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砂漠の民に魅せられて

2010 年 12 月 25 日 土曜日

タガズートから15時間を越えるバスの旅を経て、
砂漠の街、マハミドに着いたのは夜10時をまわっていた。
アルジェリア国境まで数kmのここは「道の終わる街」、
マラケシュやカサブランカから続く長い長い国道は
ここでサハラ砂漠に飲み込まれる。

迎えに来ていたターバン姿の男性マクジョウブに連れられ
そのまま砂漠へ入っていく。

今夜はベースキャンプのテントで過ごし、
明日からは4日間のキャラバンに出発する。

1日何時間くらい歩くのだろう?
テントに向かう途中マクジョウブに聞いてみた。

「YUKI、ここはサハラです。砂漠に時間はありません。」

なんとも野暮な事を聞いてしまった。
ここまできて何をうだうだ頭で考えてるんだ。
全てを流れに任せよう、何がおきても受け止めるしかないじゃないか。

偉大な国、モロッコ。
この国は砂漠無しでは語れない。
ノマドと過ごした4日間の砂漠生活は、
久々に震えるほど感動するものとなった。


待望のジュラバを購入


出発。僕ら2人についてくれたのは、お供3人+ラクダ3頭も。


お供は料理担当のノルディン(左)とらくだ使い(カッコいい!)のヤヒア(左)、


それにギター1本抱えて常に歌っているミュージシャンのイブラヒムの3人。
コックにらくだ使いに歌うたい+僕らでパーティを組んで冒険へ、ドラクエの世界だ。

*

ひたすら歩いた後、木陰で荷物を降ろす。
まだ昼過ぎっぽいが今日はここで寝るとのこと。
荷物を降ろし、テントを張ると、それぞれ自分の仕事を始めだした。

イブラヒムは火をおこしお茶を入れ、
ノルディンはスペースを確保し料理を始め、
ヤヒアはラクダ達を野に放ちパンを作り出した。

まるで朝起きてベッドから出て顔を洗うという一連の動作のように、
特段の会話も僕らへの説明もなく、
当たり前としてたんたんと事が進んでいく。

砂漠の男達の男子力がとにかくカッコ良くて
僕らはしばし目を奪われていた。

分厚く灰色の雲に空が覆われ続けた初日だったが
夜になると星が広がり始めた。

おっ、明日は晴れそうだな。
イブラヒムに、きっと晴れるよね?と聞いてみる。

「インシャッラ(神がそう望むなら)」

そう、これが彼らのフィロソフィーなんだ。

*

砂漠の夜は相当冷え込む。
朝、半ば凍えながら目を覚ますと既にヤヒアが起きて火を焚いていた。
まだ日は昇っていないがこれが1日の始まりだ。

朝食をとり、身支度をととのえる。
何時までに出ようとか誰がどうしようなどの会話は無い、
3人がそれぞれ、ゆっくり準備を始め、いつのまにか歩き出す。

*

ある時日本女性の話になった。
未婚のイブラヒムとノルディンは是非会いたいと言うので
でもお金が無いと難しいかもしれないよと言ってみた。

「お金がある生活はしたくない。もっとゆっくり暮らして行きたい。」
誰かが言って、他の2人もうなずいた。

じゃあ田舎でお米をつくっているような女の子は?
と聞いたらそれがいいそれがいいと喜んでいた。

*

毎日ただただ歩き、ポイントを見つけ、拠点をつくる。
拠点ができると昼寝をしたり、近所を散策したり、夕日を見たり。
彼らは1日数回必ずお祈りをする。
10Mほど離れたところで、メッカに向かって何度も何度もひれ伏していた。

彼らの生活は、とってもゆっくりだが、
一定のリズムがあるように感じる。
急がない、でも着実に少しずつ前に進んでいく。

毎日、日も暮れる頃になると、ふとイブラヒムが歌いだす。
一通りの準備を終えたノルディンは太鼓をたたき始め
放したらくだ達の迎えから帰ってきたヤヒアが踊り出す。
まるでそれが当たり前の生活リズムかのように。

*

キャラバンを通じて、常に、常に僕らを魅了したこと。
それは、彼らの明るさだった。

いつもなんか機嫌が良さそうで、たくさん笑って、
難しい顔をしているのを見たことが無い。
言葉はほぼ通じないながらも僕らにもとても優しかった。
そんな彼らに、なんともあたたかい気持ちにさせてもらった。

*

ネットどころか電気もガスも水道も無い環境で過ごした4日間。
ただただ歩き、止まり、昼寝をし、食事をし、歌って踊った、4日間。

自然のど真ん中で暮らす男達の生活はシンプルで、
彼らの横顔はカッコ良くて、笑顔にあふれていた。
そこには政治も経済も無くて、家族と、仲間と、大自然だけがある、
そんな風に見えた。

毎日何回も神に祈りをささげ、
インシャッラ(神が望むなら)、マクトゥーブ(それは神によって書かれている)
という価値観で生きる砂漠の民。
そんな彼らを見ていて、ふと思った。

不幸せは自分で作り出しているんじゃないか。

計画する。時間を決める。期待をする。
期待と違えばがっかりし、思い通りいかないと憤る。
僕らは自分達で勝手に眉間にしわを寄せ、
不安になり、不機嫌になり、疲れていっているようだ。
まあ、彼らがどれだけ幸せなのかは分からないけれど。

もっとシンプルに。もっと楽しく笑顔で。
僕は政治も経済もコンピューターもインターネットも
何でもある世界を生きる身だけれど、
彼らの姿から大切なものを感じさせてもらった気がする。

男子力テスト in ナミビア③ 結末と苦渋・・・

2010 年 8 月 12 日 木曜日

 

なんとか近くの町まで救出されたはいいが
車はすぐ直らないし
レンタカー屋は代車を手配できないと言う。

ここからは交渉交渉の連続。

①それは困るからどうにかして持ってこい交渉
②国境まで行くからその交通費を払え交渉

→いずれも上司巻き込んでの話にしたが
約束した翌朝、コールバックは勿論来ない。
おっかけコールも結局NG回答。

まじかよ。

③持って行った車を修理して持って来い交渉

→これはナミビア内の提携先が行うため光が見えた。
が、ちょうど週末をはさみ「土日は働かない」
「どれだけかかるか月曜まで分からない」、
提携先だけにグリップも弱く、いつになるか分からない。
何を話しても打開策が見えてこない。

「訴訟してやる!」と叫んでも意味がない、
交渉カードを持たない弱い立場を痛感。
先方もそれなりに理解を示して手をうとうとするのだが
結局「無理なものはどうしても無理です」
進展少なく時間だけが過ぎていく。


結局2泊お世話になったアウス唯一のガススタ兼ゲストハウスのナミブガラージ

 


宿は結構キレイだった 多肉植物があちらこちらに

 


町の全貌 本当に小さな小さな集落

 

交渉中はどうしても「待ち」の時間が多くなる。
うじうじしていてもしょうがないので
とりあえずこの小さな町を楽しもうと周辺を歩いてみる。

 


徒歩のスピード感と道は車から見えるのとはまた別の景色。圧倒的なサイズ感に感動した。

 


夕暮れどきに歩くとまた違う雰囲気だ。

 

小高くなっている数十メートルの小さな山に登り夕日を拝む。
素晴らしいが心のどこかで交渉の行方が気になっていた。

個人的にツボだったのがナミビアのシンボルでもあるキバーツリー(実際は木じゃなくてアロエ)

不安というかストレスで眠れない夜があった。外に出ると満点の星空。
うまくいかないだろうという悪い予感と次の妙案が思いつかないフラストレーション。 
(大金を払えば解決策はいくらでもあったのだがそれは絶対避けたかった)

3日目、あらゆる交渉が難しそうとなった時、
僕らは最後のカードを切った。
「もう契約破棄だこのヤロウ、その代わり待ってる間の宿代は払えよ」
これから先が全くの白紙にはなるが
大金を払うことやいつになるか分からない修理を待つよりも、
move on、動き出すことが大切だ、そう感じたのだ。

宿代補償も何とかとか承諾を取り付け、
晴れて自由の身に。
完全勝利からは程遠いが、
なんとも晴れ晴れしい気分になった。

とはいえ交通機関が無いので
ここからの移動はヒッチハイクとなる。


朝11時、町の入り口のハイウェイまで送ってもらい、ヒッチハイク開始。

1時間経過時点で車は10台くらい通っただろうか。
いずれも猛スピードで通り過ぎていかれたのは空しいが
様々な時間制限から離れた開放感、
何時間でつかまるか分からないけどまあいいや的な
アフリカンタイムの感覚がなんとも心地よかった。

 

ちなみにナミビアでヒッチは基本中の基本、
町の人も当たり前のようにヒッチで隣町まで行くし
他の旅行者もガンガンしている。
危険性は極めて低いのでご安心ください。

約1時間半後、ついに1台のバンが僕らの前に止まった。
見ると乗り合いバスのようでしっかりお金も取られる形だ。
バス停とスケジュールの無いこのミニバスは
いってみれば公共交通機関で、
それをヒッチでつかまえるのがナミビア流、という訳だ。

向かうは800km先、首都のウィンドフック 8時間ドライブとなる。

MJやエミネムなど往年のヒットチューンでガンガンの
車内の雰囲気はなんとなく明るく危険なにおいもしない。
ヒッチから開放された安堵もあり居心地よかった。

やがて日が暮れていった。

どこまでも続く地平線に太陽が沈んでいく。

最後の便所ストップにて。
ここから約1時間半でウィンドフックに到着、
初ヒッチで緊張の一日は無事に終わりをつげた。

と最後はちょっと気持ち良く過ごした部分はあるのだが、
とにかく今回は自身の男子力の無さを痛感し
かなり悔しい思いをした。

アフリカで長距離ドライブするにあたっての必要品、
オーバーヒート防止法(水の量を逐一ちゃんとチェックせよ、と)
そして先手先手で先を読んでの交渉。 
今回の経験からの学びは大きい。

特に交渉においてはとにかく待っていても任せていてもダメで
プッシュプッシュ&プッシュ、相手にやらせず自分でやる、
その心構えの大切さを刻み込まれた。

言い方を変えると「最悪の事態を想定する」
大切さを改めて学んだということろだろうか。
ステキな東京の常識を取り払い
何がおきてもおかしくない前提で準備をして
判断をし交渉をし、手をうつ。

特に僕はうまくいったらいいなベースで動く傾向が強いが
まさにそれが甘さだったのだと思う。
男子たるもの最悪の時も焦らず手をうてる状況にいたいもの、
意識が少し変わった気がする。

 


男子力のある男、スティーブ、ありがとう

 


ベン(中央)、みんな、本当に親切にしてくれてありがとう その様がとても自然で、カッコよかった

 

男子力・・・

言い換えるとサバイバル能力ということだろうか。

モノや道具やサービスが充分に無くても
自分で状況を切り開く力。

(美和いわく「魚をさばけること、Tシャツをちぎって止血できること、
薪を割れること、ゴキブリを素手で倒せること、etc」
などと?なものを含めて男子力の例をあげていたが・・・)

こうした力~スキルや知恵~は
生活の中で育っていくものだと思う。 
生きるため、よりよく過ごす為、の工夫から。
便利な世の中は様々な道具やサービスを提供してくれるが
便利さによりストレスが無くなった結果、
その工夫をする必要が無くなり、
僕のような男子力の弱い男が育ったのかもしれない。
個人の志向や美学により議論のあるところだが
少なくとも僕は本当に悔しかったし
もう少し男子力をつけたい、つくような生活をしていきたい、
そう強く思っている。

 


そういえばアウスで車押すの手伝ってあげた。限られたツールの中で、押したり、
角度変えたり、みんなで協力しあってなんとかして生きてるんだよなあ。

男子力テスト in ナミビア②「荒野のど真ん中でエンジンかからなくなったけどどうする?」

2010 年 8 月 11 日 水曜日

このテストは、
都会育ちで車保有歴の無い僕には
ちょっと厳しい注文だった。

とりあえずボンネットを開けてみようにも、
開け方すら調べなくてはならない状態。
ひゅる~と風が吹いている。

そうこうしているうちに前から白いメルセデスが来た。
美和が「とにかく止めてみよう」と言い手を振る。
にこやかに手を降り返してくれた、
ああ感じのよい連中だ、
でわ、ない。
セイハローじゃねえんだよ・・
と冷ややかに笑っていると
バックミラーに白メルセデスが映った。
戻ってきてくれたようだ。

ゆるやかに徐行して僕らの後ろに停まったのは
ドイツ人らしき3人はとても品のある老夫婦とその息子だった。

名前を聞くがどうしても覚えられない。
ドイツ語の名前ほど難しいものは無いと思う。

事情を説明すると男子2人が車から出てきた。
まず車を押して路肩に寄せて
(それすら思い浮かばなかったダメな俺)
ボンネットを開けて状況を見だした。
「車にはあまり詳しくないんだけど」
と言いながらこの部品はこういう役割で、
などと説明をしてくれる。

すんません助かります

それに引き換えただ見ている、質問をするだけの、俺、オレ。
熱くなってるならエンジンに水ぶっかければいいのか
クーラントだかなんだかの液体が少なそうなので
水でも足してやればいいのか
お茶しかないけどお好きですか?
判断できない。情け無い。。。

ちなみに今回の相棒はオペルのコルサちゃん

結局分かったのはとにかくすぐに車は動かないということ。
電話を借りてレンタカーのロードサービスへ
連絡するとともに
一番近くの町アウスのガススタへも
レスキューの連絡をしてもらった。

ここらへんの手配もパっと思いつかず
彼らに言われるがままやっている始末。
男子力テスト的にはトラブル対応力もNG判定。

 

 

右のこいつから液が飛び散っていた

彼らは本当に親切でかなり助かったが
彼らが通りかかっていなかったら電話すらかけられず
数時間のヘルプ待ち含め随分状況は違っていただろう。
去り際にアドバイス
「ナミビアを走るなら何があっても大丈夫なように
できるだけ携帯を持ち充分な水分を持っていくといいよ。」
ありがとう。ただ男的には相当情けない思いだった。

待つこと1時間ほどでヘルプがやってきた。
スティーブとベン。
アウスまで80kmひっぱってもらう。
お金はかかるかもしれないが
電話がない僕らとして
いつ来るか分からないロードサービスを待つのは
路上ではなく町にしようという判断だ。
(この判断は正解で夜までロードサービスは来なかった)

ここに装着用のひっかけがあるってことも当然知らなかった

 

 

 

僕らは前の車に乗る。運転手はベン。コルサにスティーブ、引かれててもハンドルとブレーキは重要らしい。

約1時間で町に到着した。
町といっても店が数件あるのみの本当に小さな集落だ。
早速中を見てもらう。

やはり僕は見ているだけ

プロの診断結果は「エンジンのキャスケットが
完全にイカれてるので修理は大変だ」
とのこと。

OK落ち着け勇輝。

町まで来たが車は動かない。
修理はすぐにはできない。
とすると、、代車の手配だ。

ロードサービスが代車を持ってきてるか確認すると
(てか最初から確認しとけばよかったorz)

「アイムソーリーMrホンマ。
我々ナミビアに支店がありません。
南アフリカから持っていこうにも
ドライバーがパスポートを持っておらずお持ちできません。」

いやまじ男子力テストもう勘弁。

つうかこの町バスも電車も通って無いし
(地図上に見つけた線路は
「あと数年は動かないだろうねえ」とorz)。

ということで次回最終回は

男子力テスト③
「足が無くなっちゃったけどどう交渉する?」となります。

(続く)

男子力テスト in ナミビア①

2010 年 8 月 10 日 火曜日

男子力。

キャンプ行くとテント張りが超手際良かったり
電気系統や配線にやたら強かったり
道にめっぽう詳しかったり
そういう「男ならでは」の能力。

英語がちょっとしゃべれるとか
ネットとかコンピューターちょっと詳しいとか
人なつっこくて誰とでもしゃべれるとか
そういう能力はこの男子力の範疇外。

わかるだろうかこのニュアンス。

自由な個人旅行もまた、
この男子力を試される関門が目白押しだ。
特にアフリカのような所では。

そして、ナミビアである。
日本を発ってすぐだが、
僕らはいま ナミビアにいるのだ。

アフリカに人生を捧げる
敬愛すべき元祖冒険ヤロウの鬼内さん
を初めとして多くの方からお墨つきを頂いたこの国。

ケープから総工程約4000km(予定)レンタカーの旅
をスタートした僕ら(僕)を待ち受けていたのは
度重なる男子力テストの洗礼だった。

ケープタウンから北へ。後ろに見えるはテーブルマウンテン。

 

時おり見かけるヒッチハイカー達、お疲れ様ですごめんなさい。

最初のテストはとてもイージー。
男子力テスト①「マニュアル車は当然難なく運転できるよね」だ。
軽トラで配送バイトして以来10年振りとはいえ
まったく問題ないと思われたこのテスト、
クラッチの感覚がなかなか戻らず
スタートの度にふかしてしまい
必要以上のエンジン音がなんとも滑稽だ。

思えば「車に強い」こそ男子力の際たるものだろう。
快適で故障しづらいオートマ車で育った僕の男子力に
早速ケチがついた。

ケープタウン近く、芝生がキレイで時おり牛や羊の群れが。

その後山を越え、川を越え、

菜の花畑を越えていく

綺麗な芝生は徐々に荒々しく 北上するにつれちょっとずつ変わっていく景色

ケープタウンから北上して2日目。
ナミビアとの国境を越えると、
ここから更に風景が変わっていく。

100km毎にやっと1つ小さな町がある程度だろうか。
それ以外は何もなく自然のど真ん中をひたすら走る。
とにかく何も無い。
大自然の壮大さとそこに道路やフェンスを引いた
人間の労力に敬意と畏怖の念でいっぱいになる。

国境は南半球最大と言われるキャニオンのふもと

イミグレや車両登録などの簡単なスタンプラリーで通過

その先はだからとにかく何も無くて

 

何もなくて

 

3日目。国境から300km北上した街(キートマンズショプ)
から西へ砂漠を目指していたところで、
恐らくこの旅行全体でも最大のトラブルとなる
ハードコアな男子力テストが待っていた。

走行中、見ると何かランプがつきだした。
車の説明書を見ると「coolant」と書いてある。
熱くなりすぎたのだろうか。

よく分からないが一回停止して再度走り出す。
状況は変わらずランプが再度点等した。
じわりと嫌な予感がした。

スピードを緩めて80km先の次の村を目指そうとしたところ
アクセルを踏むとカタカタ音がしている事に気づいた。
嫌な予感が不安へと形を変える。

落ち着け勇輝。
とりあえず車を止めて様子を見よう。
再度停止してみる。
なんかプスプス音がなっている。

止まってみたところで何もできない自分に気づく。
1分ほど待ってみた。
再度エンジンをかける。

ん?

かからない。
もう1度かける。

いつもとは違う乾いた音が鳴る。
が、かからない。
不安は落胆、そして絶望感へ。

動かなくなる前に停めたところ

きた。
男子力テスト②
「荒野のど真ん中でエンジンがかからないけどどうする?」

(続く)

ビニール袋1つでできること

2010 年 1 月 3 日 日曜日

日差しが痛いくらいの炎天下。
日曜でシャッターだらけなのもあり、私は勇輝と別れて部屋に戻る。
部屋の延長2日分1000R払う。
昨日薬局で買ってきた神の粉エレクトラルを1Lのボトル水に注ぐ。
混ぜる。うまい。もう病みつきだ。Thanks リオさん&Nathan。
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このドリンクは脱水症状ぎみなときしか美味しく感じないという。
はて。

洗濯禁止の張り紙を無視してロープを吊るす。
石鹸でざぶざぶ洗濯する。
絞る。風が通るように工夫して干す。

空が青い。ベートーベンの交響曲#7をかける。
(スピーカーをくれたトンバン部のヒョンたちに感謝)
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インドには、というより、安宿には、最低限のものしかない。
基本汚い。
でも快適に過ごせる工夫ができてくる。
できることが少しづつ増えていく。
色んなことが苦じゃなくなってくる。
(そりゃあ真っ白なシーツが恋しいけれど)

旅人であり友人のリョウマがコメントしてくれた
「ビニール袋1つでできることの多さ…」を思い出す。
旅って、こうして「○○が無い」と言わなくなっていくこと、
できることが増えていくこと、なのかもしれない。
現地の人々の暮らし方に学ぶことも多い。
ビニール袋の使い道。これからもっと増えるかな、楽しみだ。

そういえば東京での生活は、あぁあれがあったら便利だなって
思った傍から高くなければどんどん買っていった。
気づけば卵をスライスする道具とかサラダの水を切る道具とか
頭皮をマッサージする道具とかペデュキアを上手に塗る道具とか
ウオノメに貼るシールとか○○用消臭剤とか、
用途が1つしかない、工夫の余地の無い物が部屋に溢れててびっくりした。
特に100均と深夜の通販で買ったものがやばい。

NHKドラマ「坂の上の雲」で、主人公の兄(名前忘れた)が
生活をシンプルにすることを徹底し
茶碗さえ二人で交互に使うシーンがあった。
脳を使って手を使って工夫する。これって結構ワクワクする。
なんてⅰ-podで音楽かけながら言っても、
贅沢な東京人の戯言なのかな。

でも今朝はふたりで合唱したんだった(なぜか「もう恋なんてしない」)。
結構アリだった。合唱。
茶碗を交互、までするつもりはないし、仙人のような暮らしを
するつもりはないけど、いい自分なりのバランスを持って、
次に生活を始めるときはもっとシンプルにしよう。

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モーツァルトのオーボエ協奏曲が流れる。
このホルンとユーホニウム?の中低音が好きなんだ。
窓から見える上半身裸のインド人のおっさんと似合わなくてまたいい。


焦らず行きます。
また書きます。
(MIWA)