※最終まとめを書くつもりでしたがすんごく長くなったので一回切りますね。次が最後です。


 

フェス最終日。

 

日が暮れた。
「どうしようか」。
皆で顔を見合わせる。

会場の様子を見に行った勇輝が戻ってくる。
「終わりにしよう。もう、人が少ない」。

残念な気持ちと、
疲労と、終わったっていう安堵と、
複雑な表情で、私たちは店じまいした。


募金箱を開ける。
数える。
20ポンド札が1枚入っていた。
「これは、だいたい・・・5000クワチャ(3000円)」。
エスメが手をたたいて飛び上がる。

箱に入っていた寄付金はぜんぶで9700クワチャ。
マラウイならコーラ194本買える。
なかなかすごい額だ。
勇輝が「よーしこれで飲み行こう!」
と言って一同を笑わせる。

3日間の売り上げは、47200クワチャ。
商品は、3分の2、は言いすぎかな、半分以上は売れた。
ヘアバンドはかなり売れて残り5本くらい。
きんちゃく袋もいい売れ行きだったけど、
黄色と黒のちょっとクセのある柄のだけ残ってしまった。
布のチョイスミスだ。
シブークアイテムは結構売れ残ってしまったけど、
2日目の夜から、まさか売れるわけないと思っていた
ハットが(500クワチャって強気の額にも関わらず)残り1個という
バカ売れを見せた。
サイズが小さくてもちょこんと被れるように紐をつけたのと、
あとは、背の高いイケメン旅人、ホリケン君がかぶってくれて
会場で宣伝してくれた効果がでかい。

ありがと。

寄付金と合わせて総計56900クワチャ。
約3万4000円。
先生たちは、本当に嬉しそうに
喜んでくれた。

 

全部売れたら5万円だった。
簡易校舎建てるためには18万円。

それには全然及ばなかった。
ミラクルを期待したんだけどね・・・。
そんなに甘くないね。

でも、よくやった。
よく頑張ったよね!
握手して、記念撮影して、ブースを後にした。

 


真っ暗な中、
パムーズィロッジにみんなで戻る。
サンバードからはズンズンという音と
たまに歓声が聞こえ続けている。

私たちの祭は、終わった。
疲労困憊の身体で、荷物を運び終えて、
先生たちは「何か飲みたい」とも何も言わず、
笑顔で手を振り、歩いてそれぞれの家に帰っていった。


まる2日の汗をシャワーで流し、
乾杯して冷たいビールを飲み、

 


フェリックスやジョニーに報告し、
歯を磨き、
テントに入った。
とにかく疲れた。

 

暗闇の中で横になり、
テントの屋根からもれる光を眺め
しばらくしたら、
突然涙が止まらなくなった。

明確な理由を説明できない涙だった。

なぜか勇輝も隣で声を出して泣いていた。

 

そのまま、いつの間にか
眠っていた。

 



明けて月曜、朝。
校長ジョンが宿に来た。
今日学校でセレモニーをやると、その軽い打ち合わせ。
なかなかいいネクタイしてるね。
昨晩、売れ残った物から皆で1つづつもらおうって
ジョンが選んだ手縫いのネクタイだった。

宿には、最上級生の子数人が来ていた。
昨日私たちが運びきれなかった机と椅子を
ここまで運んでくれたのだ。
頼もしい。っていうか、
みんな勇輝よりでかいんじゃない??

ジョンがチェアマンであるフェリックスに色々報告してる間、
(ジョンはフェリックスを前にすると一回り縮こまる笑)
勇輝は意地になったのか、子供たちに腕相撲をしかけていた。
でかいといっても小学生だよ・・・。
次々に負かして喜ぶ勇輝。
大人げない。

 

ジョンに誘われて、ロッジの隣にある
建築会社の簡易事務所を見に行った。

 

「柱だけレンガで、壁は板。こういうのなら安いと思うんだ」。
ジョンの行動力には本当に頭が下がる。
フェスの間、コンクリート製造マシンの人を紹介してもらったときも
すぐその場で、もらった番号に電話して話をしていた。
紹介してくれた人が最終日帰るときも、走って追いかけて
挨拶をしていた。
素晴らしい人だと思う。

建築会社のボスは快く見学させてくれた。
金額を聞く。
あちゃー。
でもジョンの目の輝きは消えない。
「壁を下半分しか作らないで、屋根をもっと薄い素材にしたら、
きっといける。うん。」

 

一旦ジョンと別れ、
私たちはネットをしに。

 

ネパールのカトマンズで一緒に過ごしたキム君。
夫婦からってことで、1万5000円預かっていた。
これをここで・・・。是非使って!とメールが来ていた。
あとは、飯島アキミワ夫婦が「よかったらお金を出したいんだけど・・・」と
申し出てくれた!1万円!
結局今回自分たちから寄付をお願いすることはできなかったし
まだ寄付って何なのかについてもやもやしている中だけど、
今回はありがたく使わせていただきます。
ありがとう。
本当にありがとう。

 

 

 

あとはオーガナイザーの1人にとっておいた商品の代金、
これを全部合わせて・・・
ちょうど、ちょうど10万クワチャ(6万円)になった!
うん、これは、
ちょっとしたミラクルじゃないか!!!??

この日の空と湖は、
はっとするほど美しかった。
毎日のように来ていた場所なのに、初めてそう思った。

 

 


11時半。
学校へいく。
ホールに子供たち、先生たちが続々と集まる。
何も言っていないのにジョンが色々手はずを整えていてくれた、
と思うとものすごく嬉しかった。

 

職員室の窓には、ブースに使ったポスターの写真プリントが張られていた。
ジョンが丁寧にたたんで持ち帰っていたのだ。

 


セレモニーが始まる。

司会のボン先生から一言あり、子供たちから
ダンスのプレゼントがあった。

BENIという名の、男子たちの激しいダンスと、
・・・?!

これはなに?!!!
ボロボロの布をまとったちびっ子が、
太鼓(手作り!可愛い!)に合わせてソロで踊る。
始めるときに小さな手をちょんと胸の前で合わせたのが
可愛くて可愛くて。
踊りは・・・華麗なんだけどいかんせんちっこくて。
可愛いさとオモロさで大笑いしてしまった。
見ている子供たちの掛け声、歓声も素晴らしかった。
ありがとう。

勇輝からスピーチと金額発表、目録贈呈。

声の通るメルシー先生がチチェワ語に通訳してくれる。
「It’s YOU! It’s NOT YUKI & MIWA.YOU made it!]
勇輝が、みんなでやったんだよ!と強調し、
メルシーが訳すと歓声と拍手があがった。
売り上げ金、寄付金。
それぞれダンボールで作った目録を見せながら金額を言うと
わーー!!!!とすごい歓声。
子供たちは目を白黒させていた。
そして、内緒にしていた・・・
日本の二夫婦からの寄付金!
ぜんぶ足して10万クワチャです!
わぁーーー!!!!!キャー!!!
今日一番の歓声が上がる。
特に先生たちが顔を見合わせ、本当に嬉しそうに
大きな拍手をしてくれた。

 

びっくりした。

 

皆の顔。
初めて会ったときと違って見えた。
とくに、子供たちの顔。
すごく、よかったんだ。
誇らしさを感じた。
一生懸命手を動かしたら、なんか大きなお金になった。
僕たち、すごいね。やったね。
そんな、誇らしそうな顔。

 

最後に寄付されたサッカーボールを紹介する。
ジョンが子供たちのほうに投げ、
しばしボールが会場を行き交う。
大興奮、大熱狂。
集まった1000人以上の子供たち。すんごい迫力。
(追って勇輝が動画をまとめてくれると思います!)

 

次に校長ジョンからスピーチ。

 

売り上げのほかに得たもの、繋がった人、学んだこと、について
丁寧に、力強く説明していた。

 

最後にスクールコミッティの一人から感謝のスピーチ。
(フェリックスはどっか行っていた)

 


こうしてセレモニーは終わり、子供たちは帰っていった。
ものすごい数の子が、手を振ってくる。
手を振りながら、一人一人の子と目を合わせていく。
目が合うと、満足そうに帰っていく子どもたち。

ありがとう。
バイバイ。

 

スクールコミッティと教師たちでその場に残る。
チチェワ語だったので分からなかったが、
ジョンが建物について、どうするのか話をしてるようだった。
何人かの先生から意見が出る。

 

ジョンの気迫を感じた。
ジョン・・・、スクールコミッティの前で話をつけようとしてる・・・。
校舎を作り始めようとしてる・・・。
すごい・・・。ジョン頑張れ!
話がまとまったかな、ってとこで
どーん、はるお登場。
ジョンが固まる。
空気が変わる。
ジョンが懸命に経緯を説明しているようだ。
いけた、のかな?
はるおから満足そうな長めのスピーチがあり、
記念撮影をして、

この場はお開き。

 

帰り際、私は、ずっと一緒に縫い物をした先生たちの顔見たら
HUGせずにおれなかった。
「本当に行くの?ここの先生としてずっと居てよ」
「何教えるのさ、生徒ならいいけど」
「チチェワ語教えるのよー!」
「無理っ!」
みたいなふざけた会話をしていたけど、
心の中では、大好きだよ、別れたくないよ、
って気持ちでいっぱいだった。
それはきっと彼女たちも。と思えた。

勇輝は、ボン先生と日本の地理についての話で盛り上がり、
明日彼のクラスで地理の授業をすることに決まったらしい。
頑張って。

あと、なにやら明日の午後、
この学校を離れる先生たちのお別れ会を
パムーズィロッジでやるらしい。
私たちも是非、と誘ってくれた。

 

 

 

学校を後にし、フェリックスの家へ。
ランチをご馳走になる。
シマ(ウガリ)、チキン、豆、オクラというメニュー。めちゃうま!

 


10歳でお父さんが亡くなって、お母さんに女手ひとつで育てられたって
フェリックス言ってた。その、お母さん。
豪快、かつ素敵な人だった。

ナミビアでモニークに、
「アフリカ人の自宅に外国人が食事に招待されるまでには時間がかかる」
と言っていたのを思い出す。
そういえば、アフリカに入ってから、家で食事をご馳走になったのは
これが初めてだった。

 

部屋に帰り、ゆっくり過ごす。
長かったマラウイも今日入れてあと3日。


子供たちの顔が浮かんでいた。

2200人。
元気な子、シャイな子、しっかり者の子、お調子者の子、優しい子。

思えば、この目だった。
この目ににやられたんだった。
この子供たちに会ってしまった、そこから全ては始まったんだった。

 


みんな、どんな大人になるんだろう。
あの中にきっと村のリーダーになる子がいる。
きっと教師になる子も。
ビジネスを成功させる子もいるだろう。
アーチストになってLake of Starsに出る子も、いるかな?

いつでも、どこの国でも、
子供の可能性は無限だ。
2200人の持つ可能性。
想像したら、身体がしびれるように、
じーーんとしてしまった。すごい。

 


いつもなんだけど、
子供たちみんなに、
頑張れ、伸びろ、ぐんぐん育て、と
祈らずにはおれなかった。
そして、たくさん学ばせてくれて、ありがとう、と
胸に手をあてずにおれなかった。

セレモニーで皆の笑顔を見て、
心がふわーっと軽く、あったかくなっていた。
だけど、ほんの、ほんの少し、
心の底のほうに
「この額でごめんね・・・」という申し訳なさが
澱のように沈殿して残っていた。


(MIWA)