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farmstay5. 生きるためにパンを焼く

2011 年 5 月 8 日 日曜日


今日から、フランス人大学生、エステールとの生活だ。


元気を出して表へ出た。

まず部屋を暖めよう。薪を割るのだ。


大きめの薪を、燃えやすいよう小さく割っていく。
集会の日に村のおっさんがやってたやり方。
丸太に薪を立てかけて斧を大きく振りかぶらずに下ろす。スコン、という感じが大切。



林の中に入り、火種となる小枝、もっと細い枝、最初の着火に使える木の皮を集めた。
湿った薪はストーブの上で乾かす。
よし。これでしばらくはちゃんと火を入れられる。



昨日は夜遅くなってしまったため、せっかく街を通ったのに買物ができなかった。
食材がほとんどない。じゃがいもとにんにくと、少しのパスタと小麦粉。
エステールがズッキーニをもらってきた。今日の大切なメイン食材だ。


作ったのは、ズッキーニとトマトスープの素と細いパスタをぐだぐだにした、
謎の食べ物。でも、うまかった。



エステールは、「マティアスにかご編みを教えてもらおうよ」と
敷地の葦を刈り取りはじめた。
そうだね、待ってるだけじゃ何も始まらないね。


エステールは私の大好物、シウエラのジャムも作りはじめてくれた。


私はパンをこねた。


私たちは、くるくるとよく働いた。
おしゃべりもいっぱいした。
若いのだけど、大らかでちょっと古風なところもあるエステールは、素敵な同居人だった。
寒くても、食材が少なくても、「死ぬー」とか「ひもじいー」とか言ってゲラゲラ笑い合えば
辛さや不安は半分になっていた。
もしかしたら、半ばもう逃げ出したくなっていた私に
仏様が「この子を授けるから、もう少し頑張りなさい」と遣わした助っ人なのかもしれない。
とにかく、有難い。


パンとじゃがいもの慎ましい夕食を食べて、寝床へ。
しかしまあ、3日風呂に入ってない。3日まったく同じ服。
今日は部屋をずっと暖めていたから、少しましだけど
やっぱり凍えながら寝た。


翌日は日曜。
ファームの仕事もない。
私は朝、意を決して湯を沸かし、風呂に入った。
バスタブに正座し、バケツ1杯の湯を少しずつ小鍋で身体にかけるという
修行のような入浴だった。
それでもさっぱりして、ものすごく元気になるのを感じた。


今日も、昨日とだいたい同じ。
薪割り、枝集め、炊事、あと洗濯と掃除と、少しの編み物とスペイン語の勉強。

それでも心が、
充実した、とは違うな、楽しいとも違う、なんだろう、
落ち着いて、穏やかで、我慢強く、前を向いたような、
今まであまり味わったことがない類の、悪くない気分だった。


エステールは「暇だーー」と言って近くを散歩しに行き、
帰ってきてまた「暇だーー」と言って今度は地図や本をひっくり返し何か調べ物をしていた。




薪を割る仕事は、武道の稽古に近いかもしれないと思った。
身体と精神のバランスを要求されるのだ。言いすぎかな。

手の力で強引に斧を振ってもダメで、なんというか、斧に任せる感じ。
また、うまく切ろうとか、ここを狙って・・とか、余計なことを考えるとうまくいかない。
下心なく、無心無欲で斧を下ろしたとき、
当たるほんの直前の一瞬、時が止まって見え、薪が光って見えるときがある。
そんなときは何の力も込めていないのに次の瞬間、薪はパカリと割れている。
なんだか、人生みたいだなあ。

そんなことを考えながら、ひとしきり薪割りをする。
汗が吹き出てくる。
寒くて、暖を取りたくて薪を割っていたら、身体はすっかり暖まっていたという。
そういうことってあるよなあ。
これもまた、人生みたいだなあ。

薪割り、奥深し。
人生の縮図。
相田みつをの世界。



私が編み進めていたのは、靴下。
ここへ来てから、靴下2枚と靴を履いているのにつま先が芯から冷え、寝るとき辛い。
だからもっと暖かな毛糸の靴下をと考えたのだ。
でも編み方なんて分からない。「このくらいかな?」という大きさに平たく編んで、
パタンと折って縫い閉じることにした。これが、なかなかうまくいった。
太い毛糸でざっくり編んだこともあり、履くと自然に、足の形になってくれた。
これでだいぶましになるじゃろ。
そうだ今夜は湯を沸かして足湯をしてから寝よう。きっとよく眠れる。


調べ物をしていたエステールから提案が。
「明後日から、ショートトリップに行かない?ペトロウェに。」
ペトロウェってー?
基本・出不精かつファームの仕事をしたい私は乗り気なく聞き返した。
「バルカンオソルノに行くのよ!」
えっ?あの富士山みたいな山?!なら行きたい!!!
私は身を乗り出した。
エステールは地図を広げ、プレゼンを始めた。ここでバスを乗り継いで、ここで一泊して・・・
その嬉々をした姿は、なんだか勇輝を思い出させた。


バケツの足湯とざっくり靴下が功を奏し、寝袋に入った私の手足はぽっかぽかだった。
「むふーん、あったか~い」
ここへ来て、はじめてぐっすり眠れた。



翌日。
私はなにやら吹っ切れていた。
エステールも、うっぷんを晴らすかのように本格始動した。


「近所のマルコの家に遊びに行こう!」
朝から元気に歩き出すエステール。


敷地の外へ出て、2つ隣のファームを目指す。
って言っても、遠いっすエステールさん・・・


夜の間降った雨をたっぷり吸った苔とシダが美しかった。



マルコは、手作りの、ちょっと独創的な家に住んでいた。


マルコが作った毛糸を見せてもらい、紡ぎ方、洗い方、染め方を教えてもらう。
私は、玉ねぎで染めたという黄色の糸が気に入って、買わせてもらった。
エステールは白を買い、私に「編み物、教えてくれる?」と。 もちろん! 可愛い奴め。


それから、ガーデンを見せてもらった。


たくさんの野菜とハーブと花が所狭しと並んでいた。


1つ1つの作物の名前や効能、料理法などを教えてもらう。
土の中のミネラル成分を多様化させるため、1つ野菜を収穫したら
その場所には別の野菜を植える話など、農業の素人である私にはとても勉強になった。



蜂の巣箱も見せてくれた。まずフイゴのついた缶で藁を燃やす。


それを拭いて煙で蜂を払いながら、蜜をチェックした。



これは鶏小屋の金網につけられた、犬避けの電流装置。怖い。

マルコにお礼を言ってファームに戻る。


エステールはまだまだ私をぐんぐん引っ張っていく。


マティアスのお姉さん、ヒメナが作業している蜂蜜の作業小屋へ行き、
作り方の工程を聞く。午後から、この容器に入れる作業を手伝うことになった。



昼ごはんをさっと作る。帰りに採ったレポヨ(キャベツの一種)でパスタを。あとサラダ。
なんだか緑一色だねえ。と二人で笑う。もうずいぶん、肉も魚も口にしていない。


午後、マティアスのところに行って、
仕事があるか尋ねるがとくに無く、
かご編みを教えて!とエステールが頼み、葦を煮ることになった。
でっかいミルクボトルとコンロとガスをひいひい言いながら家に運ぶ。
どれも一人で持てないから何度も山道を往復する。
私は内心すごく効率が悪いことに思えて、
「葦をここに持って来たら一発じゃん」とか
「ちぇー、マティアス、車で一度に運んでくれたらいいのにぃ」とか思っていた。

そんな気持ちが顔に書いてあったのか見透かされたのか、エステールに
「ここではイージーなことは1つもないよ」と言われ、反省した。
私に染み付いた都会人の効率主義、いや、怠け者根性は、
なかなか消えてくれない。



夕方、マティアスがやってきた。
「野菜の出荷準備を手伝ってくれーーい」
ハイ喜んでーーー!!!


レタスをハウスから収穫し、やぎを追っ払いながら洗って、
今度はほうれん草を収穫し葦の葉で12本ずつまとめた。売れますようにと思いを込めた。


苗用のハウスから大きめに育ったものを選んで、レタスハウスの土に植えた。


1つ1つ。着実にやるしかない作業。
何度も同じ道を歩いて、手を洗っては汚して。
農業ってのは、つまりはこういうことなのかもしれないな、と思った。
派手なことは何もない。辛抱強く。何度も。淡々と。
農家の人々が強くて温かいのは、こういうわけなのかもしれない。




今日も私は、パンをこねる。
趣味でも余興でもない。
ものすごく腹が減るから、生きるためにパンを焼く。
毎日、毎日パンを焼く。



そして気が付いた。
私がファームで学んでいるものは、一言で言えば「シンプルな生活」だ。
寒ければ、動けばいい。
まだ寒ければ、靴下を編めばいい。
小麦粉があれば、パンが焼ける。
野菜を取り、乳を搾り、卵をいただく。
身体が汚れたら、湯で流しよく拭けばいい。
困ったところは、修理すればいい。
そういう暮らし。

 

東京の私の家は物で溢れていた。
台所も、風呂も。
それでもまだまだ物が欲しかった。
そういえば私は風呂に追い炊き機能がないことをずっと不満に思っていた。

物が多いから、
便利な道具や機能が多いから、
シンプルに暮らすやり方を知らなくなっていく、それは仕方ないことかもしれない。
語学も使わなければ話せないのと同じ。

いや、それより前に、
シンプルに暮らしたいという発想にならなかったのはなぜだろう。

もっと楽に、もっと優雅に、という欲求は、
あの人は素敵なものを持っている、という羨望は、
物を増やし不満を増やし感覚を鈍くさせ、
それらのごちゃごちゃしたものが折り重なって生活が埋もれていく。
芯が見えなくなっていく。
それでは慎ましい暮らしの持つ美しさなど到底見つけられっこない。


今まで私は、
本当は必要じゃないことを
ずっと必要だと思いこんで生きてきたんだな、と気づかされた。


家の中の灯りは多少足りなくたって大丈夫だし、
掃除機なんてかけなくてもほうきで充分だし、
汚れがひどくないものは洗濯機に入れる必要はないし、
そんなに毎日水と洗剤をたっぷり使って体を洗わなくたっていいし、
そんなに何品もおかずを作らなくたっていいし。

次に生活を始めるとき、
新しい家に絶対欲しいと思っていたものたちは、
ほとんどいらないものだった。
それよりも、もっと日々の生活をいつくしみ、
道具を選りすぐり大事に使い、
毎日少し掃除をし、少し整え、
簡素な食事でも野菜の甘みに気づき幸せを感じられるような、
そういう暮らしをしたい。

したいなあ。
できるかなあ。


もう1つ気づいたこと。
おとぎの国のような、じいさんばあさんとの日々で
知らずのうちに身についていたことは、
ここでの暮らしのすべてに役立っていた。

皮肉を込めて愚痴た「ベストキッド」の喩えは、まんざらでもなかったようだ。
パン作りや薪割りだけじゃない。
農業がやりたいのに・・と半ばスネながらやっていた掃除炊事洗濯、
すべてが「淡々と」「丁寧に」暮らすという素地だった。

二人の所へ今すぐ戻って
三つ指を立てて深く頭を下げたい、そんな気持ちになった。




手にできた無数の虫食い跡も、なんだか、誇らしいものにすら見えた。




***

翌日から二人で行った、
バルカンオソルノへのショートトリップ。
それは、勇輝と二人の時とはまた違う味で、
忘れられない思い出になった。
妹がいたらこんな感じだろうか。
私たちはちょっとしたことではしゃぎ、たくさん笑った。

この時期にはめずらしく空が晴れたことも、
バスをいつもタイミングよく捕まえられたことも、
ベンチで食べたエンパナーダも、
宿で浴びた久々の熱いシャワーも、

すごく幸せだった。





***


ファーム最終日。

レタスの苗床を植える作業をしてほしいと言われた。

ハイ喜んでー!
エステールは、本当はやらなくていいのに、一緒にやってくれた。


すでに苗が入っているプラスチックのカップを一箇所にまとめ、土だけのカップは土を捨てる。
空のカップを敷き詰め、新しい土を入れていく。
そして、木箱に入った小指の先ほどの苗を、カップの土1つ1つに植えていく。

根気がいる作業だった。ハウスの中は暑く、汗をいっぱいかいた。
手足が長いエステールが、私の届かない奥の部分をやってくれた。
半日かけて、すべての苗を植えた。


マティアスに、「早い!上手だ!」とすごく褒められた。
私たちはハイタッチして喜んだ。


明日の朝出ることを告げ、二人でお礼を言った。
こちらこそ、ありがとうと、マティアスは優しく笑ってくれた。

 



子猫にも、お別れを。

暖を求めてか、私たちを見ると必死にへばりついて
ダウンの中に入ろうとする甘えん坊だった。




エステールが夕日を見ようと言いだした。

誰かに行き方を聞いていたらしく、裏山に入って行った。
でも、途中迷ってしまって、山の中で1時間ほど歩き回った。

諦めて帰ろう、もう日が暮れちゃうよ、何度も言いそうになったけど
エステールは頑張り続けるのだった。


そして


ついに夕日の見える山の上へ。


満足そうにずーっと眺めていたエステール。
それを見て私も嬉しかった。

そうなんだ。
私は、自分のエンジンをなかなか勢いよく吹かせられないけど、
そういう私には、でっかいエンジンを持った人が自然と傍に来てくれるんじゃないかな。
だから、無理して小さなエンジンを毎日キーキー動かさなくたっていい。
人には向き不向きってのがある。
世界が回り縁が回るのに任せてたらいい。
私は、大事なときにちゃんとエンジンを全開にできればいい。きっと。


私を連れ出し、たくさんのものを見せてくれて、
ありがとう。


***


最後の夕飯は、エステールがパンを焼いてくれた。


なんか私と違う作り方だなあ・・・
時間かかるんだなあ・・・


焼きあがったパン。すげえ!
超ふっくら!!! っていうか、エステール、すごい技隠してたのねー。


私は丁寧に、心をこめて、サラダを並べた。
マティアスにトマトをもらったおかげで、彩りがきれいだった。
今までより、野菜を有難く、大事に触るようになった自分に気づいた。



私はこっそり作っていた箸をプレゼントした。


エステールは、彼氏へのマフラーを完成させた。


こうして私たちの1週間が終わった。




「ケ、スウェルテ!」
(なんてラッキーな!)


私は重いバックパック、エステールなんてバカでかいスーツケース。
汗をかきながらよちよちしていたしていた私たちは、高床式倉庫のところで、
白いひげのサンタさんの車に拾われた。


「よかったーーー!!!」「嘘みたーーい!!!」
荷台に揺られながら、二人で大きな声で歓声を上げた。



プエルトモンのバスターミナルで別れるとき、エステールは
「アリガトウ」と言った。
ずいぶん前に、一度きり、教えた日本語だった。
私たちは固く抱き合って、さよならした。


 

***

 


やっと、やっと、
22日ぶりに再会した
勇輝の顔を見て
私はただぼろぼろと泣いてしまい、
しばらく話ができなかった。


辛かったよう、なのか
素晴らしかったよう、なのか
会いたかったよう、なのか
どれも違うような、どれもそうなような、
わけの分からない涙だった。


箇条書きにして分かりやすく誰かに伝えることなんてできない、
でも確かに私の中に増えたものの数々。
これらはきっと、これからの人生の中で
ポロポロと出てきては
じいさんやばあさんや犬たちを、
メトリのオンボロの家を、エステールを、
私に思い出させるのだろう。

なんて、素敵なことなんだろう。


「一人で農場にいってみよう」。
サンティアゴの居心地のいい宿であの日決めたのは
この旅最良の決断の1つだった、と振り返って思う。


みなさん、みんな、本当に、
本当にありがとう。




念願叶って、勇輝のためにパンを焼いた。



終わり

(MIWA)

farmstay4. ただ暖かいベッドさえあれば

2011 年 5 月 5 日 木曜日


鼻歌を歌いながら
バスの最後部座席でボヤっとしていた私は、
車内の人全員が私を見ている視線で我に返った。
「メトリ!」
「メトリ!」
皆がここで降りろと言っている。

わーーグラシア!グラシア!
バタバタと降り、手を振ってバスを見送る。

しーーーーん。
ここがメトリ。 らしい。

後ろが海、前が山。
山に入っていく道がいくつかある。

ふうむ。どうしたものか。
メモを見直し、この道かな、とか考えていると
そこに、1台の年期の入った軽トラが通りかかった。

窓が開いて、サンタさんの実写版のような白いひげのおじいさんが言った。
「マティアス?!」

はっ!
マティアスは私がメールのやりとりをしていたファームの人の名前だ。
「スィー!スィースィー!!!」

サンタさんが手招きする。
「私はマティアスのパパだ。乗りなさい」。
まじでーー??!!
やったーーー!!!

「ケ、スウェルテ!」
(なんてラッキーな!)
マティアスパパは運転しながら何度もこう言った。

ほんと、ラッキーとしか言いようがない。


山道は、想像していたよりずっと長く、険しく、人通りがなく、
私がもし一人で歩いていたら途中で不安になって立ちすくんでしまっていただろう。
無理だと諦めてプエルトモンに引き返していたかもしれない。



大きな木製の門を抜け、ファームに入っていく。
門のところで、ヨーロピアンらしき若者の集団が大きなバックパックを背負って
出て行くのに会った。
私が「ハーイ」と言うと、「バーイ」と言われた。
えっ?!みんな、出て行っちゃうの??
マティアスパパがなにやら大丈夫だみたいなこと言ったけど、よく分からなかった。


軽トラの後ろに乗っていたマキナ(マシン)は、ミエル(はちみつ)を作るためのものだった。
ここに蜜の巣箱から出した板をたくさん差し込み、ハンドルを回すと
遠心力で蜜が取れ下に溜まるという。
ちょっとワクワクしてきた。
面白い仕事がたくさんできるといいな。



マティアスが迎えに来てくれて、一緒に丘を上がる。
すごい眺めのよい場所に、一軒の家が建っていた。


「これは僕と娘が住んでる家だ」。
ボランティア用には別の家があるのだという。

後で案内するから、ちょっとここで30分くらい待ってて。洗濯してくる。
そう言ってマティアスは行ってしまった。
出た、放置プレイ!
今の私には一番怖いものだった。

家の中にお邪魔する。
その汚さに堪りかね、勝手に掃除をする。
奥さんがいないんだもんな・・・

戻って来たマティアスは、部屋がきれいになったのをたいそう喜び、
昼食を作ってくれた。

作ってくれたのは「マティアス特製」いわしバーグと、ごはんとキャベツのサラダと
絞りたてりんごジュース。
男の腕で作られたからか、オーガニック100%の野菜を使ってるからか、
ワイルドな味がした。
私はこっそりばあさんの料理を思い出し、それを恋しく思っていた。



「じゃ、君がこれから住む家に案内するよ」。
敷地の中を歩いていく。


・・・遠い。


雑木林をくぐりぬけたところに、古ぼけた一軒家があった。
二十歳までマティアスが育った家だという。

着いて、家の中を見回して、ため息を1つ。
私はまた掃除を始めた。
マティアスは帰っていった。


掃除をしながら、
私はばあさんを思い出していた。
きれい好きだったばあさん。
ばあさんの影響で毎日掃除ばかりしていたので
もしや私は掃除好きになったのかも。
だったらいいな。


最後に外に咲いてたアジサイを1輪拝借して生けてみた。
ふう、やっと落ち着ける。


これがリビング。

リビング反対側。

キッチン。

家の中のベッド2つが使いかけの様子。よかった。誰か居るんだ。
自分が寝るベッドを決め、荷物を運んでいると、
誰かが帰ってきた。

イギリス人のアイオナという女の子だった。
さっき門で見かけた1人。バス停まで送って、戻って来たんだって。
これから大学生になるという19歳。驚きの若さ。
とにかく一緒に過ごす人がいてホっとした。



6時頃、「日課があるのよ」と。ついていく。


生ゴミ用の赤いバケツに溜まったゴミをヤギ小屋隣のBOXの中へ。
それから二人でヤギたちを手をたたいで集め、小屋に入れた。


そのまま辺りをぐるりと。
街で売るんだろうか、木の苗木を育てていたり、


ラベンダーを育てていたり、


子猫がいたり、


たくさんの畑とビニールハウスがあったり。


この高床式倉庫の中には、じゃがいもとにんにくが山積み。
ボランティアの人は自由に食べていいらしい。
「他の野菜は?トマトとか・・・」
「うーん、どうだろう。出荷用だと思うけど」
なるほど。いろんな野菜を食べ放題、ってわけでもないらしい。当然か。

敷地内を歩いてみて、
じいさんばあさんの所より色んなものを作っていて、すごいと思ったんだけど
感動するというより、どんどん冷静になっていく自分がいて、不思議に思った。
野菜や動物や木の実をもう見慣れているからか、
ルパンコ湖みたいにおとぎの国のようじゃないからか。

少し考えて1つ分かったのは、
たくさんのビニールハウスやホースやプラスチックのケースや様々な機械、
敷地内にちらばっているそういったものたちに
街とのつながりを強く感じたということだ。

ここは、自給自足のためじゃなく、街で売るために農業をしている。
そこにあるのはお金を得ることと厳しい現実だ。
歌を歌いながら実を摘んでジャムを作ったり、縄をまわしながら羊を追いかけ
ゲラゲラ笑ったり、なんてわけにはいかない。
でもこれが、普通の、リアルな農業なんじゃないだろうか。
私はもっと真剣に向き合わないといけないんじゃないだろうか。


そんなことを考えながら、家に戻った。

2階に上がり、私が使わせてもらうことにした部屋の掃除をはじめた。
ベッドの上に、たくさんのミントの枝が置いてあったのを片付けていると
「それは虫よけ。あ、気をつけて。ここ相当ノミがいるから」。
アイオナは腕をまくって刺され跡を見せてくれた。
「それなら私も持ってるよ」
私も腕をまくって見せ、一緒に笑う。

やれやれ・・・またプルガ(ノミ)かよぉ・・・。

毛布はなく、荒く織った厚手のブランケットだけ。大丈夫かな・・・

落ち込まないように、落ち込まないように、
気持ちを強く持つんだけど、
アイオナが放つ言葉が私の急所を刺すのだった。

「えーと、シャワーは、水しか出ないの。鍋で湯を沸かして身体を洗うといいと思う」
げっ出た。・・ま、大丈夫。慣れたもんよ。

「でね、私明日の夜から別のファームに行くから。
ここ、ほらちょっと環境がね・・キツいし・・・。あまり仕事もないし・・」
OH!
バッドニュース for me!!
19歳がキツいのかここの環境!仕事もあまりないのか!

いや、それより、マジ?行っちゃうの?
でもほら、もう1つベッドが使われて・・
「その子は農作業じゃなく組織側の仕事してて、しばらく別のところに泊まってるの」
ひーーー!
いや、アイオナ待って無理!行かないで!

・・とは言えなかった。


落ち着け俺。
ストーブに火を入れる。
が、薪は大きくてなかなか火がつかない。紙と小枝を使って時間をかけてやっと火が入った。
でも竈が小さすぎるのか、部屋は全然暖まる気配がなかった。
夜になりどんどん冷えてきた。
隙間風がすごい。

落ち着け俺。
パンをこねる。
が、オーブンにうまく火が入らず、フライパンで焼いた。
キッチンに残っていたじゃがいもとにんにくと、いつのだか不明な卵でトルティーヤを作った。
アイオナは喜んで食べてくれた。

食後、今日までやってきたみたいに、気合でシャワーを浴びてみた。
アイオナが、お湯を沸かしたら?と言ったけど、迷ったけど、まあ大丈夫、と。
結果は惨敗。
無理でした。死ぬかと思った。
水が冷たすぎ。芯から冷えた。


とにかく寝ようと、ベッドに入るも、ちっとも寝付けない。
何枚も着込み、ブランケットも2枚掛けてるのに身体が凍えて仕方ない。
しかもベッドの虫たちが狂喜乱舞して私の身体に向かってくるイメージが私を怯えさせた。

嗚呼、ダメかもしれない。。。
「もう帰りたい」。
どこか暖かい所の素敵なリゾートホテルで眠る私を必死に妄想して
手足をこすり合わせ続けた。



翌朝。
アイオナが支度をする物音がする。
全然よく眠れなかった。とても寒い。
ベッドから出て、ダウンを着て1階に下りる。寒いので着替えたくないのだ。
私の身支度=ダウンを着る、以上、であった。

昨日言われた通り、2人で7時にマティアスの家へ。
まだ真っ暗で、懐中電灯で道を照らしながら山道を歩いた。

3人で車に乗りこみ、今日ペンキ塗りの作業をするという小学校を目指す。
車は海岸沿いの曲がりくねった道をプエルトモンに向け爆走する。

これからしばらくはこうやって学校に通って作業を進める日々になるのかな。
マティアスに聞くと、
「いや、学校の仕事は今日だけでいいよ」と。
「じゃ明日は何するの?」
「明日は俺は別の仕事で街に出るから、そうだな、ゆっくりしてよ」
ぎゃ出た!放置!嫌!
あの家で一日・・・一人・・・。
「まわりを散歩したりするといいさー」
マティアスはのん気に言った。


プエルトモンの街に入り、友達だというマルコというおっさん(謎にドレッドヘア)を乗せると、
車はさらに北へ。今日行くのはオソルノの近くだという。
オソルノ・・・私、そこから来たんよ。
じいさん、ばあさん、ロル、ペケニャ、元気かな・・・。



1軒のファームに到着した。
どうやら、今日の仕事の指揮をとるのは、ここのおじさんとおばさんらしい。
300ヘクタールの土地があるという立派なファーム。

ここの家に、エステールというフランス人の女の子がいた。
スペイン語がすごく上手。
彼女が、もう1つのベッドを使いかけている子だった。


皆で車に乗ってしばらく、着いたのがこの建物。
オーガニック農業を大人に教える学校にするのだと。


庭に、立派なシウエラ(プラム)の木があった。
私の大好物のシウエラジャム、作れるかな。


甘そうに熟れたのをたんまり収穫させていただいた。


さて、はじめますか。


ペンキ塗り開始ーー。


こちら、黙々と窓枠を塗る私。(エステール撮影)
このとき考えていたことは、ホームセンターのCM用キャッチコピーだった。
(もちろん依頼されたわけではない。)

「それは、あなたの腕ではありません」。
私が使っていたハケが古くてボサボサしてて、なかなかうまく塗れないため考えたコピー。
このコピーが出たあと、
「我がホームセンターでは、あなたの腕を生かすツールを各種取り揃えております」
と商品が出てきて、締めにホームセンター名が歌に乗せて・・・

そんなこと考えてるうちに、午後に。
私は熱中してペンキを吸いすぎたのか、寝不足か、
フラフラして頭痛がして気持ち悪くなった。
少し外で休ませてもらった。

面白そうだと張り切って始めたペンキ塗りだったけど、なんだか乗り気がしなくなっていた。
気持ち悪くなったのもあるけど、
部屋を全部塗ると思ったのに、壁下部のグリーンと窓枠の白だけでいいと言われたから。
もうすぐ終わっちまう。



私は、ゆっくり自分の心と話をはじめた。
そして、かなりがっかりしていることを認めた。

それは何なのか。
私は何を期待していたのか。

そうか。
私はどこかで、こんな絵を描いていた。
きちんとオーガナイズされた心地よい居場所があって、
そこはもちろん熱いシャワーと清潔なベッドがあって、
使い勝手がいいキッチンがあって、
たくさんの取れたての野菜を食べてよくて、
毎朝迎えが来て「はーい、今日はこれをしますよー」って
色んな種類の野菜作り、乳搾りや蜂蜜作りやチーズ作りをして、
たくさんの若い仲間がいて、世界中の話をして、
スペイン語もうまくなって、めっちゃ勉強になる、
っていう絵。
そんなわけない。農業体験ツアーかっつうの。
勝手に描いた夢みたいな絵と違って、勝手にがっかりしてるんだと気づき、
自分に呆れた。バカみたい。

そして何より愕然としたのが、自分の中から、
あらゆることへの感謝の心が消えていた。
こんなんじゃ、どこへいったってダメだ。

でも、もう1つ。
そうやって心の中をガサゴソやってたら、
拭い去れない辛さがあることも認めざるをえなかった。
なんとも言えなく、シンドイ。
たぶん、ルパンコ湖のシャワーもベッドも、私の身体には結構こたえていたんだと思う。
その蓄積の上に、これから始まる生活。
痒さ。寒さ。汚さ。眠れない苦しさ。

「ただ、清潔で暖かなベッドさえあれば。」

突き詰めていったら、私が一番求めていた欲求がそれだった。

私はいい歳を取った、きれいな東京育ちの、甘っちょろい人間だった。



帰りの道で、マティアスは車を止めてくれた。
バルカンオソルノ(オソルノ火山)だった。
私はこのときはじめて見た。胸がぎゅうっとなるほど、びっくりして、感動した。
こんなに美しいものだったのか・・。
うまく言えないけど、このときのバルカンオソルノは私に何か語りかけているようで
私は何か受け取ったように感じて、とにかく、私の中で大切な山になったと思った。


車はメトリへ帰っていく。
私は後部座席。隣には、エステール。
なんと、エステールが今夜から1週間ほど、あの家に泊まると言ってくれたのだ。
本当に、本当に嬉しかった。


「明日は、今日より、きっと大丈夫」。
バルカンオソルノを思い浮かべながら、
少しだけ勇気が沸いてくるのを感じていた。



続く
(MIWA)

 

farmstay3. TRANSIT。少しずつ染みていくもの

2011 年 4 月 28 日 木曜日

ゆっくりと、
ゆっくりと日が暮れる。


太陽は、山と湖の中に消えてしまうほんのわずか前に
猛烈な光を放つ。
それを見て、ああ、夜が来る、と思う。

陽、空、雲、山。
自然の懐の深さとエネルギー。
人が少ない場所だからか、ビルや看板がないからか、
それとも寂しいからか、
私は大きな大きな自然という世界に、
ちょこんと居させてもらってるだけなんだなと感じる。

 

ばあさんはまたオソルノに行ってしまった。
愛人もとい息子と孫のもとへ。

嫁はじいさんに夕食を作る。
鶏の野菜ソースと大きめフライドポテトと、パン。
3度目の正直、のはずだったパンは、またしても硬く、失敗だった。
でも。
今回は失敗の理由に見当がついた。
粉をとく湯が熱すぎたんだ。
きっと明日は大丈夫。

はたと気づいたら、ばあさんにシャワーの湯を出す方法を聞きそびれていた。
冷たい水で身体だけ洗った。
明日からは昼間にシャワーをあびよう。
だから大丈夫。

「明日は、今日より、きっと大丈夫。」
悲しいとか寂しいとか切ないってことを考えないようにして
眠りについた。
じいさんはほとんど会話しなかった。

 

 

翌日は日曜。
なんとなく、お休み。
私にとってはいつもとあまり変わらないけど。

昼ごはんは、昨日の残りのチキンと、
ジャガイモと野菜MIXをたっぷり入れたトルティーヤ(玉子焼き)。
ジャガイモは、まな板を使わず手の中で切った。
そして同時進行で、おやつと夕飯用にパンを。
今回は、こねているときに、もう嬉しくてたまらなかった。
今までと全然違う。これだ。
膨らむ予感があった。


やっと、それらしきものが出来た。
じいさんは初めて、私のパンをいくつもつまみ食いしてくれた。

 

1つのアイデアが浮かんだ。
ばあさんが居ないなら、農作業をできないなら、
スネてないでやりたいことを何でもやってみよう。

今日まで誰にも言えなかったけど、
「馬に乗ってみたい」
私は密かにそう思っていた。

思いついたのが
カリーナの弟、エラン。
そうだ。家に行って、お願いしてみよう。

勇敢に歩き出した私に
ロルとペケーニョは勝手に飛び跳ねながらついてきた。

 

が、しかし・・・・
家、どこだっけ・・・・・

一度連れて行ってもらったきりのカリーナの家が
どうしても見つからない。
山の中を歩いて歩いて、それらしき方向へ入っていくんだけど、
違う人の家だったり、さんざん歩いたのに湖の岸にポンと出てしまったり。

歩く気を失って岸で空しくセルフタイマー撮影。
ロルは私がカメラのところに行くたびについてくるので
どうしてもうまく撮れなかった。

よっしゃ。
もう1度だけ!
よーーく思い出しながら、犬のように鼻を効かせて歩いたら、
着いた。カリーナんち。
でもエランは居なくて、パパに
「ジョ、キエロ、(私はしたい)」「カバヨ(馬)」を連発し、
馬に乗るポーズを馬鹿みたいに何度もしてみせ、
なんとか分かってくれたようで、明日の昼においでと言ってもらった。

 

やったね。
明日だってよ。私、馬に乗るのよ。頑張るね。
犬に話しかけながら家に戻った。


明日の船で帰ってくるはずのばあさんから連絡があったそうだ。
戻りは水曜になった。
あと3日、ふたりきり。

 


夕方たそがれていると必ずちびネコがくっついてくる。
ネコの耳の毛がこんなに美しいものだったかと、しばらくみとれていた。


小さいけど確かな、ネコの足。

 

夕飯は、チョリソーのグリルと、茹でとうもとこしと、キャベツのサラダ。
サラダは一度食べたばあさんのを思い出し、たっぷりのレモンとちょっとの塩で揉んだ。
こうなったら徹底的にじいさん好みにするまでよ。
「私のファームステイ」=「じいさんに食事を食べさせる努力の日々」
でも構うもんかい。

じいさんが夕飯を食べはじめると
じいっと顔をのぞきこむ私。新妻のように。
でもじいさんはあまり反応をしない。
でも大丈夫。食べ方を見れば分かる。
たっぷり食べるのを見て、心でガッツポーズ。
るんるんで食器を洗う。

この日、「ペケーニャにパンをあげる大作戦」も
はじめて成功した。
なんてことはない。
ロルを大きな声で「マテ!」と制すればちゃんと待つのだった。
おいしいかいペケーニャ。
そうだろうそうだろうよ。これはうまく焼けたパンなのよ。

 

寝る前、
1つの決断をする。

「3日後の船で、ここを出よう」。

帰ってくるばあさんと入れ違う格好になるけど、船着場で会えるからちゃんとお礼を言える。
やっぱり農作業をやりたいから、別のファームに移ってみよう。

ここは、サンティアゴの宿で一緒だったカリーナの紹介だけど、
カリーナに会う前に私はファームステイのリサーチをしていて、
いくつかのファームに伺いのメールを出していた(正しくは勇輝が)。
その中でいい返事をしてくれていた、南のプエルトモン近くのファームに
行ってもいいかメールをするとすぐにいつでもウェルカムだと返事をもらった。
パタゴニアに行っている勇輝とも合流がしやすい。
よし、決まりだ。

決断は、現状がうまくいっているときにするのがよい。
とても前向きな、晴れ晴れした気持ちになった。

 

 

翌月曜。
やったぞ!晴れた!


馬!馬~!
朝から馬が頭のなかを颯爽と駆けてゆくのだった。

私には企みがあった。
昨日の夜、残ったチョリソーを細かく刻み、玉ねぎのみじん切りととうもろこしと一緒に
炒めておいたのは、この企みのため。
エンパナーダを作ろうと。

レシピはない。集会の日を思い出しながら作ってみた。
生地をこね、ワインの瓶で伸ばし、皿で切って・・・

でけた!たぶん生地にイーストを入れすぎたからだろう、
村の女性たちのよりぷっくら膨らんでしまったけど、味はなかなかよし。
じいさんも喜んで3つも4つもつまみ食いしてくれた。
エンパナーダを5つ包んで、いざ。
エランと馬のもとへ。
もちろんロルとペケーニャもついてくる。
昨日のとこへ行くと分かったのか、今日はペケーニャが先導してくれた。

 

途中、ものすごい音がして仰ぎ見たら、上空をヘリコプターが飛んでいった。
びっくりして心臓がドキドキした。
なにか、とても異質なものに思えて、我にかえる。
私は色んなものから離れて暮らしているんだなとしみじみ思った。

 

 

エランは馬2頭と待っていてくれた。

近くで見ると馬ってでかい。急に怖くなってきた。

近いアグアスカリエンテス(温泉)と、ちょっと遠いラグーナ(湖)、
どっちがいい?と聞かれ、なんとなくラグーナと答える。


手伝ってもらって馬の背中に乗っかると、
「OK、じゃ、行くよー」。
って、え??
私、初めてなんだけど・・・
こう、庭を一周して、とか、曲がり方講座とか、止め方講座とか・・・・
私が慌てふためいていると、「あ、そうか」とエラン。
たずなをこう、短めに持って、右に行きたいならこう引っ張る。
止まるときはぐっと引く、速く走るときはたずなの先についた紐で体をたたく。
ね。
ね、じゃないよーー!
行こう。大丈夫。


冷や汗をかきながら、山を登っていく。ときどき馬は嫌そうにジタバタしていう事をきかなくなる。
きっと私の体に変な力が入ってしまってるんだろう。
丘の上からは、私が10日過ごした世界がほんの小さな場所だったと知る、
雄大な景色が広がっていた。


はっ、よく考えてみたらこれはイケメンボーイ26歳との素敵なおデイト・・・。
むふふ。たまにはいいじゃない?夫よ、許せ。
エランの後ろにいるのは、牛さんと、牛柄の・・・あ、ペケーニャ!忘れてた!
ロルもペケーニャもしっかりくっついて来ていた。


ものすごいでかい牛さんたちの間をびくびくしながら通り、


森に入っていく。美しい森。白樺に木漏れ日。軽井沢もびっくり。


山をずっと登っていく。必死でついてくる犬たち。
きっと、「おや?遠いぞ?」とびっくりしてるに違いない。
「ラグーナまでどのくらい?」
「うーん、2時間くらいかな」
「えええーーーーー????!!!」
ロルはともかく、ペケーニャ、大丈夫か・・・。馬との足の長さ、違いすぎるけど・・・。


森の中をぐんぐん進む。藪、ぬかるみ、急な登り。
馬の体は熱くなり、心臓が速く動くのが伝わってきた。
馬ってすごい。すごい力。
だんだんと、たずなをぐっとやらなくても行きたい方向に馬が動くようになってきた。
馬を操る面白さと森の美しさ。時間はあっという間に過ぎた。


着いた。ラグーナ。深呼吸。美しかった。


エラン先生にエンパナーダを献上。犬たちも、お疲れ様。
2人と2匹で少し水遊び。超冷たい水。ペケーニャが嫌がるのが面白くてゲラゲラ笑った。
もと来た道(といっても道なき道)を戻る。
ずいぶん上手くなったと褒められ、帰りは私が先に行くことになった。


途中村人に会った。


深い森。大きな木。


コケとササが本当に美しかった。

大きく開けた丘の麓まで来たとき。
エランが悪戯っぽい顔で笑いながら走って追い抜いて行った。
「あっ!そうくるか?よおし!」と私も馬をたたく。
馬は待ってました!とばかりに速度を上げ、放り出されそうになるほと大きく上下に揺れた。
まだ「駆け足」くらいなんだけど怖くて、でも必死にしがみついていると
馬はイケると判断したのか、エランの馬に追いつこうとしたのか、「走り」に入った。

それは、実際はほんの数十秒だったのかもしれない。
でも、あの感覚を今でも忘れられない。

上下の揺れがほとんどなくなって、
ものすごい、目をつぶりそうになるほどものすごい速さが出た。
エランの帽子が後ろにふっとんだ。
あっという間、というか一瞬で丘のはずれまで来てしまったので減速せざるを得なかったけど
私は興奮が収まらなかった。これかあ、これが馬に乗るってことかあ!
馬と一緒に、ほんの一瞬、風になったようなあの感覚をずっと思い出して震えていた。
かっこいい。猛烈に馬ってかっこいい!!!!

くぅーーーーーー!!!!!


エランが撮ってくれた私。
いつもの岸が眼下に見えている。もうすぐ到着。


家につく。本当にお疲れ様でした。ありがとう。 鞍をはずして休ませる。
よく見たらすごい体。筋肉。わあー。やっぱかっこいいわあーー。
(なんかここだけ読むと相当アブない女・・。)


かゆかったのか、凝ったのか、体をごろごろさせて嬉しそうな馬さんの様子。
でかいのに、可愛い動き・・・。

ああ、本当に行ってよかった。お願いしてよかった。

水のシャワーをるんるんで浴びて、
夕飯作りだ。


今の嫁は調子づいている。どんな玉も打てる感じ。
夕飯は愛情たっぷりポテトサラダと、トマトと鶏肉のぐだぐだパスタ。
おっしゃ、じいさん完食っ!!!
ばっちこーい!


少しずつ進めてきた編み物。じいさんと私の合作の編み棒は絶妙の質感。
マフラーにしようか迷ったけど、夜寒いので腹巻にしよう。

 

 
翌日。
明日の船で私はここを出る。
あと1日半だ。

気になっていたシャワールームを徹底的に掃除して
よし、と一息。
スペイン語を調べながら、エランにお礼の手紙を書いた。

シーズン中はトレッキングのガイドや乗馬の先生として働いているというエラン。
つまりプロの方に馬を習い4時間のツアーガイドもお願いしたわけだからと
昨日お礼を渡そうとしたんだけど受け取ってくれなかった。
だから手紙と、私が持っていた唯一の素敵な民芸品、
きれいな色の扇子(ハルちゃんにもらった餞別。ありがとうね)をプレゼントすることにした。
家を訪ねるとエランは居て、手紙とプレゼントを喜んでくれた。
ママのネリもすごく感激してくれた。

ネリ手作りのシウエラ(すもも?プラム?)のジャムを買わせていただいた。
シウエラのジャムは、ここに来てばあさんのを食べてすっかり惚れてしまったもの。


エラン、ネリ、ありがとう。忘れません。


昼下がりに焼いたパンは、少し黒くなったけど、カリっともちもち。上出来だった。


さっそく焼きたてを食べるじいさん。じっと見ているペケーニョ。


それから二人でサッカー観戦。じいさんが楽しみにしていた、コパ・アメリカのチリVSコロンビア。
開始前、ピッチで黙祷が始まって、何かと思ったら、日本のために捧げるものだった。
ものすごい歓声でいっぱいだった場内がピタリと静まった1分間。
感動してびっくりして泣きそうになってしまった。

試合は、なんと2-0でチリが勝った。じいさんは嬉しそうにずっとしゃべっていた。
二人で勝利のワインを飲んだ。

夕飯は、でかいチャンチョー(豚肉)を煮た。
切りやすい部分を煮込みにして夕飯に、骨まわりの肉を細かく刻んで
またエンパナーダの具を作った。
明日帰って来るばあさんのおやつに。
きっと喜んでくれるはずだ。

 
最後の朝。
荷物を詰め、使わせていただいた部屋を片付け、
家じゅうを掃除した。特にトイレを念入りに。

昼前、エンパナーダを作っていると、
ばあさんから電話があった。
戻りが今日の船ではなく金曜になったと。

残念。

ばあさんにお礼の手紙を書いた。

ウッドデッキに出ると、嬉しそうに寄ってくるロル。
私の隣に座る猫。
今日でね、お別れなんだよ。
わかんないか。

元気でね。好きだよ。

 

湖のほとりの村での13日間。
山、雲、大きな木、可愛いあひるたち、元気な豚たち、静かな牛たち、
臆病な羊たち、もっと臆病なリャマ、のびのびした鳥たち。
嬉しそうなロル、恥ずかしそうなペケーニャ、甘えん坊の猫、
ストーブからの煙と、薪を割る音、夕焼け、星。
静かなところだった。
とても静かなところだった。と、後できっと思うのだろう。

 

1時45分。
船は3時半だから・・ということでのんびりしていると、
じいさんが急に大きな声を出した。
「なにやってるんだ、早く行け!急げ急げ!」
え?船は3時半って言ってたよね?
「船を降りてバスに乗るのが3時半だ。船がここを出るのは2時!
走れ走れ!」
ええええーーー!!!ぎゃーーー!!!!
荷物をまとめてしょって、半泣きで家を飛び出す。
じゃあねーーーーーー

船は私が乗るつもりなんて知らないはず。
時間が来たら行ってしまう。
でも走れば間に合う。間に合って!

20kg近いバックパックを背負って山を駆け下りる私。
その形相はかなり恐ろしいものだったと思う。
赤子が居たらナマハゲが来たと泣くかもしれないほどの。

ロルが嬉しそうに走りながら体当たりしてくる。
違うの!遊んでるんじゃないの!
お別れなのよ!

丘の上から船が見えた。
おーい!おーい!と叫んで、叫びながら転がるようにして丘を下る。

よかった!間に合った!!!

 


私が船に乗ると、状況が分かったらしく、2匹がピタリと止まる。乗ってこない。
よし偉いぞ、と思うと同時に愛しくて切なくなった。


船が出る。すると2匹はとことこ岸を並んで歩き出した。
私はそれを見て、泣くのを堪えていた。


ありがとう。

小雨まじりの変な天気だったけど、私は甲板に立って景色を眺めながら、
じいさんにきちんとお礼とハグができなかったことをひたすら後悔していた。

船は勢いよく進んでいく。

シーズンはずれと天気の悪さで農作業は手伝えなかったけど、
身体じゅうに痒い湿疹ができたけど、
私がここで時間をかけて学ばせてもらったものがきっとある。
それは生活の仕方とリズム、だったのかもしれないな、と思う。

薪を割ること、火をたくこと、やかんに湯を沸かしておくこと、
長靴を履くこと、馬に乗ること、日が沈んだらワインを飲んで眠ること。
少しずつ、自分の中に染み込んでいった何か。
少しずつ、その土地に自分を合わせていった感触。
それはつまり何を意味するのか、
うまく頭の中でまとまらないけれど。

とにかく、
本当にありがとう。

 


船を降り、待っていたバスに乗り込む。オソルノ行きのバスは、私ひとりだった。


時々動物を避けながら、バスはオソルノへ。

ターミナルに着いたら、宿探し。
幸い近くにすぐ見つかり、熱いシャワーを浴びて1泊した。

 


翌朝、プエルトモン行きのバスに乗る。
窓口の人もコーヒー売りの人も、皆親切にしてくれた。

2時間半で南チリの街プエルトモンへ。
確かファームがあるメトリという所まではバスで40分。
ターミナルで「メトリ、メトリ」と言っていると皆があっちだと案内してくれた。
言われたミニバスに乗り込むと、すぐに発車した。

うまくいったぞ。
ほっとして、それから気がついた。
やばい。

ファームからもらったメールの、行き方の部分をメモに書き写していたのだけど、
肝心の、ネットで翻訳した方の文章を写すのを忘れていた。
慌てて辞書で単語を調べる。が、どうもよく分からない。着ける気がしない。
こういう類のことは今まで全部勇輝任せだったのだ。
おうおう、これが一人旅の不安と醍醐味かよ。(いや、お前が忘れただけだろが)

とにかく、メトリとやらで降りてみるしかない。
うーむ。
うまく着けるのか、なにが待ってるのか、やっていけるのか。
今さらだけど、大丈夫だろうか・・・。

でもこのファームはたくさんのボランティアを受け入れている所。
きっと、仕事もいっぱいある。きっと、人もいっぱいいて楽しい。
言い聞かせるようにして、無理に鼻歌を歌ってみる私。
曲はサザンの「希望の轍」。
そうだ。これは私の冒険なのだ。
バスはぐんぐん山へと進んだ。

 

続く

(MIWA)

farmstay2. 私は農業がしたいのです

2011 年 4 月 25 日 月曜日

待ちに待った水曜日。
今日はばあさんが街から帰って来る。

8時半に起きて身支度をし下におりる。
家の中なんだけど息が白い。
日はそろそろ出る頃だけど山に囲まれたここは日の出が遅い。
じいさんはまだ起きていない。真っ暗な中ストーブに火を入れようとするんだけど
薪は太く、紙を使っても全然火がつかない。
じいさんが起きてきて、あっという間にストーブに火が入った。
さすがキャリアが違う、というんじゃなく、ガソリンをぶっかけていた。

コーヒーを飲み、家の中を再度くまなく掃除。
ばあさんが気持ちいいように。

日が出てきたら
落ち葉でいっぱいだったウッドデッキを
猫と犬に邪魔されながら掃除して、

農作業用に私が買った、アディダスという刺繍入りのジャージズボンを繕った。
さすが安物、もう股の部分に穴が開いてしまったのだ。
よく見たらすべての縫い目がゆるんでいる。ズボンのほぼ全体を縫い直した。
農作業なんて1つもやってないのにね。
困ったものだ。

 

そんなことをやっているうちに、
居間に置いてあるトランシーバーがせわしなく鳴るようになった。
村では一家に一台のトランシーバーがあり、それで連絡を取り合っているのだ。
よく分からないけど、もうすぐ船が着くのかな。
じいさんがうきうきした様子になったな、と思ったら
ばあさんが帰ってきた。

毛糸を山ほど抱えて。
「一緒に編み物しよう」。
農業と関係ないけど、でもすごく嬉しかった。

夕飯の支度に炊いたごはんが
あまりにふっくら炊けたので、
おやつに「ふじっ子」のおにぎりを作った。


海苔は臭いらしく、はずす羽目になったが、すごく美味しいと喜んで食べてくれた。
じいさんはダメみたいだった。
「トロはごはんが好きじゃないの。好きなのはジャガイモと肉よ」


3人で夕食。
ばあさんの作った牛肉とイモととうもろこしのスープが
本当に美味しかった。
嬉しそうにたっぷり食べるじいさん。
よかった。ごめんね。

食後にばあさんが、朝のためのパンを焼き始めた。
まだ残っていたカチカチのパンを見せると、
ケラケラ笑い、「火がポイントなのよ。強くても弱くてもだめなのよ」と。
もう一度作るところを見て、生地をこねさせてもらって、手で感触を覚える。
「イーストが生きてる」
そう思った。火の入れ加減も注意深く観察した。


庭で摘んだクランベリーと泡立てた卵白と大量の砂糖を容器に入れて冷凍させた
奇麗な色のデザートを、ばあさんと並んで食べるほくほくした表情のじいさん。
久しぶりに温かいシャワーを浴びて、
身体の湿疹を見せて可哀想にとさすってもらっただけで
すごく幸せな気持ちになった私。

今夜はじいさんも私もめいっぱい
ばあさんに甘えているのだった。



安心した心持ちで寝て、翌日。
仕事!仕事がしたい!と飛び跳ねる私に、
ばあさんが渡したのは、ぞうきん2枚。
「窓拭き。家じゅうぜーんぶお願いね」
「・・・・・・・・。
お、おう、望むところよっ!」

ぞうきんは水拭き用と乾拭き用。
でかい洗面器をひっぱりだして洗剤をやかんの湯と水で薄める。
やぶれかぶれ、もとい、気合充分で取りかかった。

そしたらこれがものすごく大変で、
「何枚あるんじゃー!」と叫びそうになるほど多く
木材にクギで止めてあるガラスを拭くから指を何度もクギにぶつけて
水仕事のガサガサと血だらけとで手がひどいことになった。
50枚近くあるガラスとの格闘が終わる頃には、日が傾きかけていた。


夕食後、最近の自分の日課をしに外へ。
日課というか、チャレンジだ。
それは、「ペケーニャにパンをあげる」こと。

窓の外へ残飯を捨てると、いつもすぐに大きなロルが食べてしまう。
というより、ロルは夕飯を作るときと食べ終わったとき、窓の外で張っているのだ。

(すごいオーラを出して待っているロル氏の様子)
ちびのペケーニャが食べようと来てもすごい剣幕で追い払う。
だから私はペケーニャにパンをあげたくて、こっそりペケーニャを呼ぶんだけど
どうしてもロルが嗅ぎつけてやってくる。そしてその速さと迫力に負けてしまうのだ。
今日もペケーニャにはパンをあげられなかった。
ものすんごい数の星の下、ペケーニャの目はうるんで見えた。


翌日。雨と風。寒い。
ばあさんに誘われた。
「昼から集会所で、月に1度のミサがあるの。
牧師さんが船に乗っていらっしゃるのよ」。
ミサ?クリスチャンの?っていうか、あの集会所、教会にもなるの?
なんだか興味がわいたので見に行くことにした。
イメージしたのは、信心深い村の人々が集まり、厳かなムードで執り行なわれるもの。
っていうか、農業は一体いつ・・・?
なんてことは言えず、ついていくことにした。

冷たい風もなんのその。ふたりで口笛を吹きながら。


集会所に村人が集まってくる。
出た馬! お嬢ちゃん、それマイ馬なの?!やるなあーー!


さすが田舎時間。なかなか、なかなか始まらない。


始まったミサ。牧師さまジーンズにジャンパー。


机がらヒジが落ちそうになる程ほのぼのした、ミサ。
村の人々の状況、農作物や動物の状況、子供たちの心配ごと、各自の悩みなどを
牧師さんに話しアドバイスをもらう場のようだった。
このあと牧師さんが短い物語を読んで、皆でお祈りして、終了。
なんか、よく分からないけど、よかった。


夕方。
編み物をしたいけど棒かないので、庭から何本か良さそうな木の枝を拾ってきて
じいさんに見せた。「これじゃだめだ」みたいなことを言ってじいさんは
私の厳選特選の枝たちをストーブの火に放り込んでしまった。
戸惑う嫁。

夕飯は、ばあさん特製グズグズパスタに、サバ缶詰のハンバーグに、茹でたチョクロ。
なんともじいさんご満悦メニュー。

ペケーニャにパンをあげる作戦はまた失敗した。

翌朝。
じいさんがポロリと私に放り投げた、のは
荒く削った赤木の棒2本。
「編み棒ね!
ありがとーーーう!!!」
抱きつきそうになる私に背を向け、頭をかきながら去るじいさん。
シャイなあんちくしょう。
作業小屋から紙やすりを見つけてきて、時間をかけて磨く。
どんどん艶が出てきた。

昼どき、オソルノからお客様が来た。

じいさんは珍しくニコニコしてよくしゃべった。ワインをあけて、ご馳走を食べた。

よく笑う可愛いご夫婦。

皆で農場へ行って、何やら羊を追い始めた。

どうやら、このおじさんに羊を1頭あげることにしたようだ。
どうやるんだろ・・・・

う、うそでしょ? マンガかよ!?
おじさん、縄をぐるんぐるん。

必死で逃げる羊の皆さん。そりゃそうでしょう。
なかなか捕まらない。
おじさんは超真剣なのに、私は爆笑が抑えきれない。


よおーーし、おとなしくしろおー。 せいっ!

ごらあー。 ギャーー(バタバタ) キエーー!!!

ハァ、ハァ、このおじさんしつこい・・・
関係ないのに逃げ惑う、逃げ損のリャマさん。

結局、縄を放り出し素手で捕まえたおじさん。「観念しろっ!」 
本当に本当に、ああ、ドリフの5倍面白かった。ひい、ひい。
難を逃れた羊の皆さんはお家へ帰る。
「あいつだったね・・」「いい奴だったんだけどね」「俺は前から嫌いだったよ実は」
なんて話しているんだろうか。もう忘れているんだろうか。


「どや!」という表情のおじさん。何を考えているのか不明な羊さん。


皆で浜へ下りる。
羊さんが抵抗して止まったりダッシュしたりですごく時間がかかった。

船に乗せる。哀れ羊さん。
手伝っているのはカリーナの弟エランとパパ。

めっちゃくちゃ重いよう。 はあ、もうやめて面白すぎるからー。

バイバイ。おじさん、おばさん。
船を出すのはエランだって。ほえーー
馬に乗ってボートも操れる26歳男子。東京にはまず居ない。まじ萌える。男子力。


おや?

船が出るとき、なぜかうちのばあさんも乗り込んだ。
ん?
「私もオソルノ行ってくるわ」
「息子さんの・・家に?」
「そうよ」
「行ったばっかじゃん!」

「ほらこの二人のお手伝いもあるしね。ま、適当にやってよ。あははは!」

そりゃないぜばあさん。。。。。
こんなに好きなのに。。。。。


1人で家まで歩いて帰る。
スペイン語ができないので、細かいことが分からなくて歯がゆい。
どうして?ばあさん・・?
そんなに孫に会いたいのだろうか?
いや、私にじいさんを預けて羽を伸ばす魂胆・・?
も、もしやオソルノに愛人が・・・?

あはは。
くだらない邪推を風にとばす。

ここに来て明日で10日。
素晴らしい自然。興味深い生活ぶり。あたたかい人々。

でも、
私は農業がしたいのです。
それで来たのです。
なのにやっているのは家事ばっかりだ。
確かに農業のベストシーズンじゃない。雨も多い。
でも・・。

闘い方を教えて欲しいのにワックスがけしか教えてもらえない、
ベストキッドですかこれは。


「Don’t think, Feel .」
今度はリーの声が聞こえた。

 

不思議と、気持ちが落ち着いてきた。
やれることをやる。
自分でエンジンかける。

 

ふう。
とりあえず、
じいさんの夕飯の支度すっか。


 

続く

farmstay1. 豚とエンパナーダと敗北感

2011 年 4 月 24 日 日曜日

いよいよ始まった、南チリ、ルパンコ湖畔でのファームステイ。

夏のメインシーズンには観光客が来るらしく、ゲスト用の家が2軒あるんだけど
今は他に客がおらず、私に用意されたのは彼らの家の二階の一室。
独立してオソルノの街に住んでいるという息子の部屋だったらしい。
なんだか、この家の子供になったみたいだな。いや、ちょと違うな、
さしずめ息子の嫁、ってとこだろうか。


木造のあたたかな雰囲気の部屋で幸せな気分で眠った、はよいのだが
起きたら身体じゅうにかゆみを伴う湿疹が。
ダニ?ノミ? なんだか申し訳なくて彼ら夫婦には言い出せず(日本人っぽい)、
とりあえず床を掃き水拭きし、ベッドにも掃除機をかけて、念のため虫よけシーツを敷く。
今夜からきっと大丈夫。
だといいな・・・。


早速ファームのお手伝い!
を申し出ると、
「薪を薪小屋に移動しよう」、とのこと。

すると立派な牛さん2頭が登場。


牛の名前を聞くと、「ナチョ」。
もう1頭は?
「ナチョ」。

好きですよそのシュールさ。


じいさんは敷地の片付け。そうか、今は秋。冬支度に入っているのね。


薪を積み上げてある所から、牛車の荷台に積めるだけ積んで、薪小屋に移動し、
薪を移す(というか放り投げる)。単純なんだけど超重労働。ばあさん1人じゃこりゃ大変だ。
果てしなく何度も繰り返す。ナチョ×2を上手に操るばあさん。こればバックさせているところ。


へろへろで休んでいると、「豚にえさをあげよう」と。
ハイ喜んでー!

取り出したのが、長い枝。
りんごの木を叩いて実をぼとぼと落とす。


以上、えさやり、終了。
猛ダッシュで、もとい、猪突猛進で豚がやってくる。


ものすごい迫力で競い合いりんごを喰らう豚の皆さん。
上品ではない。いや、すいぶん酷い。映画「千と千尋~」の冒頭シーンを思い出していた。


お仕事を終えたナチョ(どっちか知らないけど)がその様子をじっと見ていた。
やっぱそう思う?エレガントじゃないって思う?
今日はお疲れさまでした。



この日はとっても美しい空。
「散歩しておいで。裏山の頂上まで行ってみるといいよ」
ハイ喜んでー。
とは言ったものの、ふもとを少し歩いたとこで足が止まる。
「また今度にしよう」。
怖い、わけじゃないし、面倒くさい、ともちょと違う。
なんなんだろう、分からないけど、
1つ分かったことは、
そっか私のエンジンは勇輝だったんだな、ということ。
私はハンドルを握ってればよくて、勇輝がぐんぐん進んで連れて行ってくれていたのだと。
エンジンがないと進めない。
急に寂しくなった。
この1人の期間は、私にとって、
自分のエンジンをふかしてみるという
訓練の場なのかもしれない、とちょっと思った。
誰もいない山の中、深呼吸ともため息ともつかない呼吸をした。


たんぽぽがいっぱい咲いていたので、子供の頃を思い出し王冠を作ってみる。
でもすごく隙間が開いて、しかも途中でやめてしまったのは、子供の頃と違って
花が可哀想と思ってしまったからだ。私は現代の東京で大人になってしまった人間なのだ。


夕方、ばあさんが台所で何か始めた。
「パンを作る」という。

なんだかアッサリ単純な感じで


あっという間にパンは完成した。


私の記憶では、パン作りってこう、一次二次発酵があって・・
もっと複雑なものと思ってたんだけど。
甘い香りが家じゅうに広がる。


お手伝いします、という間もなく
お夕飯も出来上がっていた。

ストーブの上に鍋を置き、冷凍だけの別冷蔵庫に山のように入った肉を1つ
放り込み、まな板を使わず手の中で野菜を削りながら投入し、いくつかのスパイスを入れて
放っておいたら出来上がり。

焼きたてのパンと少しのぶどう酒と一緒にいただく。
これがものすごい美味しかった。



トロミスじいさんとエディスばあさん。ばあさんはじいさんをトロと呼ぶ。
じいさんがばあさんをエディと呼ぶのは、入れ歯のせいでサ行がうまく発音できないからだ。
ばあさんは編み物。最初、なんと優雅な素敵なご趣味、と思ったけど、
後に、これも冬支度としてとても自然で大切な家事のひとつと知る。
二人が履いてるルームシューズも彼女の手編み。


二人が熱心に観ているのは、素人の歌のオーディション番組「factor X(ファクトルエキス)」。
factor(因子)X、未知なる金の卵発掘、ってとこだろうか。
審査員全員が「Si(YES)」と言えば合格なのだが、二人は歌を聴きながら勝手に
「Si」とか「No」とか画面に向かって審査していた。
その様子は愛らしく、私は 「NHKのど自慢」を観ながら勝手に「カーン」と
不合格の鐘を鳴らすうちの父母の姿と重ねていた。
後にこの番組を死ぬほど観ることになるとは、まだこの時知らなかった。


ちゅんちゅん。
日曜。
(身体の湿疹は治まるどころか悪化の一途)
今日は夕方から集落の寄り合いらしきものがあるらしい。
女性陣はエンパナーダを作って売るのだと。
面白そう!喜んでお手伝いすることにした。

今日はあいにくの天気。ここが集会所。


その一画に台所小屋があった。


鍋やら食材やらを抱え、エプロン姿の村の主婦たちが集合する。
写真前がうちのエディスばあさん。後ろがネリ。二人は旦那同士が兄弟、つまり義理の姉妹だ。
ネリは、サンティアゴの宿で一緒でここを紹介してくれたカリーナ、のお母さん。
ややこしいね。


エンパナーダの生地を作るネリ。アリナ(小麦粉)にレバドゥーラ(イースト)を少しと
サル(塩)少し、アセイテ(油)を入れて混ぜる。少しずつ単語を覚えていく。
ネリ手作りのエプロンがとても可愛い。


イーストが元気になるまで混ぜる。


サンドラおばさんが持ってきたのは、鍋いっぱいの具。炒めたひき肉と玉ねぎ。


生地を伸ばす。麺棒がないのでワインの瓶でゴロゴロ。ほほう!
伸ばした生地に具を並べ、閉じる。


それを皿のヘリを使って切っていく。ほほう!
専用の道具なんてない。それがなんと気持ちの良いことか!


次々に出来上がるエンパナーダ。


これがサンティアゴの宿で出会ったカリーナ。数日間の帰省だと。一緒にお手伝い。


エンパナーダを揚げるのも、薪のストーブ。
鍋が魔女の使うやつみたいで素敵。


ひとしきり揚げたら、皆でほぼ食べてしまった。あれ?いいの?
会の始まりは、4時のはず。今4時すぎ。
雨だから開始が遅れているという。カンポ(田舎)の時間はこんなもんよ。ふうーん。
ストーブと女たちとおしゃべりと。
嫌いじゃない、こういう空間。

それでも手持ち無沙汰で外をうろうろする。
少しづつ村の人々が集まりだした。
で、驚愕。


う、馬で?!
そう、車が使えないここでは馬が自家用車みたいなもの。
いや、でも。ハットとマントでって・・・ギャグかと思った。
どんだけかっこいいん!


まだまだ会は始まる気配がない。エディスとカリーナと、
足の悪いばあさんに薬とエンパナーダを届けることにした。


すごく嬉しそうだった、イルダばあさん。


その息子。もう酔っ払っている。
カウボーイみたいなギザギザのついたブーツ、本当に履いてる人初めて見た!


そのあと、一緒にカリーナのお家に遊びに行った。

遊びに来たのは近所の女の子、ロスィオ。


カリーナが、自分で編んだ帽子や靴下の数々を見せてくれた。
どれも可愛い!ロスィオと一緒に試着して遊ぶ。やっぱ編み物、村の女の常識なのね。


カリーナがロスィオに出したおやつは、ムーラ(ラズベリー?)の凍らせたやつ。
いいな、こういう自然なおやつ。


ロスィオを迎えに来たパパ、その名もナチョ。
彼はこの村で唯一、英語もフランス語も話せる。すがるように色んな表現を教えてもらう。



7時半、カリーナと共に集会所に戻ると、会は始まっていた。
キーボードで愉快な曲を演奏する人と、酒を飲む男たち。酒とエンパナーダを売る女たち。


私とカリーナを見つけると、男たちが大喜び。そういえば、若い(一応私も・・・)女が他に居ない。
踊ろう踊ろう!俺と!いや俺が先だ!
ちょちょちょーー!特に押しの強い二人に捕まる私たち。
(エディスばあさん撮影。何気にカメラに関心あり)


その後も「俺と!」の手が続くのだが、
素敵な彼氏のいるカリーナと、素敵かは謎だが旦那様のいる私、
当然酒臭い男たちと踊るのなんて嫌なわけで、必死に断わり続けていると
カリーナの母ネリが引き受けてくれた。優しいネリ。
微妙な笑顔のおにいさん。


これはカリーナと、弟のエラン。きゃわいい。

こうして村の夜は更けていくのであった。


翌日。晴れた。

ばあさんと一緒に、集会所の片付けに行く。


カリーナの家の犬。ロラ。
困ったような顔をしてる。


散歩して戻ると、じいさんとばあさんがゲスト用の家の敷地で、
植木を掘り起こしていた。

「オソルノの息子の家に植えるのよ」
ふうん。
え?!まさか?!

「うん、今日から私、オソルノに行くから。3日で帰るから。宜しくね」

はい。
って、ええええーーー!!!!!

まだ農業何も教わってないし、豚のえさやりしか分からないし、
そのつまり、じいさんにご飯作ったりすればいいんでしょか。

「適当に、気楽にやってよ」

ひえええええええーー。

私のスペイン語能力では、最大限の想像力と思い込みを駆使しても
ばあさんの話す言葉(簡単な単語を選んでゆっくり話してくれる)の理解度50%として
じいさんの話す言葉(早いし入れ歯のせいでよく聞き取れない)の理解度15%程度。

大丈夫かしら・・・・

そんな不安をよそに、ばあさんはルンルンでボートに乗って行ってしまった。

家に戻る。

とりあえず・・・ばあさんのやってたのを思い出しながら
パンを作ってみた。


イケるか・・?
でもなんか違う?ふくらんでこないな・・・・


そんなことやってる間に、じいさんが鍋に冷凍のポヨ(鶏肉)を放り込んでいた。
あ、今夜はこれが食べたい、ってことでしょうか・・・。
ワカリマシタ。


ストーブのオーブンに炭を並べて、焼いてみた。
少し膨らんできた。けど、結果は×。カチカチの仕上がり。
じいさんはチキンのトマト煮はうまいと食べてくれたけど、
添えた温泉卵は残し、
いつもいっぱい食べるパンは、1つしか食べてくれなかった。
嫁失格。
ああ無情。

とぼとぼと後片付け。
残った食べ物や鶏の骨は、台所の窓を開けて外に放り投げる。
犬、猫、豚が自然に食べに来て跡形もなくなる。
いいシステムだな。

台所を片付け終え、シャワーを浴びようとするが、
水しか出てこない。
じいさんに聞くと、どうもやり方が分からない様子。
(じいさんはあまり風呂に入らない模様)
心の中で強くばあさんの帰還を求めつつ、水で身体を拭いた。
さみい。

「寝ます。ありがとう。おやすみなさい」
「おうおう、おやすみ」
嫁と父の会話、以上終了。

ベッドをもう1つある方に替える。
夜になって降り出した雨と風の音がびゅうびゅう怖くてなかなか寝むれなかった。


翌日。
寒いけど勇気を出してベッドから出て、
東京でハルにもらった鮎の柄の手ぬぐいを取り出し、頭に被る。
深呼吸をして、
家じゅう全部の床を掃き、水拭きした。
台所もピカピカに磨いた。
2時間かかった。
昼にチャーハンを作る。
よかった、食べてくれた。

「裏山に登ってくるね」
「おう、それがいい。犬を連れていけ」

意をけっして、山を登りはじめる。
ぶるんとエンジンを一ふかし。

犬を連れていけという意味が分かった。大きなロル(オス)とチビのペケーニャ(メス)は
頼もしく、嬉しそうにリードしてくれた。


歌を歌いながら(なぜか美空ひばりの「リンゴ追分」)ゆっくり進む。


道は雨でぬかるみ、時折馬の大きなうんこが仕掛けられており
なかなかうまく進めない。ロルが林の中を通って迂回するのに付いていく。
そろそろ頂上、かなー、ってとこで
ひときわ大きなぬかるみがあって、横からトゲだらけの木が出ていた。
これは危ないと避けながらジャンプしたらトゲが引っかかって
左足がぬかるみに思い切りズボリ。
あわててもがいたらトゲがグサリと指にささって
あ!とよろけたら右足もズボリ。

戦意喪失。
登山終了。
踵を返す。

きょとんとする犬たちを尻目に、もう泥おかまいなしに小走りで下山した。
犬たちがスキップしながらじゃれついてくる。
違うんだってば。遊んでるんじゃないの、
これは敗北の小走りなの!

嬉々とする犬たちと一緒に、素晴らしいふもとの景色を眺める。
硬いパンを一緒に食べる。
頂上で食べようと思ったんだけどね。
また頑張るよ。


小川で靴と足を洗って干して、
ピンセットでぶっといトゲを抜いた。

じいさんは買ったばかりらしいビデオカメラを練習していた。

ありえないシュールさ。


さあ、
パン作りリベンジだ。
加える水の温度をあったかくしてみる。
じいさんの好きなチョクロ(とうもろこし)も入れてみた。

・・・・・・・。
だめだった。
また失敗。カッチカチやぞ。

「カーン」
頭の中で鳴り響く、不合格の鐘。


突然「バチ!」と言って
じいさんが観ていた「ファクトルエキス」のテレビが切れた。
ブレーカー?と思ったけど、どうも村中の停電らしい。


日が暮れていく。

急いでパスタを仕上げた。
ばあさんの作るパスタはかなりグズグズにゆるいものだったので
アルデンテのもうちょっと柔らかい感じで・・・
きっとこの方が美味しいと思ってくれるはず。
上手にできた。

ろうそくの火を頼りにいただく夕飯。
でもまたしても嫁失格。
チョクロを入れたパンは1つも食べてもらえず、
パスタはやっぱりグズグズ仕立てのほうがよかったみたいだ。


ふう。
まったくいいトコ無しだった嫁としての2日間。
東京代表、専業主婦、ここに散る。


明日の夕方にはばあさんが帰ってくる。
どうかどうか、早く帰ってきて。
じいさんもそう思ってるに違いない。

徒労に終わったベッドのチェンジを元にもどし、
苦肉の策としてベッドの中に寝袋を入れて寝た。
もうダニでもノミでもなんでも来やがれい。


寒くて、コップに1杯赤ワインを飲んで、
足をこすりあわせながら目をつぶった。

すごく静かな夜だった。

 


続く

(MIWA)

そ・の・こ・ろ・・・。 ~フィーフィー おとぎの国へ~

2011 年 4 月 20 日 水曜日

はいどうも。
こちら美和です。

えっ?
心配してたって?
投稿を待ってたって?
早く読みたかったって?
え?てゆうか、好き?

ちょちょ、待ってくれよい。
いやあー、参ったなあ。
と勝手に盛り上ったところで、私からの報告はじめます。


私めは、農家に泊まりたい!農業を学びたい!ってことで、
2~3週間の予定で、単身、ファームステイに行って参りました。


勇輝にシュールに見送られる、チリは首都サンティアゴのバスターミナル。
シュールなはずです。私このとき、謎の号泣。
この旅始まって初の別行動。さばさばと支度したまでは良かったんだけど
バスに乗るときになって急に心細くなって「え?ほんとに?」みたいに怖くなって。
あはは。バカみたい。でもバスは出発してしまうのでした。
さらば夫よ。しばしの別れ。


心を無にして寝て、日が昇った。バスからの眺め。


当たり前だがバスは無事到着。南のプエルトモンよりちょっと北、オソルノ。


ドキドキしながら、重いバックパックによちよちしながら、一人でランチ。
もそもそ味の無いサンドイッチを食べる。孤独。


ミニバスに乗り、ルパンコ湖のフェリー乗り場まで。


美しい景色を見ても、すんごく大きな木を見ても、一人。
ああ、勇輝は大きな木が好きだったなー。


フェリーは、バスの到着を待っててくれた。これに乗って、目指すは湖の一番奥の集落。


思えば遠くに来たーもんだー
鼻歌を歌いながらも、若干泣きそうな俺。
こんなとこ来ちゃって、ほんとに大丈夫なんだろうか。
私ったら、全然勇敢じゃなかった。


でも深呼吸して、よく見たらすごい大自然。


よく見たら、超シュールな乗客。
一人一人に、「日本からキマシタ。MIWAとイイマス」と自己紹介。


今日は誕生会なの。ってどんだけほのぼの・・・


少しずつ、集落で人を降ろしていく。


「次で降りるのさ」、とヤギさん。
お疲れ様です。


正味40分、最終ポイント着。まさかの牛車がお出迎え。
(鉄パイプを運ぶためだったよう)


岸からの景色。美しい。という感嘆よりも、やばいこんなとこ来てもうた。って途方に暮れた。




10分ほど山道を上がって、着いた。
ここがお世話になるファーム。緑の扉が入り口。
でもここまで歩いて来た土地も全部そう、ってどんだけ広いん!


薪小屋に、あひる小屋に、鶏小屋、豚小屋、牛小屋、羊小屋・・・・・・・わああああああ


生き生きした野菜たち。


紫陽花や


ブルーベリーの花。




花、実、すべてが嘘みたいに生き生きと息吹を持って生きていて、
1つ1つ、手で触れて確かめた。




サンティアゴとは、いや、今までの世界のどことも違う空気が流れている。
ここは現実世界なんだろうか。
一人という不安も相まってか、どこか不思議な場所に迷いこんでしまった、
そんな感覚になって、ぽわーーとしていた私だった。


さて、
ここから始まる物語、
主人公は、


じいさんと、


ばあさんと


木でできたおうちと


2匹の犬と2匹の猫と、


ストーブと、


採れたての卵です。

果たして、私はやってけるのでしょうか。




サンティアゴにはオバマさんが来たようです。
あのまま居たら会えたのかな・・・


いけない。
振り返ってちゃダメだ。
集中しよう。
今日からここが、私の居場所なんだ。


続く

(MIWA)