いよいよ始まった、南チリ、ルパンコ湖畔でのファームステイ。
夏のメインシーズンには観光客が来るらしく、ゲスト用の家が2軒あるんだけど
今は他に客がおらず、私に用意されたのは彼らの家の二階の一室。
独立してオソルノの街に住んでいるという息子の部屋だったらしい。
なんだか、この家の子供になったみたいだな。いや、ちょと違うな、
さしずめ息子の嫁、ってとこだろうか。
木造のあたたかな雰囲気の部屋で幸せな気分で眠った、はよいのだが
起きたら身体じゅうにかゆみを伴う湿疹が。
ダニ?ノミ? なんだか申し訳なくて彼ら夫婦には言い出せず(日本人っぽい)、
とりあえず床を掃き水拭きし、ベッドにも掃除機をかけて、念のため虫よけシーツを敷く。
今夜からきっと大丈夫。
だといいな・・・。
早速ファームのお手伝い!
を申し出ると、
「薪を薪小屋に移動しよう」、とのこと。
すると立派な牛さん2頭が登場。
牛の名前を聞くと、「ナチョ」。
もう1頭は?
「ナチョ」。
好きですよそのシュールさ。
じいさんは敷地の片付け。そうか、今は秋。冬支度に入っているのね。
薪を積み上げてある所から、牛車の荷台に積めるだけ積んで、薪小屋に移動し、
薪を移す(というか放り投げる)。単純なんだけど超重労働。ばあさん1人じゃこりゃ大変だ。
果てしなく何度も繰り返す。ナチョ×2を上手に操るばあさん。こればバックさせているところ。
へろへろで休んでいると、「豚にえさをあげよう」と。
ハイ喜んでー!
取り出したのが、長い枝。
りんごの木を叩いて実をぼとぼと落とす。
以上、えさやり、終了。
猛ダッシュで、もとい、猪突猛進で豚がやってくる。
ものすごい迫力で競い合いりんごを喰らう豚の皆さん。
上品ではない。いや、すいぶん酷い。映画「千と千尋~」の冒頭シーンを思い出していた。
お仕事を終えたナチョ(どっちか知らないけど)がその様子をじっと見ていた。
やっぱそう思う?エレガントじゃないって思う?
今日はお疲れさまでした。
この日はとっても美しい空。
「散歩しておいで。裏山の頂上まで行ってみるといいよ」
ハイ喜んでー。
とは言ったものの、ふもとを少し歩いたとこで足が止まる。
「また今度にしよう」。
怖い、わけじゃないし、面倒くさい、ともちょと違う。
なんなんだろう、分からないけど、
1つ分かったことは、
そっか私のエンジンは勇輝だったんだな、ということ。
私はハンドルを握ってればよくて、勇輝がぐんぐん進んで連れて行ってくれていたのだと。
エンジンがないと進めない。
急に寂しくなった。
この1人の期間は、私にとって、
自分のエンジンをふかしてみるという
訓練の場なのかもしれない、とちょっと思った。
誰もいない山の中、深呼吸ともため息ともつかない呼吸をした。
たんぽぽがいっぱい咲いていたので、子供の頃を思い出し王冠を作ってみる。
でもすごく隙間が開いて、しかも途中でやめてしまったのは、子供の頃と違って
花が可哀想と思ってしまったからだ。私は現代の東京で大人になってしまった人間なのだ。
夕方、ばあさんが台所で何か始めた。
「パンを作る」という。
なんだかアッサリ単純な感じで
あっという間にパンは完成した。
私の記憶では、パン作りってこう、一次二次発酵があって・・
もっと複雑なものと思ってたんだけど。
甘い香りが家じゅうに広がる。
お手伝いします、という間もなく
お夕飯も出来上がっていた。
ストーブの上に鍋を置き、冷凍だけの別冷蔵庫に山のように入った肉を1つ
放り込み、まな板を使わず手の中で野菜を削りながら投入し、いくつかのスパイスを入れて
放っておいたら出来上がり。
焼きたてのパンと少しのぶどう酒と一緒にいただく。
これがものすごい美味しかった。
トロミスじいさんとエディスばあさん。ばあさんはじいさんをトロと呼ぶ。
じいさんがばあさんをエディと呼ぶのは、入れ歯のせいでサ行がうまく発音できないからだ。
ばあさんは編み物。最初、なんと優雅な素敵なご趣味、と思ったけど、
後に、これも冬支度としてとても自然で大切な家事のひとつと知る。
二人が履いてるルームシューズも彼女の手編み。
二人が熱心に観ているのは、素人の歌のオーディション番組「factor X(ファクトルエキス)」。
factor(因子)X、未知なる金の卵発掘、ってとこだろうか。
審査員全員が「Si(YES)」と言えば合格なのだが、二人は歌を聴きながら勝手に
「Si」とか「No」とか画面に向かって審査していた。
その様子は愛らしく、私は 「NHKのど自慢」を観ながら勝手に「カーン」と
不合格の鐘を鳴らすうちの父母の姿と重ねていた。
後にこの番組を死ぬほど観ることになるとは、まだこの時知らなかった。
ちゅんちゅん。
日曜。
(身体の湿疹は治まるどころか悪化の一途)
今日は夕方から集落の寄り合いらしきものがあるらしい。
女性陣はエンパナーダを作って売るのだと。
面白そう!喜んでお手伝いすることにした。
今日はあいにくの天気。ここが集会所。
その一画に台所小屋があった。
鍋やら食材やらを抱え、エプロン姿の村の主婦たちが集合する。
写真前がうちのエディスばあさん。後ろがネリ。二人は旦那同士が兄弟、つまり義理の姉妹だ。
ネリは、サンティアゴの宿で一緒でここを紹介してくれたカリーナ、のお母さん。
ややこしいね。
エンパナーダの生地を作るネリ。アリナ(小麦粉)にレバドゥーラ(イースト)を少しと
サル(塩)少し、アセイテ(油)を入れて混ぜる。少しずつ単語を覚えていく。
ネリ手作りのエプロンがとても可愛い。
イーストが元気になるまで混ぜる。
サンドラおばさんが持ってきたのは、鍋いっぱいの具。炒めたひき肉と玉ねぎ。
生地を伸ばす。麺棒がないのでワインの瓶でゴロゴロ。ほほう!
伸ばした生地に具を並べ、閉じる。
それを皿のヘリを使って切っていく。ほほう!
専用の道具なんてない。それがなんと気持ちの良いことか!
次々に出来上がるエンパナーダ。
これがサンティアゴの宿で出会ったカリーナ。数日間の帰省だと。一緒にお手伝い。
エンパナーダを揚げるのも、薪のストーブ。
鍋が魔女の使うやつみたいで素敵。
ひとしきり揚げたら、皆でほぼ食べてしまった。あれ?いいの?
会の始まりは、4時のはず。今4時すぎ。
雨だから開始が遅れているという。カンポ(田舎)の時間はこんなもんよ。ふうーん。
ストーブと女たちとおしゃべりと。
嫌いじゃない、こういう空間。
それでも手持ち無沙汰で外をうろうろする。
少しづつ村の人々が集まりだした。
で、驚愕。
う、馬で?!
そう、車が使えないここでは馬が自家用車みたいなもの。
いや、でも。ハットとマントでって・・・ギャグかと思った。
どんだけかっこいいん!
まだまだ会は始まる気配がない。エディスとカリーナと、
足の悪いばあさんに薬とエンパナーダを届けることにした。
すごく嬉しそうだった、イルダばあさん。
その息子。もう酔っ払っている。
カウボーイみたいなギザギザのついたブーツ、本当に履いてる人初めて見た!
そのあと、一緒にカリーナのお家に遊びに行った。
遊びに来たのは近所の女の子、ロスィオ。
カリーナが、自分で編んだ帽子や靴下の数々を見せてくれた。
どれも可愛い!ロスィオと一緒に試着して遊ぶ。やっぱ編み物、村の女の常識なのね。
カリーナがロスィオに出したおやつは、ムーラ(ラズベリー?)の凍らせたやつ。
いいな、こういう自然なおやつ。
ロスィオを迎えに来たパパ、その名もナチョ。
彼はこの村で唯一、英語もフランス語も話せる。すがるように色んな表現を教えてもらう。
7時半、カリーナと共に集会所に戻ると、会は始まっていた。
キーボードで愉快な曲を演奏する人と、酒を飲む男たち。酒とエンパナーダを売る女たち。
私とカリーナを見つけると、男たちが大喜び。そういえば、若い(一応私も・・・)女が他に居ない。
踊ろう踊ろう!俺と!いや俺が先だ!
ちょちょちょーー!特に押しの強い二人に捕まる私たち。
(エディスばあさん撮影。何気にカメラに関心あり)
その後も「俺と!」の手が続くのだが、
素敵な彼氏のいるカリーナと、素敵かは謎だが旦那様のいる私、
当然酒臭い男たちと踊るのなんて嫌なわけで、必死に断わり続けていると
カリーナの母ネリが引き受けてくれた。優しいネリ。
微妙な笑顔のおにいさん。
これはカリーナと、弟のエラン。きゃわいい。
こうして村の夜は更けていくのであった。
翌日。晴れた。
ばあさんと一緒に、集会所の片付けに行く。
カリーナの家の犬。ロラ。
困ったような顔をしてる。
散歩して戻ると、じいさんとばあさんがゲスト用の家の敷地で、
植木を掘り起こしていた。
「オソルノの息子の家に植えるのよ」
ふうん。
え?!まさか?!
「うん、今日から私、オソルノに行くから。3日で帰るから。宜しくね」
はい。
って、ええええーーー!!!!!
まだ農業何も教わってないし、豚のえさやりしか分からないし、
そのつまり、じいさんにご飯作ったりすればいいんでしょか。
「適当に、気楽にやってよ」
ひえええええええーー。
私のスペイン語能力では、最大限の想像力と思い込みを駆使しても
ばあさんの話す言葉(簡単な単語を選んでゆっくり話してくれる)の理解度50%として
じいさんの話す言葉(早いし入れ歯のせいでよく聞き取れない)の理解度15%程度。
大丈夫かしら・・・・
そんな不安をよそに、ばあさんはルンルンでボートに乗って行ってしまった。
家に戻る。
とりあえず・・・ばあさんのやってたのを思い出しながら
パンを作ってみた。
イケるか・・?
でもなんか違う?ふくらんでこないな・・・・
そんなことやってる間に、じいさんが鍋に冷凍のポヨ(鶏肉)を放り込んでいた。
あ、今夜はこれが食べたい、ってことでしょうか・・・。
ワカリマシタ。
ストーブのオーブンに炭を並べて、焼いてみた。
少し膨らんできた。けど、結果は×。カチカチの仕上がり。
じいさんはチキンのトマト煮はうまいと食べてくれたけど、
添えた温泉卵は残し、
いつもいっぱい食べるパンは、1つしか食べてくれなかった。
嫁失格。
ああ無情。
とぼとぼと後片付け。
残った食べ物や鶏の骨は、台所の窓を開けて外に放り投げる。
犬、猫、豚が自然に食べに来て跡形もなくなる。
いいシステムだな。
台所を片付け終え、シャワーを浴びようとするが、
水しか出てこない。
じいさんに聞くと、どうもやり方が分からない様子。
(じいさんはあまり風呂に入らない模様)
心の中で強くばあさんの帰還を求めつつ、水で身体を拭いた。
さみい。
「寝ます。ありがとう。おやすみなさい」
「おうおう、おやすみ」
嫁と父の会話、以上終了。
ベッドをもう1つある方に替える。
夜になって降り出した雨と風の音がびゅうびゅう怖くてなかなか寝むれなかった。
翌日。
寒いけど勇気を出してベッドから出て、
東京でハルにもらった鮎の柄の手ぬぐいを取り出し、頭に被る。
深呼吸をして、
家じゅう全部の床を掃き、水拭きした。
台所もピカピカに磨いた。
2時間かかった。
昼にチャーハンを作る。
よかった、食べてくれた。
「裏山に登ってくるね」
「おう、それがいい。犬を連れていけ」
意をけっして、山を登りはじめる。
ぶるんとエンジンを一ふかし。
犬を連れていけという意味が分かった。大きなロル(オス)とチビのペケーニャ(メス)は
頼もしく、嬉しそうにリードしてくれた。
歌を歌いながら(なぜか美空ひばりの「リンゴ追分」)ゆっくり進む。
道は雨でぬかるみ、時折馬の大きなうんこが仕掛けられており
なかなかうまく進めない。ロルが林の中を通って迂回するのに付いていく。
そろそろ頂上、かなー、ってとこで
ひときわ大きなぬかるみがあって、横からトゲだらけの木が出ていた。
これは危ないと避けながらジャンプしたらトゲが引っかかって
左足がぬかるみに思い切りズボリ。
あわててもがいたらトゲがグサリと指にささって
あ!とよろけたら右足もズボリ。
戦意喪失。
登山終了。
踵を返す。
きょとんとする犬たちを尻目に、もう泥おかまいなしに小走りで下山した。
犬たちがスキップしながらじゃれついてくる。
違うんだってば。遊んでるんじゃないの、
これは敗北の小走りなの!
嬉々とする犬たちと一緒に、素晴らしいふもとの景色を眺める。
硬いパンを一緒に食べる。
頂上で食べようと思ったんだけどね。
また頑張るよ。
小川で靴と足を洗って干して、
ピンセットでぶっといトゲを抜いた。
じいさんは買ったばかりらしいビデオカメラを練習していた。
ありえないシュールさ。
さあ、
パン作りリベンジだ。
加える水の温度をあったかくしてみる。
じいさんの好きなチョクロ(とうもろこし)も入れてみた。
・・・・・・・。
だめだった。
また失敗。カッチカチやぞ。
「カーン」
頭の中で鳴り響く、不合格の鐘。
突然「バチ!」と言って
じいさんが観ていた「ファクトルエキス」のテレビが切れた。
ブレーカー?と思ったけど、どうも村中の停電らしい。
日が暮れていく。
急いでパスタを仕上げた。
ばあさんの作るパスタはかなりグズグズにゆるいものだったので
アルデンテのもうちょっと柔らかい感じで・・・
きっとこの方が美味しいと思ってくれるはず。
上手にできた。
ろうそくの火を頼りにいただく夕飯。
でもまたしても嫁失格。
チョクロを入れたパンは1つも食べてもらえず、
パスタはやっぱりグズグズ仕立てのほうがよかったみたいだ。
ふう。
まったくいいトコ無しだった嫁としての2日間。
東京代表、専業主婦、ここに散る。
明日の夕方にはばあさんが帰ってくる。
どうかどうか、早く帰ってきて。
じいさんもそう思ってるに違いない。
徒労に終わったベッドのチェンジを元にもどし、
苦肉の策としてベッドの中に寝袋を入れて寝た。
もうダニでもノミでもなんでも来やがれい。
寒くて、コップに1杯赤ワインを飲んで、
足をこすりあわせながら目をつぶった。
すごく静かな夜だった。
続く
(MIWA)