どうも投稿のペースが遅い美和です。
東京でのことを書きます。

***


その日、私たちは南アフリカのケープタウン郊外、
ミューゼンバーグにいた。
夕方、ふらりと入ったネット屋で見つけたのは
母からの緊急のメール。
翌朝、車でケープタウンに戻り、レンタカーを返し、
その日の夜には東京へ向けて飛び立っていた。

病院に入られていた勇輝のおばあさまの
容態が急変したとのことだった。

私たちの結婚後間もなく入院されたこともあり
私がおばあさまにお会いした回数は10回もない。

しかしなんの躊躇も口惜しさもなく荷物をまとめた自分に、
私は正直少し驚いていた。

南アフリカから東京まで、まる2日のフライト。
昔の私だったらこんなとき、口に出さないまでも、
ちょっともったいない気持ちになっていたかもしれない。

 

でも、今の私は違った。
旅の中で、なにかが変わったのかもしれない。
人生で何が大事って、
家族が大事だって。

 

おばあさまは少し持ち直しておられた。
私たちは毎日病院へ通って様子を見守った。
何ができるわけじゃないんだけど、話しかけ、手を握る。それだけ。
ベッドのおばあさまは、私たちに笑いかけてくれた。
その手は、温かく、柔らかく、でも細かった。

病院へ電車で通いながら、
おばあさまへの気持ちが日に日に親密なものになっていくのに気付いた。
もっとお話が聞きたかった。若い頃の話、結婚したときの話。
おばあさまとガールズトークがしたかった。
もっと早く嫁に来ていたらよかった。
そこまで考えて、ガーンと頭を殴られたようなショックを受ける。

「お会いしたことが10回もない」って・・・・
なにそれ。
どうして今まで東京に居たのに、
どうしてもっと病院に行けなかったんだろう。
どうして今やってるみたいに、ただ手を握り締めて
そばにいることができなかったんだろう。
どうして・・・。


数年前、父が数日の入院をしたときのことを
思い出した。

腸の軽い手術で、まったく大したことはなかったのだけど、
行くことも電話をかけることもできなかった私は、あとで母に叱られた。
「お父さん、美和は来ないか・・って残念そうだったよ!
お父さんにとっては娘が一番の元気の素なんだから。」
そのときちょうど私は、
仕事が忙しかったのだ。たしか。
でも、今、
今思えば、
入院した父のもとに駆けつけられないほどの
大切な仕事って何だろう。
そんなものあるだろうか。

 


かけがえのないもの、それが家族で。
ただ一緒にいる、それだけでよくて。

私のこれまでの仕事との優先順位のつけかたが
それを分かっていなかったことを表していた。
恥ずかしくて、悔しい。
でもそれを許し、元気でいてくれた家族に
ありがとうと思った。

これからは、
嬉しいとき、めでたいとき、苦しいとき、心細いとき、
いつでもそっと寄り添って、一緒にそれを味わうような
そんな人生にしたいと思う。
そんな私になろうと思う。



(旅に出てる間に誕生した姪、日和。私から1字もらったと言ってくれた弟夫婦。)

 

ある日の午後、
病室のベッドのまわりには、
おじいさま、お父さま、お母さま、私達。
おばあさまがしばらくぶりにはっきりと声をだした。
「し あ わ せ」。
そしてにっこりと微笑んだ。


胸が熱くなって、喉の奥が詰まって、
この場所に居れたことを有難く思った。

それから数日して、
おばあさまが天国に旅立たれた。

苦しまず、眠るように、きれいなお顔で。


ありがとうございました。

あらためて、受け継がれたいのちのバトンと
人と人との奇跡のようなつながりに 
感謝せずにおれなかった。

たくさんお話できなかったけど、
私はおばあさまのことを忘ない。
将来子供に話してきかせようと思う。
どんなときも穏やかで、上品で、慎ましく、美しく、
笑顔が柔らかかった、おばあさまのこと。

東京での時間、気付き、学び、
なにより家族との「ただ一緒にいた」幸せな時間は、
私たちに必要なもので、
おばあさまからのプレゼントだったのだと思った。



ますます可愛くなっていた姪2人。


親子三代、賑やかで愛しい時間。


私たちのブログがわざわざプリントされファイリングされていた。


***

そんなふうに、家族第一、で過ごした東京でした。


・・ちなみに、その他の幸せ(の1部)@東京。


カトマンズの病院で見た夢を正夢にすることができた。
店は混んでたし、立ち喰いだったけど。


転送をかけていた郵便物をチェックしていたら、
クレジットカード会社からエステ券のプレゼントが届いていた。
はっと思い立ち、「女力」の回復を試みた。
というより、小奇麗な街を歩いていて完全に浮いている
荒れ放題の容貌をなんとか東京30代女子に近づけようと・・。
某有名エステのフェイシャルトリートメントで砂漠化した肌に潤いを与え、
契約の残っている脱毛サロンで茫々としたものを一掃し、


自分で切って変になってた髪も、CHIEちゃんに整えてもらうことができた。
青山のANTIにて。ひさびさに味わった、女としてのうっとり時間。

 

そういえば・・ある夜、



こんなことやってたら
いつの間にか日付が替わり1つ年を取っていた。
謎に傘を持って踊っていた(←覚えてない)間に・・・。
34歳、になってしまった。こんなおバカなままで。
(ワガママにつきあってくれてありがとう。)

 

***

歳を取った。

私の人生。
何歳で幕を下ろすのか分からないけど
これからもっと、学んでいきたい。
たくさんの人とたくさんのものを共有していきたい。
そうやって輝かせていきたい。

人生の終りの日に、
悔いはないと、
幸せだったと、
にっこり笑えるといいな。

おばあさまのように。


ありがとうございました。

(MIWA)