キャラバン2日目。
もうすぐ日が暮れる。

大きな松の木があるこんもりした丘。
白くて三角のテント。
パンをこねる人。
こぶしをきかせて歌う人。
スープを煮る人。
3頭のらくだ。
グラデーションをつくる空。
小さく白く力強い半月。
その傍に光る一番星。
美しすぎる世界。

空。
歌。
火。
美しい。


夜の砂漠に歌声が響く。
焚き木が照らす世界、以外何も見えない。
ウィンアーメ、ジャクサイヤー
鳥よ逃げなさい、猟師が狙ってる
ウィンアーメ、ジャクサイヤー

なにか、古い歌を歌いたくなった。
長く歌い継がれてきたような歌を。
それで子供の頃聴いた「会津磐梯山」を歌い出したけど
残念なことに、2節しか覚えていなかった。



ノマド。

移動し続ける民、特定の帰る場所を持たない民、
そういうふうに理解していたけど
ああ、きっと、ちょっと違うんだなあ、と思った。

時計を見ない。
大きな力に逆らわない。
焦らない、苛立たない、嘆かない。
すべてを包み込む世界観と
尋常じゃない忍耐力、もしくは究極のポジティブ思考を持った人々。



こういう感覚の人々を、
もしくはこういうカンカク自体のことを
ノマドというんじゃないかと。

長すぎじゃない?と実は思った
3泊4日というキャラバンの日程だけど
なるほど、3泊というのが、
このカンカクの片鱗をオボロゲながら
やっと掴める、最低限必要な時間だったのだと思う。


3日目の朝。
ふと目が覚める。
おそらく5時かそこらなんだろうけど定かじゃない。
テントの入り口の布の隙間から、地平線に突き刺さるオリオンが見えた。
かけていた4枚の毛布のうち1枚を剥がして
体にぐるぐる巻きにして外の砂の上に寝転ぶ。


ジュラバのフードの丸い視界の中に、敷き詰められた星々。
ゆっくり数を数えたら、6とか10とか言ううちに1つは流れ星が落ちる。
私が今まで流れ星と認識していたものとはちょっと違う、
視界で何か動いたからそこを見ると、まだそこからてゅるるーと落ちていくような。
ずっと流れ星を見ていたら、不思議な感覚になった。
目の前のひしゃく星、この7つの星に名前がついてから
何百年?も流れてしまわないで
ここにあり続けてるって・・・、なに?
これ、ものすごいことじゃないかと思った。


砂漠で生活をしていると、圧倒的に謙虚になる。
傲慢になれようがない。
でっかい宇宙の中の1つの惑星なんだって、
長い長い長い歴史の中で、
この砂漠が海だった頃からの
大きな流れの中に今いるんだって。


たぶん30分もしてないのだろうけど
身体の奥のほうから凍えてきた。
砂がしんしんと冷たい。
3人の砂漠の男たちは、外で寝ている。
3頭のらくだもその傍で眠っている。

うわーーーすげえなーーーー。
男って。
なんかそう思った。

めっちゃ冷えても平気、
暑い中歩き通しても平気、
すっごく重い物だって持てる。
(キャラバンのらくだは、150~200キロもの物を運べる。
でもそれはオスだけなのだそうだ。)

なんか、うん。
参りましたっていうか、
こうでなくちゃっていうか、
とにかく、私の中にあった感覚って、
ちょっとズレてたなって思わされた。

もう、都会の生活の中で、訳わからなくなっちゃってたけど、
男ができること、大概女もできるみたいな、
むしろ女のほうがいろいろやってる苦労してる、みたいな感覚は
なんか違うし、なんかみっともないかもなと思った。
うーん、うまく言えないな。
「もっと素敵な」彼氏、旦那、を目指して
男に、だし巻き卵とかハンカチのアイロンがけとか
やらせてる場合じゃないかもなー、と思った。
その「素敵」は、格好いいんじゃなく、
都合がいい、ではなくて?と。
とにかく、男は、男である、
それだけで格好よくて、
すごいんだ、強いんだ、って
なんかじーんとしたんだ。


疲れたら、ノルディンとヤヒアが私を持ち上げてくれて
らくだのラズハムかセベイが私を運んでくれた。

イブラヒムは笑わせてくれた。
勇輝は話相手になってくれた。

 


人間とらくだ、かっちょいい男たちに守られて、
私の砂漠4日間はロマンチックで、幸せで。
トイレもシャワーもないことなんて気にならなかった。


(あ、でもあと1泊って言われたらごめんなさいしただろう。
4日間は、本当にちょうどよかった。)


(MIWA)