30歳から31歳の2年間は住所不定無職、妻と2人で世界中を旅する生活をしていた。それまで東京で積み重ねてきた色々なものを一度ぜんぶ捨てて、本当に大切なものに向き合い直したいと思いついた。2年間お金を貯めて実現させた、僕らなりの大冒険だった。

インド、アフリカ、南米。23ヶ月で21カ国をまわった。帰国の頃、僕らは「東京ライフで足りないと思っていたもの」であり「世界中で見つけた美しいもの」について、自分たちなりの答えを見つけていた。

GOD, NATURE.,COMMUNITY.

旅立つ前。家族は元気で仲良くて、たくさんの仲間たちは大好きで最高で、好きなことをするのに不足のない稼ぎもあったけど、何かに手をあわせるような感覚も、自然を畏敬するような感性も、ご近所づきあいも、僕らは持っていなかった。神と自然とコミュニティとともに、これからの人生を生きていこうと思った。

帰国したのは2011年だった。ご縁をいただき東北に通うことになり、新聞をつくり食の事業を立ち上げた。食の事業を一緒につくった高橋博之と意気投合したのは、岩手県知事選に敗れた直後の彼と初めて会った北上の夜、GOD, NATURE, COMMUNITYの話をしたことが彼に響いたからだった。

「世界中をまわる必要なんてなかった。それは全部、東北にあった」

東北の、特に農家さん漁師さんの世界に僕はのめり込んでいった。彼らにとって、豊作や船の無事故を祈ることは日常で、あんなにも彼らを傷つけた自然を憎むことなく、むしろ頭を垂れてその恵みをいただいて僕らに届けてくれた。大地や海と共に生きる彼らにとって地域コミュニティは、気に入らなければ引っ越したり距離をとるようなものではなく、自分たちの人生の一部のように見えた。

彼らの姿は、30余年の人生で見てきたものの中で一番美しいものとして、僕らの心に刻まれていった。

震災から10年。多くの命が奪われ、多くの人が古里を失った悲しみには手を合わせることしかできません。ただ東北の方々に発せることがあるとすれば、皆さんが脈々と受け継ぎ持っている美しさへの感謝です。それによって人生が豊かになっていることへの感謝です。その美しさを守っていくために、これから10年そして死ぬまで東北に足を運ばせてもらおうと思います。