どこまでも広がる青空。
いい天気。
ケンの車は快調にブランタイヤを目指す。


途中いちゃもんをつけるだけの検問に何度もひっかかりながら
結局5時間近くかかって、大きな街ブランタイヤ到着。
宿にチェックインし、その日は休んだ。

翌朝。
LAKE OF STARSのエディからはまだメールがない。
ケンが迎えに来た。
「グッドモーニング、マイ アンバサダー。」
丁寧に挨拶される。
「ちょちょちょー!まだ決まったわけじゃないでしょ!」
「はははは!」
「・・・・・・。」


ケンの車で学校兼オフィス兼ケン宅へ。

美和@ナーバス中。

壁にはおもむろに、ケンが国連でスピーチしたときの写真。だって。ほえーーー
代表の一人、グジャ氏も駆けつけて挨拶。

じゃあそこの椅子に座って。YUKI、写真撮ってくれ。
っておい!!!これ、決定的写真じゃないかーー!!


続いて、敷地内にあるプライベートスクールへ。


やばっ、なんかこの感じ、親善大使っぽくない??!!!
ひええええーーーー!!!


はぁはぁ言いながらオフィスに戻り、
たくさんの書類を見せてもらいながら、改めて話を聞く。
勇輝が。

′98年に設立した、アップキャンのマラウイ支部。
スタッフは彼らを含め現在4人。(たったの?!)
さまざまな活動を行ってきたが
以前運営していた学校では生徒数400人、
に加え16人の孤児を高校まで進学させたという。
数年前ケンが大統領のアドバイザーに任命されたため
一時活動を休止せざるを得なかったそう。
ケン復活後の現在取り組んでいるのが、先ほど見せてもらった私立小学校の運営。
作ったばかりでまだ児童が少ないが、来学期から100人以上入学するという。
この学校を、大学進学できる子をじゃんじゃん出せるような、
モデル校にしたいのだと。上質な、いわばエリート教育をして、
リーダーを育て、国を変える1つの力になりたいのだと。

(背景には、15年前に小学校が無料化されたことによる
児童の増加と教育の劣化が。現在マラウイの大学進学率は6~8%だという)


なるほど。

具体的には、壁や床の補修、机や椅子の整備、
あとはパソコン教育をするためのPCが欲しいのだという。
(私個人としては小学生からPCを扱うの反対なんだけど、と
しばしパソコン教育論になってしまう)

なるほど。

そうだよな。アンバサダーって、結局、
寄付のためのパイプ役なんだよな。
制約はなにも無いって言ったって、それを期待されてるものだよな。
そんな、かっこいいもんじゃ、ない。
シビアだ。。。。。


ひととおり話が終わったらしく、
なんか全員が私の顔を見ている。
「じゃあ・・・どうかね・・・」
なんか返事を迫られてる雰囲気になっている。。。
勇輝の顔色を見る。
なんか、うなずいている。

・・・ゴクリ。

そうだな。ケンもグジャ氏も好感が持てるし、
「私にできることを、やってみたいと思います。」

・・はっ、言っちゃった!

満足そうな男3人。


オフィスを出て、小さな食堂でランチをご馳走になる。
優しくて、温かくて、よく気遣ってくれる、紳士だ。
ふと、ケン自身について考える。すごいな、と。
沢山の努力も苦労もあって、これだけビックマンになって、
いい歳だし娘も私大入ったとこだというし、
自分の収入や保身だけ考えてうまいことやって生きてもいいのに。
気が遠くなるような教育の改革を自分で1つ1つやっていこうなんて。
マラウイという国を変えていこうなんて。
そんで、こんな、訳わかんない日本人を連れて回って、一生懸命で。
どういうことだよ。すごいよ。 
アンバサダー云々関係なく、とにかくこの人の力になりたいと
自然にそんな気持ちが沸いていた。


このあと、

「LIFE LINE MALAWI」という保険衛生関係のNGO事務所を訪ね
代表のメアリーを紹介された。(ケンはここの理事も務めている)
あれ?なんかここ、すごいちゃんとした組織・・・。
来月日本で会議だって。。。


その後、間もなく切れるビザの更新に一緒に行ってケン。
長い行列の横をすりぬけ、直接イミグレーションの所長のとこに行き
優先的に発行してもらえた。ケン、あんた何者??。。。

やだ。なんか、また急に怖くなってきちゃった。
本当によかったのかな。どうしよう・・・・。

また青くなりだした私の顔色を見て
勇輝が勘づく。
ケンに、最終の最終の返事は、書類にサインをしてから
でいいよね?と確認してくれる。

じゃあ、アンバサダーの証明書を作って、出来上がったらメールで送るので。
あ・・・、はい。それまでよく考えます。

結局、限りなくYESの状態に近いまま、
ちょっと微妙な歯切れの悪さを残したまま、
ドキドキが収まらないまま、
ケンと別れた。


夜、ずっとノートに向かっていた。
自分の心がつかめない。

こんなことを書いていた。
「怖い。なんかすごく末恐ろしい。
たぶん、責任を持ちたくないんだな、私。
好きなときに好きなこと、ちょこちょこやってきたいんだ。
結局、今まで覚悟がなかったんだな。
アフリカと、マラウイと関わっていく。
それを迫られている。
あとは、インドでもネパールでもなくマラウイを
優先的に考えなくちゃいけないのもやだ。
へんな肩書きもらっちゃってキラキラしちゃうのもやだ。」


収集がつかなくて
勇輝と話す。

「やりたい」んだっけ?

人生の目的、ふたりのミッションの話に必然的になる。
(ここ相当暑苦しいですごめんなさい)

1人でも多くの人を、笑顔にしたい。

これが一番大きなゆるがないもの。
その下に、現時点で見えてきた方向性を書き出してみる。

・ポロモートジャパン、世界に日本のよさを伝えたい
・日本の青少年をもっと世界に、旅に出したい
ソーシャルトラベルや、身近なシャカイコウケンを世の中に広げたい
・世界と繋がっていきたい、日本と世界を舞台にして生きていきたい

あ、あった。最後に。
私の中でケンは、
「助けてあげたい可哀想な」人ではなくて、
インドのプラモドや
ネパールのタラ、ナミビアのモニクと同じく、
今後の人生で関わりを持って行きたい人なんだ、
と分かった。

どこか「お金を送らなきゃ」「どうやって集めよう」
とプレッシャーに感じていたところがあったんだけど、
日本の子供たちや青年たちや、もしかしたらNPOなんかと、
ケンをつなげていく、
ということでも意義はあると思うし、
それはやりたいと思えることだと気づいた。

前向きに、捕らえよう。
面白いこと、やってみよう。

(まだ最終的に断れるけど)
うん、なんか、やってみよう、と思った。

(ちなみに、
ケンが何かと誇らしげに話題に出している
アメリカのアンバサダーについて、
英語の大量の書類を読み込んでいた勇輝に聞いてみたら、
彼女が寄付をしたのはかなり前に十数万円で、
今は高齢でメールも書けないのだとか。
なんだーーと
心がちょっとだけ軽くなった。のは確か。)



翌朝。
エディから返事はないまま、
宿をチェックアウトをする。
もしLAKE OF STARS出店にOKが出たら、
ここブランタイヤで材料とか道具とか色々買いたいと思ったから
やきもきして待ってたんだけど。がっくり。

朝ごはんのバナナを食べながら、
まあしょうがない。ダメだったんだね。と。
とにかくパムーズィロッジに帰ろう。

と、そこへ、
激痛の胃痛。
あまりに苦しむ私を見て、
勇輝が再度チェックインをしてくれる。
「まあ、慌てることもないしね。ビザも延長したし。
もう北モザンビークは諦めた。南のTOFOだけでいいよ。」
「か、かたじけない・・・」

部屋で休む。
数時間で胃はよくなった。
悩みすぎか。バナナか。

勇輝が部屋に入ってきた。
眉毛がハの字になっている。

「LAKE OF STARS、なんか、
OK、出ちゃった。。」

わああああーーーーーー!!!!!

キターーーーーーーーーー!!!!!!

ど、どーーーしよーーーーーーーー!!!!!


部屋を飛び出す。
まず飯!
それから、街じゅうを駈けずり回って
買い物をした。


文房具屋で、でっかい紙と、はさみとノリと・・・。布をまとめ買い(おっさんがタジロぐほど値切る)。

(市場でペンチやら道具類を。酒場でシブークの空き箱を大量ゲット)

(皆に指さされ笑われながらシブーク箱を持ち帰り、シャワーで洗って干す、切る。)


翌日、バス内でPARISを妄想しながら、
パムーズィロッジにご帰宅。
宿の女の子、アンジェラが何も言わず15号室の鍵を渡してくれた。
ほんわり。幸せ。

じゃなかった。
ドキドキ。
できんのか?ほんとにできんのか?

今までの人生で一番でかい
武者震いをぶるるっとする私たちだった。


<続く>

(MIWA)