「There’s no freedom. Like birds! Birds in the cage!」
(俺たちに自由は無い。かごの中の鳥だよ。)

 

新市街ベダードのとある屋台街。
ぶっといシガーをくわえ肩をすくめながら、クリスは言った。

クリスとはこの屋台で1時間前に知り合った。
流暢な英語を話す彼を最初は怪しいハマキ売りと警戒していた僕らだったが、
(実際彼はハマキも売っているのだが)
ビールを重ね会話を重ねるにつれ、このチャーミングな男に好意を抱くようになっていた。

 

「キューバ人の平均給与が月間10ドルって本当か?」
「そのお金で生活できるのか?」
「みんなの仕事は?全員が公務員みたいなもの?」

僕らはこの3日間で感じていた疑問や違和感を
それはそれはストレートに彼にぶつけていた。

社会主義国家のキューバではほとんどの仕事を政府が管理しており、
平均給与は確かに10ドルだか15ドルだか。
無料ではないながら食料の配給や住居の割り当てがあるが
それらで保障される生活レベルはかなり低く厳しいものだと言う。

公認プライベートビジネスも少しずつ解禁されてきているが、
自由度が少ない上に登録料や税金が「狂ったように高く」、ごく一部に留まっている。
(実際クリスは以前プライベートビジネスでレストランをやってみたが、
売り上げに関係なく徴収される高額の税金を払えず店を潰したと言っていた)

結果、無認可のビジネス、つまりブラックマーケットがこの国の経済の大半となる。
観光客相手にハマキを売るのもそうだが、もっと普通の、
例えば家でつくったサンドイッチを路上で売っていたり、
路上や家の軒先で洋服や小物を売っているのも、
(大体が外国の親戚なりから送られてきたものの転売という)、
外国の電波をひろって近所に融通するケーブルTVネットワークも、
みんな、ブラックマーケットだ。
(政府もそれが無いと国民の生活がまわらないため黙認しているよう)

彼の話はどこかで読んだ内容とおおまか相違は無かったけれど、
細かな事例や彼の感情が、リアルに僕の中に入ってきた。

「ビエハやベダードのすぐ先にあるスラムを見たら分かるよ」
彼は言った。
ガイドブックに載らずシティツアーでも絶対に行かないそこに、
金を稼ぐ能力の無い人々の本当の貧困が広がっていると言う。
国外とのコミュニケーションと市場経済をコントロールしながら
社会保障を充実させ平等を目指したカリブの社会主義国家。
ブラックマーケットの横行と、貧富の差が、その現実だと言うのだろうか。


(長距離バスから見かけたローカル電車、超スーパー満車でクソのろくて鬼汚かった。)

そして、彼は言い切った。
キューバ人は幸せなんかじゃないと。
政府の規制にがんじがらめで好きなことはできないし
インターネットも見れない、国外に出ることも基本できない。
そんな中で、きらびやかな観光客が横を通り過ぎる状況を想像してみてくれと。
ラムとシガーと青い海、太陽、それに陽気な人々、、、
キューバはそれだけのハッピーアイランドではないと。

ガツンときた。
理不尽な現実に憤りを感じたし、大きな難題をもらったような気がした。
キューバ人は幸せなのか?
クリスとの出会いにより、キューバ旅行のテーマが完全に決まってしまった。
(人の幸せを、外から、しかも一般化して語る愚は分かっているつもりだけれど、、、。)

(革命博物館に飾ってあった絵。アメリカに支配されていた革命前を描いたものだろう。
でも現代も同じようにキューバ人は自由を持たない国民という事なのだろうか?)

 

*

その夜、宿のオーナーのペペにクリスの話をしてみたところ、
簡単に言えば一蹴された。

「同情を買って何かを売りつけようとしているだけだ。
街を見てごらん、みんなお腹に肉つけてるだろ、食うに困ってるように見えるか?
夜のマレコンに行ったか?みんななんでラムを飲めるんだ?
そんな話をする男は気をつけたほうがいいぞ。」

さすがTRIP ADVISORで#1の人気宿のオーナー、観光客目線の大人な発言だ。
確かにその通り。
少なくともハバナで僕らが見てきた人たちは、みんな貧乏には見えなかった。
いやむしろ運賃4円バスの乗客ですら小ぎれいに着飾り驚いた程だった。

でも、クリスはあの夜結局僕らに何も売りつけてこなかった。
何よりあの鬼気迫るような表情は、ウソだとは思えなかった。

 

別の宿のオーナー、トニー。

彼は元外交官で、プライベートビジネスで宿をやっているが、
やはり政府への税金が大きな負担で大変だと言う話だった。
印象的だったのはソ連崩壊時に極度のモノ不足に陥った「スペシャルピリオド」の話。
国中が困窮し、彼のようなお金のある人ですら「10kgは痩せた」と言っていた。
政府への不満などはそれとなく聞いてみたが「そういうものだ」と。
年齢のせいもあり、全体からあきらめムードを感じ取ったが、
部外者へ政府批判は控えただけなのかもしれない。

 

マレコンで出会った青年、トシロウ。

日本語が半端なく上手でニックネームは三船敏郎からとったそう。
日本へ行くのが夢だが、飛行機代を貯めるのは「絶対不可能」だと。
学校の先生として働くが給与は少ないし、「僕は外国に親戚もいないから、」
月に10ドル貯めるのが精一杯と言う。
そう、多くのキューバ人は外国(大半がマイアミ)に移民し仕送りをしてくれる親戚がおり、
これがブラックマーケットと共に貧富の差をつくる要因となっている。
(仮に月に100ドルの仕送りでも、給与の数倍の数字になる)

歴史を少し見てみても、革命以降、
社会改革に不満を持つ人々やお金と自由を求める人々を中心に、
毎年かなりの数が出国しているようだ。
キューバ人口1100万人に対し、アメリカ移住者だけでも100万人を超えると言うから凄い数だ。
(しかもこれは実際に移住した人の数。希望者や密航者を含めたらとんでもない数になるだろう)

美和も書いていたが、あの中国人すら逃げ出し、
そしてキューバ人も母国を捨ててまで外を目指している。
そういう現実があるということは、事実だ。

 

*

ではやはり、キューバ人は幸せではないのだろうか?

僕の2週間の答えは、否、だ。
クリスの話を聞きつくられた、彼らが不幸せな国民だという当初の印象は、
観察と会話と時間をへて、覆されていった。

何故か。
色々歴史や数字的なことを書いてきた上でなんなのだが、
理由は非常に感覚的、かつシンプルだ。
どんな事実や数字を知ったとしても、
話していて見ていて、どうしても彼らが不幸だとは思えなかったのだ。


(路上で洋服や小物を売っていたカップル。
おばあちゃん手作りと言うハット200円やゲバラバッグ300円。)


(ビエハのチャリタクの兄ちゃん達の大半はティーンネイジャーだった。
くっそ暑い中死ぬほど汗かいて大変そうだけど、悲惨さは感じなかった)


(クリスと会った屋台のシェフ。最初ちょーーーーぼったくって来たけど仲良くなったらいい奴だった。
1日12時間以上働いて給料は低いけど、仕事が好きだから俺は楽しいって言ってた)


(ご存知じ、この旅で恐らく1番キツかったサンティアゴ行きのタクシー。の運転手オーレ。
月間1000ドルで車を借り、無許可のタクシードライバーをやっている。
金はかなりきちいと言ってたけど、家族がいて、笑ってて、不幸せには見えなかった)


(極めつけはやっぱりマレコンの若者たち。
自由は制限されているかもしれない。服やカメラはマイアミの親戚のおかげかもしれない。
でもそんな事よりも、彼らの楽しそうな笑った顔が印象的だった)

 

彼らの発する幸せな空気の背景を考察できない訳では無い。

まず、社会保障が非常に充実している。
世界でトップクラスと言われる医療(無料、世帯あたりの医者の数だかが世界一)、
食料配給システム(一応餓死しない程度は信じられない低価格で購入できる)、
教育(大学まで一貫して無料)、
年金(需給基準や計算式が超ゆるい)などなど。
また特筆すべきは世界有数と言う治安の良さ。
組織的なマフィアが存在しないと誰か胸を張っていたけど、
確かに夜中ほっつき歩いていてもリスクは非常に低いのが体感できる。

つまり一言で言えば、
生きていく上での根本的な不安が少ないのだ。

たとえ外国に行く自由は無くても、
「何があっても死にゃーしない」という根底の安心感がこの国にはあるから、
人々は笑っていられるのかもしれない。

自由とチャンスに満ち溢れているが、
生活コストが高く、競争の下で職を失うリスクを抱え、
おまけに年金システムが崩壊?みたいな話もあり
将来の不安が多い先進各国の国民達を想像してみる。
彼らは、僕らは、キューバ人より笑っているのだろうか。
幸せだと言えるのだろうか。

 

*

そもそもこれはあくまで後づけの考察でしかないし、
大きな政府や社会主義バンザイと言う主張をしたい訳ではない。
それどころか自由というものを強く信じる僕にとっては、
感情的にはキューバのしくみには抵抗がある。

そしてこの投稿に結論も無い。
ただ、僕らにとっての当たり前が当たり前じゃない環境を生きる彼らから、
100の能書きを覆すような笑顔と空気を発する彼らから、
一番根本的なことを改めて考えさせられたという事を、
キューバ日記の最後に記しておきたいと思う。

 

*

そういえばクリスが言っていた。
俺は52歳、革命の年(1959年)に生まれた、
新生キューバのすべてをこの目で見てきたんだと。
52年。たった52年。
かたや日本、戦後再スタートして今年で67年目。
同じような時期に国のしくみがガラガラポンした2つの国は、
1人の人間が生きている期間にもここまで大きく違うものになった。
(この期間、アメリカという国にNOと言い続けた国と
かたやYESと言い続けた国、という対比でみても興味深いが)。

なんと表現すればいいのか、
何でもできるんだなという気にも、
流れは大きすぎて自分はちっぽけすぎるという気にもなった。
いやまじ、スゲーよ。

 

おわり。

 

 

注:

この投稿に記載したキューバの状況や数字については、
ヒヤリング情報を中心に一部ネットで調べた程度なので、
内容に誤りがあるかもしれませんのでご了承ください。

また充実と書いた社会保障についても、
国の財政難による全体の質の低下、
現場レベルの腐敗(医者に賄賂を払わないと正しく受診できないなんて話も)、
配給される食料や年金で実現できる生活レベルがかなり低い事など、
多くの問題はあるという話も聞きました。

キューバの歴史や現状に興味のある方は色々文献がありますが、
ネットで僕が参考にしたこのサイトはかなり充実していました。
例えばお金まわりなど詳細で面白かったです。