ビデオへの反響、ありがとうございます。

状況は深刻でメッセージとかそんな甘いもんじゃないかもしれない。
「がんばれ!」は適切なメッセージなのだろうか?
募金箱を置いて一緒に募金をお願いすべきだったのでは?

未だに自分でも分からないし、
もやもやしている所もあります。
でも、親身になってくれたチリの人々の姿は本当に心を打つものでした。
これだけは伝えたいです。

どうしてビデオをつくることになったか、
現場はどうだったのか、書いてみたいと思います。

*

チリ時間3月11日、AM10時(時差マイナス12時間→日本は同日PM10時)。
部屋から出てTVを見るとLIVEで震災のニュースが報道されており
繰り返しでNHKロゴのついた津波の映像が流れていた。

まったく実感は無いけれど、
とにかく大変な事が起きている事だけが認識された。
パソコンを開きネットで情報収集、
家族の無事を確認して、僕らは町へ出た。

どうしていいか分からなかったし、
事態の深刻さを実感させるTVから逃れたかったのかも知れない。

美和とは地震のことを全く話さなかったけど、
町では多くの人に話しかけられた。
「ハポン?テレモート!ファミリア?」
日本。地震。家族。単語だけピックアップできた。
「そうなんだ、でも僕らの家族は無事だった」
そう言うとみんな安心してよかったな、と言って去っていく。

暫くして魚が食べられるという中央市場についた。

 


食べる処を探す途中も何人にも話しかけられたが、
うち1人が英語でこう言った。
「We know how it is because it happened last year in Chile」
そうか、やっと分かった。
チリも昨年大地震の被害にあっていたんだ、すっかり忘れていた。

レストランを決めて席に着く。
近くのTVからはやっぱり日本の状況が中継されていた。
美和と初めて地震について話をしたが、
空気のような、ふわっとした内容だった。

その後食材の買出しなどを経て、宿に戻り、
再びコンピューターに向かう。

ustreamのNHKとtwitterに5-6時間釘付けになった。
炎に包まれた気仙沼の町、波に飲み込まれ流される車、家、町、
支援の状況、凄まじい勢いで交換される情報、何かしようと模索する人々、、、。
どうしよう。
怒りだか悲しみだか不安だか感動だか分からない、
でも朝とは異なり、はっきりとした感覚になった。
こんな感覚は初めてで、いてもたってもいられなくなった。

僕は、今日本に起きている大きな流れのようなものを感じていた。
みんな不安と悲しみを抱えながらも、
真剣に、被災者のため日本の未来のために、
何か出来ないかと悩み、できる限りの支援をやっている。
とてもポジティブで力強い、大きな流れだ。

昼間話しかけてくれたチリの人たちの顔と
この思いがつながるまでに時間はかからなかった。
彼らなら心からのメッセージをくれるだろう。
そして何より元気に立ち直っている。
この大きな流れに乗って日本にパワーを送れるかもしれない。
そう思った。

寝ていた美和を起こし話をする。
美和は折鶴のアイディアをくれた。
翌日は土曜日。
正しいかは分からないけれど、とにかくこの土日、やってみようと決意した。

*

3月12日、土曜日。
ポップやチラシ作成、材料の買出しなど、準備を進める。


(右上のもので、今日本がひとつになり、みんなで助け合っている事を伝えた。)

宿のマネージャーのスコットは現地の人に応援を依頼してくれた。
宿泊客のカリーナはポップ用コピーのスペイン語訳を手伝ってくれた。
日本からの宿泊客、高橋さんとゆみさんが一緒に広場に立ってくれる事になった。
このショッキングなニュースに、
遠く離れた所でも、みんな何かできないか、と思っている。

準備を終え広場で撮影を開始したのが午後3時。
現場ではずいぶん苦戦した。
主旨を説明し、折り紙を折ってもらい、ビデオと写真を撮る。
思ったより時間はかかるし説明における言葉の壁は大きく
フローが効率的にまわらない。


(折り紙を折るグループは2-3人から多くても5人程度。)

それでも夜9時までで約150羽ができあがり(人数は120人くらい)、
1グループの人数が少なかった分、1人1人から丁寧にメッセージをもらえた。
拳を握ってエールをくれた人、目に涙を浮かべて祈ってくれた人、
ボランティアで途中から先生に加わってくれた人、、、
心から日本を想ってくれていると伝わってきた。

*

3月13日、日曜日。
昨日の教訓を経てポップを修正。

今日はスコットの友人のラケルが一緒に広場に来てくれる事に。
また、チラシを配りながら広場に向かう途中に出会ったフアン。
彼は折紙とメッセージどころかボランティアとして助けたいと言ってくれた。


学校の先生のラケル。


通りがかりからフルボランティアになってくれたフアン(右端)

午後2時。同じ広場の、もっと良いとアドバイスされた場所で活動開始。
ラケルとフアンという2人の現地人のおかげで
スムーズにフローが流れ、より多くの人が来てくれた。

昨日ボランティアしてくれた人たちもまた来てくれた。
新たに何人か現地人ボランティアも増え、現地に住む日本人の方も手伝ってくれた。
今日宿に着いたばかりの旅行者、みぽりんとPさんも来てくれた。


(人だかりは絶えなかった。終わった人は主旨を周りの見物客に説明してくれるなど協力してくれた。)

午後6時。用意していた折紙が全て無くなり、活動終了。
昨日より少ない時間で、2倍の300以上の鶴が折りあがった。

宿に戻り、鶴の最終カウントと微修正&紐通し、
それにビデオ素材のセレクトや通訳作業を進める。
通訳はカリーナの彼のアレキシスがやってくれた。
ビデオの編集は昨晩メールしたら二つ返事でOKをくれた
福岡の向克明さんがやってくれることになった。

*

ビデオは、僕ら2人だけじゃなくて、
多くの人の想いが集まって、できあがったものです。

最初は小さな力も、少しずつ大きくなっていく。
日本では大きなポジティブな流れが起きていると書いたけど、
チリにも小さいけれど、ビデオでしかないけれど、ポジティブな流れが生まれた。

だから、想うこと、祈ること、できる事をすること、
止めちゃいけないと思う。
前を向いた小さな力は、同じ方向を向く他の力と一緒になり、
それは流れとなり、大きな力を生む事ができるかもしれない。

集まったメッセージ。

「Fuerza Japon!」
(頑張れ、と訳したけれど、fuerzaは力、パワーと言う言葉。
日本にパワーを送ります、というニュアンスかもしれない。)
「Chile esta con tigo」
(チリis with you。チリは日本と共にいます。)
「心からのサポート、愛、平和への願い、希望、信じる心を送ります。」
「チリは昨年の震災を結束、忍耐、愛、国一丸の努力、祈りで乗り越えました。」

復興は長い道のり。
とにかく今は、元気に前を向いていくのが一番だと思っています。
僕らは、前を向いて旅を続け、
元気な日本を人々に伝えていきたいと思います。