私たちのHOPEになったのは、彼だった。
木曜日。まだ机と椅子は形になっていない。
ちゃんと完成したら、残り24セットの話をしようと思っているのに、
約束の日は土曜。この調子では、ちょっと間に合わないかもな。
そんなふうに進捗にヤキモキしていた金曜の午後、
菩提寺の前のレストランで休んでいると、
後ろの席にいた若いインド人のグループから声をかけられた。
やれやれまたガイド希望か、と一瞬思いながら振り向く。
この辺りをうろついているガイド希望の下品な若い男衆とは雰囲気が違う。
ポライトだ。しばらく会話をしてみると、途中で彼が叫ぶ。
「ああ、あなたたちが!机と椅子を寄付したっていう!」
驚いたことに、彼は私たちのことを知っていた。
社会学を学ぶ大学生、ラジェッシュは、スジャータ村で生まれ育ったという。
「プラモドに聞きました。彼は僕の教師だったからよく知っています」。
なんと、彼はRISE UPの1期生だったのだ。
勇輝が顔を紅潮させて立ち上がる。今にもHUGせん勢いで握手している。
「こんなに立派な青年が!あの小さな学校から!!!」
*
*
ラジェッシュがスジャータ村にある自分の家に案内してくれた。
煉瓦と土で作られた小さな家だった。
6人兄弟の末っ子。他の仲間もやってくる。
ビジェイ、ラビ、ジュリアン。皆いい顔している。
同級生、つまり1期生だ。
物腰が穏やかで、きちんとした青年たち。英語がすごく上手で驚かされる。
彼らは、ガイドなどのアルバイトで得た自分たちのお金で、
村で食事を配る催しをしたり、村のリーダーと共に井戸を作ったり、
コツコツ活動してきたと。写真も見せてもらった。
津波のニュースを聞き、被害にあったターミル・ナドゥ州の村に
ボランティアをしに行った話。
インド中から若者が集まっていて、とても刺激を受けたと。
「そこで初めて海を見たんだ!」
興奮して話すラジェッシュの表情はまだ大学生らしかった。
彼の夢はプラモドのようなソーシャルワーカーになることだという。
RISE UPを卒業してから、進学のお金がなくプラモドに出してもらった、
彼は恩人なのだと真剣な顔で言う。
こんな、貧しい村の片隅で、いい青年たちが集まって
貧困、宗教、風習、教育について熱く、でも自然に語っている。
未来を語っている。
なんてことだ、と思った。頼もしくて、誇らしくて、胸がいっぱいになった。
ああ、プラモドにこの光景を見せたい。
あなたのしたことはこういうことだと。
彼らに確かに伝わっていた、繋がっていたと。
バッテリーが一気にフルチャージされる。
あの学校の子供達を支援しようと思った、私たちにとって、彼らはHOPEだ。
こんな素晴らしい青年たちは、あの子たちの、未来の姿だ。
*
*
約束の土曜日。
なるべくショックを受けないように、午後遅く学校へ行く。
2階へゆっくり上がる。
子供たちが出てきた。何か言っている。
取り囲まれ両手を引っ張られるようにして部屋に入る。
机と椅子、4セットが、完成していた!
駆け寄って何度も何度も机を撫でる。
何度も何度も大工さんにお礼を言った。
サイズもよさそうだ。教室へのフィットが目に浮かぶ。
机の上で飛び跳ねている子供達。
うんうん、私たちも嬉しいよ!ほんとに嬉しいよ!
旅行日程を頭に描く。次のバラナシ滞在は短くなってもいい。
あと10日。4月1日か2日までここにいよう。
*
*
月曜日。
プラモドと教師たちと会議。今日はラジェッシュが加わってくれた。
24セットの追加の話。
仲間たちが4セットの話を聞いて、協力すると言ってくれたんだ。
なんと!おお!
教師たちも顔を見合わせて嬉しそうにしている。
一番嬉しそうなプラモドが電話をかける。今度は別の大工だという。
こっちのほうがスタッフが多いし自分の所に木材の加工機具を持ってるという。
なんだよそっちに最初から頼もうよ。
程なく現れたどことなく垢抜けた大工さん。ヘラヘラしてるけどなんでだろう。
信用できる人なんだろうか。1セット800ルピーはすぐ承知してくれたが、
納期の話で延々モメる。いやそんなに長く居られないから何とか急いでほしい。
こちらの都合だと分かっているけど、仲間たちのお金だから。完成を見せたいんだ。
結局4月1日納期で折れてくれた。誓約書を書く。私たちも学習しているのだ。
「オールOK?一切ノーチェンジね!」私が念を押すとわかってるよと笑われた。
翌日、プラモドから連絡がある。やっぱ完成が10日になるって。
なんだよ!ノーチェンジはどこいった!でもまあわかった。
もう傷つかなくなっている自分に驚く。
すぐにプラモドと作戦会議。私たちが来る前にいろいろ交渉し、
また別も何件かあたってくれたがいいチョイスはなさそうとのこと。
もう一度、4セットお願いした大工を呼んでみよう。
作業してくれた大工さんの、今度は兄がやってきた。
ラジェッシュも駆けつけてくれた。やはり納期で唸っている。
「じゃあ半分やって。残りはもう1つのとこにお願いする」
私たちがそう言っても渋っている。全部やりたい。でも間に合わない。。
結局、「できる限り頑張る」ということで握手。ほかに選択肢は無さそうなので
こちらが折れる。こちらの大工は作業場を持っておらず、
学校内で作ることになるので、進捗が見れて好都合だ。
とにかく机と椅子を全部作れることが嬉しくて仕方なかった。
4月4日を目標に「頑張る」、という微妙な誓約書をまた書いた。
お金は今半分払って、残りはあとで、進捗を見て払う。OK。
勇輝と小さな声で話す。
間に合わなかった分は仕方ない、任せて出て行く形になる。
うまくいくといいね。いずれにせよ滞在は4日まで。ずいぶん長くなったものだ。
*
*
完成した4セットは、一番上のクラスに入っていた。
まったく別の学校みたいだ。
嬉しそうに腰掛ける子供達。眩しい光景だった。
教師ウペンドラの計らいで、授業をやらせてもらった。
ウペンドラも生徒側に座る。
国語算数理科社会はヒンディ語で行われるので、当然英語の授業。
勇輝が新米教師になり、簡単な質問と答えの練習をした。
恭平からのコメントを思い出し、私からのリクエストで質問に
「なにをしてる時幸せか」「将来の夢」「宝物」を加えてもらったのだが、
幸せな時間は全員「本を読んでいる時」(物語だったりポエムだったりは様々)に
なってしまい、宝物は本、TV、コンピューターだった(しかもTVとコンピューターは
家には無いそうだ)。将来の夢は教師と医者が多数。
将来の夢を歌手と答えたセンディップ・クマールは、
ヒンディ語の歌を一曲披露してくれた。
前に出た瞬間固まってしまって声が蚊のようにか細くなってしまったのは
10歳の女の子、ネハ・クマリ。可愛かった。
同じ答えが多かったのは語彙が少ないせいだろう。でも、
あながち嘘でもないのかもしれない。家に本などない村の子供達にとって、
教科書や学校にある物語の本はとても貴重で面白いもののようだ。
プラモドによれば、この子たちの半数はハイスクール(中学と高校)に行かずに
働きはじめるそうだが、教師や医者(に象徴される立派な職業)になりたい、
もっと学びたい、そんな子ばかりなのだろうと思う。
最後に子供達から私たちにも同じ質問をされた。
将来の夢で、私が「MOTHER!」とお腹を触ると
子供達は恥ずかしそうにもじもじして、
教師のウペンドラだけが手をたたいて喜んだ。
子供たちに名前を聞いているとき、
苗字がクマールとクマリばっかり!と驚いたのだが、あとで教師に聞いたら、
性別を表す名称で、男子は全員クマール、女子は全員クマリなのだそうだ。
名前も表情も可愛くていつも笑わせてくれるのはガジャ・クマリ。
孤児ではないが、姉のススマが孤児たちの食事などの世話をするスタッフなので
ずっと学校にいる。みんなの妹みたいな存在。甘えん坊。
ちなみに姉のススマはクマリじゃないんだと、結婚した女性はデヴィになるんだと。
私もミワ・デヴィだ、と一緒に笑う。
そんなススマに密かに想いを寄せている(憶測)のが、一番の兄貴キャラ、
イケメンのソヌ。いつも髪型をびしっと決め、帽子やサングラスを借りたがり、
写真を撮ってあげるとモニターチェックを欠かさない。
自分で考えたらしいキメポーズで撮ってくれと言われたときは、吹き出すのを
堪えるのが大変だった。勇輝は「あいつはスターになれる」と真剣顔。
写真を撮ろうとするとシャツの第一ボタンを慌てて留めるのがシャルバン。
お調子者でヘラヘラ踊ったりしてるけど、
絵が上手で、写真を撮るのも上手。彼は芸術家になれると思う。
あとはいつもソヌに怒られてしょんぼりしているアブデス。
空気を読むのが上手な、優しいアマン。
いつも最後にくっついてくる、ちびっ子のロウサン。
この3人は、大きい子がいないときに
そっと近づいてきて手をつないでくるような子。
ソヌ、シェルバン、アブデス、アマン、ロウサンも、
アミットとともに学校に寝泊りする孤児だ。
*
*
現在、机と椅子の大工作業は進行中だ。
(契約した翌日、お金が足りなくて木材が買えないという、
先に言えよ!な連絡が入って払いに行ったりまあ色々あったのだが)
私たちはまた引越しをした。
イギリスへ帰っていったイダンが、年間契約している広く快適な部屋
(非常に暑いけど)を、無料で借してくれたのだ。感謝。
一昨日はラジェッシュたちに手伝ってもらってペンキを買いに行った。
先に出来た4セットの机と椅子に色を塗るのだ。
1L缶で150ルピー(300円)。とりあえず1缶ずつ2色。ハケは30ルピー。
ところが私がバイクから降りるとき、誤って黄色のペンキを落としてしまった。
私がオロオロしていると「大丈夫!問題ない!」と椅子を運んできたラジェッシュ。
ずっとペンキを心待ちにしていたアミットが飛び出して来る。
みんなで道に流れたペンキを上手にすくいながら椅子を塗った。
ごめんね、ありがとう。
私はそんなみんなが大好きだ。
たった4脚でもかなり骨が折れる。こりゃあ大変だ。
あと24セット、気が遠くなる。
やっぱプロにお金払ってやってもらう?
いやいや、みんなでやろうよ。
ゆっくりでいいからさ。歌でも歌いながら。
昨日は、青いペンキで机を塗った。
(↑ソヌ撮影)
この、机が青で椅子が黄色というのは、ソヌのアイデア。
なかなかいい。 (↑勇輝休憩中)
*
*
新しい机が10個完成していた!
すごく出来栄えがいい。
プラモドによると、夜間も働いてくれているのだそうだ。
完成したら、大工さんたちの好きなお酒をいっぱい買って、お祝いをしよう。
勇輝は、毎日子供達とサッカーをしている。
小さい子も混ざれるように、パスとフェアプレイ精神を徹底的に教えている、
いや、そうしようと奮闘している。
私は応援。
こうして毎日が進んでいく。
たまたまあった出会いで、偶然みたいなつながりで、
私たちの始めた思いつきのようなことが、たくさんの人を巻き込み、
広い世界の、インドの中の、小さな村で、小さな光を放って鼓動している。
ここに生まれたかすかなHOPEとエネルギーの美しさを感じている。
正しいか正しくないか、充分か充分じゃないか、考えるのをやめて
思い切って行動したらこんなに、こんなに最高だった。
でも一番、多くのものを学び、多くを得ているのは私たち自身なのだろう。
ラジェッシュたちみたいに、
1人でも多く大学に行けるように、
勉強を頑張ろうと思えるように、
彼らの目にHOPEが輝くように。
私たちは、机と椅子をあげるのだ。
今日もこれから学校へ行く。
子供達に会いに。大工さんたちを励ましに。ペンキを塗りに。サッカーをしに。
(完成をお楽しみに。)
(MIWA)