美和です。
自分でも信じられないけど、
これは私にとって1年以上ぶりの投稿なんです。
長いけど、お時間のあるときに読んでくだされば嬉しいです。

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こんなにも長い間
私はブログを書かなかった。書けなかった。

・・・どうして書けなかったのか。
自分への言い訳めいたそれを、一旦ここに落としておきたいと思う。

最初は、「ちゃんとツジツマを合わせたかった」からなんだ。
インドの合宿の話で途中だったから、やはりそれが完結してから、
旅の終わりのこと、帰国してからのこと、1つ1つ順序よく書いていきたかった。
だから合宿の話が終わるのを
自分なりにいろいろ書き溜めながら、のんびり待っていた。

そんなうちに「東北復興新聞」という新聞を発行することになった。
勇輝が代表としてNPOを立ち上げ、私は一応編集経験者ということで
編集長をやらせてもらうことになった。右も左も分からない東北での取材と、
試行錯誤のレイアウトや印刷や配布。そこに恐れ多くも
メディアから取材を受けたりと新しい日々が始まった。

新聞の取材で訪れる東北各地での出会いは
それはそれは素晴らしく、刺激的で、毎回感動と学びの連続で
まさにソーシャルトラベルが続いているようだった。

当時間借りしていたのは新宿駅前のテナントビルの最上階。
世界から帰った私たちには刺激的で面白い場所だった。
東北に行っているとき以外はこのTOKYOのど真ん中で
外食・コンビニ業界の旨味の多すぎる食事や格安衣料店のパワーに抗い、
とても苦戦し、<この話は折をみて書こうと思います>
なかなかどうしてTOKYOは手強い場所なのだと思い知らされた。

それで湘南におんボロの家を借り、引っ越した。
不便が多いけど温かなご近所づきあいのある新しい暮らし。
初めての家庭菜園と海が近い生活。
そこでやっと深呼吸をできた気持ちだった。

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さあそろそろブログを、と思って、前に書いたものを見直してみて、
でもはたと止まってしまった。
なぜかというと、自由に伸び伸び書いてた内容が
「おこがましい」とか「何を偉そうに」と感じてしまうようになったからだ。
日本の現実の中に居て、日本の現実について書くなんて恐れ多く、
かと言って旅の間の非日常を振り返って書くのもなんだかなあと思えてしまった。

そんなうちに書籍の作業が佳境に入ってきた。
私は東北復興新聞の取材や編集を勇輝にほとんど任せ
「作るからにはいい本にしよう」と一文一文考え抜いて、想いを込めて書いた。
また一つ歳を取り、夏が過ぎ、秋が近づき、そして、
私はあることに気が付いた。

「声が、聞こえない」。

旅の途中からずっと聞こえてきていた声、
大いなる力の導きのようなものがいつからか消えていた。私は狼狽した。

それで秋、もう一度インドへ行った。
<この話はそのうち絶対書きます>

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本の出版がいよいよ近づいてきたという頃。
やっと理解したことがいろいろあった。

私が世界一周で時間をかけて壊してきたはずの「空気を読む」性質が
帰国してから、徐々に蘇生してきたのだと思う。
空気を読む、それは傷つく人がいないようにという配慮や気配りもあるけれど
ここで言うそれは周りの顔色をうかがうこと、つまり嫌われたくないとか
批判されたくないといった保身だ。
「どーでもいいこと」の棚に入れたはずなのに、なぜ戻ってきたのだろう。

「かっこつけ」が自分のどこかにあったのだと思う。
私は、世界一周の旅を心から良かったと誇りに思っているから、
一人でも多くの人に勧めたいから、
だから弱音や不満や批判を吐きたくなかったのだと思う。
本当に恥ずかしいことだけど、
著書『ソーシャルトラベル』の中で「聖人なんているかい!」「キラキラなんてしなくていい」
「ありのまま、等身大の自分でいい」という発見を披露しておきながら
聖人のように「人生は素晴らしいです」とキラキラしていたかったのかもしれない。
なんとも格好悪い話だね。
あたしはそんな人間じゃあない。

そう認めてしまっても、まだ書けなかった。
本の出版パーティで、今後の目標について
「今まだ見えません」と格好つけずに正直に言ったのが、精一杯の一歩だった。 

その後だ。
私の背中を押してくれた2つの力があった。

1つが
さとなおさんのブログ

「もう“封印”しない。大丈夫。」

この言葉に視界が開けた気がした。

私の場合かなりうじうじした性格だから、さとなおさんとは違って、
自分の中の汚いものを吐露するようなブログになってしまうこともあるだろう。
でもただ、それがいいか悪いかは関係なく、すべきかすべきでないかも関係なく
私は「やりたいのだ」、と思えた。
だから、もう封印したくない。格好悪くても。

もう1つが、ある尊敬する女性の言葉。
その方はビジネスパーソンである一方ピアニストでもあり、
夕食をご一緒した際、素敵な音楽のお話をたくさん伺っていた。
そのときに私が「楽器ができて羨ましいな、音楽で表現できるって素晴らしいな」
というようなことを言うと、その方が一言
「あら、私にとってあなたの文章は芸術なのよ」と。

普段だったら「とんでもない!」って恥ずかしくなって打ち消すとこだけど
彼女の言い方が、なんていうか
心の中の種火をボっと点火させた。
「芸術」って言葉の使われ方が、そのとき、
崇高で才能にあふれた特別なもの、ではなくて、
もっと苦しさや泥臭さや葛藤や、それでもつくり出さずにおれないような
内側からほとばしる何かをイメージさせたんだ。初めてだった。
結果や完成品ではなく、生み出そうとする「態度」を指しているかのような。
以前、彼女の単身留学での苦労話を聞いていたからかもしれない。

「芸術」という言葉の背景に、彼女がスポットライトを浴び美しいドレスで演奏している
姿ではなくて、小さな部屋でわずかな食事を摂りながら弾いて弾いて、
泣きながら弾いている姿が浮かんだんだ。(勝手な妄想だけど)

もしそれが芸術なのだとしたら、
いや、芸術の定義はどうでもいい。
書きたいと思った。


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私はまた、ブログを書き始めたいと思います。
時系も脈絡も飛び飛びで支離滅裂になっちゃうかもしれません。
旅の間の話が突然出てくることもあると思います。
でもとにかく、書きたいことを書きたいです。
よかったら、たまに覗いてみてくださったら嬉しいです。 

 

以上、長々とした勝手なリ・スタート宣言でした。
読んでくださってありがとうございました。

(MIWA)