバーがマラカトゥを練習していた。
マラカトゥとは太鼓やマラカスのような楽器など打楽器のみで演奏する
ブラジルの伝統音楽のことだった。

先生らしき人もいないし演目とかはほぼ無く、ランダムに誰かが歌いだすと、
それに続いて太鼓が鳴り出し、マラカスガールズが踊りだす。
太鼓のリズムやダンスは基本的にいくつかの型の繰り返しなのだが、
聞き続けると心地がよく、自然に身体が動き出す。よい。

てか休日の予定はマラカトゥ練習ですか。。。

「なあ今週末どうする?」
「公園でマラカトゥの練習でもする?」
ない。
海へ行こうとかカラオケとかはあっても、
仲間と広場で太鼓を叩こうとは絶対ならない。
でも好き。


と思ったら横でディエゴはジャグリングを始めていた。僕の休日はジャグリング?


2時間くらいだったろうか。すごくいい時間だった。ありがとう。

その後夕飯を食べ、友人の車で送ってもらうことに。


橋をわたって島から本土に戻り、


パリョーサの家に到着したのは夜10時をまわっていた。

 

月曜日

今日から彼らはクラスがある。しかも木曜日にテストとのこと。
邪魔はしたくないので、数日の間、僕らは島(フロリパ)に滞在することにした。


素敵なバルコニーで朝食を。
するとディエゴがおもむろに中国からのお土産という笛を吹き出した。
ペルーボリビアのド定番「コンドルは飛んで行く」。上手い。
さらに料理もジャグリングもできるし植物博士、
この守備範囲でなんでもできるディエゴをまじカッコいいと思った。


あ、タバコも上手に巻けます。タバコも庭に植えた自家製。
ってどんだけナチュラル?


バス停までディエゴに送ってもらう途中、彼の管理する植物園を案内してもらった。


いろんな葉っぱをちぎってはかじったり香ったりさせてもらう。
この草は○○にいい、この葉っぱをすって香水を作る、などなどの説明も頂く。
めっさ詳しいしこの表情、本当に植物が好きなのが伝わってくる。

そして、素敵な植物園ツアーを終えた僕らは島(フロリパ)へ向かった。
ということで居候生活を中断、島でサーフィンを楽しむのだ。

(続く)

Last Days in Chile 1

2011 年 5 月 13 日 金曜日

1ヶ月弱となったそれぞれの単独行動を追えた僕らは、
チリ南部の港町プエルトモンで合流した。

それから更に2週間ほどエンジョイした愛しのチリ、
最後の日々を、写真で振り返ります。

*


プエルトモン。ふつ~の街だが、海と遠くに見えるオソルノ山がキモチ良い。


この街のキッズ達はスケボーよりMTB。


怖くない。


そして、ここはなんと言ってもシーフード。市場には所狭しと魚介類が並ぶ。


目玉は生ウニ、目にも止まらぬ速さで身を取り出していく職人たち。


ワインボトル大の瓶(400円)で購入、寿司にウニパスタに、、、と夢は膨らむ。


大好物の海苔も買った。500gくらいのかたまりで100円だったかな。この後2週間大活躍。


干した貝とあわせて佃煮をつくってみた。海の香りがキツいが、かなりうまし。
実はバーナーと鍋しょってトレッキングをしてから料理にハマっており、
ここで魚介類買って料理するのは本当に楽しみにしていた。


ファーム生活で随分お疲れの妻へ、
かぼちゃの煮つけなぞにも挑戦し精一杯の再会ディナーをもてなす。

いやーやっぱ寿司サイコー日本食最強。
これが幸せってやつですか?
いいんですかこんな幸せで??

*

日本食とあっついシャワー&まともベッドで
ヒットポイントを回復した僕らだったが、
次の行き先がノーアイディアだった。

どうしたものかと思いあぐねていたところ、
なんと美和の弟の義父である佐野さまが、
以前チリに住んでいてご友人がチリ中にいらっしゃる!
という仰天情報が発覚した。

そして思い切ってご友人の1人にメールをしてみた2日後には、
僕らはチリ中部の街、テムコに来ていた。
いつもながら、ご縁に感謝感激ぼく秀樹でございます。


マルセロ・ベネガスさん。突然の訪問にも関わらず、素敵な1軒家に2泊ほど泊めて頂きました。


義父とのご縁は剣道。義父がチリで剣道指導していた生徒さんでらっしゃいます。
熱を入れて剣道に打ち込んでいるご様子で、なんだか日本人として誇らしかった。
ちなみにその前は空手を10年以上された有段者でもあるけれど、
空手はチリではビジネス化が進んで残念だと言っていた。


写真を見せてもらっていたら義妹を発見!剣道の試合会場だったかな。


こちらマルセロさんご一家。まじおキレイな奥様、かわいい大学生の息子と、
居候中の姪っこさん。


ちなみにタバコのパッケージは世界中面白いけどこれは中々レベル高いと思った。


泊めて頂いているお礼を、と恒例の日本食ナイトをすることに。マーケットへ買出しに。


このテムコって街、大きな街なんだけどほのぼのさを残してて、なんか好きだったんだよなあ。


お約束の太巻きをつくるが粘り気の無いライスを買ってしまい大失敗しつつ、
(その様子を怪訝そうに見るお母様・・・)


ジャパニーズピッザと銘打ったお好み焼きと鳥の唐揚げという定番メニューでせめてもの恩返し


この日は結婚して家を出ている娘さんも合流。


わかってる。まじで、可愛い。
マルセロパパの目じりも当然下がるさ、それは世界共通。
ちなみに赤ちゃんのヘッドバンドファッションはチリでは結構定番っぽい。


家族からしたら急に意味不明に日本人が家に泊まりだしてびっくりだろうに、
カタコトのスペイン語にも根気強くつきあってもらいつつ、優しく、自然に受け入れて頂きました。
自分と異なるものへの許容範囲が広いっていうか、気にしないっていうか、
そのノリが、好きです。


そして家族みんなが本当に仲良い感じが伝わってきてこっちも幸せになった。
素敵な時間をすごしました、本当にありがとうございました。

さすがに急に押しかけたこともあり、
マルセロさん宅での居候は2日で切り上げる事にしたけれど、
チリの都市生活を垣間見れた素晴らしい経験となった。
彼らの生活は、日本の僕らのそれと大きく変わる事はなかった。
旅を進めるに従い、自分達との「違い」より、
「共通点」を感じる事が多くなっている気がする。

*

テムコを後にした僕らは、
チリNo.1とも言われる観光名所、プコンという町へ向かった。

バルセロナ。子供はみんなで育てよう。

2011 年 1 月 28 日 金曜日

バルセロナ。
ベイビーに悶えはぁはぁ言ってた時間が大半ですが、
もちろんそれだけではありません。

とってもいいとこでした。
バルセロナ。
イメージができない方は、映画、
「スパニッシュアパートメント」(私はまだ見てない)もしくは
「それでも恋するバルセロナ」(どんな題名やねん)をご覧ください。


そんな映画と関係あるかは知らないけど、

へーい!
ワイナリー!

みんなで電車に乗って、CODORNIUっていうCAVA(シャンパンのスペイン版)の有名銘柄の
ワイナリーに工場見学へ。トロッコ?に乗って地下貯蔵庫をまわる。たのしー!


カンプノウスタジアム!FCバルセロナ!

近い!すごい熱気! 相手が弱すぎて残念ながら
生メッシは見れなかったけど、生イニエスタは見れた!いい奴オーラ出てた!
(こんなコメント、サッカー好きの人に石投げられそう・・)


愉快な街歩き!

謎の大道芸。


地下鉄構内がダンスホールに?!


フナック(大型電気屋)のマンガコーナー。


ファストフードのセットは必ずドリンクのチョイスにセルベッサ(ビール)がある!


なに?ここオモサンだっけか?



うんまいもの!

ハモンセラーノ!!!じゅる・・・

安いムール貝をしこたま買って、冷えた白ワインとともに・・・。じゅる・・・・・


(なぜか)辛ラーメン。はうー!


ふらりとバールね。

気軽で手軽で、うまい!
慣れてなく、且つスペイン語が分からず、ボトル1本入れてしまった私たち。
みんなグラス1杯でさーっと出ていくのに最後までちまちま。 恥!



街中にあるレンタル自転車スタンド。
ほんじゃ、サイクリングGO!

たどりついた景色のいいとこ。

そう!ガーーーーウディ!!!
ガウディが作った、グエル公園!

観光客も地元民も、みんな憩っちゃってます。

パフォーマーと少年。

絵描きと後ろから見つめるモウリーニョ監督。

なにこれ、夢の世界?シャボン玉と子供たち。

ガウディには、正直驚いた。
1900年~1914年で建設、って古っ!
なのに、こんなに新しい!楽しい!


いうてもまあ、むかーしの人やろ? ってまったく興味がなかったガウディ。
でもすっかり惚れてもうた。
この遊び心。ハンパない。細部の細部まで、遊びすぎ!


なにこのロゴの可愛さ。
こんな発想できるの、ガウディの他に私は松本大洋先生しか知りません。

サグラダファミリアもねー。見るまでは、はいはいあれねー、
だって工事中じゃない、なにさ、くらいに思ってたんだけどさ。
細かいとこ見てるともう面白くって面白くって。なにそのトップにつけたクリンクリン!
変なとこに変なおじさんが座ってる!全然左右対称じゃない!ってゆうか、脈絡が、ない!!

自転車でガウディ、そんな観光客は他にいなかった。


で、街と関係ないけど、
みんなで過ごしたことね。やっぱね。

あけまして、おめでとーーーう!!!紅白もコタツもないけど、愉快な大晦日。


あーだこーだしゃべって飲んでね。これだね。求めてたね。
これはなぜ飛行機が飛ぶのか、その原理を討論してるところ。
酔っ払いはすることが謎!



そう、
バルサでの年越し。

一番の思い出は、
正人梨花のお宅(もはや民宿?)に、
アメリカから慎一、ドイツからゆみちゃんしゅうくん夫婦、
東京からケイ、住所不定のひげボ、が集合したこと。

今しかない、一期一会な大家族が出来上がった。

私はあるトピックを思い出していた。

それはパリで、キャサリン&アノルド宅に泊まらせてもらったとき話題になったこと。
欧米に浸透している「ゴッドファーザー/ゴッドマザー」文化についてだった。

親しい友人に子供が生まれた際、
この子の「ゴッドファーザー/マザー」になってほしいとお願いをされることがある。
それは、“親にもしものことがあったら成人するまで面倒を見る”という意味を持つ。
子供にとっては、メインではないけどサブの親を持つような感じで、
定期的に電話や手紙で話をしたり、時には親に話しにくいことを相談したり、
ゴッドファザー/マザーが海外にいる場合留学のため住まわせてもらったり。
なんだか楽しそうだ。
紙で契約書を交わすわけでもなく法的な拘束力はなにもないんだそうだけど、
私がイメージしてたよりも結構真面目だった。
場合によってはお願いをされても断わることもあるのだと、キャサリンは言った。

私はその時、これはすごくいい!日本にも流行ったらいい!と思った。
家族は多いほうがいい。子供はみんなで育てたらいい。って思っていたから。
「ゴッドファーザー/マザー」文化を提案する投稿を
このブログにも書こうと思っていたくらいだ。

でもこのネタ、あっためてるうちにだんだん「どうじゃろ?」と思うようになってきて、
頼む方も頼まれる方も気兼ねが出てきちゃったりしないかしら、なんて。
それにゴッドって名前の大げささしかり、
法廷で聖書に手を置いて誓いを立てるような、神の名のもとに理性を働かせる
って感性が私たち日本人にはないしねぇ、なんて。

まあ、そんな話はいいや、ってな感じで、
偶然の大家族生活を楽しんでいた。


主婦×3人で料理してねー。(※アーティチョーク、剥いてったらこんな小さい!って梨花の顔)

かわりばんこにみんなで子供見てねー。

できたよーー!!!って、この幸せ。

味も最高。ゆみちゃんに料理を教わる梨花&美和。


梨花のパエリアもうまかったなあー。(壮はまだね。ごめんね)
いーっぱい作って、みーんなで食べる!
これだっ!

なんか幸せだったの。
親だけじゃなくみんなで子供を見てる感じね。
でも、子供中心で振り回されてるかって言うとそうでもなくてね。
大人は大人で楽しくてね。


子供同士もわわーーってごっちゃになって遊んでてね。

ゴッドファーザー/マザーのこと、
気づいたらどうでもよくなっていた。
誰が誰のゴッドって命名さるとか、いいや。
みんなで。
みんなで自然に子供を育てられたらいいな、って。
こんなふうに。

誰の子だか、誰の親だか、誰のじいちゃんだか、ちょっと曖昧なくらいで、
子も親も、みんなで育っていけないかな。

だから、私たちに将来子供ができたら、
みなさんよろすく。
みんなの子も、じゃんじゃんうちで預かります。
うちの子と同じく叱ります。笑

 

壮、これから、たくさんの弟、妹ができるから、よろしくね!


あとで梨花からこんなメールをもらった。

「この2週間で、いただきますごちそうさまといったらお辞儀が出来るようになって、
バイバイもできるようになって、
ソファベッドへの上り下りも出来るようになったよ。

私と二人だけで日中過ごしてた生活だけじゃあ得られないたくさんのものを、
この一ヶ月みんなのおかげで壮は吸収できたと思う。
ありがとう!

やっぱり子育てはたくさんの人と交わりながらするのが一番だと痛感。
子供のためにも自分のためにも。」


そうだな、やっぱそうなんだなー。


大人と子供。
いくつもの家族。みんなで。
自然に。楽しく。無理せず。笑顔いっぱいで。

子供も、そして大人も、
学びと刺激と喜びが増えて
人生が豊かになるような。

なんか、イメージできた。


最後の日。
正人と梨花にこうやって見送られるのは何度目だろ。
この旅に出発する日、正人が最後に言った言葉
「助け合って生きていこうね!」
を思い出していた。

ありがとう。

またね。

(MIWA)

居候PARIS

2010 年 11 月 27 日 土曜日

twitterでも感動を叫び続けた個人的に世界最強の街パリス。

でも、この街を心ゆくまで楽しめたのは、
僕らを快く泊めてくれた素敵な3組のお宅の
ホスピタリティのお陰であることは間違いない。

東南アジア居候ツアーでも思ったが
モノよりコトより人の心、優しさに感動させられる。
会うなり鍵をポーンと渡し「好きにしてリラックスして」
とサラリと言う感じ、最高に嬉しかったっす。

*

ひと組目は、マラウィのフェスでショップやってる時に
サッカーボールを寄付してくれたステキ夫婦、キャサリンとアルノ。
当日に突然「今夜泊めて」のお願いにもかかわらず
オフコース!プリーズ!疲れてるだろうからすぐ来てシャワーでも!
という、どうしてそこまで?的に優しい即レスに涙。


キャサリンは7年前にUKのTVのパリレポーターとして渡巴里だそう。


make yourself at homeという定番文句に乗っかってすぐに寝巻きに。


パリ初日。昼過ぎに着いたが結局1歩も外をでずゴロゴロさせて頂く。


インテリアはシンプル&スタイリッシュでとにかくクリーンだった。


サラダにパンとチーズとワイン。後でリゾット。気軽な感じが凄く嬉しかった。


コチェスクールでの寄贈式の写真/動画を見せたらすごく喜んでくれた!


ダブルベッドサイズのカウチベッドにご機嫌の妻

とにっかく優しいキャサリンfromスコットランドと
フランス男はよう喋ると聞いてはいたが本当によく喋るアルノfromフランス南部。

元々マラウィにはbookbusというNGOのボランティアで来ていた2人、
社会貢献に関する意識も非常に高くそんな議論にもなった。
キャ「UKはgivingカルチャーが根付いているけどフランスはその逆だと思う。」
アル「そうだね高い税金払ってるんだから国がやるべき的感覚はあるかも。」
なんて話はへぇと思った。

あとキャサリンが「パリは大好きだけど一生住めと言われたらキツい。」
と言ってたのも印象的だった。
フランス、特にパリって、文化が強いだけに観光客的には最高だが、
住むとなるとやはり外国人的には辛い面が多多あるようで。

*

2組目は、ナミビアで会ったアネリーナ、とその彼フランソワ。
彼女は同じ宿で仲良くなって、オジワロンゴのモニクを紹介してくれた。

キャサリンアルノとは違い、2人はパリジャン・パリジェンヌカップル。
でも超気さくでノリノリ。


一回外食した時は南仏のアリゴとか言う郷土料理の店@オデオンにつれてってくれた。
チーズとマッシュポテトをこねまくったらこうなるらしいがとにかく美味。


モンマルトルが近所ってことで夜の散歩も。


サクレ・クール寺院。ちょー、かっちょ良かった。 キッズ達がたむろってんのが甘酸っぱかった。


彼女たちの家は赤ベースのインテリア。スケルトンに近い状態で家を買って、
自分たちでペイントしたんだって。いいよな~そういうの。


写真とか置物とか壁中棚中に貼ってあったり置いてあったり。
一見ゴチャゴチャなんだけど全体として雰囲気のあるカッコいい部屋だった。


愛猫の名前はミサ。デスノートのキャラクターから取ったんだって。


ちなみに彼女たちはMANGAファンで奇面組が好きと聞いてかなりアガって、
真剣な顔して「なぜ彼らは時々急に小さくなるの?」と聞かれたのはかなり笑った。


結構寒かったのにフランソワはずっとTシャツ姿だったのがさりげなく印象深い。
ちなみに美和が得意の切り込みでフランス恋愛事情について聞いてたけど
フランス語で「私たちは付き合ってるの?」「うん付き合ってるよ」 は
「ケスコネ?(私たちは何ですか?)」「 オネトンソンブル(私たちは一緒(アンサンブル)です)」
だそうです。
あともひとつトリビア。
ジュテムは「愛してる」。だけどジュテムボク になると弱まって「好き」になるんだって。
ボクってメルシーボクのボクでvery muchって意味なのに。
女性の方、仏男性のジュテムボクには騙されないように!


キッチンがまた最高で、キモチいい光が差してそのまま朝食取れる小さなテーブル。


さらに映画館にあるような壁についた折りたたみ式の椅子とテーブルが最高。
(のみの市で買ってきて壁に穴開けて取り付けたんだって)

アネリーナとはスワコップの宿で会って、
その後モニク宅居候中にまた会って、今回で3度目の再会。
旅の中で毎日のように出会う素敵な人たち、
僕らはその何百人のうちの1人だったのに、気づいたら超仲良くなっていた。

こういう出会いは求めても来ないし、求めなくても来る時は来る。
もしくは意気投合してもたまたまメアド交換を忘れたり
直後やたら忙しくて連絡せずにいて一生会えない事もある。
本当にめぐり合わせだし、出会いを科学したり運命とかうだうだ言わず、
ただただ感謝したいと思う。

*

そして。

5日くらい?お世話になったのが、マコ!宅でございます。
妹のコっちゃんと共に4人共同生活。


初日夜はレンハル結婚式用ビデオ作成のためマコにも急遽出演依頼。
はい、頭に乗っかってるのはもちろんエッフェルタワー。


周囲の好奇の目にもかかわらず該当取材、キツ目メーク似合ってるぜ!
中央はたまたま遊びに来てたマキさん、何か思いついたみたい。


スタイリストとしてご活躍中のマコさんは毎日撮影に急がしそうだった。


アパルトマント前でも撮影。個人的には撮影者コっちゃんのポージングがツボでした。


ロケーションを変えて「バス待ち」シーンでもコっちゃん仁王立ちで活躍中。


もひとつツボは、ちゃんと美容ケアのマコさん。


考える人をやってくれた。


「島耕作」激読み中なのに振り向き美人もやってくれた。


あと料理もこう近所の市場がイケてるとやる気でるよね~


今夜はシーフードビリャーニだ!海老の値段はモザンビークの10倍以上したけど。


ロワールのワイナリーで買ってきたスパークリングで乾杯!最高!


そこへ突然ヘアメイク勉強中のルーチーちゃんfromチャイナ達がご訪問。
尖閣が何だ!平和は市民で作っていこう!!だって超かわいかったぜこのコ。


その夜は明け方までyoutubeナイト。
安田生命CM(2002年)に信じられないほど涙した「感動映像ナイツ」
だったはずが最後「東方神起ナイツ」に変わり始めたので僕は寝ました。

とにもかくにも、超楽しかったぜ癒されましたマコ&コっちゃん。
本当に本当にありがとう。

*

居候。という形を通して、一歩踏み込んだ形で、
色んな国の、色んな人の、色んなものを、味わわせて頂く。
最高でした。

ふと思う。
こんなに頂いてばかりでいいのだろうか。
「自分ら長期旅行中なんで、、、」
何度どれだけ、人の好意に甘えてきたのだろうか。

ありがとう。
スカっと鍵を渡して優しくする度量を磨きます。
今はこれしか言えないです。

小さな(可笑しな)家族

2010 年 9 月 10 日 金曜日


半ば押しかける形だったんだけど、
「幼稚園をお手伝いさせてください」と言って、
私たちはモニクの家に泊めてもらった。約1週間。

その期間はちょうど、2ヶ月居たマシューにとっても最後の1週間だった。
モニクもちょうど、フランスに里帰りをする1週間前だった。

英語が上手なモニクと勇輝が盛り上がる旅トーク、
英語勉強中のマシューと私の中学生みたいな可愛いトーク。
モニクと私の女同士の時間と、マシューと勇輝の男同士の時間。
そして、それぞれのフランス語と日本語のひととき。

私たち4人の組み合わせは常に色んな形に変化して、
でも不思議ないいバランスをとっていた。
全員友達ってのもなんか違うし、モニクがママ役かといえばそうでもなく、
可笑しな形ではあるんだけど
家族のようなささやかな愛おしさがあった。
小さな、家族の一週間。

 

私たちは喜んでもらおうと、日本食を作ってはことごとく失敗したり。

大破した巻き寿司。

微妙だったざるうどん。ズルズル食べるのが粋と教えて皆で練習。

 


モニクとマシューは、いつも美味しいフレンチ風料理を作ってくれた。

ホイル焼きにした、白身魚のムニエルに、
謎に素敵なオードブル。
なんとエスカルゴ。缶詰で売ってるという。 あとは食後にマシューの焼いたレモンパイ。素敵すぎ!
さすがお国柄、食べることの楽しみ方を知ってる。
勇輝も私も、とても刺激を受けた。

お決まりのルールがあって、
朝はルイボスティーとトーストで、昼は食後にコーヒーと濃いチョコレート。
夜はビールで始めて

(作りながらってことが多い)
よく冷えたロゼのワイン、食後にパンとチーズ。
このルーチンがとても心地よくて、私たちは
とくに夜はたっぷりと時間をかけて食事をし、いろいろな話をした。
ナミビアの話、日本とフランスの文化の違い。
今までとこれからの話。


この日は昼間からちょっとワイン。

 


4人で水たばこを吸って、
モニクが好きだというウォッカをストレートで飲んだ。


こんな姿、「幼稚園の子供達には見せられない」とマシューが言い、
「娘には見せられない」とモニクが言って、皆で笑った。
そのあとは月を見た。
たくさん笑った夜。

 

 

 

たくさんの話をする中で驚いたこと。
モニクは筋金入りの旅人だった。

 

20年も前に、旦那さんのフィリップと一緒に
フランスからキャンピングカーで
欧州→中東→インドの往復をした話。
それ以降も毎年、1年に1~2度、数週間の休みを取って
旅してきた国々の話。
仕事部屋には世界各国の風景や人々の写真が飾られていた。

 

もっと驚いたこと。

 

それらの話の中に普通に旦那さんのフィリップが出てくるから、
私は途中まで、フィリップは今どこにいるんだろうと思っていた。
しかしフィリップはもうこの世に居なかった。
ちょうど1年前、二人で南米旅行をしている途中で
突然、心臓発作で亡くなってしまったのだという。

 

穏やかで温かで、爽やかな風のような雰囲気を持つ彼女だけど、
たまにふっと空気感が変わるときがあって、
さりげなく、ドキリと心に残るような一言を言うときがある。
「アンバランスが好きなの。整ったものは面白くない」
「悪いことは、それを考えてる人のところに起こるものよ」
これまでの旅と経験、たくさんの喜びと悲しみが
61歳の彼女を創り、深みを持たせているのだと思った。

 


 

最愛のパートナーがいなくなって、
二人の思い出がいっぱい詰まった家に1人で取り残されて、
それがナミビアで。
モニクはどうやって乗り越えたんだろう。
私なら、仕事をするのはおろか、立っていられるだろうか。
名前を出す度に泣いてしまわないだろうか。
なのに彼女はフィリップの話をたくさんする。
そして旅も南米もタブーにしない。
一人旅は生に合わないから、旅人の素養のある
孫娘と南米を旅するのが目下の夢だという。
まだ小学校にも上がってないから、もうちょっと待たないとね、
と笑う。

 


フィリップと共に行った旅の数々のエピソードを
サラリと聞かせてくれながら、
本当に全てが素晴らしかったのだと。
苦労も不安も1つもなかったと。
強い人。勇敢な人。子供のような瑞々しさも持った人。

 

 

でも、強くないのかもしれない。
私たちがモニークの家を出た日、彼女の目に涙があった。
「こういう、お別れとかって、苦手でね」。
涙を隠しながら言った。
明日はマシューとモニクがフランスへ飛び立つ。
マシューとの別れはもっと辛いものだろう。

 

でもモニクだけは数週間したら、
またナミビアの家に戻ってくる。
そのときはひとりぼっちなんだ。
そう思ったら急に苦しくなって、切なくなった。

 

言葉では表せないたくさんのものをもらった1週間。
別れたくなかった。ずっともっと居たかった。
それは広くて美しくて居心地のいい
家のせいだけじゃなかった。

 

お別れに、私たちが内緒で準備した写真と手紙。
彼らが私たちに用意しておいてくれた、
(ある意味思い出深い)クードゥと名前入りのキーホルダー。

 

ありがとう。さよなら。
またいつか。

 

マシューが無事卒業し素晴らしい仕事に巡り合えますように。
どうかモニクが、いつも、フィリップの思い出や
誰かの優しさで温められていますように。
もし温かさが足りなくて涙がこぼれそうな夜があったら、
私たちの体温を足しに使ってほしい。
たった1週間だけど優しさを分け合った
小さな家族からの。

(MIWA)

 

ホスピタリティ

2010 年 3 月 11 日 木曜日
ホスピタリティ
先の東南アジアツアーを振り返る。
それはそれは幸せに包まれた1ヶ月。
2人であてもなく彷徨った(?)南インドと異なり
東南アジアでは常に何かの目的がある旅程だった。
バリでは結婚式(その後のウブドあわせ11泊)
→ジャカルタでは賢&レナ宅訪問(3泊)
→コタ・キナバル/マレーシアではLV河野さんご両親訪問(5泊)
→バンコクでは肇&亜矢宅訪問(7泊)
実はジャカルタとバンコクは行くかどうか迷っていた。
みんなにはバリで会ったし東南アジアいつでも行けるし、、、
合理的に考えると行かない派が勝利しそうな趨勢だったが
「とにかく良く分からないけど行きたい」
ということで行くことになったが本当によかった。
想定事由をつみあげて比較し合理的に判断、
ってのは100%想定できるときに有効な手法だけど
まあ大体未来のことは「よく分からない」のだから
ある程度考えた後は「うまく説明できない感覚」を大切に
ってのはよく思うこと。
今回だってホスピタリティにふれることができ
人生について夫婦で暑苦しく議論できるなんてことぁ
プライスレスだしそれを行く前から想定なんてできるはずない。
相変わらずそっちのほうに話題がずれます。
が、戻って、
この1ヶ月に感じたホスピタリティ、
について。
今回泊めてもらったジャカルタの家、バンコクの家、
色々お招き頂きお世話頂いてしまった河野さんご夫婦。
何から何まで本っ当によくしてもらい感謝感激でした。
ありがとうございます。
そして何よりも幸せだったのは、
「心から受け入れてもらっている」と感じられたことでした。
にゃははと笑う時、乾杯!とグラスをあわせる時、
食事中に色々な話をしている時、おやすみとドアを閉める時、
その表情や空気には世話してやってる感も
勿論見返りを求める何かもなく、
ただただ僕らへの気持ち(愛情・友情・親しみ・応援といった)
を感じることができました。
これはホスピタリティという奴だ!
振り返るにあたり、何かを発見したような気持ちになった。
受け入れる、ウェルカムする、その心持ち。
これに僕らは幸せにしてもらったんだ。
ふと今までの自分達を回顧する。
僕らは今回皆さんから頂いたようなホスピタリティを
持って人々に接してこれただろうか。
損得勘定はなかっただろうか。
でも今回、体で学んだ。
行為ではなく気持ちが人を幸せにする。
今度逆の立場になった時、どんだけお金持ってて
どんだけのオモテナシをできるかは分からない。
でも、とびきりのホスピタリティをもてるだけの
大きな心を養っていこう。
そう誓うのでありました。
とにかく兎に角、
なんかうまくまとまらなかったので恐縮ですが、
この東南アジアツアーで幸せを頂いた皆様への感謝をこめて。
各国での様子詳細は別途個別に書きたいとオモイマス。

先の東南アジアツアーを振り返る。

2人であてもなく彷徨った南インドと異なり
東南アジアでは常に何かの目的がある旅程だった。

バリでは結婚式(その後のウブドあわせ11泊)
→ジャカルタでは賢&レナ宅訪問(3泊)
→コタ・キナバル/マレーシアではLV河野さんご両親訪問(5泊)
→バンコクでは肇&亜矢宅訪問(7泊)

実はジャカルタとバンコクは行くかどうか迷っていた。
みんなにはバリで会ったし東南アジアいつでも行けるし
結婚式直後だし子供の世話まだ大変だろうし、、、、
合理的に考えると行かない派が勝利しそうな趨勢だったが
「とにかく良く分からないけど行きたい」
ということで行くことになったが本当によかった。

想定事由をつみあげてメリットデメリットを比較し合理的に判断、
ってのは100%想定ができるときに有効な手法だけど
まあ大体未来のことは「よく分からない」のだから
ある程度考えた後は「うまく説明できない感覚」を大切に
ってのはよく思うこと。
今回だってみんなのホスピタリティにふれることができ
それについて夫婦で暑苦しく議論できるなんてことぁプライスレスだし
それを行く前から想定なんてできるはずない。

そう、この1ヶ月にとても大きな感動がありました。
ホスピタリティ
です。

今回泊めてもらったジャカルタの家、バンコクの家、
色々お招き頂きお世話頂いてしまった河野さんご夫婦。
子汚いバックパッカー夫婦を快く迎えていただいた上に
忙しかったり日々のお仕事や生活で大変な中
食事からガイドから何から何まで本っ当によくしてもらい
感謝感激でした。
ありがとうございます。

そして何よりも幸せだったのは、
「心から受け入れてもらっている」と感じられたことでした。
にゃははと笑う時、乾杯!とグラスをあわせる時、
食事中に色々な話をしている時、おやすみとドアを閉める時、
その表情や空気には世話してやってる感も
勿論見返りを求める何かもなく、
ただただ僕らへの気持ち(愛情・友情・親しみ・応援といった)
を感じることができました。

これはホスピタリティという奴だ!
振り返るにあたり、何かを発見したような気持ちになった。
受け入れる、ウェルカムする、その心持ち。
これに僕らは幸せにしてもらったんだ。

ふと今までの自分達を回顧する。
僕らは今回皆さんから頂いたようなホスピタリティを
持って人々に接してこれただろうか。
損得勘定はなかっただろうか。
今回、体で学んだ。
人を幸せにするのは行為ではなくその気持ちだ。
今度逆の立場になった時、どんだけお金持ってて
どんだけのオモテナシをできるかは分からない。
でも、とびきりのホスピタリティをもてるだけの
大きな心を養っていこう。
そう誓うのでありました。

とにかく兎に角、
なんかうまくまとまらなかったので恐縮ですが、
この東南アジアツアーで幸せを頂いた皆様への感謝をこめて。
各国での様子詳細は別途個別に書きたいとオモイマス。

在コタキナバル総領事公邸へお招き頂き。
われわれ緊張しておりますが、河野ご夫妻、大ファンになりました。
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挙式後1週間の賢レナ。賢「はぁっ?」レナ「にゃはは」の図。
ジャカルタ日本人街的なブロックMは「きらきら銀座」にて。
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じめはー&あやwithひびき。ひびき愛してます。
タイすきのMKゴールドにて。
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