イタカレという小さな町。
50円で美味しいコーヒーが飲めるカフェを見つけ
私は風に吹かれながら書き物をしていた。
サーフィンを終えた勇輝がやってくる。
いつものように結果報告を聞く。
のどかな昼下がり。
でも今日はちょっと違う内容だったようだ。
見えていた景色が白っぽくなる。
光の分子が増加していくみたいだ。
ほんの数秒がゆっくりとゆっくりと流れ
スローモーションのように勇輝が口を動かし
私の中の獣の部分が目を覚ましていくのを感じた。
勇輝の言ったことをもう一度反芻する。
サーフィンを終え宿に帰ると表の扉の鍵が閉まっていた。
今日は宿の主人と奥さんが夜まで不在と聞いている。
困ってよじ登って入ろうとすると
いつも部屋の掃除をしてくれる女の子が出てきて開けてくれた。
部屋に入り鍵をしていたバックパックから財布を取り出す。
ダイヤル式の鍵は、もとの並び方とは違う番号を示していた。
財布の中に確かにあった100レアル札(約5000円相当)が消えていた。
あと確かではないのだが50米ドル札1枚と20ドル札1枚もない。
宿には誰も居なくなっていた様子だった。
それでとにかくここへ来たと。
頭の中をいくつかの考えが高速で駆け巡る。
掃除の女の子が怪しいのは確か。
だけど、私たちはポルトガル語ができないし果たして問い詰められるのか。
警察を呼ぶ、宿の主人を待つ・・・
そうだ、ピザ屋のオーナー、ファビオに助けてもらおう。
彼なら英語が上手だし、きっと頼りになる。
すぐカフェの電話を借りてファビオにもらった番号に電話をする。
でもその番号はピザ屋のもので、出たバイト君曰く、
ファビオは夜にならないと来ない、自宅の番号も知らない、とのことだった。
以前ネパールで出会ったカモ夫婦がアフリカで
バスに預けた荷物からお金を抜き取られ
会社に訴えて取り返した話を思い出す。
諦めちゃだめだ。自分たちで何とかするしかない。
大事なのは、現金が戻ってくることと、犯人がちゃんと反省して二度としないことだ。
両方を叶えるためには、必ずしも真っ先に警察に通報することは得策ではない。
急ごう。
彼女が家に帰ったらすべておしまいだ。
幸運にも、宿に向かう途中で彼女にばったり会った。
家に帰るところだったらしい。
「話があるので来て」と宿へひっぱっていく。
彼女は「なに?」といいながらも比較的大人しくついてきた。
ここで抵抗され、走って逃げられたらアウトだと思っていた。
なぜなら明日の朝私たちはここを発たなくてはいけないからだ。
2つめの幸運。宿の奥さんが早く戻ってきていて、フロントにいた。
カタコトの英語しかできない奥さんに懸命に説明する勇輝。
私は、絶対に物的証拠しかないと思っていたから、女の子から目を離さなかった。
もし私なら、紙幣を持っていた場合なんとかして証拠を隠したい。
話を聞き終えた奥さんが女の子に聞く。
「知ってる?」「NO–!!知りません!」困ったわねえ、という奥さんの前で、
私は「ちょっとゴメン!本っ当にごめん!」と言いながら、彼女のポケットを探り始めた。
「何?やめてよ!」女の子は抵抗する。
ジーンズの後ろのポケットから、70米ドルが出てきた。
勇輝は憤慨して訴えた。
「この土地で、この女の子のポケットから70ドルの大金が出てくることはノーマルなのか?!」
フロントのPCで翻訳機能を使いながら奥さんと話している。
私は女の子のことをじっと見つめていた。「100レアルはどこやった・・・?」
女の子は奥さんに、旦那さんから預かったお金だと訴えた。
今日これから結婚指輪を買いに行く約束をしていると。
旦那に電話して聞いてみてもいいと。携帯で電話をかける。つながらない。
そうこうしてる間に、宿の大元のオーナーの母で弁護士という女性がふらりとやってきた。
話を聞いた彼女は、部屋にどんな状態で財布をおいていたか説明を求めた。
確かにリュックのポケットには鍵をしていたが、
そのままジッパーをゆっくりこじあければ中に手が入れられる程は開く状態だった。
婦人は私たちにも不注意があると言いたそうだった。
彼女が、英語が上手だという息子、つまりオーナーを呼んだ。
オーナーの男性が来て話を聞く。なるほど、と。
女の子に「やったのか?」「NO!」「ふむ、そうか」と。
そして言った「まあここは穏便に。このお金は持っていってくれ」。
「はぁ?!」
嘘の許せない勇輝は納得ができない様子だった。
「この金は僕らのだし。彼女はなんで認めないんだ、盗ったって」。
「まあ、そこは、ね。ごにょごにょ」。
みんな、もう分かってるんだろうな、と思った。
私たちの居ないところで内輪で叱るつもりなんだろうか。
でもこんなで解決にしていいんだろうか。
100レアル札は出てきてないし、彼女は反省せずまた繰り返してしまうかもしれない。
私は決意した。
賭けと言ってもいい。
奥さんに頼み、女の子と共に別室へ移動してもらった。
彼女の下着の中を調べてくれませんか。
私は絶対に隠し持っていると踏んだ。
奥さんはびっくりしたようだったが、私の真剣な顔に意を決したようだった。
二人が部屋のバスルームに入る。戸を開け放ち、私は少しずれて立ち、
奥さんは見えるが女の子の姿は見えないようにした。
さあ脱いでという奥さんに、女の子は「嫌だ、恥ずかしい」と抵抗し、泣きはじめた。
胸がぎゅうううっとなった。
私は人として、一番の辱めを彼女に味わわせている。
私は人として、やってはいけないことをやっている。
ものすごく酷いことを。
もし何も持っていなかったら、どう謝ればいいのか・・・・・・。
奥さんは説得をする。それでも泣いて嫌がる彼女。
すると奥さん「何も恥ずかしいことないじゃない!」と大きな声を出し、
突然自分が服を脱ぎだした。
シャツを脱ぎ、ジーンズまで。
見とれてしまうほどのナイスバディに、Tバックのパンティ。
そんな姿になり、「さあ、脱ぎなさい!!!」と。
その迫力。
愛だと思った。
宿の女主人と掃除婦。
私の知らない、家族のように過ごしてきた日々があったと思う。
どんなにか辛い気持ちで言っているのか、「脱ぎなさい」と。
私は涙がにじんで何度も「ごめんなさい、もういいです」と言いそうになった。
ややあって、ぼそぼそと話すのが聞こえ、奥さんが服を着た。
私を部屋のドアへ促し、外へ出た。
奥さんの手には100レアル札があった。
「パンティの中にあった」。
奥さんの手はぶるぶると大きく震えていて、
目の中には涙が溜まって真っ赤だった。
「こんなことさせてごめんなさい」。
私は奥さんと抱き合うことしかできなかった。
見つかった100レアル札を見て、一同は無言でため息をついたようだった。
服を着終えた女の子が苦い表情をして出てきた。
私はどうしたらいいか分からなくなって、
とにかく彼女に味わわせた人に下着を脱がされるという行為が
同じ女としてどんなに辛かっただろうと胸が張り裂けそうで
歩みよったら自然にHUGをする形になった。
彼女の目の中にあったもの。
それはなんと言うか、怒りでも謝罪でもバツの悪さでもなくて、
多くのものをこれで失ったと知る放心に近いものだった。
全員が目を伏せるようにして「それじゃ」、という感じでお開きになった。
勇輝は聞いた。「彼女は認めたの?」
誰もうんとは言わなかった。
もう勇輝はがっくり力が抜けたようだった。私たちは部屋へと戻った。
・・・・
やったぞ!全額取り戻した!諦めなくて良かった!
本当ならそう言って二人でハイタッチするところだったのだろう。
でも私たちはしょんぼりベッドに腰を下ろした。
きれいに掃除された部屋。
私たちは3日間、一度もチップを置いていなかったことに
そのとき気がついた。
(ともともチップの習慣が身についてないのと、
ベッドメイキングしてくれるような宿に泊まってこなかったからなのだけど)
酷いね・・・私たち・・・。
毎日掃除をしてくれた彼女の姿を思い浮かべてみる。
一生懸命掃除してるのにチップも置いてくれない客。
部屋に無造作に置かれたバックには
開ければ開けられるポケットの中に
自分が一月に稼ぐ何倍もの大金が入っている。
「餌を仕掛けてたようなもんかもしれない・・・・・・」
とてもとても悲しい気持ちになった。
勇輝は、宿の主人宛にポルトガル語を調べながら手紙を書き始めた。
「自分たちも申し訳なかった。どうか彼女を許してあげてほしい」
・・・・
翌朝、バス停に向かう途中でばったり会ったオーナーと話す。
「彼女はどうなるんですか?」
「辞めてもらうよ。ここは観光地。盗難があるような場所からは
お客さんは離れていくだろう。絶対あってはならないことなんだ。
彼女はもうこのエリアでは働けないと思う」
「そんな・・・」
「大丈夫だよ!彼女らの住むエリアでも何かしら仕事はあるさ」
町を離れるバス。
車窓から彼女の住むエリアと言われるファベーラ(貧民街)が見えた。
(MIWA)