旅も終盤のある日、メキシコ。
バスを2日乗りついで、全然眠れてなくて、ヘロへロになって着いた所の
泊まる場所があまりに汚く、蚊やら虫やらもいっぱいで、
私はもう、無口になってしまった。

 

カンカンの日差しの中、
勇輝に頼み一緒に別の宿を探し歩いた。

ぐんぐん歩く。汗が吹き出る。
何やってるんだろうと思う。

残念なことに、訪ねる宿という宿が「無理!」というクオリティでしかも高かった。
じゃあ、もう一つ、違うエリアへ。
あと1時間頑張ろう。

なんとか意地で歩き始めたとき、急に黒い雲が一面広がって、
あれ?と思ってたら
ついにポツ、ポツと滴が落ちてきた。
この地域ではこの季節、夕方から夜にかけて豪雨になるという。

「だめだ、終了だ・・・」。

私は何かがプツリと切れてとてもとても悲しくなって、
もう疲れたとかあそこには寝たくないとか
私だけ今夜のバスで次へ行くとか我侭を言い出した。
Tシャツを汗でびっしょりにさせた勇輝は
つと立ち止まり、めったにしない強い口調で言った。

「がっかりさせんなよ。どんだけ弱いんだよ。どんだけ感謝がないんだよ。」

私はくるりと背を向けて再び歩き出し、
「弱い・・・感謝・・・」
勇輝の言った意味と自分の心を何度も確かめた。
さっきよりももっともっと悲しくなって、絶望的な気持ちになった。
雨が強くなり始めた。

バス停へ着くが、雨避けのルーフが壊れて骨だけになっていた。
私はそれを呆然と眺めることしかできなかった。
勇輝が、コンビニ「OXXO(オクソ)」を見つけて、あそこに行こうと。
すると私の好きな、コーヒースムージーを買ってくれた。ちょっと高いのに。
中にあるベンチに並んで座り、厚い雨雲で真っ暗になった外を見つめながら
私は心の中をぶちまけた。
静かな声で、ゆっくりと、ぶちまけた。

「いろいろ偉そうなこと言って、旅でたくさん学んだとか言って、
私はちっとも強くなってないし、立派にもなってないし、
むしろ悪くなってる。弱くなってわがままになってると思う。サイアクだよ。」
・・・・

しばらく二人で雨を見つめていた。
スムージーの甘さがゆっくり少しずつ、
心の凝り固まりを緩めてくれるのを感じた。
そんな私の様子を見てからか、勇輝は言った。
「美和は今とても疲れているだけだよ。
旅で美和が学んできたことは、きっとどれも本物だよ。
でもそれで劇的に変わらないのは、仕方ないし当たり前だよ。
これから、時間をかけて、少しずつやっていこう。大丈夫。」
それから、こんな、
こんな私のことを、

2言3言褒めてくれた。

・・・・

コンビニを出るとちょうどバスが来るのが見え、
手を振って止めて飛び乗って、私たちはもとの場所に戻った。
私は気持ちを勇敢にして、絶対嫌だと思ったベッドに2泊した。
もう一言も文句を言わなかった。

 

***

NHKの「龍馬伝」で、いつも勝気だった妻お龍が
結婚した直後、らしくないヤキモチを焼いてスネて見せたシーンがあった。
女からするとよく分かる変化だ。「めおと」になれたことで、彼が自分の物になったことで
急に自分の女の部分が出て、自分でもくだらないと思う発言や態度をしてしまう・・・。
ただ、あのお龍でもこんなふうになるんだ、と少し驚いた。
もっと驚いたのは、その「らしくない」お龍の言動に対しての龍馬の返しだった。
叱るのでも、バカにするのでも、失望するのでもなく、
龍馬がやったのは、目を開かせること、引っ張り上げることだった。
自分の大事なお守りをお龍の首に掛け、「お前と俺はひとつだ」と。
自分の成し遂げたい志のために、お龍の力が必要だと。一緒にやるんだと。
ここでお龍は本来のお龍のキリリとした表情に戻っていく。
そして龍馬を支え、ハッパをかけ尻をたたく最良のパートナーになっていく。
私はこの一連のシーンが、忘れられなく胸に残った。

 

***

人は、変化の連続だ。
たとえ単調な生活を送り何も代わり映えしないように思えても、
日々変わっていく。
ときに劇的に、ときに緩やかに。

「変化」は、傍からは分からない。
有名企業に転職を果たそうと、年収が上がろうと、
本人の内面の変化の、ベクトルとスピードは
本人か、ごくごく間近で観察している人にしか分からない。

夫婦は、恋人とは違って
すごく長い長い目で
この「変化」と向き合わなくてはならないものだと思う。
私のような人間が言うのは憚られるが。

 

自分が相手を好きな所以となる、一番の魅力はどこにあるのか。
相手を人として尊敬できる、「芯」や言動はどういうものなのか。
相手がその人らしく居られる、相手の「核」は何なのか。
相手の一番の幸せは、この世で果たしたい使命は、何なのか。

 

そういうこと含め、誰よりも一番よく知っていてくれるのがパートナーであり、
もしそこから離れていったら、一番元気の出るやり方で
ひっぱり上げてくれるのがパートナーであり、
変化のベクトルとスピードの中で二人が離れてしまわないように
お互い引っ張り上げあい、ハッパをかけあい、褒めあいながら、
一緒に変化し続けていけるのが夫婦だと思う。
何度でも、何度でも、何度でも、
変化を確かめ合い、試行錯誤し、必要があれば修復しながら。

 

それが夫婦なんじゃないかと思う。
なんて素敵なんだろうと思う。

この旅を終えようとしている今、
少なくとも今の私は、そう思うんだ。

だから。
今ダメダメなのは、外面はどんどん衰えていくのは、百も承知だけど、
もっとカッコよく、もっとあったかく、もっととらわれず、
相手が「お、そうくるか」って刺激を受けるくらい素敵になりたい。
もっともっと、変わっていきたい。
変わっていきたいよ。 

 

 

そういえば母がよく言ってたっけ。
「男は矢、女は弓。」
夫がどこまで高く、遠くまで飛べるかは、妻の度量にかかってるって。
ほんとそうだな、と思うし、逆もまたしかりなんだよな、と思う。
口で屁理屈をこねるんじゃなく、
姿で、顔で、態度で、見せていきたい。
まずは大きな愛を。
そこから、すべては、なんどでも、始まる。

 

***

 

夫婦が地球と月のように、大きな影響を与え合いながら
手を取ってくるくる回っているとしたら、
そこには私たちが吹き飛ばされてしまわないように強い力で
引っ張り結びつき支えてくれる太陽系のような大きな世界がある。
それが家族と、友と、縁のあるすべての人だと思う。
こんなちっぽけで浅はかでお調子者の私たち夫婦の旅を
ここまで見守り、支えてくださった皆さん。ありがとう。

 

これからも、どうか、どうか、
宜しくお願いいたします。

 

 

(MIWA)