20代を折り返した頃
心の奥で、小さな自分の声がした
小さな小さな、無垢な少女の姿をした
もう一人の自分だった
嫌だよこんなの嫌だよと泣いていた
こんなはずじゃなかったって
嘘ばかりの汚ない大人になってしまったと
しくしく泣いていた
辛いことや傷つくことが続くと人は
必死に抗い、乗り越えるけれど
それにも疲れてしまった人は
どんどん自分を鈍感にして身を守っていく
酒を何杯も飲み、煙草を何本も吸うのは忘れるためだった
母親に会いたくなかったのは「今のあなたは輝いてない」と
本当のことを言われるのが嫌だからだった
イヤホンをしてゲームをするのは何も感じないようにするためだった
電車の中でも街の中でも、隙間なく埋め尽くされた人の群れは
感情を持たないモノとして、存在して居るけど居ないものだと
自分には関係ないと、大丈夫だと言い聞かせた
その世界には、私しかおらず
ふわふわとした空間にぽつんと身を漂わせている感じで
どこへ行くのか、ここがどこなのかも分からなくなっていた
そうして鈍感な1人の人間は完成し、
小さな泣き声は聞こえることはなくなった
その代り私は徐々に
腹から笑えなくなり、わんわんと泣けなくなり、
ぜんぶが嘘くさく、感動できなくなっていった
なのに切なさはボディブローのように沁みてくるのだった
そして何かのささいな腹立たしいことで
わめいたりクレームをつけたり絶望したり
心の容れ物が小さく小さくなっていって
すぐに溢れしまうようになった
そんなときだ
君が現れた
君は、私が漂っていたふわふわした空間から
ぐっと手をひっぱり、本物の世界へと連れ戻してくれた
大地の感触、アスファルトのにおい、雨の粒の優しさ、湯気の安心感、
腹に力を入れて前を向き、我慢強く、拳を握りしめ
歩みを進めること
その手の先に、その目に、耳に、胸の奥に
生々しい感覚があることを思い出させてくれた
「生きる」という感覚だった
がらがらに空いた地下鉄の中で
サンボマスターの「美しき人間の日々」を
イヤホンを片方づつにして聴いて
あまりの感動に叫び出すのをジタバタしながらこらえていた
その姿をおじいちゃんが見てニコニコと笑ってくれた
駅に着き、地上に出たとき
見慣れたはずの景色の美しさに、何度もまばたきをした
こんなに世界は、こんなにも、色を持っていたのかと思うほど
眩しくて、眩しくて、ほんとうに、眩しくて
私の人生がもう一度そこから始まったんだ
宮古島の結婚式でスピーチをしたとき
君のことを「私のヒーローなんです」と言ったけど
ほんとうに、あれから6年間
君は私のヒーローであり続けた
強大な引力で私を誘う、その刹那的で絶望的な世界に
再び堕ちてしまわないように、
私が私であり続けられるように
励まし、笑わせ、支え続けてくれた
ずっとずっとずっと
君が居てくれること
その瞳が輝いていること
それだけで胸が熱くなる
今日まで何もできなかったけど
足を引っ張ってばかりだったけど
君が昔よりいい顔になった
それだけが、ずっと一緒にいた私の勲章、いや救いだ
どれだけ素晴らしくて
どれだけ愛していて
どれだけ誇りに思っているか
12月4日、インドの空の下
私は何とかしてそれを伝えたかった
35年前に君がこの世界に生まれてきた奇跡を
そして今、君の命が瞬いているという奇跡を
たくさんの魂が旅立っていくこの場所で
分かち合いかった
いつか、どちらかが灰になるその日まで、
そばに居たいと
できれば灰になっても、魂はずっと
ずっとずっと永遠に一緒に居たいと
伝えたかった
良く晴れた空の下で
でも言いそびれてしまったから、ここに書いておくよ
私のヒーロー。
誕生日おめでとう。
(MIWA)