長い夢を見ていました。
それはそれは鮮やかな夢でした。
小奇麗なお寿司屋さんのカウンター。私の隣にはロマンスグ
レーの紳士(本間家の父に似ている)、前には熟練という感
じの初老の板さん。他に客はおらず、2人が穏やかな笑顔で
私を見ている。「なんでも、好きなものを食べていいんだよ
」「活きのいいの入ってますよ」私は目を輝かせ、幸せと安
心に包まれた心地になる。頬を紅潮させながら口を開く。「
サーモンと蒸しエビください」私の声がお店の中でゆっくり
とこだました気がした。そしてその声は紳士をぎょっとさせ
、揉み手で待ち構えていた板さんをがっかりさせたようだっ
た。私は焦る。ああ、そうか、それはないな、遠洋から冷凍
で届くサーモンなんて活きを売りにしてるお店に失礼だし、
なんだよ蒸しエビって!ボタンエビですか?車エビですか?
甘エビですか?って女神が聞いてるのにいいえ私のは鉄の斧
ですって言ってるようなもんじゃないか、でも食べたいんだ
、でも食べたいのごめんなさい。程なくして目の前に置かれ
る紅色のそれたち。すごい。シャリよりネタのほうが大きい
!私はなかなか食べられない。紳士と板さんが、微笑みなが
らうなずく。私もうなずき、手でつかむ。まずはサーモンだ
った。半分食べる。もっっちり。甘味が広がる。くう~!残
りの半分を食べる。来た~お帰りこの美味しさ!はたと見る
とまた紳士がぎょっとし板さんが残念そうな顔をしている。
はっ!やってしまった。いつもの食べ方だ。醤油にさらにワ
サビを少量溶き、半分づつ食べる。どっち?どっちにがっか
り?どっちも?分かったワサビはやめますごめんなさい、回
転寿司の癖ですいつもワサビが足りなくて、でも半分ずつっ
てのは許してほしい、ネタ・シャリ・醤油・ワサビが初めて
出会って一つになって口の中でトロけあっていく運命的いや
ある意味事件的瞬間を1粒で2度味わえるのだから。・・・
心の中でそんな弁解をしながら、手はお待ちかねの蒸しエビ
に伸びている。さすが名店(だと思う)、くるくる回転しち
ゃってる店とはモノが違う!この厚み!この輝き!鮮やかな
シマ模様!かじる。ぶりりっっと音がする。これはすごい。
大阪城を突き破って手と足を出し、最上階の部屋の障子があ
いてそこから顔を出し「う・ま・い・ぞー」と叫ぶ、「美味
しんぼ」風のやたらオーバーな感情表現をやりたくなるほど
の感動だ。ここから、映像が途切れ途切れになる。確か「ヒ
カリモノのいいのを」と気の利いた注文をして二人の男性を
ホッとさせ、続けて「白身のおすすめを。あ、こぶじめも1
つ入れてください」と注文してさらに上機嫌にさせ、最後に
「あ、アボカドあります?」と聞いてまたがっかりさせたと
ころで目が覚めた。ベッドの傍らに2人のナースが立ってい
た。注射器を3本と点滴1本を持っている。朝の6時。
私は何をやっているんだろう。希望に胸ふくらませ、成田で
友人たちに手を振り、意気揚々と旅に出たのではなかったか
しら。なぜに腕にぶっとい針刺されて液が漏れてパンパンに
なって痛いのだっけか。
ああそうだった。あれはヤバイと思った。あと5分遅かった
ら、気を失ってたと思う。息が苦しくて手足がビーーンって
痺れて感覚がなくなっていった。心の中でごめんなさいとか
何でもしますと何度も叫び、途中からよく分からなくなって
グルグルした。恐らくなんの根拠もなく勇輝が言った「気を
失っても大丈夫だから」の言葉にイラっとしつつ謎に安心し
ていた。きっと大丈夫だ・・・。病院に着いたときにはタクシー
からも降りられなくて、文字通り担ぎ込まれた。鼻から酸素
入れられても全然苦しいのが収まらなくて焦って、しばらく
して口から息してるからじゃんと分かって、鼻で深呼吸した
ら楽になって眠ってしまった。昔から胃腸が弱くて、急性胃
腸炎で救急車に乗ったこともあったから、お腹の痛みに耐え
ることには自信があった。でも今回のはそれはすごくて、も
しかして私、陣痛、平気かも?と思うほどで、急に熱も出た
から、ショック状態に陥ってしもうたんだと思う。タクシー
があって本当によかった。私の中の悪い奴も、少しは人の情
けがあるのかもしれない。ストが終わるまで待っててくれた
んだから。さんきゅ。でももう行っていいよ。
注射と血圧、体温の検査が終わり、新しい点滴をつけてナー
スが出ていく。経過は良好だそう。小さなベッドに寝ていた
勇輝に、さっそく夢でみた寿司の素晴らしい感触について話
す。反応がイマイチな勇輝に、「私はね、退院したら寿司を
たらふく食べようと思うよ!」と言い放ってまた寝る。夢に
出てこなかったネタを思い浮かべてニヤニヤしながら。ホタ
テ・・・ウニ・・・イカ・・・ネギトロ・・・あ、中トロ・・・きゃー・・・む
にゃむにゃ
また起こされる。あ!ドクターだ!待ってました。体格がし
っかりしていて、思わずママ!と抱きつきたくなる彼女がマ
イドクター。携帯が鳴って画面チラ見したらイケメンの顔。
息子?さては彼氏だな?無関心を装いポケットにしまう彼女
。ハハンあとでかけ直すつもりだな。「よさそうね。今日退
院ね」やた!!今後のために、勇輝が詳しく原因を聞く。早
く次行かないとというオーラを全身から出し早口で話す彼女
には、萎縮して私は一言もしゃべれない。勇輝とドクターが
話している。全然分からないが端々に「ワーム」と聞こえド
キリとする。ドクターが書類の裏に絵を描き出した。
卵    →   さなぎ  →  成虫アミーバ
(まるい) (ぐにゃぐにゃ)  (ぐにゃぐにゃ)
なんのこっちゃ。絵下手!(ああなぜ写真に撮らなかったの
だろう)。要は、いつか分からんけどアミーバの卵が腸内に
潜伏してて、孵化して大暴れ、だったらしい。薬はさなぎに
は効かないから、あと1週間くらい、成虫に効くやつを飲み
続けて退治しないとならん、らしい。回虫フェチのメグの顔
が浮かぶ。ああそうさ、虫がいたさ俺の中に。笑ってくれや
い。痩せたとか調子に乗ってたけど体内に虫がいっぱいいた
せいだったとさ。惨め。最後に私からの必死の目くばせで、
勇輝が質問。「生魚とか・・・」「NO.」ぴしゃり。ですよね。
夢破れて山河あり。遠くにエベレストが潤んで見える(見え
ないけど)。
かくして、めでたく退院。日本料理屋「桃太郎」でメニュー
のサーモン寿司、のとなりにあったうどんを食べ、ホテルへ
帰る。「念のため」バンコク行きのチケットをこっそりチェ
ックしつつ、義理姉キリちゃんのブログで母の日だったと気
づき、スカイプで私の実家へかけると母が出た。「美和だよ
ー。」「あー美和ちゃん?」「どもー勇輝ですー。」「キャ
ー!勇輝ぃ!!」なんでやねん。母は入院の話を聞くとでか
い声で「なんか拾って食べたんでしょー!!」笑い声。そう
、私の母はこうでなくちゃ。でも知ってる。胸が張り裂けん
ばかりに母は私たちの無事を朝な夕なに祈っていることを。
心配かけちゃいけんな。健康で、笑顔で帰らなくては。
病室に置かれていた赤いリュックサックには、勇輝が考えた
入院に必要なものが詰まっていた。それは、私なら入れない
余計なものがあったり(醤油は役立ったけど)、私なら入れ
るものが抜けてたりして何ともどうしたもんか「苦笑」、だ
ったのだが、一生懸命小さなリュックに詰めている姿を想像
したら、謎にちょっと泣けた。2日間ただ病室にいてくれた
、今思えばそれだけでどれだけありがたかったか。心からそ
う思えば思うほど、ありがとうが詰まって出てこなかった。
(MIWA)
長い夢を見ていた。
それはそれは鮮やかな夢だった。

小奇麗なお寿司屋さんのカウンター。
私の隣にはロマンスグレーの紳士(本間家の父に似ている)、
前には熟練という感じの初老の板さん。
他に客はおらず、2人が穏やかな笑顔で私を見ている。
「なんでも、好きなものを食べていいんだよ」
「活きのいいの入ってますよ」
私は目を輝かせ、幸せと安心に包まれた心地になる。
頬を紅潮させながら口を開く。
「サーモンと蒸しエビください」
私の声が店内にゆっくりとこだました気がした。
そしてその声は紳士をぎょっとさせ、揉み手で待ち構えていた板さんをがっかりさせたようだった。
私は焦る。ああ、そうか、それはないな、
遠洋から冷凍で届くサーモンなんて活きを売りにしてるお店に失礼だし、
だいたいなんだよ蒸しエビって!
ボタンエビですか?車エビですか?甘エビですか?って女神が聞いてるのに
いいえ私のは鉄の斧ですって言ってるようなもんじゃないか、
でも食べたいんだ、でも食べたいのごめんなさい。
程なくして目の前にふわりと置かれる紅色のそれたち。
すごい。シャリよりネタのほうが大きい!私はなかなか食べられない。
紳士と板さんが、微笑みながらうなずく。私もうなずき、手でつかむ。
まずはサーモンだった。半分食べる。もっっちり。甘味が広がる。くう~!
残りの半分を食べる。来た~お帰りこの美味しさ!
はたと見るとまた紳士が驚き、板さんが残念な顔をしている。
はっ!やってしまった。いつもの食べ方だ。
醤油にさらにワサビを少量溶き、寿司を半分づつ食べるという。
どっち?どっちにがっかり?どっちも?
分かったワサビはやめますごめんなさい、回転寿司の癖ですいつもワサビが足りなくて、
でも半分ずつってのは許してほしい、
ネタ・シャリ・醤油・ワサビが初めて出会って一つになって口の中でトロけあっていく
運命的いやある意味事件的瞬間を1粒で2度味わえるのだから。
・・・心の中でそんな弁解をしながら、手はお待ちかねの蒸しエビに伸びている。
さすが名店(だと思う)、寿司があられもなくクルクル回されちゃってる店とはモノが違う。
この厚み!この輝き!鮮やかなシマ模様!
かじる。ぶりりっっと音がする。これはすごい。
大阪城を突き破って手と足を出し、最上階の部屋の障子があいて
そこから顔を出し「う・ま・い・ぞー」と叫ぶ、
「美味しんぼ」風の意味不明かつやたらオーバーな感情表現をやりたくなるほどの感動だ。
ここから、映像が途切れ途切れになる。
確か「ヒカリモノのいいのを」と気の利いた注文をして二人の男性をホッとさせ、
続けて「白身のおすすめを。あ、こぶじめもいいな」と分かってる発言でさらに上機嫌にさせ、
最後に「アボカドあります?」と聞いてまたがっかりさせたところで目が覚めた。
ベッドの傍らに2人のナースが立っていた。
注射器を3本と点滴1本を持っている。
朝の6時。

私は何をやっているんだろう。
希望に胸ふくらませ、成田で友人たちに手を振り、
意気揚々と旅に出たのではなかったかしら。
なぜに腕にぶっとい針刺されて液が漏れてパンパンになって痛いのだっけか。

ああそうだった。
あれはヤバイと思った。あと5分遅かったら、気を失ってたと思う。
息が苦しくて手足がビーーンって痺れて感覚がなくなっていった。
心の中でごめんなさいとか何でもしますと何度も叫び、
途中からよく分からなくなってグルグルした。
恐らくなんの根拠もなく勇輝が言った「気を失っても大丈夫だから」
の言葉に謎に安心していた。きっと大丈夫だ・・・。
病院に着いたときにはタクシーからも降りられなくて、文字通り担ぎ込まれた。
鼻から酸素入れられても全然苦しいのが収まらなくて焦って、しばらくして
口から息してるからじゃんと分かって、鼻で深呼吸したら楽になって眠ってしまった。
昔から胃腸が弱くて、急性胃腸炎で救急車に乗ったこともあったから、
お腹の痛みに耐えることには自信があった。
でも今回のはそれはすごくて、もしかして私、陣痛、平気かも?と思うほどで、
急に高熱も出たから、ショック状態に陥ってしもうたんだと思う。
無機質なERの担架ベッドでうっすら目が覚めて、
涙がポロポロ止まらなくなった。
もう大丈夫という安心と、怖かったよってのと、あといろいろ。
今日はバンダが明けた日で、キム君滞在最終日で、
3人でいっぱい買物して美味しいものたくさん食べようって楽しみに寝たのに。
ブッダガヤでもデリーでも高熱が出たけど
何度も服を代えたりバケツにお湯入れて足をつけたりタオルを首に巻いたり
黙々と立ち向かって1日で治してきたのに、
下痢とも闘ってきたのに、結局こんな形で倒れるなんて。
もしかしたら身体はずっと「もうダミだよ」とアピールしてたのかもしれないのに。
薬も飲まないし裸で寝るし食べる前の手の消毒もしないし
まったく無頓着な勇輝があまりに心配で
もっと身体の声を聞かないとダメだよ、と叱ったこともあったのに。
バカだな私。
勇輝が眉毛をハの字にして困り笑いしながら涙をふいてくれた。
ああでもタクシーがあって本当によかった。
絶対ここまで歩けなかった。
私の中の悪い奴も、少しは人の情けがあるのかもしれない。
ストが終わるまで待っててくれたんだから。
あ、違うかな、誰かの強い思いに守られたのかな。
誰だか分からないけど、ありがとう。

注射と血圧、体温の検査が終わる。
新しい点滴をつけてナースが出ていった。
経過は良好だそう。
小さなベッドに寝ていた勇輝を起こし、
さっそく夢でみた寿司の素晴らしい感触について話す。
反応がイマイチな勇輝に、「私はね、退院したら寿司をたらふく食べようと思うよ!」
と言い放ってまた寝る。夢に出てこなかったネタを思い浮かべてニヤニヤしながら。
ホタテ・・・ウニ・・・イカ・・・ネギトロ・・・あ、中トロ・・・きゃー・・・
むにゃむにゃ

また起こされる。
あ!ドクターだ!待ってました。
体格がしっかりしていて、思わずママン!と抱きつきたくなる彼女がマイドクター。
携帯が鳴って画面チラ見したらイケメンの顔。息子?さては彼氏だな?
無関心を装いポケットにしまう彼女。ハハンあとでかけ直すつもりだな。
「よさそうね。今日退院ね」 やた!!
今後のために、勇輝が詳しく原因を聞く。
早く次行かないとというオーラを全身から出し早口で話す彼女には、
萎縮して私は一言もしゃべれない。
勇輝とドクターが話している。全然分からないが端々に「ワーム」と聞こえドキリとする。
ドクターが書類の裏に絵を描き出した。私は身を乗り出す。
 

 

卵    →   さなぎ  →  成虫アミーバ
(まるい)   (ぐにゃぐにゃ)   (ぐにゃぐにゃ)

なんのこっちゃ。絵下手!
(ああなぜ写真に撮らなかったのだろう)。
要は、いつか分からんけどアミーバの卵が腸内に潜伏してて、孵化して大暴れ、だったらしい。
薬はさなぎには効かないから、あと1週間くらい、さなぎが全部成虫になるまで
薬を飲み続けて退治しないとならん、らしい。
回虫フェチのメグの顔が浮かぶ。ああそうさ、虫がいたさ俺の中に。笑ってくれやい。
痩せたとか調子に乗ってたけど体内に虫がいっぱいいたせいだったとさ。惨め。

最後に私からの必死の目くばせで、勇輝が質問。
「生魚とか・・・」 「NO.」
ですよね。ちゃんちゃん。
夢破れて山河あり。遠くにエベレストが潤んで見える(見えないけど)。

かくして、めでたく退院。
日本料理屋「桃太郎」でメニューのサーモン寿司、のとなりにあったうどんを食べ、ホテルへ帰る。
念のためバンコク行きのチケットをこっそりチェック、しようと思ったけどやめて、
義理姉キリちゃんのブログで母の日だったと気づき、
スカイプで私の実家へかけると母が出た。
「美和だよー。」「あー美和ちゃん?」
「どもー勇輝ですー。」「キャー!勇輝!勇輝ぃー!」
なんでやねん。(※母は勇輝ラヴである)
入院の話を聞くとでかい声で「なんか拾って食べたんでしょー!!」笑い声。
そう、私の母はこうでなくちゃ。
でも知ってる。
胸が張り裂けんばかりに母は私たちの無事を朝な夕なに祈っていることを。
心配かけちゃいけんな。健康で、笑顔で帰らなくては。

病室に置かれていた赤いリュックサックには、
勇輝が考えた入院に必要なものが詰まっていた。
それは、私なら入れない余計なものがあったり(醤油は役立ったけど)、
私なら入れるものが抜けてたりして何ともどうしたもんか「苦笑」、だったのだが、
一生懸命小さなリュックに詰めている姿を想像したら、謎に泣けた。
2日間ただ病室にいてくれた、今思えばそれだけでどれだけありがたかったか、
心からそう思えば思うほど、ありがとうが詰まって出てこなかった。

私は、認めなくてはならない。
東京で生まれ育ち、洗練されオーガナイズされた美しい都市で
安全、安心の中で生きてきたこと、そしてその場所を愛していることを。
他の国にある混沌と人間の生のエネルギーに感嘆し、
豊かになりすぎて大事なものを失くしてしまっていると東京を憂いたりしたけど
私は、私はどうしようもなく東京が好きで恋しくて
今すぐにも帰りたい。
そして、私は、弱い。
絶対に言いたくなかった、でもこれを認めてしまわなくては。 

そこからもう一度、
私の旅を始めなくては。

 

(MIWA)