待ちに待った水曜日。
今日はばあさんが街から帰って来る。

8時半に起きて身支度をし下におりる。
家の中なんだけど息が白い。
日はそろそろ出る頃だけど山に囲まれたここは日の出が遅い。
じいさんはまだ起きていない。真っ暗な中ストーブに火を入れようとするんだけど
薪は太く、紙を使っても全然火がつかない。
じいさんが起きてきて、あっという間にストーブに火が入った。
さすがキャリアが違う、というんじゃなく、ガソリンをぶっかけていた。

コーヒーを飲み、家の中を再度くまなく掃除。
ばあさんが気持ちいいように。

日が出てきたら
落ち葉でいっぱいだったウッドデッキを
猫と犬に邪魔されながら掃除して、

農作業用に私が買った、アディダスという刺繍入りのジャージズボンを繕った。
さすが安物、もう股の部分に穴が開いてしまったのだ。
よく見たらすべての縫い目がゆるんでいる。ズボンのほぼ全体を縫い直した。
農作業なんて1つもやってないのにね。
困ったものだ。

 

そんなことをやっているうちに、
居間に置いてあるトランシーバーがせわしなく鳴るようになった。
村では一家に一台のトランシーバーがあり、それで連絡を取り合っているのだ。
よく分からないけど、もうすぐ船が着くのかな。
じいさんがうきうきした様子になったな、と思ったら
ばあさんが帰ってきた。

毛糸を山ほど抱えて。
「一緒に編み物しよう」。
農業と関係ないけど、でもすごく嬉しかった。

夕飯の支度に炊いたごはんが
あまりにふっくら炊けたので、
おやつに「ふじっ子」のおにぎりを作った。


海苔は臭いらしく、はずす羽目になったが、すごく美味しいと喜んで食べてくれた。
じいさんはダメみたいだった。
「トロはごはんが好きじゃないの。好きなのはジャガイモと肉よ」


3人で夕食。
ばあさんの作った牛肉とイモととうもろこしのスープが
本当に美味しかった。
嬉しそうにたっぷり食べるじいさん。
よかった。ごめんね。

食後にばあさんが、朝のためのパンを焼き始めた。
まだ残っていたカチカチのパンを見せると、
ケラケラ笑い、「火がポイントなのよ。強くても弱くてもだめなのよ」と。
もう一度作るところを見て、生地をこねさせてもらって、手で感触を覚える。
「イーストが生きてる」
そう思った。火の入れ加減も注意深く観察した。


庭で摘んだクランベリーと泡立てた卵白と大量の砂糖を容器に入れて冷凍させた
奇麗な色のデザートを、ばあさんと並んで食べるほくほくした表情のじいさん。
久しぶりに温かいシャワーを浴びて、
身体の湿疹を見せて可哀想にとさすってもらっただけで
すごく幸せな気持ちになった私。

今夜はじいさんも私もめいっぱい
ばあさんに甘えているのだった。



安心した心持ちで寝て、翌日。
仕事!仕事がしたい!と飛び跳ねる私に、
ばあさんが渡したのは、ぞうきん2枚。
「窓拭き。家じゅうぜーんぶお願いね」
「・・・・・・・・。
お、おう、望むところよっ!」

ぞうきんは水拭き用と乾拭き用。
でかい洗面器をひっぱりだして洗剤をやかんの湯と水で薄める。
やぶれかぶれ、もとい、気合充分で取りかかった。

そしたらこれがものすごく大変で、
「何枚あるんじゃー!」と叫びそうになるほど多く
木材にクギで止めてあるガラスを拭くから指を何度もクギにぶつけて
水仕事のガサガサと血だらけとで手がひどいことになった。
50枚近くあるガラスとの格闘が終わる頃には、日が傾きかけていた。


夕食後、最近の自分の日課をしに外へ。
日課というか、チャレンジだ。
それは、「ペケーニャにパンをあげる」こと。

窓の外へ残飯を捨てると、いつもすぐに大きなロルが食べてしまう。
というより、ロルは夕飯を作るときと食べ終わったとき、窓の外で張っているのだ。

(すごいオーラを出して待っているロル氏の様子)
ちびのペケーニャが食べようと来てもすごい剣幕で追い払う。
だから私はペケーニャにパンをあげたくて、こっそりペケーニャを呼ぶんだけど
どうしてもロルが嗅ぎつけてやってくる。そしてその速さと迫力に負けてしまうのだ。
今日もペケーニャにはパンをあげられなかった。
ものすんごい数の星の下、ペケーニャの目はうるんで見えた。


翌日。雨と風。寒い。
ばあさんに誘われた。
「昼から集会所で、月に1度のミサがあるの。
牧師さんが船に乗っていらっしゃるのよ」。
ミサ?クリスチャンの?っていうか、あの集会所、教会にもなるの?
なんだか興味がわいたので見に行くことにした。
イメージしたのは、信心深い村の人々が集まり、厳かなムードで執り行なわれるもの。
っていうか、農業は一体いつ・・・?
なんてことは言えず、ついていくことにした。

冷たい風もなんのその。ふたりで口笛を吹きながら。


集会所に村人が集まってくる。
出た馬! お嬢ちゃん、それマイ馬なの?!やるなあーー!


さすが田舎時間。なかなか、なかなか始まらない。


始まったミサ。牧師さまジーンズにジャンパー。


机がらヒジが落ちそうになる程ほのぼのした、ミサ。
村の人々の状況、農作物や動物の状況、子供たちの心配ごと、各自の悩みなどを
牧師さんに話しアドバイスをもらう場のようだった。
このあと牧師さんが短い物語を読んで、皆でお祈りして、終了。
なんか、よく分からないけど、よかった。


夕方。
編み物をしたいけど棒かないので、庭から何本か良さそうな木の枝を拾ってきて
じいさんに見せた。「これじゃだめだ」みたいなことを言ってじいさんは
私の厳選特選の枝たちをストーブの火に放り込んでしまった。
戸惑う嫁。

夕飯は、ばあさん特製グズグズパスタに、サバ缶詰のハンバーグに、茹でたチョクロ。
なんともじいさんご満悦メニュー。

ペケーニャにパンをあげる作戦はまた失敗した。

翌朝。
じいさんがポロリと私に放り投げた、のは
荒く削った赤木の棒2本。
「編み棒ね!
ありがとーーーう!!!」
抱きつきそうになる私に背を向け、頭をかきながら去るじいさん。
シャイなあんちくしょう。
作業小屋から紙やすりを見つけてきて、時間をかけて磨く。
どんどん艶が出てきた。

昼どき、オソルノからお客様が来た。

じいさんは珍しくニコニコしてよくしゃべった。ワインをあけて、ご馳走を食べた。

よく笑う可愛いご夫婦。

皆で農場へ行って、何やら羊を追い始めた。

どうやら、このおじさんに羊を1頭あげることにしたようだ。
どうやるんだろ・・・・

う、うそでしょ? マンガかよ!?
おじさん、縄をぐるんぐるん。

必死で逃げる羊の皆さん。そりゃそうでしょう。
なかなか捕まらない。
おじさんは超真剣なのに、私は爆笑が抑えきれない。


よおーーし、おとなしくしろおー。 せいっ!

ごらあー。 ギャーー(バタバタ) キエーー!!!

ハァ、ハァ、このおじさんしつこい・・・
関係ないのに逃げ惑う、逃げ損のリャマさん。

結局、縄を放り出し素手で捕まえたおじさん。「観念しろっ!」 
本当に本当に、ああ、ドリフの5倍面白かった。ひい、ひい。
難を逃れた羊の皆さんはお家へ帰る。
「あいつだったね・・」「いい奴だったんだけどね」「俺は前から嫌いだったよ実は」
なんて話しているんだろうか。もう忘れているんだろうか。


「どや!」という表情のおじさん。何を考えているのか不明な羊さん。


皆で浜へ下りる。
羊さんが抵抗して止まったりダッシュしたりですごく時間がかかった。

船に乗せる。哀れ羊さん。
手伝っているのはカリーナの弟エランとパパ。

めっちゃくちゃ重いよう。 はあ、もうやめて面白すぎるからー。

バイバイ。おじさん、おばさん。
船を出すのはエランだって。ほえーー
馬に乗ってボートも操れる26歳男子。東京にはまず居ない。まじ萌える。男子力。


おや?

船が出るとき、なぜかうちのばあさんも乗り込んだ。
ん?
「私もオソルノ行ってくるわ」
「息子さんの・・家に?」
「そうよ」
「行ったばっかじゃん!」

「ほらこの二人のお手伝いもあるしね。ま、適当にやってよ。あははは!」

そりゃないぜばあさん。。。。。
こんなに好きなのに。。。。。


1人で家まで歩いて帰る。
スペイン語ができないので、細かいことが分からなくて歯がゆい。
どうして?ばあさん・・?
そんなに孫に会いたいのだろうか?
いや、私にじいさんを預けて羽を伸ばす魂胆・・?
も、もしやオソルノに愛人が・・・?

あはは。
くだらない邪推を風にとばす。

ここに来て明日で10日。
素晴らしい自然。興味深い生活ぶり。あたたかい人々。

でも、
私は農業がしたいのです。
それで来たのです。
なのにやっているのは家事ばっかりだ。
確かに農業のベストシーズンじゃない。雨も多い。
でも・・。

闘い方を教えて欲しいのにワックスがけしか教えてもらえない、
ベストキッドですかこれは。


「Don’t think, Feel .」
今度はリーの声が聞こえた。

 

不思議と、気持ちが落ち着いてきた。
やれることをやる。
自分でエンジンかける。

 

ふう。
とりあえず、
じいさんの夕飯の支度すっか。


 

続く