‘日本’ カテゴリーのアーカイブ

ディスカバーTOKYO ②フード 編

2010 年 8 月 3 日 火曜日

前回はインド人設定で書いてみましたが
今回は相当無理が出ています。

 


何を隠そう私はラーメンの大ファン。滞在中 に何杯食べたか分からない。こちらイケブクロの「ごとう」。

10年ほど前「大勝軒」の弟子の店として一斉を風靡。その頃と変わらぬ兄弟とおばちゃんがいて嬉しかった。

ヨコハマ「家系」をどこか、と向かったはシ ンユリガオカの「町田家」

この店に限らずラーメン屋では若い女性が「 アルバイト」している事が珍しくないのも驚 きだった。いい笑顔。

シンジュクと言えば絶対この店「満来」。数 年前に改装したキレイさは健在だった。

来日して真っ先にすすった「ざるラーメン 」に涙した。

にしてもラーメンは人気だ。昼時には決まって 行列をしている。行列が好きな国民だ
「つけめん」が圧倒的に人気だったのも驚いた。最後スープを足してくれるサービスなど日本的だ。


しくはアウトサイドの「ヤタイ」。人々は疲れと楽しさの両方の表情を見せていた。


最後にこれだけは外せないキングオブラーメン、もとい二郎はラ ーメンではなく二郎という食べ物。


地のフィッシュマーケットよりも日本観光マストゴーだと信じてます。二 郎→生郎となった歴史もリスペクト。


ラーメン以外にも東京は勿論食べ物天国。ジ ャパニーズBBQ「ヤキニク」。「虎の穴」@ナカメグロのハラミ。


オヤマにある高級店「よろにく」はかわい い店員がサーブしてくれた。
ざぶとん激ウマ 失神モノ。(ご馳走様でした!)

その他、てんぷら、寿司、お好み焼き、とんかつ、やきとん、コンビニおにぎり、麻婆丼、、、
全てが粋で、全てが素晴らしくて。。。

 


シンジュク「つな八」本店

立ち食いも旨い。「魚がし日本一」。

「ぼちぼち」シブヤ店

辻堂「大関」(殿堂入り)

目黒「玉や」のやきとん

こちらファミリーマートさまの新作を中心に

サングウバシ「仙園」にて。カシュウナッッ!

このバリエーション。
このクオリティー。
LOVE日本の食。

ディスカバーTOKYO ①街中編

2010 年 8 月 1 日 日曜日

 

半年振りの日本。
気づいたら外国人旅行者的な目線で
この慣れ親しんだ街を見ていることに気づいた。
僕にとっては「東京再発見」、この街、すげえ。

以下インド人の頭で見てみたTOKYO、です。

宿泊したシンジュクを拠点にシブヤ等へ行っ たが、東京はまさにワンダーランドだった。

まず驚いたのが公共交通機関の充実ぶり。少 し高いがどこへ行くにも電車で簡単に行ける 。

駅の構内では若い女子たちがジャパニーズボ リウッドスターの写真を携帯で撮っていた。

駅で働くスタッフも信じられないくらい感じ がよい。

バス。この静かさとは何処からくるのだろう 。誰もしゃべらない。少し不安になった。

街に出る。様々な標識やサインであふれてい る。僕には理解できないがなんて親切なんだ ろう。

ガラスにさわらず取っ手を持つように指示し てあるようだ。親切だ。

ヌードルもサインに従ってテイストをオーダ ーメイドできる。

これは何だったのだろうか。とても奇妙な印 象だった。

これは何とコンドーム屋の看板だった。絶句 した。

ニンジャ・サムライはいなかったがトラディ ショナルな風景にたまに出会えた。

キモノを着る人が思いのほか少なかった。インドではほとんどの女性はサリーなのだが。

アイスクリームを売る彼は買うか?と聞いてきたが、その優しい売り方ではインドではモノは売れないだろう。

トラディショナルの正反対、最新を感じられるスポットにも行ってみた。「プリクラ」だ。

中に入るとスモールスタジオがあり、中で色々設定を 選んで撮影をすると、

小さなステッカーとなり出てくるのだ。しかも気に入った写真は投稿して多くの人に見てもらうことができる。しかも目が自動的に大きくなっている!!さすがジャパニテクノロジー。

日が暮れる。街はネオンの光で包まれる。これだけ電力を使って停電しないとは・・。

街を歩く旅行者に印象を聞いてみる「What are all these lights!? Amazing!!」

イザカヤと呼ばれるバーが街をうめつくして いた。チョウチンやメニュー表がクールだ。

アウトサイド型、親近感を感じる。

バーストリートも味わい深い。

中にいたサラリーマン達の表情は昼間電車の中で見たものと全く違うものだった。

店の外でもその勢いは止まらない。バンザーイと言っていたが祝い事だったのだろうか。

シブヤの夜はシンジュクとは雰囲気が違う。若者が多く中には奇抜なファッションも。

ある夜は漫画喫茶で泊まることに。シャワー、漫画にネットにDVDあり。1泊5時間1100円、another東京。

夜を煌々と照らすネオンの中で消費者金融が目に付いた。農村の人々でも簡単に借金できるのだろうか。

次回フード編に続きます。

 

 

新たに”シャカイコウケン”ページをつくりました

2010 年 7 月 30 日 金曜日

東京滞在期間中、今までの旅行を、
初めて具体的に振り返ってきた気がします。
目の前目の前を見て毎日を過ごすのではなく
後ろを見ながらつながったドットの意味を考える作業を。

そうすると、今までの7ヶ月の旅行で
1番心が動き、学びのあった”シャカイコウケン”的活動。
旅の、いやきっと人生の、ターニングポイントになった
日々について何かにまとめてみたいと思うようになりました。

とりあえずは過去ブログへのナビゲーションページですが、
皆様是非見てみてください。

できる限りの、ちょっといい事を、
旅行をしながらやっていく。
ソーシャルトラベルと名づけた旅のスタイル。
ありなんじゃないかなあと思うのです。

明日から、南ア、戻ります。

一時帰国

2010 年 7 月 23 日 金曜日

親戚に不幸があり、
現在日本に一時帰国しております。

久々に家族が集まり
最期を一緒に過ごすことができました。

突然のことでほとんどの方々に
ご挨拶できておらず申し訳ありません。
来週には南アフリカに戻り旅行を再開する予定です。

 

 

完全に、参りましたINナリタ

2009 年 12 月 21 日 月曜日

人にはそれぞれ急所というかどうしても弱いものがあり、
私にとってそれは家族ネタ、つまり渡部家ネタである。

苦労してきたけどすこぶる明るい両親と
仲の良い4人の兄弟(シャイな兄と優しい弟と可愛い弟)。
全員で肩組んでカラオケ歌ったり、晩酌中父が幸せだと泣き出したり。
よく暑苦しいと言われる私の性格の源泉はどう考えてもここだ。
今だにどうしても泣いてしまう思い出まである。
<あれは小学高学年の夏休み。上の兄弟3人で
会津の田舎に行こうとしていた前の晩、7つ下の弟当時3~4歳が
小さなリュックにおもちゃをつめて枕元に置いて寝る。行けないのに。
浅草駅へ行き、出発間際、母が小さな弟を抱いて列車を降りようとする。
「僕も行くの」と3回程駄々をこねる弟。皆の困った顔を見て全てを悟る弟が
はたと静かになる。ホームで小さな手を振る弟。号泣して手をふる私たち3人。>
ほらね。こんな具合に今書きながらもう涙が止まらないのだ。


友人たちとの涙のHUGから2日。
到着翌日は日曜だったため、ネット屋が開いてなかった。
(今や世界の中心であるインドの、さらに中心である
BY:映画『スラムドック・ミリオネア』、IT都市ムンバイだが
ホテルの部屋で無線LUNが使える所は皆無だった。これには驚き。)
やっと入ったネット屋でまさかの事実を知る。

渡部家が成田に見送りに来ていたのだ。
でも便も私も見つからず、仕方なく屋上デッキで飛行機を待ったんだそうだ。
でも飛行機も見れなかったんだそうだ。
小さな甥は私たちの名前を読んで空に手を振ったんだそうだ。

出発の前々日、見送りに行くよと言われ、
朝早いし、父が白内障の手術をしたばかりだったし、
来なくていいと突っぱねた私。
便名も教えなかったし、その後携帯も解約したし、諦めるだろうと思っていた。
でも彼らは来ていた。9時15分に成田にいた。
私が友人たちとレストランで朝食を食べていた時間に。
父から送られた1枚の写真。写ってるのはANA!
ああ、ターミナルが違うよ。
ばかだな。
ああどうしてちゃんと強く聞いてくれなかったんだ。
ムンバイ行きじゃなくクアラルンプール行きじゃなきゃ見つからないのに。
ばかだな。
ああどうして私は最後の日に泊まる夫婦の携帯でも教えておかなかったんだ。
どうして朝食を食べながら電話を借りてかけてみなかったんだ。
ほんとばかだな。

ネット屋でひとしきり泣く。
画面が全然見えない。
ああ、ダメだこれは。1ヶ月は思い出し続けるな。
だからここに吐き出すことにした。もう泣かなくてすむように。

大好きだよ。ほんとに大好きだよ。それだけだよ。ありがとう。

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前々日の様子。残りの洗濯物も全部させてもらって総出で干した。

(MIWA)

参りましたINナリタ

2009 年 12 月 19 日 土曜日

昨日夜は恭介&純奈の新居にお世話になった。
たくさんの友達のサプライズ訪問と
おいしい食事、ゆっくり入浴&ふかふかベッドで
これ以上ない時間を過ごせた。有難い。

まさに前途洋々!な御来光だ
朝8時の成田第2ターミナル。
車で送ってくれた恭介&純奈。
のほかに、なんで?
ワラワラと馴染みの顔が集まってくる。
成田遠いのに。ほら眠いでしょうが。

みんなで朝食。
こんなとき照れくさくって何しゃべってんだか、だね。
冗談ばかり。真面目にありがとうなんて言えない。

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いよいよゲートに入るってとこで女子2人泣き出した時点で
堰を切ったように、だいの大人が謎の涙のHUG。
周りで並んでた人々が面食らってる。
今生の別れじゃないんだから。
長い列は続き手荷物のX線検査まで。
振り向くとまだ手振ってる。
どんどん見えなくなる。手の先だけになる。
でもまだ振ってる。
誰かのピースが最後に見えた。
私たちは、帰ってこなければ。いい顔で。

搭乗ゲートまで見送ってくれた正人&梨花。
彼らもこれから大きな挑戦があり来年は日本にいないかも。
別れ際「助け合って生きて行こうね!」と正人。
昔私が正人に言った言葉だった。
ほんとに、ね。

定刻に走り出す機体。
ふと、最後に会った日、追いかけそうになりながら手を振っていた
勇輝と私両方の両親の姿が浮かんだ。
あのなんとも言えない表情。
祝福と応援と、でも不安と寂しさと。
瞳は力強く、口元は笑みで、眉毛だけ困って今にも泣き出しそうな。
私たちは、帰ってこなければ。無事で。

武勇伝なんてなくたって、大冒険じゃなくたって、
なんだっていいから、とにかく帰ってこなければ。

深呼吸1つ。
何度乗っても飛行機はちょっと怖い。
『アルケミスト』を思い出す。3度読んだ本。
私たちが、この先やるべきことがあるなら、
私たちは、死ぬわけがない。
「全宇宙が力を貸してくれる」はずなんだ。大丈夫。
勇敢さと、大胆さと、適当さを持ってゆこう。
失敗も困難もあるだろうけど
前兆を見逃さないようにしよう。

マクトゥーブ。

(MIWA)

出発

2009 年 12 月 18 日 金曜日

退職して1ヶ月半がたち
出発が翌日となりました。

この90日間もろもろの準備を進めるとともに
多くの人たちと「ゆっくり」話をすることができました。

思えばこの「ゆっくり」が
まさに旅行に出ようという目的の大きな1つ。
毎日仕事をするという「日常」から抜け出し
人と会うなり買物をするなり手術をするなりの「非日常」。
いってみれば1.5ヶ月前に旅行は始まっていたのだと思う。

その中で様々な刺激をもらうと同時に
自身が会社を辞めて旅行に出る理由
今後の人生の目標などをじっくり考えて
まさに自分の棚卸し作業となりました。

更に自分たちが多くの人々に囲まれ
支えられていることも改めて実感することができました。
最後に今生の別れ、といって集まってくれた仲間達、
敬愛する兄キ達、時間を作ってくださった方々、家族、
に心から感謝しています。ありがとうございます。

最初の目的地はムンバイ(インド)。
とりあえずいきなり金スられて
年内に帰ってくることのないようにしたいと思います。

最後にTOKYO随一の観光名所
カオトゥことかおたんラーメンにおける
「全てはここから始まった」
じゅんた先生のお決まりショットでいってきます!
皆さんもラーメン食べたらかぶりましょう!!
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