月がだんだん太っていって。
満月の日の朝から、優しい陣痛が始まった。
それからまる二日。
ゆっくりゆっくり時間をかけて、君は降りてきた。
50時間のお産。
私は何度も、もうだめかと思ってしまったけど
君は、君って子は。
心拍が弱くなることもなく、
辛抱強く、もしくは、口笛を吹きながら。
ゆっくりゆっくり進んできたんだ。
一番さいごの、大きな大きな痛みのうねり。
その末に君は
両手をぎゅっときつく握りしめ
黒々した髪の毛をはり付かせて
海苔のようなうんちと私の血液にまみれながら
ひとすじの光の方へ
たくさんの祝福の待つ方へ
誕生という奇跡の始まりへ向かって
命をかけて這い出してきた。
助産師さんにひっぱり上げられ
空に君の身体が浮いた。
そこにブルンっと、
思っていたよりずっと太くて生々しいへその緒。
そしてその先に、小さくて、でも確かなもの!
ああ、男の子だ!
次の瞬間、目に飛び込んできた。
君の口の中に、薄くて小さな舌。その赤色!
見たこともないような、燃えるような赤だった。
その赤い舌を小さく震わせて、身体いっぱいに力を込めて
君は泣き声を上げた!
血のにおい、体液のにおい。けもののにおい。
いのちのにおい。
君を抱きとめながら、私は震えた。
美しい。
尊い。
まぶしい。
月の光をまとったような、君の、エネルギーの美しさだった。
さっきまで居なかった君という人を
ただただしばらく、見つめていた。
君は誰に教わったのか、乳首を探り当ててかぶりついていた。
何てこった。私たちは人間という、動物だった。
**
しばらくたって、やっとまわりの動きが理解できた。
1リットル近く出血してしまった私を、
医師と助産師、数人掛かりで処置して下さっている。
勇輝の膝の上で、その様子をじっと見つめる君。
私を守るという
最後の任務を果たしているように思えた。
計量し、片づけ、助産師さんたちが出ていった。
分娩した和室で、そのまま2時間休むことになっている。
それぞれ、よく頑張った。
へとへとになった私たち、新しい家族3人は、
ばたりと横になり、ひたすら眠った。
その間に魔法は解け、
君は普通の赤ちゃんに戻ってしまったようだった。
2時間後、支度をし3人で
これから入院する相部屋へ移動した。
大きなスライドドアを開けると目の前に
ぱあっと、まる2日ぶりの、自然の光。
窓の空の青が迎えてくれた。
これから、すべてこれから、はじまる、
そんな青。
どこまでも晴れ渡る、希望の青。
君の、一点の濁りもなく澄んだ瞳の中に
私と空が映っていた。
ただそれだけで、ただ泣けた。
君を、好きだ。
大すきだ。
そう思った。
2日後、私たち夫婦は
君に青(あお)と名付けた。
青い空や海、自然と共に生きよと
「青は藍より出でて藍より青し」、よき師を持ち越えてゆけと
何歳になっても青臭く、理想や夢や正義を語れる人であれと
そんな祈りを込めた。
すべてのことには意味があるのだとしたら、
私がこれまで経験してきたこと、身につけてきたもの
全部、君にそそぐためだったのかもしれない。
だから回り道も、涙も、ひとつも無駄じゃないんだ。
そう、言ってもらったような気がする。
ありがとう。青。
私たちのところへ
来てくれてありがとう。
(MIWA)