何故こうなっているか今ではもうよく分からないのだけど、バスクが好きで何度も通ってきた。ここ数年は毎年のように来ている(今年は気づいたら3度目)ので、友達もできたし、美食倶楽部カルチャーを日本に広めようとしてみたりと、それなりに色々と経験してきた。

で、よく友人知人に聞かれるので書きます。

「サンセバスチャンに来たらどこへ行けばいい?おすすめ教えて!」

僕の答えは、シードレリアです。りんご農家によるシードル酒場です。ここにバスクの歴史や魅力がとっても詰まってるし、文化をコンテンツにするという視点で学びが多いし、なによりめっちゃ楽しいから。

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※シードルは、りんごの発泡酒。シードラとかサガルド(バスク語)、シードレリアはシドレリアとかサイダーハウスとか言い方は色々あるけど、ここでは表記は「シードル」「シードレリア」で統一します。

「山バスク」文化の中心地

シードレリアの話の前に、ちょっと寄り道します。

現地の友人たちや新しく会う人に、僕はほぼ必ず「あなたにとってこれぞバスクなことってなに?」みたいなことを聞いている。カルチャーでも、場所でも、食べ物でも、なんでも。色んな答えがあって面白いので別途記事を書きたいけど、間違いなく中心にあるのが「食」であり「一緒に食べる」ことだ。

僕が惚れた「美食倶楽部」は一緒につくって一緒に食べる場所だし(バスク語ではTXOKO-チョコと言う)、街中にあふれるバーも、朝食と昼食の間にとるAMAIKETAKO-アマイケタコと呼ばれる間食の習慣も、TXIKITEO-チキテオというはしご酒の文化も、とにかく人々は隙あらば集って食べる、飲む。この土台の上で、簡単に食べられるピンチョスが発明され、世界に誇る最強のコンテンツに昇華されていった。

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シードレリアも「これぞバスクなもの」の代表格だ。

スペインのリンゴ生産のほとんどはバスク地方を含む北部の大西洋岸でされている。バスクでも11世紀からリンゴ生産はされていたようで、シードルはこの地ではお酒というより水のように飲まれていてきた。大航海時代にはその酸が疫病から船乗りを守ったとか色々逸話があり、長くバスクの生活に欠かせないものだった。

バスクはよく「海バスク、山バスク」と表現されるが、山バスクの文化の中心にシードルがあり、また街と村という対比においては「村文化」を代表するものと僕は理解している。

コミュニティスペースとしてのシードレリア

何百年も前から、街までなかなか降りていけない山の民は、近隣でシードルをつくるりんご農家の家=シードレリアに集まっていた。

新酒のシーズンになると、村人たちは毎週のようにそこに集まり、食べて飲んで歌う。人が集まるところに文化が生まれると言うが、たとえば伝統の「石担ぎ」の競技はシードレリアで生まれたとか。酒に酔いながら屈強なヒゲづらの男たちが力自慢の対決をし、まわりはそこに賭けで参加する(バスク人はよく賭ける)。酒と仲間と遊びとで、日々の厳しい仕事の疲れをここで癒していた。

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こうして、りんご農家の家に必要だった食堂としての機能が、重要な観光拠点でもある今のシードレリアになっていく。

ただし重要なのは、観光客に開かれながらも地元の人の大切な場所として今も続いていることだ。つい数日前に訪れたizetaというシードレリアも、200席はあろうかという巨大な食堂が満席だった。バス停も近くにない山の上にあり、観光的にオフシーズン。お店の人は「ほとんど地元の人」で「毎週くる人も多い」と言っていた。

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TXOOOOOOOTX!!

そんな、バスク人たちの歴史とカルチャーが詰まったシードレリア。われわれ観光客でもお邪魔できるのだから嬉しいじゃあありませんか。

場所に困ることはない。サンセバスチャン市内には多分ないけど、郊外の村に、100以上ある。特にアスティガラガという村が有名で日本語でググるとほぼ全てそこのPetretegiという店が出てくる。僕はいろいろな人のおすすめでアスティガラガはAlorrenea、サラウツのizeta、あとスビエタのIruinの3つ行ったがそれぞれサイズや雰囲気が違ってどれも良かった。

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で、とにもかくにも、チョーチである。TXOTXと書く。

毎年りんご農家たちは、1月から4月の新酒の蔵出しシーズンに、樽から直接シードラを飲む。樽にある小さな蓋をポンと取ると、ピューとシードラが飛び出してくる。それをグラスで受け止めて飲むのだが、その蓋を開けるための「コール」がTXOTXだ。チョーチもしくはチョーツと発音する。

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ルールは簡単だ。店にいてリンゴ酒が飲みたかったらTXOTXと叫ぼう。そうしたら、お店の人が樽の蓋を開けてくれる。飛び出てくるシードルをボデガと呼ばれるコップ形のグラスでキャッチする。泡が立ち、爽やかな香りがまわっている間にその場ですぐに一気飲み、これがお作法だ。だから、なみなみとは注がない。足りなければまた飲めばいいのだから。

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TXOTXは、みんなのものだ。コールした人だけでなく、まわりの人も飲みたい人は一緒にシードルをキャッチする。だから自分で言うのが恥ずかしい紳士淑女、うまく発音できるか不安な恥ずかしがり屋さんは、まわりの誰かがコールするのを待てばいい。実際、TXOTXコールがあると店中で人々が立ち上がり、樽の前に行列をつくる。立っているし、お酒を分け合うので、なんだか自然と会話も生まれるなんとも楽しい企画である。

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ちなみに、シードレリアはそもそもそのシーズンしか開いていないところも多い。年中やっているところもあるが、オフシーズンにはTXOTXではなくボトルから飲んでいる人が多いようで、1-4月に訪れるのがベスト。シーズン期間は街のスーパーでもシードル売り場には「TXOTX!!」と大きく書いたポスターがあったり、地域全体でその訪れを祝っているような雰囲気すらある。

極上の熟成赤肉ステーキ

シードレリアは飲むだけかといったら、そうではない。赤い血がしたたる肉にくらいつく場所、でもある。

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もう一度想像してみよう。屈強なひげ面の男たちが山から降りてりんご農家の蔵に集まっている姿を。彼らに似合うのは、やはり肉だろう(という勝手な妄想)。

イセタでは、肉の保管現場も見せてもらった。30ヶ月ほどで出荷が一般的な日本の牛肉と違い、こちらは7年生。3倍近い時間をかけて出荷される。オーナー自ら肉を買い付け、1ヶ月ほど店で熟成させている。牛も放牧もので、自然の草を中心に食べているものを選んいるという。

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霜降りが重宝される日本と違い、赤肉を熟成させた旨味と、その火入れ具合が勝負のバスク。かなりの数のチュレタ(骨付きステーキ)をいただいたが、イセタのものはホント最高だ。

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味とはなんなのか。

シードレリアのメニューには、定番がある。チュレタに加え、鱈のオムレツ、鱈とピーマンのフライ、デザートには胡桃と羊チーズとメンブリーヨというジャム。定番というか、100を超える全てのシードレリアが一様にこの料理をスタイルで出している。例外はきっとゼロじゃないだろうが、ほんと、どこも同じ。

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その同じメニューを、世界に誇るガストロノミー地域であるバスクの人たちは、毎週のように食べている。飽きもせず。

ステーキへのこだわりは上に書いた通り。手をかけコストをかけ情熱をもって美味しさが追求されている。ただシードレリアで彼らが楽しんでいるのは、舌が脳にあたえる美味しさだけではないと強く思う。

彼らの民族としてのアイデンティティを感じる場所で、季節の定番として、定番のメニューをいただく。他にすんばらしいレストランが星の数ほどあっても、仲間や家族でいつものシードレリアに定期的に集い、シードルをしこたま飲み、肉を食べてデザートの胡桃を自分でペンチで割って食べる。合理性や効率で考えるといろいろツッコミ所が多いのだが、それらは儀式であり、それこそがシードレリア体験だ。

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バスクの人たちは、身体と心で美味しいと感じている。そんなふうに見える。だから僕も、こっちに来るたびに儀式としてシードレリアでTXOTXと叫ぶ。

サンセバスチャンに来たらどこに行けばいい?

星付きレストランも芸術的なピンチョスもすばらしいこの街だけど、せっかくだから近隣の村に足を伸ばして、バスク人の日常に触れてみよう。バールやレストランよりずっと簡単に、ローカルと仲良くなれるはず。お腹をすかせて、チョーチ!と叫ぶ喉の調子を整えて、旅をお楽しみください。